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夢の国へようこそ!

 目を瞑っていても眩しい閃光が収まると、扉を開く音がした。

「おかえりなさいませ。または、はじめまして。ガンガイル王国ガンガイル領都へようこそ。皆様の滞在期間のお世話を担当させていただく、マルクと申します」

 集団で転移してきたぼくたちを出迎えてくれたのは教会関係者に囲まれたボリスたちの父マルクさんだった。

 マルクさんはキャロルに一礼した後、二人の皇子をチラッと見ただけで薄汚れた服装の子どもたちに明るい声で話しかけた。

「ここは遠い北国だからね。君たちの服で外に出ると寒いからまずは着替えをしよう。子どもたちを先に通してもらってもかまわないかな?」

 子どもたちは見知らぬおじさんの優しい口調に戸惑うような表情を浮かべると、マルクさんは一歩下がった。

「こちらのご婦人たちが面倒を見てくださるから、ついていきなさい」

 マルクさんの言葉に教会関係者たちが下がると、後ろから母さんやキャロお嬢様の従者のエミリアさんやボリスたちの母のミレーネさんが柔和な笑顔で、行きましょうか、と子どもたちに話しかけ、着替えのために借りたらしい部屋へと案内した。

 子どもたちに続いて狭い転移の部屋から出たのはアリスたちポニーで、ボリスの長兄オシムが三頭の手綱を引いて、おかえり、と声を掛けた。

「留学生一行が一時帰国していることは一部の関係者しか知らないことになっていますので、本日は騎士団宿舎に留学生一行の皆さんも宿泊することになります」

 マルクさんがキャロルに向かって説明すると、了解しています、とキャロルも当然のことのように答えた。

「こちらは今回子どもたちの保護者代理として来られたイーサンさんと子どもたちを見送りに来たハントさんです。そしてお二人の部下たちです。全員、帝国軍に所属していますので、案内されるところ以外には立ち入らないと確約してくださっています」

 キャロルが第三皇子の偽名をハント、第五皇子の偽名をイーサンと紹介すると、マルクさんは頷いた。

「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。今回は領主様の計らいで、皆さんは姿が見えなくなる魔法にかかっていることになっています。そんな不思議そうな顔をしないでください。言葉の綾です」

 マルクさんの例えにキリシア公国のジョージを思い出してぼくたちは笑った。

「この人数で移動したらどうあっても目立ちますから、帝国留学に行っているはずの魔法学校生と連れの方々は領主様の特別懸案というお触れが出されており、誰にも見えないことになっています。単独で行動されますと、誰もいないはずなので突然、素振りし始める騎士がいるかもしれません。お気を付けください」

 誰も声を掛けないが不審な行動をしたら即座に抜刀するとマルクさんが宣言すると、護衛の二人は顔を顰めたが、ハントとイーサンは声を出して笑った。

「いえ、こちらこそお世話になるのに手土産一つ持参していないので、見えない人間になってしまうことは願ったりかなったりです」

 ハンスこと第三皇子の軽口にマルクさんも笑った。

「この短時間に手はずを整えていただいたことに感謝いたします」

 恐縮するイーサンに、伺っていた通りの方だ、とマルクさんは微笑んだ。

「子どもたちの着替えが済むまで礼拝所で魔力奉納をしていただけるよう手配してあります」

 さすが辺境伯領!定時礼拝以外でも一般礼拝を受け付けているようで、転移魔法で魔力を提供した二人の皇子と温存していた護衛たちからしっかり魔力を搾り取ると礼拝所内がほんのりと光った。

 ぼくたちも辺境伯領の教会の礼拝所で魔力奉納をしたことがなかったので、どんな魔法陣かと楽しみにして横一列に並んで魔力奉納をしようとすると、ぼくと兄貴とケインはマルクさんに呼び止められた。

