緊急帰国!
第五皇子は自分が子どもたちの保護者代理になり、洗礼式までの間に帝国に戻ることを明記した身元保証書を発行する、と宣言した。
「それで、ガンガイル王国のどこで子どもたちを保護するんだい?」
キャロルは、いいかな?と言いたげな視線をぼくに向けた。
「物理的な距離を考えると遠いのですが、飛竜の里と呼ばれている、この子、キュアの保護された小さな集落がいいと思います。国境の町は近年の飢饉に喘ぐ難民たちの入国を拒否していたのに、子どもたちを受け入れるとなると、今まで見殺しにしてきた難民を思い、複雑な心境になるはずです。飛竜の里でしたら、子どもを地域全体で育てる習慣があるので、心まで傷ついた子どもたちを受け入れてくれる土壌があります」
ぼくの言葉に留学生一行は頷いた。
「いいところですよ。保護されている飛竜の幼体たちは可愛らしいし、大きな温泉があって成体の飛竜も温泉に入りに来るので守りは完璧です。飛竜の里、という土地柄、観光客は受け入れていませんから、帝国の孤児を受け入れたことを外部に知られることはありません」
王位継承権を持つキャロルが知っていることは国王に伝わるだろう、と言いたげな視線を二人の皇子はキャロルに向けた。
「ガンガイル王国では教会の健全な活動を支援することに異議が出ることはありません。おじい様に手紙を書きますね。飛竜の里は本当にいいところなので、子どもたちの療養にもってこいの場所ですし、何より里の人たちがどんな子どもたちにも根気良く接してくださるとてもいい方々なのです」
ミロがすかさずキャロルのお手紙セットを取り出すと、つらつらと手紙を書いたキャロルは収納ポーチから文箱を取り出し、左手の中指の指輪を外して手紙と一緒に入れた。
文箱は転移の魔術具だったようでキャロルが蓋を閉じると黄金の輝きを放った。
おおお!とどよめきが起こる中、兄貴と犬型のシロが項垂れるように左下を見遣り、月白さんが満面の笑みを浮かべ、従者ワイルドが微笑んでいるということは、キャロルの指輪についていた辺境伯領主のスライムの報告で、事態がとんでもない方向に向かうのだろうと予測できた。
手紙専用の転移の魔術具か!と喜ぶ第三皇子を放置して、キャロルとミロは子どもたちに魔獣カードを見せ始めた。
あなたの地元は虎が生息する地域なのね、というように子どもたちが知っている魔獣から書類通りの出身地域かをキャロルが推測していることに気付いた留学生一行は、十八人の子どもたちに自分たちのコレクションを披露しながら個人的な話をさり気なく聞きだした。
教皇が連れてきた子どもたちの世話役の女性たちは聞きだされた誘拐された話に涙ぐみながらも、留学生たちの手腕に感心した。
そうこうしている間にキャロルの文箱が再び光り輝くと、キャロルは子どもたちの相手をミロに任せて文箱を開けた。
短時間で返信が来たのにもかかわらず文箱の中には大量の手紙が入っていたことに、二人の皇子や教会関係者たちはギョッとした表情になった。
ぼくたちは別の意味でギョッとしていると、自分の分の手紙を除いたキャロルは、寮生たちに呼びかけた。
「クリス、ボリス、ミロ、ご両親からお手紙です。ジョシュア、カイル、ケインはご家族から分厚い手紙ですね。あら、ウィルさんにもラウンドール公爵夫妻からの手紙がありますよ……」
名前を呼ばれた留学生たちが家族からの手紙を受け取ると、そういうことか、と二人の皇子や教会関係者たちは、可愛い子どもたちを外国に留学させた本国の家族たちが辺境伯領主に事前に託していた手紙だろうと納得した。
受け取ったぼくたちは、こんなまどろっこしいことをしなくても随時連絡が取れるはずなのにあえてここで手紙が来た理由を想像すると、お説教だろうか?と戦々恐々となっていた。
後で見た方がいいのかい?とぼくとケインは兄貴を見ると、兄貴はサッサと開封した。
