それぞれの思惑を載せて
寮に戻ったぼくと兄貴がジェイ叔父さんの研究室で顔を見合わせると、亜空間に置いていかれたことに気付いたウィルに問い詰められた。
「第三夫人を辺境伯領に転移させる経由の最中に何かあったんだね」
察しのいいウィルに、飛竜の里に立ち寄ったことで飛竜騎士団の派遣の惨状を知った第三夫人を落ち着かせるために女性だけのお茶会を亜空間でした際に、ケインと人形遣いの魔法の練習をしていた、と説明した。
そんな説明で納得するはずもなく、お茶会で何か新情報があったんだね、と問い詰めるウィルに、同じ説明を何度もすることになるから寮長室に行こう、と誘った。
夕食前の時間に寮長室に集まったのは寮長夫妻とオーレンハイム卿夫妻とジェイ叔父さんとお婆とウィルと兄貴とぼくだった。
辺境伯領主夫人のスライムの分身が、皆さまお集まりいただきありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。
「アメリアは離宮内の使用人たちに気付かれることなく身代わり人形と入れ替わることができました。皆様のご協力のお陰です」
辺境伯領主夫人のスライムが亜空間でのお茶会で提案された新しい衣装のデザイン画の依頼がオーレンハイム卿夫人に近くあることを報告した。
第三夫人がキャロお嬢様との公式面会に前向きの姿勢だ、と辺境伯領主夫人のスライムの分身が続けるとオスカー寮長は安堵の息を吐いた。
「ここからは、ぼくの推測ですが、皇帝陛下がここまでガンガイル王国の姫様に執着する原因が何かあるのではないかと考えると、アメリア姫はクレメント氏と同じように転生しているのではないか、と疑問を持ったのです」
部屋に集まった全員が、皇帝の第三夫人への異常な執着心ならあり得る、と頷いた。
「クレメント大伯父と第三夫人を会議室で実際に会わせてみたら、卒業記念パーティーで大伯父が皇帝陛下の転生を確認したように、第三夫人も転生の輪の中に入っているのかわかるかもしれません」
ウィルの提案に女性陣たちは険しい表情になった。
「それは最短で確認できる方法です。ですが、秘密裏の行動であっても第三夫人が男性と密会することになると、皇帝陛下に気付かれそうな気がしてなりません」
オスカー寮長夫人の発言にオーレンハイム卿夫人とお婆も頷いた。
第三夫人は身代わり人形を置いて離宮を出てから心境の変化が起こっている。
ただでさえ皇帝に怪しまれる状況なのに、万が一にも第三夫人から男の影を感じた皇帝がどういった行動に出るか想像できないから慎重になるべきだろう。
「ここは事実確認より現状維持を優先でいこう。第三夫人とキャロライン姫との面会を実現させる方向で調整をしている」
「皇帝はキャロラインがモデルの身代わり人形にアメリアの面影があるので人形を気に入っているようでした。交渉にはそのことを強調すると上手くいくかもしれません」
寮長の判断に辺境伯領主夫人のスライムが助言をした。
「ああ、その方向で交渉しよう。腕の見せ所だな。ああ、そうだ、それとは別に、現在、キャロライン姫たちの留学の旅程についての干渉がとても多いから、今の情報を踏まえて検討したいことがある」
地図を広げたオスカー寮長は亜空間でのケインと同じように、かつてラウンドール王国から帝国領になった地域に着目した。
「クレメント氏の出生地であるランドール公爵領は、ラウンドール王国が併合される前はここまであり、ここで帝国に占領されて分断された。そして勝利の功績からこの地域まで下賜された。つまり、この地域は前世の皇帝の子孫が継承している地域なので、今回はここに立ち寄ってみるのはどうだろうか?」
この場合は前前世の皇帝だが、子孫たちがまだ統治しているのか。
七人の子をもうけた前前世の皇帝の子供たちは相続で揉めて結局、四分割して相続されたぞ、と魔本が突っ込んだ。
現世で子育てに失敗しているが、前前世でも兄弟仲よくさせられなかったのは妻を出産で亡くしたことがショックすぎて子どもたちにかまわなくなったのだろうか?
