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はたで見ていたら胃の痛いお茶会

 ぼくの頭の上はよほど居心地がいいのか他の精霊たちが数体潜り込むと、キャロルが上目遣いでぼくを見た。

 早朝から身代わり人形を使用していたことがバレたのかと思ったが、派手な花冠みたいだよ、と言われただけだった。

 キョロキョロあたりを見回すとみんな微笑ましいものでも見るような笑顔でぼくを見ている。

 感謝の気持ちは受け入れるから頭で光るのはよしてくれ。

 どうやら点滅を止めたようでみんなの視線がぼくの頭部から下がった。

 精霊たちが好む美味しい供物とは何だ?と悩む第三皇子に、養蜂でも始めたらいい、と勧めた。


 正しい礼拝方法を伝授してくれてありがとうございます、と感謝する教会関係者と別れを告げてククール領を去るつもりで教会を出ると、領主の使いのカルビンが待ち構えていた。

 領空の飛行許可ももらったことだし表敬訪問をすることは致し方ない。

 領城の応接間に案内されたぼくたちはククール領主夫妻からガンガイル王国との定期的な商取引を持ち掛けられたが、国税を誤魔化すためにあえて荒廃した土地をつくる人物と取引したくない。

「我々は珍しい魔獣の皮や素材を求めているわけではないのです。定期的に取引するのなら、この地ならではの鉱石やガンガイル王国や帝都で求められるようなレベルの食品や加工品がないと、この地に立ち寄る利点がありません」

 持ち込まれた素材を手に取ることもなく商会の代表者はきっぱりと断った。

「朝食のお握りの黒いシートは海の香りがほんのりとしてパリッとして香ばしかった。あれはガンガイル王国の海藻なんだよな」

 この場に呼ばれてもいないのにいる第三皇子が、特産品とはああいったものだ、とうそぶいた。

 ククール領主が第五皇子に、何とかしてくれ、と言うかのように視線を向けると、第五皇子は小さく首を横に振った。

「おじい様と言わせてもらいますが、無理ですよ。年に十頭程度しか狩猟の認められていない銀狐の毛皮は質こそまあいいですが、十分な量がない。麦、蕎麦、といった穀物類は国の特別定率減税を適応しているので余所に売れるほど量がない。繊維用に栽培している麻の質は帝都に出せるほどでもない。残念ながら今、世界で最も上質な布の産出国はガンガイル王国で毛糸の質もガンガイル王国が最上質です。その国と取引できるだけの品がこの領地にはありません」

 第五皇子がため息交じりにそう言うと、ククール領主夫人はガンガイル王国の生地が欲しかったようで領主に横目で指示を出すと、何とか卸してもらえないか、と領主が頼み込んだ。

 帝都でも入手困難な品です、と第五皇子は溜息をついて首を横に振った。

 卒業記念パーティーのぼくたちの衣装は防御の魔法もさることながら、女性たちのドレスの魔法を駆使したデザインも評判になり、生地の魔法素材としての価値が上がっていた。

 高級品を購入できる余裕があるのならもう少し領地に投資しろ、と第五皇子はにべもなく言い放った。

「おじい様が購入すべきなのは土壌改良の魔術具や堆肥といった今期の収穫高を上げるための物であるべきだ。いいですか、昨年、ガンガイル王国の留学生たちが滞在した地域はもれなく収穫高が上がっているのです。今期の軽減税率を返上した領さえあるのですよ。その地域では領民たちが一丸となって毎日祠巡りをしているのです。今期実績を出さない領主が宮廷でどういった扱いになるのか、きちんと熟考してください!」

 第五皇子の熱弁にククール領主は青ざめた。

 そうか!

 この後第三皇子を引き連れて旅をするなんて面倒だと考えていたけれど、第三皇子が第五皇子のように訪問先の領主と掛け合ってくれるのなら、ぼくたちの社交に関する負担が圧倒的に減るではないか!

