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過不足のない町

 アリスに負けず劣らず優秀な二頭のポニーたちの活躍で昼前に目的の町についた。

 旧ラウンドール王国の分割領地の中でも小さめの町を選び魔獣調査の名目で滞在し、祠巡りの魔力奉納から護りの結界の状態を探るのだ。

 町に入って真っ先に訪れた教会で供物として持参していた食材からワイルド上級精霊は蜂蜜を選択して司祭に手渡すと、満面の笑みを見せた。

「こ、これは、もしかしてガンガイル王国の秘境の幻の蜂蜜ですか!」

 受け取った司祭は興奮した。

 もしかして、ガンガイル王国の秘境とは辺境伯領のことなのか?!

 柔らかな物腰のクレメント氏が小首をかしげて穏やかに微笑むと、スライムたちが精霊言語で、30点25点42点32点18点……と基準のわからない採点をし始めた。

 “……ご主人様。百点満点中30点が赤点で合格基準は80点です”

 シロによると、どうやらクレメント氏の女装で面会作戦を応援するためにスライムたちはクレメント氏の所作を採点し、改善点をスライムたちで共有してミロのスライムのクレメント氏への指導に生かすことにしたらしい。

 みぃちゃんとキュアは様子見と言ったところかポーチや鞄の中で大人しくしている。

「秘境と言われたら、まあ、世界の端ですから秘境なのかもしれませんが、立派な地方都市を有するガンガイル王国辺境伯領の蜂蜜です。ミツバチの生息範囲の北限を超えて辺境伯領だけに生息している特別なミツバチの幸運を占うクローバーの花の蜜に限定した特別な一品です」

 ぼくの自宅の蜂蜜をもったいつけて紹介したベンさんが、最高級品だ、と言うとワイルド上級精霊も頷いた。

 そうか。

 いつも口にしているぼくはシロツメクサの花が咲く時期に採取した蜂蜜としか考えていなかったけれど、世界中でも類を見ないほど精霊たちの密度の濃いうちの庭で採取した蜂蜜の品質が最高級なのは間違いないだろう。

 “……ご主人様。回復薬の素材になるほど最高品質の蜂蜜です”

 精霊たちの大好物の蜂蜜はうちで精製する際までに精霊たちがたっぷり上前をはねているから滋養強壮以外の薬効も高そうだ。

 “……ご主人様は日頃の当たり前の基準が高い傾向があります”

 上機嫌の司祭は教会の中庭にキャンプを張ることを許可してくれたので徒歩で移動すると、クレメント氏の歩く姿に辛口の点数を付けるスライムたちの基準も高くなっているのだろうか?

 “……ご主人様。スライムたちはほぼ辺境伯領出身なのでクレメント氏の採点についてはエミリアが基準になっています”

 ウィルのスライム以外は辺境伯領出身だ。

 赤点の採点をしているのは……ウィルのスライムだけではなく、みぃちゃんのスライムもなかなか辛口の採点だ。

 そういえば、みぃちゃんのスライムはぼくが辺境伯領を出てから誕生したからエミリアさんを直接知らなかったな。

 教会の中庭で昼食のホットケーキを教会関係者たちにも振舞うと、甘い、しょっぱい、ふわふわの三種類を用意した中で、ふわふわホットケーキがダントツの一番人気を博した。

 口の中でスッと消える新食感が好印象で受け入れられた。

 給仕をするクレメント氏にミロが付き添って立ち居振る舞いのチェックを入れていた。

 頑張れ!クレメント氏。

「ガンガイル王国留学生一行様の滞在地に選んでいただけて、この町は僥倖を得ました」

 去年立ち寄らなかったこの町に滞在すると決めたのは、次こそ国境の森の探索に行きたいと言いだすキャロルを連れて探索に行くのに距離的に丁度良い場所にあったからに過ぎない。

 僥倖なんて言い方をする教会関係者たちの喜び方は尋常じゃない。

 なんだろう?

 お風呂が欲しいのかな?