地図を見ながらウィルはラウンドール公爵領の国境付近について語った。
「ラウンドール王国が併合された時にかつての王都を破棄して領都を新たに移しました。その際に国境の結界を強化しています。移民流出対策で人の出入りを制限したのですが、大型魔獣侵入の対策にもなりました。昨年ぼくたちが遭遇したバイソンの群れはこの国境付近に集まっていたということを考えると、ラウンドール公爵領付近の国境を挟んだ帝国側の森は悲惨な状態になっていたのでしょう」
国境の移動制限をかけたことで検問所のある町以外に人の往来がなくなったことで、国境沿いの小さな村は物流のある街道沿いに移転し、両国の国境付近は長い年月をかけて原野になり魔獣の棲み処になったらしい。
「ラウンドール公爵領はその歴史から国の結界に加えて独自に国境の護りを強化しています。魔獣や敵の侵入を防ぐだけでなく、密輸を防ぐ意味でも大きな役割を果たしています」
一大穀倉地帯となったラウンドール公爵領は近年、繊維業でも台頭してきたので、特殊な布を生産する紡績、紡織の魔術具を狙う産業スパイを今年だけで相当数捕まえたらしい。
「昨年、土壌改良の魔術具をここの領主に販売しているから、国境の森もマシになっているはずなんだ。前世の皇帝の子孫がなぜ、土壌改良の魔術具が必要になるほど荒廃していたのかが気になるな」
土壌改良の魔術具に効果があるなんて護りの結界が世界の理から外れたか作動しない状態になっているのだろう。
それでも領地として成立しているのは現領主がうわべだけの結界を張っているのだろう。
前前世の皇帝が子どもたちに結界の継承をせずに他界したとは思えないから、どこかの世代で失ったのだろう。
ぼくたちは苦笑しつつも、現状確認に立ち寄ることを承知した。
「わかりました。魔獣観測を名目にして立ち寄ってみましょう」
「たぶん、キャロお嬢さまは国境を越えたらすぐにでも冒険者登録をするでしょうから、ちょうどいい冒険者の依頼がなくても、帝国の魔獣観察があればキャロお嬢様の好奇心も満たされそうですね」
適当な名目を考案したウィルに続いてぼくがじゃじゃ馬なキャロお嬢様の行動を予測すると、オスカー寮長は笑った。
「ハハハハハ。本ばかり読んでいる大叔母上の大姪が冒険者登録か!」
「くれぐれも危険のないように、と言いたいところだけれど、お嬢さまを危険から遠ざけたら、かえって意固地になられるかしら?」
ケインの地脈調査を後追いしたキャロお嬢さまの行動力を思い出したお婆は困ったように首を傾げた。
「何かあったら、転移魔法を疑われないように身代わり人形を適当な方向に逃がして、会議室に逃げ込みます」
その手があったか、とオスカー寮長は旅行中の窮地の際における人形遣いの魔法の使用を認めた。
「頼むから、寮や魔法学校では使用しないでくれよ」
人形遣いの魔法の進捗状況を知っているオスカー寮長は、もう私は目視では見分けがつかない、とぼやいた。
ぼくたちが兄弟を迎えに行くついでに魔獣調査をすることは休校中の魔法学校で噂になったようで、寮に遊びに来たマリアも参加したい、とオスカー寮長に申し出た。
オスカー寮長は控えめなのに紅蓮魔法の使い手のマリアが同行すればキャロお嬢さまの抑止力になるのではないかと喜んだ。
身の回りのことが自分でできるマリアはエンリコさんだけお供にしてぼくたちに同行することになった。
出発前に魔獣学や植物学の先生方も寮に顔を出し、個人的に欲しい素材の依頼をしにきた。
専門家と成績に関係のない研究の話は楽しいが、寮には入れ代わり立ち代わり皇子たちがやってきて、自身の後ろ盾の領地を訪問してほしい、とオスカー寮長をとばしてぼくたちに直接接触しようとするのが煩わしかった。
ぼくたちは魔術具の実験で手が離せない、と面会を寮監が断り、ぼくたちがどこに立ち寄るかは調整の上、現地での魔獣の生息で変わる、と皇子たちの依頼をオスカー寮長が断ってくれた。
帝都より東方を訪問する必要もないのに、なぜそんな依頼が通ると考えるのだろう?
