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人を見た目で判断してはいけない

 昼食後、うとうとするジョージに昼寝を勧め、ぼくたちはマルコの案内で城下町に下りた。

 昨晩の夕方礼拝時に予備騎士団員たちが祠に魔力奉納をすると教会が光り精霊たちが出現し、早朝から騎士団員が七大神の祠に魔力奉納をしたところ再び教会が光り精霊たちが出現したことで、市民たちは騎士団員たちが集団で魔力奉納をすれば精霊たちが出現する、と考えていた。

 だが、魔法学校の制服を着たクリスたちが祠巡りを始めると数体の精霊たちが出現して付き添ったらしく、祠巡りをすると精霊たちが出現するのか?と市民たちは話題にしていた。

 そこに、クリスたちを案内していた騎士団員が国王陛下の宣誓を市民たちに説明し、祠巡りで一般市民も魔力量が増え神々のご加護が増える、と伝えたが、魔術具が普及していないキリシア公国では魔力が増えると何ができるのか?と今一つピンときていなかったらしい。

 毎日魔力奉納をすると一回で受け取る市民カードのポイントが増加し、町や国の護りの結界を強固にする、とクリスたちが具体的な説明をしたところ、帝国との緊張状態を理解している市民たちはがぜん張り切りだしたようだ。

 ぼくたちが祠巡りに行く道順は市民たちの流れに任せて移動すれば次の祠に辿りつけるほど市民たちが祠巡りに殺到していた。

 混雑しており走れなかったぼくたちはゆっくりと町を眺めることができ、それはそれで城下町を堪能できた。

 いたるところに錯覚を利用した仕掛けが施されており、階段のある裏道かと思いきや平らだったり、出窓が特徴的な家だと思えば普通の窓だったり、角度によって家が見えなくなる設計に、おおおお、といちいち感激した。

 ぼくたちは間違い探しのように町の隅々まで観察した。

 そんなぼくたちの様子を面白がるように数体の精霊たちが付いてくると、市民たちはぼくたちが神々しい人物のように眺めるか、一歩下がるように距離をおいた。

 マルコがマリア姫だということも全くバレていないようで七大神の祠巡りは順調に回れた。

 教会の正面玄関には特設祭壇が設けられ、夕方礼拝に参加できない市民たちが魔力奉納をしていた。

 ぼくたちが祭壇に魔力奉納をするとさらに精霊たちがたくさん出現したので、ぼくたちがカエルの歌の輪唱を披露すると歌に合わせて精霊たちが点滅した。

 単純な歌なので市民たちも口ずさむと精霊たちは続々と出現した。

 昼寝から目覚めたジョージはキュアを頼りにぼくたちが城下町のどこにいるのか探して楽しんでいたらしい。

 城下町の人込みの中からぼくたちを見つけるような強い視力強化ではなく、上空を飛ぶキュアを見つけるだけの身体強化の加減の訓練になっていたのに、最後は大量の精霊たちの出現で簡単に見つけられたよ、と後で聞いた。

 今回ぼくたちが日中に教会前で精霊たちを大量に出現させたことで、定時礼拝以外にも精霊たちが出現することをキリシア公国の城下町の人々に広く知らしめることができた。


 城に戻ると精霊たちもついてきた。

 お目当ては温泉だったようで、ぼくたちと入れ替わりで城に残っていたクリスたちが、全ての浴槽にお湯が入った、と報告すると、精霊たちは温泉の完成を喜ぶように点滅し、露天風呂の方へと散らばっていった。

 マルコが親孝行のために作った温泉を両陛下はたいそう喜んだようで、共に作ったぼくたちもご一緒に、とお誘いを受けた。

 国王陛下と一緒に入浴!とぼくたちは焦ったが、マルコの両親マイクとキャシーからのお誘いです、と誘いに来た使用人は言い直した。

 これは受けるしかないだろう。

 ぼくたちが裏庭の温泉に行くと両陛下は予備騎士の制服を着たマイクとキャシーの姿だったが、それぞれの護衛が正規の制服を着用して控えていたので、あくまで無礼講の演出としてのコスプレだった。