手紙の内容は現状に即したもので、この町で魔力奉納をしないと決断したことや孤児院の子どもたちに迅速に回復薬を行き渡らせたことを英断だ、と大絶賛する内容だった。
とりあえず怒られなかったことにぼくたちが安堵していると、手紙を受け取った留学生たちも喜びに表情がほころんだり、うっすらと涙を浮かべたりしていたので、久しぶりの家族の手紙に喜ぶ留学生一行を温かく見守る大人たちが勝手に感動していた。
君たちの家族も探し出すからね、と教皇が孤児たちに声を掛けると子どもたちは涙ぐんだ。
洗礼式前の子どもたちが住所を正確に言えるはずもなく書類も正確ではないのできっと難航するだろう。
それでも、教会関係者たちは子どもたちを安心させるために、きっと教皇猊下が見つけてくださる、と声を掛けた。
「おじい様は子どもたちの受け入れに賛成してくださいました。第五皇子殿下の後ろ盾で洗礼式前に帝国に帰国することも同意してくださいました。すでに飛竜の里の族長も受け入れの準備を始めてくださっています。辺境伯領の教会に転移して辺境伯領の騎士団宿舎で一晩過ごし、翌日、魔法の絨毯で飛竜の里に移動してはどうか?と提案されました」
「ぼくたちも一時帰国せよ、ということでしょうか?」
辺境伯領主の手紙を要約したキャロルに、魔法の絨毯を使用するということはぼくも帰国しなければいけないのか質問した。
「全員速やかに一時帰国せよ、とのことです。この町は教会の護りで辛うじて存続しているだけの危険な町で、ここに留学生一行が一晩滞在することは認められない、と国王陛下が判断されました。これが勅令です」
キャロルは三通の手紙を掲げると、教皇と第五皇子とベンさんにガンガイル王国国王の直筆の親書と勅令を手渡した。
ベンさんが受け取った勅令は、三台の馬車を収納の魔術具に押し込み、教会の転移の魔術具を借用して大至急留学生一行をガンガイル王国辺境伯領に避難させよ、という指示だった。
教皇が受け取った親書は、本日の夕方礼拝を教皇が取り仕切り、この地域の教会の魔法陣に聖なる魔力を満たすように依頼する内容で、孤児たちを保護する代償としてガンガイル王国留学生一行が教会の転移の魔術具の使用する許可を求める内容だった。
第五皇子への親書の内容は、子どもたちの保護者代理として保護先の視察を許可するが、帝国第五皇子としてではなく、気の毒な子どもたちの一時的な保護者、という立場で振る舞うことを要求するものだった。
蚊帳の外になってしまった第三皇子が、私も行きたかった、と呟くと、辺境伯領主の手紙を第三皇子に手渡した。
手紙に目を通した第三皇子は満面の笑みを見せた。
「私の護衛は一人だけで、偽名を使用し、ガンガイル王国内では帝国皇族としても身分を決して明かさず、可哀想な子どもたちを見送りに来た軍人として振る舞うならガンガイル王国への入国を許可してくださるようだ」
ガンガイル王国に行ける、という喜びで第三皇子は自身の二人の護衛に、どっちが付いてくる?と軽い口調で尋ねた。
「兄君!先に、おそらく買収されているであろう、この町の軍関係者を拘束すべきです!」
第五皇子が第三皇子の振る舞いに眉間に皺を寄せると、第三皇子は左手を伸ばし握っていた拳を開くと、掌の中には軍人たちの認識票と思しき金属のプレートが数枚あった。
「有休を最大限使ってガンガイル王国留学生一行を追いかけている、というのは軍関係者を油断させる口実で、軍紀の乱れを取り締まるために帝国西側の警戒を担当している。北と東と南にも部下を向かわせているのだ。小さいオスカーにも彼らに心配りを頼んでいるから、無責任に遣いに出したわけではない!」
きりっとした表情で仕事をしているのだ!と豪語した第三皇子は、ハハハハハ、と高笑いをした。
「……わかりました。兄君は隠密行動ゆえに馬鹿っぽく装っていたのですね」