 笑顔で第三皇子を見たぼくの表情だけでぼくの考えを察したウィルが頷くと、この人には無理じゃないか?と言うかのようにケインは斜め下を見た。

 ティーカップのソーサーに手をかけたキャロルはククール領主夫人を世間知らずのお婆さんを見るように冷ややかに一瞥すると口を開いた。

「ぼくたちは難癖をつけているわけではないのです。商会のキャラバンは遠路はるばる旅をするのに途轍もない経費が掛かるのです。着陸許可が必要な飛竜便は盗賊に会う危険度がない分、高級品の運搬に向いていますが、運賃は高額です。陸路でやって来るキャラバンの経費はご説明する必要もないでしょうが、帝国はガンガイル王国より治安がよろしくありませんから、経費は増えますね」

 そう言うと優雅な仕草でお茶を口に運んだキャロルに、子どもが口を挟むな、と言いたげな厳しい視線をククール領主が向けた時、第五皇子がパシンと一拍、手を叩いた。

「ガンガイル王国は帝国より歴史の長い古代と言われる時代から王朝を変えることなく存続してきた国家です。皇帝陛下はガンガイル王国との友好を約束して王宮主催の卒業記念パーティーに中級魔法学校の新入生であるカイル君たちが招待されたのです。その意味を理解できないようでしたら、いくら祖父でも庇いきれません」

 ガンガイル王国ガンガイル領の皇女がこの留学生一行の中にいることを第五皇子が言外に指摘すると、領主の背後に控えていた領主の使いのカルビンが咳払いをした。

「ぼくたちはこの世界の冷蔵庫から大熊の頭骸骨を被って出てきた田舎者ではないのですよ」

 ガンガイル王国への揶揄を口にしたキャロルが優美に微笑むと、ようやくククール領主はキャロルが只者ではないことに今さら気付いたようだった。

 茶会の始めにガンガイル王国留学生一行の紹介を『ガンガイル王国の貴公子たち』と第三皇子が茶化しながらしたせいで、領主夫妻は十七人の留学生たちを十束一からげにし、個人に注意を払わなかったのか、そもそも本当にガンガイル王国を見下していたのだろう。

 留学生一行はフフと鼻で笑うとククール領主は奥歯をきりきりと噛みしめた。

「おじい様。本年度の収穫高を実際に改善できなければ、皇帝陛下に領主の交代を直訴しなければ、このままこの一族がこの地を治めるどころか一家全体で弾劾される恐れがある、と警告するために私はここに来たのです」

 第五皇子の不穏当な発言にククール領主は顎を引いた。

「うん。そうだね。あのね、今年度の魔法学校の競技会の結果を知っているのなら、皇帝陛下の怒りがどこに向かっているのかぐらいは察しているよね」

 帝国の勢力図の縮図だった競技会の優勝と準優勝が外国の留学生たちのチームだったことに国力の衰退を憂いている、と第三皇子が仄めかすと、全ての辻褄が合ったかのように愕然とした。

「猶予はないんだ。母が帰領するまで私の最後通告を待つ気でいたが、ここまで自覚がないのなら明言しよう。今年、成果を上げられなければククール領を私は救えない」

 第五皇子の告白に第三皇子が、この判断力は次期皇太子にふさわしい、と口を開きそうになると、キャロルのスライムが第三皇子に、黙れ!と軽く威圧を放った。

 皇族に威圧を放ったものがいる、と護衛たちが騒然となると、ケタケタと声を上げて第五皇子が笑った。

「兄君の軽口を封じたのはスライムだよ!粗忽物の兄君はキャロル殿下のスライムに礼を言うべきだ!」

 第三皇子も笑いながら立ち上がるとキャロルの前で跪いた。

「私の失態を防いでいただき感謝いたします。これまでの、数々のご無礼もお許しください」

「第三皇子殿下のご丁寧なぼくのスライムへの礼と、私への謝罪は受け入れます。フフフ、そうですね。ぼくが三つの頃に祖父から受けた教訓を特別にお教えいたします」

 優雅に立ち上がったキャロルはバルコニーを指さすと第三皇子が男装のキャロルをエスコートするように右手を差し出した。

 ここから起こる茶番に備えてぼくたちは表情筋と腹筋に身体強化をかけると、第三皇子のエスコートでバルコニーから城下町を見下ろしたキャロルは爆弾発言をした。

「町を一望できる場所から視力強化をかけて、市民たちの表情をよく観察すれば、領政が上手くいっているかどうかわかるものだ、と言われました」

 昨日の大名行列のような祠巡りでは隠されていた素の市民たちの表情を見ようと、バルコニーにキャロルと第三皇子が身を乗り出すと、領主夫妻は大きな音をたてて椅子を引き立ち上がった。