 “……ご主人様。大浴場の評判はこの町まで届いていません。おそらく精霊たちの出現を期待しているのでしょう”

 ぼくたちの立ち寄る町では精霊たちが目撃された後、町が発展しているから期待するのも理解できる。

 そんな教会関係者たちの思惑を考慮せず、ぼくたちは国境の森に探索に行く班と祠巡りに行く班に分かれて行動することにした。

 国境の森の探索班をベンさんが引率し、しんがりをクリスが担当し、兄貴とケインとキャロルとミロとクレメント氏、という異色の組み合わせの班になった。

 ご老体のクレメント氏は淑女の姿勢を維持したまま身体強化で走るキャロルたちに後れを取ることなく国境の森の探索に向かった。

 オーレンハイム卿もそうだったように、魔力の多いご老人は健脚だな。

 町に残ったぼくたちは七大神の祠巡りと冒険者ギルドや商業ギルドや農業ギルドの支部で情報収集を行うことにした。


 ハンスの町と領主が違うこの町では護りの結界がしっかりと世界の理まで根付いていた。

 それなのに、ここから離れた領都でぼくの土壌改良の魔術具を使用していたので、七大神の祠に奉納した魔力を辿るとぼくの魔法陣の記号が燦然と輝いており、領全体の魔法陣を把握することができた。

 ……これって、もしかして、他家の魔法陣を乗っ取ろうとしたら乗っ取れるということなのか!

 “……ご主人様。その気になれば可能だから戦争が繰り返されるのです。ですが、ご主人様のように護りの結界を地中深く探る人間はほとんどいないから、上っ面を描き変えて乗っ取ろうとするのです”

 そうなんだ。

 魔法学校でも魔法陣は横に広がると習う。

 ぼくは初級魔法学校で基礎魔法陣を学んですぐジュエル父さんに相談して魔術具の制作を始めたから、魔法陣の構築については父さんの影響が強い。

 そして父さんは貴族ではなく一般市民出身だったから多くない魔力量でいかに効率よく魔法を行使するかに特化した魔法陣の構築を得意とし、小さい魔法陣を幾つも組み合わせて空間で広げることで一日に百棟もの仮設住宅を建設することができた。

