親友の兄弟
和やかな夕食会が終わり後片付けを終えると精霊たちは消えていった。
御者ワイルドは司祭に、明日の早朝礼拝も特設祭壇を用意するように助言した。
ぼくの寝室は兄貴とケインとウィルの四人部屋だ。
有事の際に自宅に報告しに行く約束なのでウィルを置いていこうとぼくと兄貴とケインが顔を見合わせると、ウィルは無言でぼくたちに微笑んだ。
連れていけ、ということだろう。
「今日の報告者はケインとジョシュアだけでいいはずだから、ウィルはぼくとお留守番ね」
オオスズメバチの駆除に立ち会わなかったぼくが留守番することでウィルを引き留めることにした。
冷凍蜂の子を手土産にケインとジョシュアが自宅に転移すると、ウィルは残念そうに手を振った。
「久しぶりにアリサたちに会いたかったな」
「三つ子たちは来年洗礼式だから、一応高位貴族との距離感を学んでおかないといけないのにラウンドール公爵家の三男と親しくなりすぎると常識の基準がおかしくなっちゃうよ」
ぼくのベッドに座り込んでみぃちゃんとキュアと戯れていたウィルは、うーん、と唸った。
「難しい学年だよね。ガンガイル王国では三大公爵家の派閥が瓦解したけれど、所有領地の近い貴族たちで新たな派閥が出来上がっているもんね。今をトキメク破竹の勢いがある辺境伯領のことを良く思わない貴族たちがいるなかで、辺境伯領の平民出身の三つ子たちは不死鳥の貴公子とハロハロの長男と同じ学年なんだもん」
「そうなんだよ。三つ子たちは不死鳥の貴公子とは幼馴染すぎて緊張感のない関係だから、ウィルと親しくなりすぎると一回会ったことのあるだけのエリザベス様との距離感までおかしくなってしまうから慎重にしたいところなんだよね」
「ちょっと待った!エリザベス様っておかしいだろう!」
ウィルの妹に様を付けたことにウィルが過剰反応すると、ぼくのスライムが鼻で笑った。
「ウィルの記憶を自分が魔法学校入学直前の洗礼式前に戻してごらん。平民出身のご主人様と親友になるなんてあり得ないと思っていたでしょう?エリザベスは公女様なんだよ。いくら兄の親友の兄弟でも平民出身者をどう考えているのかくらい、想像できるでしょう?」
心当たりがあったウィルは、うーん、と唸った後ぼくのベッドに寝っ転がった。
「痛いところを抉ってきたな!あの頃のぼくはね、思いあがりも甚だしい、こまっしゃくれた坊やだったんだよ!いや、努力だけは誰にも負けないつもりで自己研鑽は怠らなかった。だからこそ、新入生代表になれなかったことが楽しかったんだ」
おいおい!とベッドに寝っ転がっていたみぃちゃんとキュアは、そこは負けた悔しさとか怒りや憤りが起こるものだろう、とウィルを珍獣でも見るような目で見た。
「うーん。今ならあの時の興奮を鼻で笑う……いや、もう一度カイルと出会えた衝撃を追体験できるならやっぱりもう一度うんと楽しむよ」
ウィルが出会って以来一貫してぼくに好意を持っていたのは、ウィルがラウンドール公爵領から無意識に連れてきた精霊たちが火山口に閉じ込められたままのクレメント氏の救出に一役買うことになるぼくをウィルと親しくさせようと誘導したのかと考えていた。
クレメント氏が解放された後もウィルのぼくに対する熱量が変わらないのが不思議でならない。
「もう!ウィルがカイルを好きなのは知っているけれど、エリザベスちゃんが三つ子たちを兄の身分違いの親友の兄弟だ、としか考えていなければ、三つ子たちが振る舞いに気を付けなくてはいけないことを配慮して、とカイルは考えているのよ」
みぃちゃんが寝っ転がるウィルの顔に猫パンチをしながら言った。
「ああ、そうだね。エリザベスは初対面から三つ子ちゃんたちを尊敬していたけれど、魔法学校では公爵家の姫としてちやほやされるだろうから、ベスが身分を気にしなくても周囲は気にするだろうな」
