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これは遊びではなく、立派な任務です!

「これから帝国の常識は変わっていくでしょう。いえ、変えなければ帝国は衰退するだけです」

 第五皇子はそう言うとバルコニーから戻ったキャロルが頷いた。

「ガンガイル王国と取引するためにはガンガイル王国への利を示してください」

 目立つ特産品がなくても貢献度を高めたら今後考える、とキャロルが発言するとククール領主夫妻は真面目な顔で頷いた。

「ああ、お茶が冷めてしまいましたね。手土産に持参した焼き菓子もまだお召し上がりではないでしょう」

 ウィルは領主夫妻に席に戻るように促した。

 お茶を入れ替えようと茶器を下げる使用人に掌を上げて制したぼくは魔法の杖を一振りしてお茶を温めた。

 全員が座り直し、手持ち無沙汰にみぃちゃんの形のクッキーを摘まんだ領主夫人はクリーム色の再現に使用したオレンジ果汁の香りと味にハッとした。

「昨年立ち寄った町で頂いたオレンジから特殊な方法で栽培した木から収穫したオレンジ果汁を使用しています」

 特殊な栽培方法?と領主夫妻が首を傾げると、得意気に第三皇子が説明した。

「ガンガイル王国の留学生たちはいくつも農場経営をしており、土地の魔力を高めることでたくさんの作物を収穫する研究をしているのだ。特別な促成栽培の技術があってのことだろう」

 第三皇子の話を聞いて衝撃を受けた表情になったククール領主は第五皇子に、具体的に聞き出してくれ、とすがるような視線を向けた。

「おじい様が真面目に取り組めばまだ挽回の余地はあるのです。ガンガイル王国留学生たちの技術を聞き出そうとせず、領城での魔力奉納に加えて領地内全域で祠巡りを領主一族総出でするだけでも効果があるはずです」

「ああ、領主一族が教会の定時礼拝に参加するのもいいだろうね。あの魔法陣はククール領全域に影響しているはずだ」

 魔術具オタクで魔法陣にも詳しい第三皇子が、自分たちでまずできることをしろ、と念を押すと、しょせん第三皇子には他人事だからなのか呑気にむしゃむしゃとクッキーを頬張った。

 国土の発展に尽くすことは皇族の義務だから他人事ではないはずだが、突っ込まないでおこう。

「次にお会いする機会がありましたら、いい話が聞けるのを楽しみにしています」

 これ以上情報提供をする気がない、とウィルは話題を〆た。

 この後、話題は茶菓子のクッキーに移り、第三皇子と第五皇子の合作だと知ったククール領主夫妻はクッキーを喉に詰まらせた。

 ハンバーグに餃子と練り込む料理が続いたので、なんでもしっかり混ぜれば美味しくなると間違った学習をした第三皇子に、焼き菓子はざっくり混ぜた方がいいという指導を入れるため試作したクッキー生地の型抜きを第五皇子は手伝っただけだ。

「魔力に余裕のある世界になれば人々の暮らしは生活魔法を多用した全く違う次元の暮らしになるだろう。私は自分が生きている間に実現するといいと思う」

 魔術具オタクが生活魔法の魔術具の普及を願っただけなのに、天下を取って泰平を目指す、ととらえられかねない第三皇子の発言に第五皇子は吹き出した。

「ガンガイル王国留学生の皆さん。兄君を頼みます」

 ぼくたちに同行することを勝手に決めている第三皇子のことを、まるで娘を嫁に出す父のように心配した第五皇子の発言に、ぼくたちは吹き出しそうになり瞬時に身体強化をかけた。

「あれ?このまま一緒にガンガイル王国留学生一行についていかないの?」

 第三皇子は第五皇子がこのままぼくたちの旅路に同行するものだと思い込んでいたようだ。

 ぼくたちを金のなる木と理解したククール領主が満面の笑みで第五皇子に話しかけた。

「領地全域や近領の状況を視察すると言っていなかったかい?」

 ぼくたちの動向を追うことでククール領に利をもたらせ、と指示を出している狸親父の領主にキャロルはにんまりと笑みを見せた後、自分の心の赴くままに行動して、と第五皇子に柔和な笑みを見せた。