厚かましいにも程がある。
寮を出発する日には早朝の出発にもかかわらず、第三皇子が音速飛行を楽しみにして、見送りにきてくれた。
「殿下。大至急の移動でもないのに、騒音と衝撃波をまき散らす音速飛行はいたしません」
オスカー寮長が第三皇子に説明すると、第三皇子はガッカリしつつも、アリスの馬車ごと魔法の絨毯に載せたことに興奮した。
「噂の天馬じゃないか!並行して飛行することもあるのかい!」
「殿下。命の危機に関わるようなことが起こらない限り、許可なく飛行したりいたしません。帝国の法に則って旅をします」
変な噂が立たないようにオスカー寮長は第三皇子の思い込みを訂正した。
「では、いってまいります!」
ぼくたちが挨拶をして魔法の絨毯が寮の正門から飛び立つと、寮生たちと子どものように瞳を輝かせた第三皇子が手を振って見送った。
第三皇子がジェイ叔父さんに詰め寄って何か質問しているようで、叔父さんは頷くように首を振りながら第三皇子の話に付き合っていた。
「あの熱心さが国土を豊かにする方向にいったなら、協力するのも吝かではないのにな」
ぼくの呟きに搭乗者全員が頷いた。
地上から目視できない高度で飛行する魔法の絨毯の上からぼくたちは視力強化をかけて地上の緑の多さを確認した。
「去年よりずっと緑が濃くなっているけれど、原生林らしい密度の緑ではないね」
「そうですね。キリシア公国の森の深さからすると、まだ枯葉剤を撒いた森のように見えてしまいます」
ウィルの発言に男装のマリアも頷いた。
「いや、じゅうぶん驚きの結果だよ。俺たちは、帝国は砂漠気候だから豊かな土地を求めて戦争をし続けていると考えていたよ」
クリスはボリスと顔を見合わせて言った。
「今日はどこでキャンプを張る予定なんだい?」
この速度では日暮れ前に国境の町に辿りつかないのに野営地が決まっていない状況を心配したベンさんがぼくに尋ねた。
「空の上で夜を過ごすつもりでアリスの馬車を載せているので、今日は馬車の中で寝るつもりですよ」
ぼくの発言にギョッとしたベンさんは、オスカー寮長からお目付け役につけられたワイルド上級精霊ことアリスの馬車の御者ワイルドを見た。
「魔力量は足りていますし、スライムたちなら寝ないで操縦できるので、夜通し飛行した方が地上に降りるよりずっと安全です。まあ、降りたとしてもキュアがいますから心配はないのですが、国境の町で我々の到着を楽しみにしているお姫様がいるので急いだ方がいいでしょう」
穏やかな笑みをたたえたワイルド御者に言われると、それもそうだ、とベンさんは納得した。
第二皇子の神学校設立の話は、第二皇子の背後に従者ワイルドが控えているだけで計画がどんどん進んだのだろう、とシロに聞かなくても容易に想像できた。
ワイルド上級精霊が乗る魔法の絨毯をぼくのスライムがご機嫌に操縦している。
大聖堂で張り込みをしているぼくのスライムの分身が一日に一回ワイルド上級精霊の掌の上で報告をするご褒美をもらっているのに、一日中そばにいられるのは、また格別なご褒美のようだった。