 エントーレ家の魔法に対する常識が通常と違うから、ぼくの常識もズレているのだろう。

 それにしても、この町を含む領の護りの結界はほぼ完璧だ。

 昨年バイソンの群れはこの結界を避けるように国境の森の隅に追いやられて国境の町に移動したのだろう。

「どうしたの?」

 七大神の祠の魔力奉納を終えて冒険者ギルドに向かう間に考え込んでいたぼくにウィルが声を掛けた。

「まるで、辺境伯領や飛竜の村の祠巡りをしているかのように滑らかに魔力奉納ができるんだよね」

 ぼくの言葉に留学生一行は、そうか、と頷いた。

「帝国に入国してからの魔力奉納は強引に引っ張られるような感覚があったのにこの町ではそれがない!」

「指摘されなければ気付かなかったけれど、言われて見れば確かに違う」

 なんとなく違和感を感じていたのに言語化できなかった新入生たちの気付きの言葉に頷きながら、ウィルとボリスが笑った。

「これでも今年はかなり改善されているんだ。去年はどの町でもガッツリ魔力を持っていかれる感覚がしたよ」

 みんなの意見は土壌改良の魔術具の成果だと考えているようだ。

 この町の冒険者ギルドでは小型魔獣の討伐依頼さえなく、町の周辺の牧草地に落ちている大角鹿の角拾いの依頼しかなかった。

 冒険者登録をしたばかりの新入生たちはがっかりしていたが、ぼくとウィルとボリスは町の結界の外に家畜を放牧できるほど安定している土地だということに驚いた。

 昨年ぼくたちが回った農村部では村の結界の外は草一つも生えていなかったし、そもそも村の外に家畜を放てるほど安全ではなかった。

「この依頼は毎年あるものなのですか?」

「ああ、羊の放牧前に角拾いをするのがこの辺りの地域の風物詩だね。農業ギルドにも同じ募集が掲示されているよ」

 駆け出しの冒険者がするには丁度いい仕事だ、とまだ幼いぼくたちを見てギルド職員は言った。

「いえ、ぼくたちは地方の魔獣の生態系を調査するために足を運んだだけで、依頼を受けるつもりはありません」

 帝都の魔法学校の制服を着ているぼくとウィルとボリスを見て、ああ、真面目な子たちの方だね、とギルド職員は笑った。

「無茶な依頼を受けようとする魔法学校生に注意しろ、と緊急通達があったんだ。競技会に負けた魔法学校生たちが休校期間に冒険者登録をして自己研鑽しようとするのが流行っているらしいんだが、実践経験がないのに秀として登録できてしまうから、あちこちでトラブルがあるようなんだ。君たちのことは聞いている。去年国境の町付近にいたバイソンの群れのその後の調査をしている生徒さんだね。万が一の時に緊急依頼を受けられるように新入生たちも冒険者登録をしたらしいね。真面目な魔法学校生だとうちらも感心していたんだ」

 魔法学校生たちの冒険者登録の流行で混乱をきたした冒険者ギルドが警戒していたようだった。

「昨年のバイソンの群れはこの辺りでは被害がなかったのですか?」

「あいつらは国境の森の草木を喰い荒らしながら一気に南下していったので、この町近辺では直接的な被害がなかったよ。あいつらは結局、森が途切れる国境の町の街道を占拠してしまったが、うちの町には外国から商品を買い付ける品はほとんどないから物流が止まった被害もなかったよ」

 この町の結界が他の町より強固なことが当たり前すぎて気付いていない口ぶりの冒険者ギルドの職員に、周辺に生息する魔獣の情報を聞いて、ぼくたちは農業ギルドに顔を出した。


「この町の周囲に羊飼いの村が点在していて、放牧の時期が来ると羊たちを連れて戻ってくるんだ。羊たちに怪我がないように厄介な角を拾っておくと羊を安く卸してもらえるのさ」

 数人の冒険者を用心棒として雇い町中の人たちで牧草地の大角鹿の角を拾い、安く譲ってもらった羊を解体してみんなで分け合うらしい。

 拾った角は商業ギルドが買い取って素材として販売するらしい。

「今日はこのエリアの角拾いに出ていますね。明日以降はこっちです。おや、参加されないのですか?それは残念だ」

 ぼくたちは年齢的に冒険者としてではなく角拾いの参加者とみなされていたようで、今年は角が多いから人手が欲しかった、とこぼされた。

 農業ギルドに立ち寄った理由は耕運機の魔術具を売り込みにきた、と説明すると、間に合っている、と即答された。

「じつは、この町の周辺はここ数年の近隣地域のような不作はなく、これ以上生産量が増えると増税されてしまうので麦の代わりに蕎麦を植えて生産調整をしているんだ」

 農業ギルドの職員が声を潜めて説明した。

 食糧難の時代にあえて目立たないように生産調整をしていた地域だから、教会で高級品が喜ばれたのか。

 生産高の数字だけでは見えてこない現実にぼくたちも、口外しない、と頷いた。


 商業ギルドに行っていた商会の人たちも商談にならなかったようで、早く次の町に行きたい、とこぼした。

 そんなぼくたちが教会に戻ろうとトボトボと歩いていると、満面の笑みのキャロルたちが冒険者ギルドに入ろうとしていた。

「何か捕まえたのですか!」

 ボリスがベンさんに声を掛けると、ああ、と返事をした。

「緊急依頼を引き受けて大スズメバチを退治しただけだ。巣ごと捕獲したから冒険者ギルドで買い取ってもらおうと思ってな」

 どのくらい大きな巣を捕獲したのか気になったぼくたちは再び冒険者ギルドに足を運んだ。

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誤字報告 オーレンハイム卿もそうだっように オーレンハイム卿もそうだったように ぼくの言葉に留学生一行は、そうか、頷いた。 ぼくの言葉に留学生一行は、そうか、と頷いた。 なんとなく違和感を感じてい…
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