「そうですね。近隣領地の視察をする予定でした」

 第五皇子の決断に、言動が軽すぎる第三皇子のストッパーを獲得した喜びにぼくたちは内心で拍手喝采を送った。

 満面の笑みで第五皇子を歓迎するガンガイル王国留学生一行の様子に気をよくした領主夫妻が胸をなでおろしたところで、はたから見たら胃の痛いお茶会が終了した。


 ぼくたちの旅路に急遽合流することになった第三皇子と第五皇子がアリスの馬車に同乗すると護衛たちの馬がついてこれないので、同乗せずに現地集合しようと持ち掛けた。

 “……カイル。馬たちは足手まといになってもついていきたいと熱望しているよ”

 お茶会の間一緒に馬場に繋がれていたアリスが可哀想だと訴えたので、第三皇子と第五皇子と二人の護衛たちの馬を載せるための牽引車両を制作して二人の皇子たちと護衛たちも三台の馬車に便乗することになった。

 サクッと牽引車両を制作して、揺れ軽減の魔法陣があるから安心して載れ、と馬たちに精霊言語で告げると、助かります、と精霊言語で感謝された。

 あっという間に牽引車両を制作し、馬たちの信頼まで得たことに皇子たちの護衛やククール領の使用人たちが驚くと、この子たちは凄いだろう、とまるでガンガイル王国関係者かのように第三皇子が自慢した。

 だいぶ第三皇子の言動に慣れたのか、ククール領主夫妻は、そうですね、と話を合わせた。

 こうして予定より少し遅くなったが、無事ククール領都を後にすることができた。

 予定を狂わす元凶の第三皇子がいるのに昼前に出発できたのは牽引車両の制作にはしゃぐ第三皇子を第五皇子が見張っていてくれたお陰だろう。


「ああああああああ!楽しみにしていた塩湖が見えてきた!」

 興奮を抑えきれないケインにキャロルとミロが笑いながら頷いた。

 ガンガイル王国で地脈の研究をしていたケインはプレート移動説に興味を示し、この世界が拡張する際に新大陸が誕生し、地脈の流れが変わるたびに大陸が移動して中央大陸が巨大化したのではないかと仮説を立てていた。

 キリシア公国とククール領の間の山奥の領地に、生き物が生息できない死の湖があると知った時からぼくたち兄弟は、ここがかつて地中海のような内海で死の湖は内海の一部が取り残された塩湖ではないかと疑っていた。