ようやくウィルも三つ子たちが普通の一般市民より身分の差に疎く育っている問題点に気付いたようだ。
「辺境伯領に対抗したい貴族たちはエリザベスとハロハロの息子をくっつけようとするだろうし、ラウンドール公爵派の貴族の中にもそう考える連中がそれなりにいる。現状、キャロライン嬢が王家に嫁入りする番だということは周知されている。キャロとベスは皇太子の長男の嫁候補筆頭と対抗馬とみなされているから、ベスと辺境伯領出身者の三つ子たちが親しくするのを邪魔しようとする勢力が台頭しそうだな。なんか嫌な感じがする……」
三つ子たちがエリザベスのせいで嫌がらせをされるかもしれない、とまでウィルは考えだした。
「三つ子ちゃんたちとベスを親しくさせたくない連中も多いうえ、新興勢力は何としても辺境伯領を陥れたいと考えるだろう。それでも、不死鳥の貴公子にそうそう無礼なことはできない。最新の流行の魔術具の地方での生産地に選ばれたい、と新興派閥内でも自領が発展する機会を逃したくないだろうから、次期辺境伯領主の長男を蔑ろにできない。面白くないのに攻撃できない腹いせとして、三つ子ちゃんたちにあたる貴族もいるだろうな」
一地方の素材だけで魔術具を作って国内流通分を全て賄うと土地の魔力のバランスが崩れるので、各地に工房を作らなくては国内全域に行き渡ることができないのだ。
「はぁ。馬鹿じゃないの。辺境伯領の最新の魔術具は全部エントーレ家が作り出しているじゃない!」
「うちの三つ子たちに手を出して、エントーレ家の事業から恩恵が得られるわけないじゃない!」
赤ん坊のころから面倒を見てきた三つ子たちが苛められるかもしれないと聞いたぼくのスライムとみぃちゃんが怒り心頭に発したかのようにきつい口調で言った。
「そこがね、貴族根性の悪いところなんだよ。平民出身のエントーレ家には爵位が与えられただけで十分施しを与えたのだから、事業関係は辺境伯領主とハルトおじさんが占有していると勘違いしているんだよね」
ああ、そのせいか、と魔獣たちは怒りながらも納得した。
「全部の事業にハルトおじさんや辺境伯領主の名前が入っているからジュエル父さんが軽く見られているのね」
キュアの言葉にウィルが頷いた。
「問題はそういった馬鹿な連中は自分たちの考えが間違っていると思っていないから、善意で、三つ子ちゃんたちが出すぎた真似をしているから正そうとしている、と信じていることなんだ」
ああ、害意を持って意地悪するのでなければ、母さん特製のお守りが反応しない。
シロがぼくの考えを肯定するように頷いた。
「領民の物は領主の物、平民の子は貴族に傅けってことね」
ぼくのスライムの言葉にウィルは頷いた。
「ああ、ぼくの嫌いな考え方なんだ。傅かれるなら傅かれるような仕事をしてみろ!って言いたいんだけど、そういう連中に限って生まれ持った地位を絶対的なものだと過信して努力しないんだ。そんな貴族の考え方が嫌でたまらなかったから、カイルが自力で新入生代表になった時は痛快で嬉しかったんだよな……そうだ!」
ゴロゴロしていたウィルは急に起き上がった。
「魔法学校の新入生代表は一名で三つ子たちの誰かになると思うけれど、他の二人も優秀なのは間違いないだろう、と知らしめることになるはずだ。立ち居振る舞いも王侯貴族にも負けない優雅さを身に付けたなら、言いがかりのつけようがないよね!」
自分の妹や不死鳥の貴公子やハロハロの息子も同じ試験を受けるのに、うちの三つ子たちの誰かが首席を取ると確信しているウィルにぼくとみぃちゃんとキュアは呆れたが、スライムたちは衝撃を受けたかのように体を小刻みに震わせた。
「それ、いい案だね!」
「あたいも自宅に帰りたくなったわ!三つ子たちのスライムを鍛えて、クレメントみたいに指導させたいわ!」
ちょっと待った!
