旅の興奮は人それぞれ
本エピソードは筆者の勘違いにより内容を一部訂正いたしました。
上空で早めの夕方礼拝をアリスの馬車に魔力奉納をすることで済ませたぼくたちはアリスの馬車の側面からテーブルを引き出しカフェのテラス席のように夕食の席を用意した。
「お肉にしますか?お魚にしますか?」
収納の魔術具をワゴンに載せたみぃちゃんが気取った声で言った。
「今日のお肉は何だい?」
「牛と豚の合いびき肉のデミグラスソース仕立のハンバーグで中にチーズが入っています」
ウィルとみぃちゃんのやり取りに、お肉二つ!とクリスとボリスが声を掛けた。
スライムたちがワゴンの魔術具からプレートを取り出すとまだ湯気が立っていた。
「お魚だったら何なんだい?」
「鰈の煮つけ定食です」
定食だったらご飯があるね、とウィルは魚を選んだ。
ご飯はスライムがお櫃からよそってくれるし、お味噌汁に青菜の胡麻和えとお新香もついている。
ハンバーグにはパンとサラダとコンソメスープか。
「ぼくは煮魚定食で!」
「わた、ぼくも煮魚定食をお願いします」
迷っていたぼくとマルコが魚を選び、肉体派のエンリコさんとベンさんは迷わず肉を選んだ。
スライムたちとキュアは残ったお弁当から好きなものを選び、みぃちゃんは専用のカリカリと牛筋煮込みの夕食になった。
「魔法の絨毯で往復できたら楽なのに、領空に関する法整備が整っていないから一々飛行許可がいるのは面倒だな」
お店を従業員に任せてきたベンさんが帰路に時間がかかることを嘆いた。
「一応、地上から感知できない高度を飛行する時は離陸と着陸地点の領主の許可があればいいという方向で明文化されそうです」
魔獣カードのレアカードの存在を知った皇帝がガンガイル王国との直通便を望み、商業利用のみの飛竜便の定期運航を認める方向になっているらしい。
だがしかし、帝都とガンガイル王国との直行便では帝都から仕入れたいものがない商会側が、帝都を経由して東方連合国まで運行し、海産物や珍味を仕入れたいと交渉している最中だ。
「商会の話がまとまれば東方の新鮮な海産物が手に入るから楽しみだな」
デイジーから干しナマコを入手したことのあるベンさんはいつかナマコ酢を食べたい、と興味を持っていた。
ベンさんとしてはどうせ時間がかかるなら、ぐるっと遠回りして大陸北東部にも行きたかったのだろう。
「この鰈はデイジー姫を経由して入手したものですよ」
帝国北東部から収納の魔術具を使用して陸路で帝都に運ばれた肉厚で高品質な鰈の煮つけをウィルは箸で摘まんでベンさんに見せびらかした。
体を動かすベンさんは淡白な白身魚より条件反射で肉を選んだことを悔やんだ。
肉料理と魚料理との価格差に気付いたベンさんにウィルがアーンと声を掛けると、ベンさんは反射的にアーンと口を開けてパクッと食いつき、美味い!と煮つけを味わった。
おじさんが美少年から箸で食べさせてもらう姿にぼくたちは吹き出した。
飛行中に食べるお弁当は食堂のおばちゃんたちが作ってくれたが、肉厚の鰈の調理法を相談されたので、鰈の煮つけはぼくとおばちゃんたちとで作ったからベンさんに褒められると顔がにやけた。
ぼくの表情からベンさんはぼくが関与したことを察して頭を下げた。
「帝都に戻ったらレシピを教えてくれ!」
「だいたいの魚は揚げたら美味しくなるけれど、煮魚として美味しそうな鮮度のいい魚が入手できたら一緒に作ってみましょう」
新鮮な魚が入手困難だから港町に迎えに行きたかった、とベンさんは陸路を選んだキャロお嬢様の選択を嘆いた。
海路での移動は傭兵部隊を雇った商会の大型キャラバンの定期便に同行するので、個人の思い付きで旅に出るなら陸路しか選択できないのだ。
物流の現状は、軍事緊張が続く海路は難しく、空路は一社独占の状態では許可が下りにくいし法整備の問題もある。
大昔に飛行石で飛んでいた時代はどうしていたんだろう。
管制塔とかあったのかな?
