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人間には想像力がありすぎる

昆虫の描写があります。

苦手な方はお控えください。

とばしても次話につながります。

 冒険者ギルドでは緊急依頼をした依頼人と思しき町民とベンさんが金額について話し合っている間、クレメント氏が優雅な手つきで収納の魔術具から取り出した一歳児くらいの大きさの大スズメバチの巣を買い取りカウンターの上に載せた。

 おおお、とぼくたちから声が漏れるほど大きな巣に、一年で成長した巣とは思えない、と依頼者が興奮して唾を飛ばしながら言った。

「西南地方で異常発生している種でしょうね。繁殖力が強くすぐ分蜂するので広範囲に被害が出ていると冒険者ギルドでは把握している。この町にすでに侵入しているのならギルドに正式に依頼を出してプロに周辺を探索してもらうべきだな」

 ギルド職員の言葉にベンさんに視線が集まった。

「俺は蜂駆除の専門家じゃない!それに駆除したのは子どもたちだぞ。俺は緊急依頼の確認を取っただけだ」

 ベンさんの言葉に国境の森に探索に行ったメンバー全員が頷いた。

 国境の森に向かった探索メンバーたちは森の探索の最中にきな臭い匂いを感じて引き揚げたところ、森を出るとさらに匂いがきつくなり、周辺を見回すと、牧草地の方から煙が上がっていた。

 視力強化で確認すると鹿の角拾いをしていた町民たちがオオスズメバチに襲われており、用心棒の冒険者が火炎魔法でオオスズメバチを焼き払い牧草にまで引火させていたらしい。

 ああ、と町に残っていたぼくたちは頭を抱えると、冒険者ギルドの職員たちも渋い顔をした。

「オオスズメバチは一匹殺すと仲間を呼び寄せる性質があるんだ。そりゃあ、全員が次々と襲われただろうに」

 ギルド職員の嘆きに依頼人は頷いた。

「ああ、もう大惨事で、私も何匹に刺されたか覚えていないほど刺された。薄れていく意識の中、緊急依頼懸案か!との声が聞こえたので、辛うじて、そうだ、と答えると回復薬の雨が降ってきたんだ。ありがたかったな……」

 費用は分割で、とベンさんに頼み込む依頼人は、生きのこった嬉しさからなのか、請求の内容が高額すぎたからなのかわからないが、涙目だった。

「なに、費用は素材から差っ引くから、そこそこに落ち着くはずだ。なにせ、毒を使わずに巣ごと捕獲したから幼虫も女王蜂も巣の中にいるだろう。生薬としても価値があるぞ」

「ベンさん。緊急事態の人命救助なので回復薬の値段は商業ギルドへの卸値でいいですよ」

 見かねたケインが値引きを申し出ると、依頼者とギルド職員たちがケインに注目した。

「最高級品の回復薬を大盤振る舞いできたのは開発者のお孫さんが提供してくれたからだ。提供者本人が卸値でいいと言っているのだから……」

 わああああああ、と大声で冒険者ギルドの職員が遮った。

「卸値で交渉されると冒険者ギルドに商業ギルドから苦情が入る。ここはざっくりと相殺した金額を見積もる場にしよう!」

 商業ギルドが上乗せした価格で販売しているからか?と思いきや、自己消費用に関税がかけられていない薬をガンガイル王国の原価で融通することはいろいろと問題があるらしい。

「ありがとうございます。命の恩人です」

 依頼者はケインに詰め寄って握手を求めた。

「皆さんご無事で何よりです」

「いや、本当に強かったのですよ。この生徒さんたちは!」

「あんたが起き上がった時には駆除が終わっていて、スライムたちが地面に落ちたオオスズメバチを回収していたじゃないか」

 まるで見たかのように興奮して語りだした依頼人に、寝ていたから詳細は知らないだろう、とベンさんが言うと、事態を想像できたぼくたちは笑った。

 浴びた回復薬が口に入り、あまりのまずさに依頼者がのたうち回っている間にオオスズメバチの駆除が終わっていたのだろう。

「いやあ、後学のためにどうやって駆除したのか教えてくれませんか?」

「あんた!それは冒険者の飯の種を奪う行為だ!」

 ギルド職員が依頼者の発言に苦言を呈したが、国境の森の探索班のメンバーたちは、オオスズメバチの駆除で生計を立てるわけじゃないからかまわない、と言った。

 詳細を聞く前から、やれるもんならやってみな、という力技だったのだろうと推測できたぼくたちも頷いた。

「ボヤなのか野焼きなのか確認するために視力強化をかけたら、オオスズメバチに襲われている人たちを発見したから拡声魔法で緊急依頼の確認を取って介入した次第だ。」

 ベンさんの話に当事者たちは頷いた。

「介入許可を確認するとすぐさまケインが回復薬を空中から散布するロケットランチャーを装備したのを目視したので、俺は対人限定に反応するように広域魔法魔術具を設定しました」