「ああ、祠巡りに向かう市民たちの人の流れが確認できますね。感心感心」

「衣装で祠巡りをする市民たちの階級がわかるでしょう?そこで目を慣らしてから貧民街を探すのです。けっして粗探しをするのではなく、どの階級の市民も笑顔で暮らしているのかを確認するだけです」

 第三皇子とキャロルに突進しようとした領主夫妻に第三皇子の護衛が制する前に、クリスとボリスが領主夫妻の動線に回り込みぼくとウィルが背後に立った。

「新入生の護衛として在校生がついています。無作法な行為はガンガイル王国留学生に反意ありとみなして我々は行動いたします」

 ベンさんが領主夫妻を一喝した。

「なるほど、市民の肌艶や栄養状態や流行り病の気配を察することで、被害が拡大する前に手が打てるというわけですね」

 背後の騒ぎを気にすることなく、第三皇子は感心したようにキャロルに言った。

「極端に痩せた市民が多くいるわけではないので、問題がないように見えますよね。問題は国境付近に集結していましたから、こちらには何もなかったのでしょう」

 ガンガイル王国との国境付近に集結していた難民の存在をキャロルが匂わせると、領主夫妻に席に戻るように促していた第五皇子は額に手を当てながら親指でこめかみを押さえた。

 自領の粗探しをされたのではないことに気付いた領主は、うちはよくやっている、と言うかのように表情を緩めて頷いた。

「昨年、ガンガイル王国の皇太子殿下の緊急援助で難を逃れたと報告に上がっていたから、今年はそこまで悲惨な状況ではなかったでしょうに」

 ケロッとした口調で第三皇子が言うと、呆れたようにキャロルは第三皇子を見上げた。

「それはうちの国がやることではなく、帝国全土で協力してすべきことでしょう。ガンガイル王国の国境の町では帝国は難民から死霊系魔獣が発生しないように、弱った難民は生きながら焼かれる、と噂になっておりました。隣国の危機に皇太子殿下が立ち上がったのも、帝国が弱体化するとガンガイル王国から土地の魔力が流出するからですよ」

 可も不可もない笑顔の少ない市民がいる城下町を見下ろして、この領が無難に過ごしている間に割を食ったのはガンガイル王国だ、とキャロルは指摘した。

「おじい様は上手く領地経営をしているつもりでも、はたから見れば最低限のことを成し遂げているだけの無能の一歩手前の領主です。後がないという事実は揺るぎません」

 帝国の高位貴族として帝国の危機を無視していたことを第五皇子は指摘した。

「派閥の違う領を援助するなんて、そんな間抜けなことをする者などおりません!」

 領主夫人が帝国の常識を持ち出すと、黙りなさい、と第五皇子が遮った。

「派閥は絶対的なものではなく、あっさり瓦解したではありませんか」

 第五皇子の言葉にククール領主は、こいつらのせいだろう、とねめつけるようにクリスを凝視した。

 振り返った第三皇子は、年長者だというだけでガンガイル王国留学生一行の代表者として睨まれているクリスを見て大爆笑した。

「彼は競技会のガンガイル王国チームの代表者だったけれど、帝都で大活躍したガンガイル王国留学生の代表者は光と闇の貴公子と呼ばれる背後の二人ですよ」

 ククール領主夫妻が振り返ってぼくとウィルを見るとウィルの髪の毛の中でウィルを慕う精霊たちが光っている……、ということは、ぼくの髪の毛も同じように光っているのだろう。

「彼らは帝国で一番有名な魔法学校生ですよ。ご存じないとは情けない。おじい様たちが卒業記念パーティーに招待されなかった時点で察してください。あなた方は皇帝陛下に全く信頼されていない」

 領主の使いのカルビンはがっくりと肩を落とした。

 領主夫妻がぼくたちを侮っていただけで、帝都の噂をこの城の使用人たちが知っていたのなら、見ている分にはさぞかし胃の痛いお茶会だろう。

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