「教会都市に訪問して考えたのですけれど、伝説の飛行都市が本当にあって都市間を行き来する飛行石があるとしたら、飛行石の残骸が教会都市の湖の底に沈んでいるのかなって妄想したんだよね」
教会都市を探索したかったなぁ、と思いながらお新香をバリバリと頬張っていると、伝説の飛行石!とワイルド上級精霊以外の全員の視線がぼくに集まっていた。
「教会都市はもっとゆっくり観光したかったね……。この旅でもアリスに頑張ってもらって、自由時間を作って好きなところに行きたいよね」
ウィルがしみじみと言うとぼくたちも頷いた。
「なるべく早めに帰寮して新学期までの期間に多くの場所に行けるように頑張ろうよ!」
ボリスは決まっていることを覆すよりこの先できることを考えようと思考を切り替えると、このお迎えの旅が終わると帰国することが決まっているクリスは、俺には時間がない、と嘆いた。
「先輩たちは商会のキャラバンの帰国ルートに便乗すれば南西部の海路を航行できますよ」
「ムスタッチャ諸島諸国経由の便に同乗できたらアーロンの故郷に行けるじゃないか!」
ウィルとボリスの提案に、冒険を続けられる、とクリスは喜んだ。
夕食を終えるころには、360度見渡せる空は東西で昼の残滓と夜の到来を分かつように、西の空は日没後の残照で茜色に染まり東の空には星が輝いていた。
「寝室に籠ってしまうのがもったいないような美しさですね」
マルコの言葉にぼくたちは頷いた。
「馬車に籠もらずに寝袋で雑魚寝したらどうでしょう?」
御者ワイルドの魅力的な提案にぼくたちは賛成した。
入浴の代わりに洗浄魔法を使い、着替えは各自予定していた寝室で済ませると、非常時用の寝袋を持ち出してぼくたちは魔法の絨毯の上で雑魚寝した。
紅一点のマルコの寝袋の周りにスライムたちが砦のように集まるとエンリコさんが安心した。
プラネタリウムのように満点な星を見ながらぼくたちはこれからやってみたいことを無責任に散々語り尽くして眠りに落ちた。
東の空が白むころ、ぼくの寝袋に潜り込んでいたみぃちゃんが抜け出し、ぼくの顔の横で伸びをする気配がした。
東の地平線が青藍色に帯状に色付く様を寝ぼけ眼で見ていると、おはよう、と声を掛けられて正面を向いたらマルコと目が合った。
「おはよう。ずいぶん早起きだね」
寝顔を見られた気恥ずかしさに顔を擦り、涎の跡があったので洗浄魔法をかけた。
「昨夜の昼から夜になる空も美しかったから、上空から見る日の出も綺麗なのかなって考えていたら早く起きてしまいました」
ぼくたちが日の出に見とれていると、もぞもぞとみんなも起き出した。
寝袋を片付けると身支度を済ませて早朝の魔力奉納をした。
魔法の絨毯の操縦はみぃちゃんのスライムに交代しており、ぼくのスライムは御者ワイルドの掌の上で何やら報告している。
キュアが朝食のワゴンを押しながら、おにぎりにしますか?サンドイッチにしますか?と聞いて回ると、真ん中に広げて好きなものを食べよう、とベンさんが提案した。
分厚いカツサンドや大きな海老がはみ出ている天むすなど、予想以上のボリュームのある朝食にぼくたちはご機嫌になった。
魔法の絨毯が徐々に高度を下げると懐かしい国境の町が見えてきた。
検問所の上空で地上を見下ろすと、ガンガイル王国側でケインたちが手を振っていた。
既に検査を終えてぼくたちの到着を待っていたようでケインたちはニ台の馬車に乗り込むと検問所を通過した。
帝国側の駐車場に着陸すると、馬車からケインとキャロお嬢様とミーアの後ろからクレメント氏が降りてきた。
「いてもたってもいられなくて、ついて来ちゃった」
クレメント氏は恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言うと、大伯父上も留学するのですか!とウィルが驚きの声を上げた。
「いやいや、今さら魔法学校には通わないけれど、寮で用務員として雇ってもらうことになったんだ」
卒業記念パーティーで従者役を引き受けたクレメント氏は雑用係として寮で雇ってほしい、とオスカー寮長に頼み込んでいたらしい。
元国王が雑用係で再就職?