 対大型魔獣用に装備していた魔術具の説明をするクリスに、何の話か全くわからない、と首を傾げる依頼者とギルド職員に、ベンさんが補足の説明をした。

「回復薬を被害者たちの真上で振りかける魔術具を準備した少年を目視した年長の少年が、オオスズメバチまで薬で回復しないように、風魔法で薬が人間だけにかかるように調節する魔術具を使用しただけです」

 はあ、とベンさんの説明を聞いても半信半疑な依頼者とギルド職員たちに、特別な魔術具で特殊な魔法が行使されただけですよ、とたおやかな表情のクレメント氏が補足した。

 ぼくの脳内でスライムたちが50点32点46点……とクレメント氏の所作の採点が始まったが、ここは一旦無視すべくスライムたちの精霊言語を遮断した。

「私たちの命を救うことを最優先にしながら、オオスズメバチまで回復させないようにしたということですね」

 なんとか理解できるところだけを理解した依頼者の言葉に頷いたベンさんは話を続けた。

「人間全員が回復薬を浴びている状態を確認したキャロルがオオスズメバチに氷結魔法を放って、オオスズメバチを瞬間冷凍させ、ついでに延焼していた牧草地の消火をしたんだ」

 昆虫嫌いのキャロお嬢さまが大雑把な力技で解決する方法を選択したようにしかぼくたちには思えなかったが、さすが北国出身者!と依頼者とギルド職員たちは感心した。

 これは、回復薬で濡れていたら瞬間凍結に巻き込まれない、という人体実験をされたも同然だよな。

 転用次第によっては、死にそうな人間を凍結させ回復薬に浸したら応急処置として成立するのかな?