露骨に馬鹿と言い切った第五皇子の言葉を気にせず、そうだ、と第三皇子は頷いた。
「認識票を偽物とすり替えたから、逃走を図ればすぐに拘束される。疚しい奴ほど姑息な手段で逃れようとするから後で成敗すればいいだけだ」
白馬に乗って市中を駆け回り、悪人を見つけて部下に詳細を探らせてから成敗するなんて、大暴れする将軍のドラマのようで第三皇子がカッコよく見えてしまう。
ぼくたちは、凄いですね、と感心していると、ベンさんに馬車を片付けてくれ!と頼まれた。
孤児院の子どもたちをまとめるのはキャロルやケインたちに任せて、ぼくと兄貴とウィルで馬車を片付けてアリスたちを連れてくることにした。
馬車で待機していた商会関係者たちに緊急帰国をするように勅令が出たことを告げると仰天したが、それだけこの町が危険だということを朽ちかけた無人の中央広場で待っていた間に彼らも感じていたようですんなりと受け入れた。
皇子たちの馬は留守番が決まった皇子の護衛たちが軍の宿舎に連れていった。
第三皇子は馬車を収納の魔術具に押し込むところを見たがったが、第五皇子にガンガイル王国国王と辺境伯領主に急いで礼状を書け、と止められたので、見物人はガンガイル王国関係者だけだ。
ぼくの収納ポーチはぼくの魔力量に合わせて収納量が増えていたので、三台の馬車も問題なく収納できた。
「また、魔力量が増えたんじゃない!」
驚くウィルに、死にかけたから容量が増えたような気がする、と答えると、真似したら駄目だよ、と兄貴が釘を刺した。
「わかっているよ、死ぬには若すぎる」
凡人なら即死している、とウィルが苦笑した。
死にかけた、という言葉に商会関係者たちが青ざめてしまったので、昔の話だよ、と誤魔化しながらぼくたちは教会に戻った。
「私たちが祈りで町の破滅を食い止めますから、辺境伯領主様によろしくお伝えください」
キャロルに頭を下げた教皇の背後にいる月白さんに、定時礼拝の変更指示がわかりにくい、と書かれた親書をそっと差し出した。
手際が悪くてすまなかった、と言いたげにほんの少しだけ眉を顰めた月白さんは従者ワイルドをチラッと見た。
教皇の案内で教会内の立ち入り禁止区域に入ると、待合室のような小部屋に通された。
「ここは緊急で大規模な神事を行う時に司祭たちを現場の近隣の大きな教会に転移させるための部屋です。使用する魔力量がとても多いので、多用することはないのですが、ガンガイル王国の回復薬を譲っていただけたので、皆さんを転移させても本日の神事に問題ありません」
教皇の説明に留学生一行は、自分たちの魔力も使用してください、と申し出た。
「教会の魔術具に魔力供給をすることは自己研鑽になりそうなので、是非協力させてください!」
ぼくの申し出に、教皇だけでなく教会関係者たちも大いに感心した。
「わかりました。ご協力ください」
教皇は部屋の中心に魔力を負担しない子どもたちとポニーたちを集め、魔力供給をするぼくたちが壁際に並ぶように指示を出した。
二人の皇子の護衛たちに、護衛が魔力を消費するのはよくないので小さい子どもたちの真ん中に入るように教皇が勧めると、申し訳なさそうな表情をしつつも護衛たちは従った。
「私が扉を閉じると、部屋全体が光ります。魔力を負担してくださる方は壁に手をついて魔力を供給してください。光量が多いので目を閉じてください。魔法陣を見ようとして目を開くと失明してしまいます。光が収まると、ガンガイル王国の教会関係者たちが扉を開けてくれますから、お待ちください」
教皇の説明に、はい、と全員が返事し、アリスたちも、ヒヒーン、と一声を上げると笑いが起こった。
「では、子どもたちをよろしくお願いいたします」
教皇が扉を閉じると部屋全体が真っ白に発光し、壁につけていた掌から魔力がゴッソリと引き出された。