 振り返ると、よくぞ無事でいた、というかのように目を細めた父さんがいたので、ぼくたちは言葉を交わさなかったけれど、無茶をしなかったよ、と胸を張った。

 ぼくたちが公の場での再会を無言で味わっている間にキャロルたちが魔力奉納をしたので礼拝所内がほんのりと光った。

 どうやら、二人の皇子と護衛たちの魔力奉納で礼拝所を光らせた以上の輝きがキャロルたちの魔力奉納で起こらないように、ぼくたち兄弟が抜けることで調節されたようだった。

 合点がいったぼくたちは祭壇に手を触れるタイミングをずらして魔力奉納をした。

 集団で転移する魔力を提供したり、三台の馬車ごと収納の魔術具に入れたままにしていたり、使用した魔力が大きかったからか、ぼくの魔力奉納での礼拝所の光量はキャロルたちと同程度で済んだ。

 留学生一行が魔力奉納を済ませると、学習館の子どもたちのおさがりと思しき服に着替えた子どもたちと合流し、教会関係者たちに礼を言って正面玄関から外に出た。


「ここは夢の国か!」

 教会前の階段で立ち止まったハントは、領城のそばにある大観覧車や、噴水広場の奥にある水の神の祠前の駅に停車している市電を見て絶叫した。

 騎士団員が広場の市民たちに先ぶれを出していたようで、ぼくたちと目を合わせないように俯いている市民たちを気遣ったイーサンが、静かにしろ!と制したが、あれはなんだろう!と興奮する子どもたちと一緒にはしゃいでいるハントの耳には届いていないようだった。

 レールに沿って動く馬のない馬車?とハントは頓珍漢なことを言い出した。

「領都を一周する車両を貸し切りにしているので関係者しか乗車しません」

 マルクさんは定刻通りに市電を運行するために、早く歩いてください、とハントをせかした。

 光と闇の神の祠に並ぶ市民たちの列や、豊富な商品が多種多様にあふれる市で買い物を楽しむ人の多さに視線を泳がせていた子どもたちが、成人男性の命令口調にビクッと肩を震わせると小走りになった。

 慌てなくても大丈夫よ、と母さんとエミリアさんが子どもたちを宥めていると、ぼくたちから目をそらしているはずの市民たちの中から視線を感じて顔を上げると、王都の魔法学校の生徒会長のイザークが屋台の肉まんを頬張ったまま信じられないような表情でぼくたちを凝視していた。

「彼は関係者だ」

 マルクさんがイザークを見て声を上げると、市民たちの中に紛れていた騎士団員たちがイザークを取り囲んだ。

 騎士団員たちに押し出されるようにしてぼくたちの前に来たイザークに、生徒会長、お久しぶりです!とキャロルが声を掛けた。

 彼が噂の生徒会長か!とハントとイーサンがイザークを凝視すると、イザークは肉まんを喉に詰まらせて咳き込んだ。

「ああ、驚かせて済まなかったね。それ、美味しいよね」

 見知らぬおじさんに親し気に声を掛けられたイザークは、そうですね、と愛想笑いをすると、どうなっているんだ!と問いかけるような目力でぼくを凝視した。

 お元気でしたか!と声を掛けたウィルはイザークをぼくと挟み撃ちするように回り込み、水の神の祠前の駅まで同行させた。

「今日お泊りする場所まで、この乗り物で移動します!子どもたちはこっちの車両で大人はあちらの車両ですよ」

 エミリアさんが子どもたちを誘導すると、マルクさんはハントとイーサンに二両編成の先頭車両に乗るように促した。

 後方の騎士団員に押し出されるように大人の車両の方に並ばされたイザークが、助けてくれ!と言うかのような切実な視線をぼくたちに向けると、ここで出会ったのも運命の神の采配ですよ、と笑顔で言うキャロルを見たイザークは観念したように項垂れた。