 妃殿下とエイダ殿下とマルコとキャロルとミロが女湯の方に行こうとすると、えええええ!とジョージが驚いた。

 マルコと同時にキャロルとミロが認識疎外の魔法を解くと髪の長い三人の美少女に戻った。

 あああああああ!とジョージは声を震わせると、キャロルに抱っこされてアイスクリームのパフォーマンスを見たことを思い出したのか一気に赤面した。

 ぼくたちどころか両陛下もエイダ殿下も驚くジョージに声を出して笑った。

「人を見た目で判断してはいけないんだよ、ジョージ」

 国王陛下の言葉にも衝撃の大きさからかジョージは何も言えなかった。

 女の子の前ではカッコいい王子様でいたかったのか、自分の数々の醜態を思い出したのか、ジョージは瞳に涙を滲ませた。

「男同士のつきあいも楽しいですよ」

 気分を変えましょう、とウィルがジョージに声を掛けると、大きなお風呂に関心が移ったのか小さく頷いた。

 脱衣所では躊躇なく服を脱ぎだしたぼくたちにジョージは目を丸くした。

 前を隠さず裸になる留学生一行を、男らしいぞ!と国王陛下が囃し立てると、人前で裸になることにもじもじしていたジョージは恥ずかしがらずに護衛に手伝ってもらいながら服を脱いだ。

 護衛たちは国王陛下と風呂に入ることを恐縮したが、仕事だと割り切りなさい、と叱責されて全裸になった。

 武闘派なのか国王陛下も筋肉隆々で護衛たちとベンさんと筋肉自慢をし始めると、スライムたちも触手で力こぶを作って笑いを取った。

 洗い場に移動し並んで腰かけたぼくたちを見よう見まねでジョージも自分で体を洗うと、ぼくは背中を洗ってあげた。

 ジョージに国王陛下の方を向かせると、ぼくの意図を理解したジョージは小さい椅子に腰かけた国王陛下の大きな背中を小さな手で洗いだした。

「ああ、気持ちいいよ」

 国王陛下の言葉にジョージはご機嫌な笑顔になった。

 ドライヤーを使いたかったジョージは頭を洗うことを嫌がらずシャンプーハットを被り泡でもこもこと膨らんだ自分の頭を鏡で見て大喜びした。

 国王陛下がジョージを膝に抱えて優しくシャワーで泡を流す姿をみて、初めて父さんと一緒に風呂に入った時に勢いよくお湯をかけられたことを思い出した。

 ケインも父さんのお湯のかけ方を思い出したようでぼくたちは顔を見合わせて笑った。

 シャンプーハットを外しながら、どうしたの?と訊くジョージに、殿下のお父様はお優しい方ですね、とぼくたちは言った。

 国王陛下とジョージは互いに顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

 室内に二つ、屋外に三つある浴槽にはたっぷりとかけ流しのお湯が溢れている。

 湯気の合間を精霊たちが光る幻想的な光景にジョージだけでなく国王陛下も大喜びで全部の浴槽に入った。

 清掃魔法で体を洗ったスライムたちとキュアが浴槽に入ることを国王陛下は嫌がらず、お湯に漂うスライムたちやキュアが羽を伸ばして湯につかる姿を面白がった。

 水風呂でキャーキャーさわいでから鯨の像から潮を吹くように出てくるお湯でスライムたちと遊んでいたジョージの顔は真っ赤になっていた。

 長湯するとのぼせてしまうから早めに上がるように、と声を掛けると、ジョージは不満げな表情をすることもなく、はい、と元気よく答えた。

 ジョージが二人の護衛と脱衣所に下がるのを国王陛下は手を振って見送った。

 頭にタオルを載せた国王陛下は湯につかるぼくたちに、ありがとう、と頭を下げると滑り落ちたタオルが湯につかる前に捕まえた。

「何度もくどいようだが、あらためてお礼を言わせてほしい。ジョージの問題に気付かせてくれた上に、こんなに素直に言いつけを守るように導いてくれて、一人の親として本当に感謝している。ありがとう」