「ここでどうしてクレメント氏の名前が出てくるんだ!三つ子たち三人ともに女性の振る舞い方を身につけさせるのか!」
ぼくが慌てて言うと、みぃちゃんとキュアはゲラゲラと笑い、シロは無言で首を横に振った。
ぼくとみぃちゃんとウィルのスライムがぼくの前に三匹並んで、そうじゃない、と口々に言った。
「クロイとアオイには男児らしい所作を指導するわよ」
「辺境伯領出身者たちはおおらかなのはいいんだけれど、所作がそこまで洗礼されていないんだよね」
「エミリアさんは辺境伯領出身ではないけれど、だいぶ領の気質に影響されてしまっているから、辺境伯領出身のスライムたちの優雅さの基準はちょっと低いんだ」
みぃちゃんのスライムとウィルのスライムがクレメント氏の採点が低かったのは目標レベルが高かったからのようだ。
「うん。ぼくは辺境伯領出身者たちの立ち居振る舞いが下品だとは思っていないけれど、三つ子ちゃんたちが魔法学校で攻撃されやすい弱点になるかな、と心配しただけだよ。そうだね、スライムたちが三つ子ちゃんたちを一年間指導してくれたら、そんじょそこらの貴族の子弟より立派な立ち居振る舞いができそうだ!」
ウィルは笑顔でスライムたちに、頼んだぞ、と言った。
「ときどきぼくたちが進捗状況を見に行けば三人とも張り切ってくれるだろうね」
あれ?
それはウィルがぼくの自宅まで転移して三つ子たちを見に行くつもりなのかな?
「一緒に行こうね、カイル。辺境伯領出身者以外の貴族の視点があった方がいいだろう?」
辺境伯領出身者として馬鹿にされないような優雅な所作を辺境伯領出身者が指導できない点をついてウィルはぼくの自宅に来る名目を手に入れた。
三つ子たちが苛められないように気を揉んで対策まで考えてくれたのだから仕方がない。
ぼくが頷く直前に、ただいまー、と兄貴とケインが帰ってきた。
「あれ、ずいぶんと早かったね」
「ああ、そうだね。オオスズメバチの駆除では直接スズメバチと対決しないで安全な方法で対処したことを褒められたよ」
ハハハ、と笑うケインと兄貴の表情がどことなく引きつっている。
「何かあったの?」
「うーんとね。手土産で大騒ぎになっただけだよ」
「オオスズメバチの幼虫の入った巣の一部を持ち帰ったけれど、母さんは苦手だろうと思ってコッソリと父さんに渡したんだ。そしたら不自然な行動に見えたようで、母さんに追及されたから見せたんだよね」
兄貴は母さんを止めようとしたのに、ケインと父さんが言い淀んだから母さんはかえってむきになったらしい。
「母さんは悲鳴を上げるのは堪えたんだけど、息をのんだ気配に三つ子たちが、見せろ、と騒ぎ出しちゃって……」
自宅での騒動が目に浮かんだぼくたちは笑い出した。
「これは何に使う素材だとか、食べたのか?とか言われて、つい美味しかったと言ってしまったら、お姫様も食べたのか、と訊かれて頷いちゃったんだよね」
兄貴とケインは内緒でみんなに虫を食べさせたことを母さんに怒られ、魔力が多く滋養強壮の高い健康食品を産地で消費するのは間違っていない、と父さんが庇ってくれたらしい。
「そうしたら、三つ子たちが、食べたい、となってしまって、明日、父さんが調理することになったんだけど、ぼくたちがいたら三つ子たちが味の感想を訊きたがって興奮するから早く戻りなさい、となったんだ」
経緯を聞いたぼくたちは納得すると同時に、こんな三つ子たちに上品な所作を身につけさせるには一筋縄ではいかないだろうと頭を抱えた。
ぼくたちの反応を訝しがるケインに、ぼくとウィルとで話していた内容を伝えた。
「大丈夫だと思うよ。学習館でのお行儀の時間で不死鳥の貴公子に勝てるかも、と言ったらきっとやる気を出すよ」
「いや、それだと上位者にへりくだる練習にならないのじゃないかい?」
ウィルの疑問に、大丈夫だ、とぼくたちは即答した。
「立場を入れ替えて練習するから、不死鳥の貴公子が下級貴族の役をすることもあるんだよ」
一瞬、キョトンとした表情になったウィルは額をペシンと叩いて正気に戻った。
「辺境伯領の教育方針が素晴らしすぎて羨ましいよ」
貴族の傲慢さから三つ子たちへの苛めを警戒していたウィルは、いじめ対策はいじめられないように教育するのではなく、いじめないように教育することが必要なんだ、と現状を嘆いた。