「カイル兄さん。蛸を瞬間冷凍させて運搬し回復薬に浸すと帝都で蛸の踊り食いができる、と考えたでしょう?」

「いや、そんな蛸を二度殺すような調理法にまで発想をとばしていないよ」

 人体凍結について考えていただけで、いつも食べ物に結び付けて考えてはいない……いや、瞬間冷凍させた食材は美味しさを保てる。

 それで、氷結魔法とは?とキャロルに食い下がるギルド職員たちに、ミロとマルコは魔獣カードの火鼬と灰色狼のカードを持ち出して、ゲーム内で説明しだした。

 ぼくはベンさんに今さっき思いついたことを耳打ちすると、ベンさんはニヤリと頷いた。

 キャロルはぼくたちが何やら企んでいると気付いて近寄ってきた。

「これから蜂の巣を解体すると中に小さな幼虫がびっしりと……」

 キャロルは耳を押さえて踵を翻し、魔獣カードの実演の方に戻っていった。

 虫が苦手な留学生たちは去り、残った好奇心の方が強い留学生たちと蜂の巣を解体して目的の物を回収した。


 オオスズメバチの巣の素材としての価格を差し引いた報酬価格は冒険者ギルドの立替えで分割払いということに落ち着いた。

 ぼくたちが教会に戻ると、オオスズメバチの被害者たちやその家族たちが探索班メンバーたちに謝意を伝えようと教会に殺到していた。

 ベンさんが代表して、感謝の気持ちは神々への魔力奉納で示してください、と聖人のように語った。

 感動している司祭に、夕方礼拝ではたくさんの町民たちがやって来るはずだから特設祭壇をもうけましょう、と御者ワイルドが勧めた。

 蜂の襲撃から回復した人々は礼拝所内で司祭の後ろから跪いて両手を床につけて魔力奉納をしましょう、と合同礼拝の流れに持っていった。

 教会関係者たちが大わらわになっている最中、ベンさんとぼくとウィルは夕食の支度にとりかかった。

 ハンスの町では点心を精霊たちが喜んだので、その流れのまま中華三昧にしようとなった。

 犬型のシロは項垂れて首を横に振ったが、新素材を味見したぼくのスライムは、カリッとしてクリーミーで美味しい、と好評だった。

 調理前の姿を想像しなければ美味しい、とウィルは苦笑した。

 まあ、揚げてしまえば大概のものは美味しくなるけれど、人間には想像力がありすぎるから姿がわかると味より先に忌避感が先立つだろう。

 ベンさんと相談して、新素材は鳥肉のカシューナッツ炒めのカシューナッツの代わりにしてしまうことにした。

 春巻きやエビチリやエビマヨに海老せんの麻婆豆腐など、品数を揃えていくとシロは嬉しそうに何度も頷いた。

 夕方礼拝の祭壇の上に辺境伯領の蜂蜜と鳥肉のオイスターソース炒めを並べると、他にも美味しそうな物があるのになぜそれなのだ?と司祭に突っ込まれ、御者ワイルドがエビチリと海老せんを祭壇に追加した。

 この町の精霊は甘いものと辛いものが好きなのかな?

 鹿の角拾いに出かけた人たちの命の恩人と魔力奉納をするために町中の人たちが教会に詰め掛けたので礼拝所に入りきらない人たちは準備していた教会前の特設祭壇前にずらりと並んだ。

 “……美味しい匂いに誘われてきた人たちも大勢いるよ”

 スライムたちはお裾分けに、と土魔法で小さな器を作り、鳥肉のオイスターソース炒めを一口サイズで盛り付けた。

 クレメント氏はたおやかな仕草で、魔力奉納をされた方は今日の記念の一品をお召し上がりください、と町民たちに説明した。

 礼拝の時間になるとぼくたちは礼拝所で魔力奉納をすべく教会内に入ったが、御者ワイルドとみぃちゃんとキュアとスライムたちが町民たちに跪くように促した。

 ほぼ全町民で魔力奉納をした夕方礼拝では礼拝所内の魔法陣が光り精霊たちが光り輝き、教会から溢れ出た精霊たちに集まった町民たちは驚きの声を上げた。

 輝く礼拝所内では命拾いをした被害者たちが床に両手をついたまま、おいおいと泣きだした。

「例年にないオオスズメバチの襲撃に冒険者登録をしたガンガイル王国留学生一行が偶々遭遇して助けてくださるなんて神々の思し召しに違いない。そのことをすぐさま神々に感謝した行ないにこうして精霊たちが現れてくださったのかもしれない」

 司祭の声掛けに被害者たちは改めて神々に感謝する言葉を口にした。

 まあ、ぼくたちがこの町に立ち寄ったのは神々の思し召しと言えなくもないので、ぼくたちも素直に神々に感謝の言葉を述べた。

 精霊たちは祭壇の蜂蜜の瓶に蜂球のように群がっているし、鳥肉のオイスターソース炒めに遠巻きに集まり、天敵を食べるのか?というかのように点滅した。

 スライムたちの報告では、教会前に集まった町民たちは鳥肉のオイスターソース炒めを試食して、美味しい、と好評らしい。

 ぼくたちは被害者と被害者家族と教会関係者を誘って中庭でビュッフェ形式の夕食会をした。

 薄暗い中庭を精霊たちが照らし、光るスライムたちが給仕する夕食会に参加者たちは驚き、美味しい中華料理に舌鼓を打った。

 キャロルは鳥肉のオイスターソース炒めを食べるなりぼくとベンさんを見た。

「このクリーミーな食感がオイスターソースと口の中で交ざると、とても美味しいのですが……この魔力の残滓に心当たりがあります」

 調理担当をしたぼくたちは口元に人差し指をあててそれ以上喋るな、とキャロルを制した。

 氷結魔法で飛んでいるオオスズメバチを撃退した後、オオスズメバチの魔力を辿って巣を探し出したキャロルは口に入れた食材の魔力から白いカシューナッツのような塊が何なのか推測できたようだ。

 キャロルは小首をかしげると、しばし考えこんだ。

「蜂蜜を美味しくいただいているのですもの、その天敵のお子さんを美味しく食べることは正義のような気がします」

 まだ気が付いていないミロとマルコに配慮してキャロルは小声でケインに呟いた。

 蜂の子は美味しいよ。

 栄養も満点だよ。

 姿形が残念なだけだよ。

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