 恐縮するぼくたちに、マリアが成長したのも一緒に旅をしてくれたお陰だ、など国王陛下はしみじみと語った。

「旅で知り合った友人とそのご家族と親睦を深めただけです。ぼくたちはこのまま帝国で魔力奉納の重要性を説いて回ります」

 キリシア公国の敵に塩を送るような発言をウィルがすると、国王陛下の護衛たちは緊張が走ったかのように眼光が鋭くなった。

「いや、それはかまわない。本日ガンガイル王国国王陛下から親書が届いた。ガンガイル王国は各地の教会に定時礼拝の礼拝方法を明確に説明するようにと教皇猊下に強く願い出る、という内容だった」

 さすがハルトおじさん!仕事が早い。

 国王陛下の発言の内容に、せっかく市民たちと協力して国の護りを強くしても、敵も同じようにこれから強くなるのか、と護衛たちは表情をこわばらせた。

「帝国の結界が強くなることは王家としては歓迎する。なぜなら、それは我が国にとって有益だからだ」

 語気を強めた国王陛下の発言に護衛たちは姿勢を正した。

「もう長い間、帝国がゆっくりと荒廃している間に、世界は足りない魔力を、魔力がある所から引っ張っていく傾向があったのか、王家の魔力負担は年々きつくなっていた。それが帝国内で土壌改良の魔術具が普及しだすと明らかに魔力奉納の際に引きずり出されるように魔力を搾り取られていた感覚が穏やかになったのだ。つまり、この世界はゆっくりと滅びに向かっていたのが止まった状態になっただけだ」

 国王陛下のきつい言葉に護衛たちは息をのんだ。

「ガンガイル王国が昨年の蝗害の支援を大々的にしたのは帝国での影響力を上げるためだけではなく、自国の魔力をこれ以上帝国に渡したくなかったからだろう」

 国王陛下の言葉に留学生一行は頷いた。

「ぼくたちが帝国で功績をあげるのは自身の今後の出世のため、というより、このままでは世界が滅びてしまうから、それと、楽しい暮らしをするためです」

 ぼくの発言に国王陛下は、ハハハハハハハ、と豪快に笑った。

 湯気の間を漂っていた精霊たちは国王陛下の笑い声に合わせ点滅した。

「ああ、私も君たちがキリシア公国に来てからとても楽しく暮らしている。この暮らしを守るためにガンガイル王国と協力していくよ」

 よろしくお願いします!とぼくたちは声を揃えて言うと、精霊たちはクルクルと踊るように浴槽の上を周回した後、城中に飛んでいった。

 緊張した話はそこで終わり、ベンさんは国王陛下をサウナに案内したけれど、ぼくたち子どもは遠慮して先に上がった。 

 脱衣所では護衛たちにリーゼントにセットしてもらったジョージがみぃちゃんとみゃぁちゃんと遊んでいた。

 ぼくたちは手早く魔法で髪を乾燥させると、ジョージと魔獣たちと一緒に腰に手を当てて瓶牛乳を一気飲みした。

 子どもは子どもらしく湯上りの楽しみを満喫した。


 ぼくたちは国王一家と一旦分かれたが、夕食は夕方礼拝の城下町を舞踏室で見てから一緒に取ろうということになって、楽しいひと時は続いた。

 茜色に染まった町が濃紺に飲み込まれてしまうように暗くなる城下町で光る教会と精霊たちを眺めた後の夕食は、カレーライスとサラダとナンとタンドリーチキンと香辛料が苦手な人用にクリームシチューだった。

 ジョージは辛さを抑えたお子様カレーを気に入った。

 おかわりの給仕をクレメント氏に視線で頼んだジョージはもっと近寄るように言うと、クレメント氏は男湯と女湯のどちらに入られるのですか?と小声で尋ねた。

 何を言ったのだろう?と、とっさに聴力強化をかけたぼくたちは腹筋と表情筋に身体強化をかけて爆笑を防いだ。

 私は男湯に入りますよ、とたおやかな笑顔のクレメント氏に小声でささやかれたジョージは、見かけ通りだったのか!と小声で悔しがった。

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