 この地の名産品が塩だから疑う余地がない。

 塩を購入する気満々の商会関係者たちも、ほくほくの笑顔で昼食を車内で食べることになっても立ち寄ることに賛成してくれた。

 塩湖で浮かぶ気満々のぼくとケインとキャロルとミロは激マズ回復薬を口にして、表皮の目に見えない小さな傷も完璧に癒して万全を期した。

 怪我もしていないのに回復薬を服用するのか?と怪訝な表情になった第三皇子に、小さな傷口に塩を塗り込むとどうなるか知っているか?と第五皇子が訊いた。

 それは痛い、と顔を顰める第三皇子に回復薬を進めると、泳がないからいらない、と断られた。

「塩湖に来るなんて一生に一度かもしれないから私は貰うよ」

 常識人に見えた第五皇子が子どもと一緒に泳ぐと決心したことに第三皇子は驚いた。


 塩湖の周辺は人間が住める環境ではないので村一つなかったが、塩の採取のための作業員のための休憩小屋があり、そこで直接塩を買い付けることもできる。

 ただ、作業員たちは毎日下山しているので、わざわざ買い付けに出向く人はほとんどいない、と麓の村で笑われた。

 よっぽど珍しいのか、ぼくたちの馬車が塩湖に到着すると作業員たちは手を止めて馬車の周りに集まってきた。

「大口の買い付けの方が現場を視察しに来ることがあるのですが、こんなちっちゃな馬がでっかい車両を連結して山道を登ってくるなんて、この目で見ても信じられないよ!」

「しかも、後ろの車両にでっかい馬が載っているんだ!こんな愉快なことなんてまずお目にかかれない!」

 興奮する作業員たちにベンさんと商会の代表者が、塩の買い付けと泳ぎに来た、と言うと、危ないから止めておけ、と作業員たち全員が声を揃えた。

「回復薬を使用して準備万端にしてあります。それでも顔に水を付けないように注意します!」

 泳ぐ、というか浮く気満々だったぼくが挙手をして宣言すると、お貴族様の子弟か、と作業員たちから安堵の声が漏れた。

「回復薬をお持ちでしたら大丈夫かとは思いますが、お気をつけてください」

 湖の水質をキュアがチェックすると、濃度の濃い塩水だよ!と精霊言語で言った。

 男装の女子の三人が認識疎外の魔法で体形を誤魔化しながらもウエットスーツのような全身を覆う水着に着替えて馬車から降りたのを見た作業員たちは女子だと気付くことなく、本当に準備万端だ!と笑った。

 ぼくたちも着替えを済ませると、塩の塊が湖岸にこびりついている塩湖に足を踏み入れた。

 水の冷たさにキャーキャー言いながらも、体の力を抜くと水の中でぷかぷかと体が浮かんだ。

 塩湖に入った留学生たちはぼくの真似をして体の力を抜くと浮かび上がる感覚にワーワーと喜んだ。

 スライムたちまでポチャンポチャンと塩湖に飛び込むと、大丈夫なのか!と第三皇子が焦って声を掛けた。

 スライムたちは全身の表面に魔力の層を作り直接体に水がかからないように対策しているので、触手を伸ばして、大丈夫だよ、と湖岸で見守る第三皇子に触手を振った。

 ぼくたちが顔を上げたラッコのように漂う隙間にスライムたちがポンボールのように泳ぐと、作業員たちはケタケタと笑い声をあげた。

 楽しそうだね、と眺めている猫たちに小さな手を振ってキュアも塩湖に入り、スライムたちと戯れた。

 ベンさんの水着を借りて塩湖に入った第五皇子も体の力を抜いて長い手足を伸ばして浮かぶと、漂ってきたスライムたちが第五皇子をクルクルと回し始めた。

 限度を知るスライムたちは第五皇子が目を回す前に止めると、ありがとう、と第五皇子は笑いながらスライムたちに感謝した。

 スライムたちは恐々と入った商会関係者たちもクルクルと回して遊んだ。

 ぼくたちが適度に遊んで湖から上がると護衛たちは安堵したが、泳ぎたくなった第三皇子はベンさんに頭を下げてベンさんの水着を借りた。

 皇子たちが馬車に籠って水着の交換をするのを見守る護衛たちは複雑な表情になった。

「泳ぎたい?」

 いざとなったら着衣で飛び込むつもりで見守っていた護衛たちは、任務中だから、とぼくの誘いを断ると、着替えを終えた二人の皇子は、水着が借りられるのなら入ったらいい、と呑気に言った。

「ここにいるのはガンガイル王国の関係者と塩採取の作業員たちしかいないが、作業員たちは私たちが皇族だなんて気付いていない」

「交代で入れば護衛は問題ない」

 二人の皇子が小声で囁くと、商会の人たちが自分たちの水着を差し出した。

「ここは全員が遊んだ方が不自然じゃないですよ。これは遊びではなく、立派な任務です!」

 ベンさんの言葉が決定打になり、護衛たちの全員が交代で遊ぶことになった。

 せっかくなのだから大人も全力で楽しむべきだ。

 ぼくの気持ちを汲んだスライムたちによって、回転の耐性がありそうな護衛は皇子たちよりたくさん回されることになった。

 荷車に塩の積み込みを終えた作業員たちは高速で回転される護衛に指をさして腹を抱えて笑った。

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― 新着の感想 ―
前に第一、第二皇子はアラフォー世代の設定とお返事いただきましたが、第三皇子〜第五皇子はアラサー設定でしょうか? 帝都の地鎮祭の時に光と闇の祠担当が第三第五皇子だったのは、こーゆーことだったのかとクク…
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