いいのだろうか、と思いつつも本人はいたく真面目な顔つきで、どんな仕事でも致します、と張り切っている。
「旅券が発行されたということはオスカー寮長の許可が下りているんだろうね。うん、まあ、頑張ってください」
自分を納得させようとするかのように言うウィルに、帝国の中心部まで旅をするのは人生初めてだ、とクレメント氏はケインたちより嬉しそうに笑った。
キャロお嬢様とミーアは二人で顔を近づけて何やら話し込んでいる。
「初対面の方がいるようなのでご挨拶しますね。ぼくはカイルの弟でジョシュアの親戚のケインです。よろしくお願いいたします」
ケインはマルコとエンリケさんの前に進み出て自己紹介を始めた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。私は魔法学校でカイル君たちと同級生で今回、冒険者として経験を積むため同行させていただきました、マルコといいます。魔法学校ではマリアとして入学していますが冒険者登録名はマルコです。こちらは私のお目付け役のエンリコです。キリシア公国の要人という立場上一人で行動してはいけないのでこうして付き添ってもらっております」
キリシア公国の皇女であることをやんわりと説明したマルコにキャロお嬢様の目が輝いた。
「お迎えに来る寮生たちに同伴者がいると伺っていましたが、こんなに素敵な方でいらしたのですね。お会いできて光栄です。私はガンガイル王国ガンガイル領、まあ、国内では辺境伯領と呼ばれております領主の長男の長女キャロラインと申します。友人たちはキャロと呼ぶので、是非マルコ殿にもキャロ、と呼んでいただけると嬉しいです!」
握手の手を差し出したキャロお嬢様に、殿はやめてください、とたじろぎながらマルコが言うと、二人はキャロ、マルコ、と呼び合おうと話し込んだ。
「カイル君の彼女さんは素敵な方ですね」
ミーアが小声で囁くとケインも頷いた。
聞きつけたぼくとマルコは顔を見合わせると二人とも顔が赤くなった。
「卒業記念パーティーに特別招待された時にエスコートしていただきました。……あの……その、お付き合いというか、その、親しくさせていただいております」
ぼくとマリアは親しくしているけれどみんなでワイワイするばかりで、二人きりでデートをしたこともない。
魔法学校で冷やかされて否定も肯定もしなかったマリアとぼくはその後、全く関係が進展していなかった。
「そうなのですか、カイルは女の子にグイグイいくタイプではないから、お付き合いの噂を聞いて驚いていたのですよ」
「そういった話はおいおいでいいでしょう。一緒に旅をすることになる留学生たちを紹介いたしますね」
キャピキャピしているキャロお嬢さまを差し置いてケインがマルコとエンリケさんに十人の留学生たちを紹介し始めた。
今年の留学生たちも半分以上が辺境伯領の出身者だ。
一通り紹介が終わると一学年しか違わないので、お互いに敬語はよそう、ということになった。
「では、次は私たちの冒険者登録ですね。冒険者ギルドのある町に急ぎましょう!」
ぼくたちが予想していた通りのキャロお嬢様の発言に笑いが起きた。
「では先を急ぎましょう」
御者ワイルドの一言でぼくたちは馬車に乗り込みはじめると、マルコの両脇にキャロお嬢さまとミーアがぴったりと付き添ってアリスの馬車に乗り込んだ。