 運命の神を領地の守り神にしているイザークにはキャロルの言葉はキラーワードだったようだ。

 ぼくと兄貴とケインも子どもたちの車両の列ではなく、キャロルとミロとクリスとボリスとマルコも同様に大人の乗車する車両に誘導された。

「まるで夢の国のようだろう?」

 大人の車両の真ん中に座っていた辺境伯領主がハントとイーサンに声を掛けた。

「素晴らしい魔術具ですね!市内を一周する大量輸送の魔術具ですか!」

 辺境伯領主の向かいの席をマルクさんに勧められたのに座らずに興奮したまま喋るハントに、落ち着け!とイーサンが促した。

「あなたが着席しないと動きませんよ。この特別便の運航が終わらない限り次の便が出ないのですから、お座りください」

 きつい口調のキャロルに、すまなかった、と詫びたハントが着席すると、車両のドアが閉まり動き出した。

「この市電は市民たちの魔力を動力としています。市民たちはこの市電のお陰で祠巡りの移動時間を短縮し、一日の仕事と魔力奉納を両立させることができます。また、市内の物流にも利用しているので中心部の馬車による渋滞の緩和にも役立っております」

 キャロルの説明をハントもイーサンもイザークも興奮に頬を染めて鼻息荒くして聞いた。

「新しい革新的な魔術具の開発により発展したように見えるでしょう。それはもちろんそうなのですが、これだけの魔術具を作る素材を数百年かけて貯蔵してきた歴史があるのです」

 辺境伯領主がそう言うと、ハントとイーサンは真顔になった。

「儂はキャロルのじいじで、この領を代表する立場の者だ。先祖代々からの、常に備えよ、との家訓を守り大量に資源を貯め込んでおるので、よくコソ泥に狙われる。彼の実の両親はコソ泥に刺殺された。実に痛ましい現場だったよ」

 辺境伯領主がぼくを見てそう言うと、辺境伯領主の発言の意図をくみかねたハントとイーサンは眉を顰めた。

「この領から鉱物資源や人材を奪ってもこの発展はそうできるものじゃない。なぜなら、この地の素材を使い、この地の魔力を、この地の人間が活用しているから発展したのだ。盗んだものでは土地の魔力とのバランスがそぐわず、破綻を起こすだけだ」

 奪うばかりの帝国のやり方ではこの発展はあり得ない、と辺境伯領主が明言すると、ハントとイーサンは神妙な表情で頷いた。

「帝国の問題点を我々は把握しております。次世代の我々は、すべきことの下地さえできていないようでは発展どころではないことを理解しています」

 一番はしゃいでいたハントが真顔で答えると、辺境伯領主は頷いた。

「あなた方の入国を許可したのは、あなた方の目でこの地の状況を見てほしかったからです。この状況を実現するために、儂の祖先たちが費やした時間は、百年や二百年どころではないのです。素材の収集には長い年月を要しました。夢の実現にはそれを引き継ぐ子孫がいるからできるのです」

 辺境伯領主は子どもたちの車両の方を見て言った。

「イーサンさんはあの子たちの保護者になることを一切の躊躇なく決断なさいましたね。その姿勢に、まだ帝国には未来があると踏んで、今回協力することにしました」

 自分の行動が辺境伯領主の支援の後押しになったことにイーサンは意外そうな表情をした。

「国境から遠い帝国の地方に手を貸す義理など全くないのだよ。君の父上と儂は恋敵のようなものだったのだよ。彼が儂の元婚約者を攫って嫁にしてしまった話は知っているだろう?」

 帝国では皇帝と第三夫人の詳細な経緯は知られていなかったようで、ハントとイーサンは目を丸くして辺境伯領主を見た。

 市電の運転士がチンチンとベルを慣らした。

 ぼくの自宅近くの土の神の祠前駅に停車することなく通過する電車に向かって、祠巡りの途中だろう学習館の子どもたちが駅の横で手を振りながら懸命にジャンプしていた。

 ぼくたちが透明人間だという設定でも、走る市電は見える、という屁理屈で手を振っているのだろう。

 大人たちの話は一旦置いておいてぼくたちが手を振ると、辺境伯領主も満面の笑みで一緒に手を振った。

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