女性陣の作戦
魔獣カード倶楽部の打ち上げ会場にできた人だかりは、隣のブースでも他の倶楽部が一年の活動報告を貼りだしたり、魔術具即売会をしたりと創意工夫を凝らしたこともあり、それなりに人が流れて大きな混乱は起こらなかった。
「来年度は生徒会長じゃないから気楽に過ごせるよ」
卒業年度は就活と卒論に集中するため生徒会を離れる生徒会長は打ち上げが恒例行事化したとしても他人事として笑い飛ばす余裕を見せた。
ガンガイル王国のぼくと同学年の留学生たちは卒業式前後と言えば魔獣カード大会が大イベントだったことを思い出して、この程度のイベントではたいしたことがないと、顔に出てしまったようで、今小馬鹿にした?と生徒会長に突っ込まれた。
国を挙げて行われた魔獣カード大会の話をすると、あのカードのエフェクトを魔獣たちが実際に再現するのか!と生徒会長は魔獣部門の話に仰天した。
「帝国では魔法学校主催の競技会の方がほぼ国を挙げてのイベントだから、魔獣カード大会を魔法学校ではするつもりはないですね」
ウィルがそう言うと生徒会長は残念そうな顔をした。
生徒会長は自分が責任者の立場では無かったらとことん楽しみたい性分なのだろう。
「魔法学校では、ということは市中では魔獣カード大会が流行っているのかい?」
魔獣カードと競技台の魔術具に興味を持った第三皇子が話に割って入ってきた。
「帝都では子どもたちが遊んでいる程度ですが、ぼくたちが旅の途中で立ち寄った地方では娯楽が少ないので週末ごとに大会を開催して上位者をランキングしている地域もあります」
競技会速報誌のようにランキングを壁新聞として張り出している町があることをロブが第三皇子に話した。
洗礼式前後の子どもたちの存在を街中の人たちに意識してもらい児童誘拐を未然に防ぐために始めた取り組みが、帝国での魔獣カードの販売元である商会の仕入れルートに沿って広がっていることを冒険者として偵察の旅に出ていたクリスたちが確認していた。
「これ、絶対に帝都でも大流行するだろうから、帝都での販売量を増やせられないかな?」
調理器具の魔術具に気を取られていたため基礎デッキの販売予定数が売り切れてしまってから申し込みをした第三皇子は追加の販売日まで待たされる日数を嘆いて、何気に無茶を言った。
皇族がそんなことを軽々しくいってしまったら、手伝いに来ている貴族たちが今日購入した身分の低い魔法学校生から強引に買い取りを迫るかもしれないことを考慮すべきなのに、そういうところが第三皇子には抜けている。
「魔獣カード俱楽部の親睦会でお披露目された飛竜の魔術具なら翌日配達も可能だと聞いていますよ」
生徒会長はデイジー主催の懇親会でお披露目した飛竜の魔術具の話を持ち出すと、ああ、あれか、見てみたいよね、と第三皇子は鼻息を荒くした。
「噂でしか聞いていないのだけど、飛竜のお腹が収納の魔術具になっていて大量の商品を運べるらしいね」
第三皇子は綿あめを食べるキュアを見ながら言った。
「殿下。実物大の飛竜の魔術具は魔術具暴発事件の時に帝都に馳せ参じた成体の飛竜がモデルになっていますよ」
第三皇子は宮廷の敷地内からぼくのスライムに一本釣りされ、すぐに中央広場で降ろされたからイシマールさんたちの飛竜のそばを飛行していなかったので、飛竜の成体の大きさをいまいちピンときていないようだった。
「……殿下はゴール砂漠の戦いをご存じですか?」
オーレンハイム卿は第三皇子に帝国と飛竜の関係を理解しているのか探りを入れると、第三皇子は真顔になり無言で頷いた。
ガンガイル王国の飛竜部隊を使い捨てした事実を思い出したようだ。
「今年度の帝都での事件でガンガイル王国と帝国で軋轢が生じたわけではなく、そもそもガンガイル王国民としては近年の帝国との関係が既に納得していないのですよ。ゴール砂漠の戦いでは、我が国の英雄を多く失い、長年深い絆で結ばれてきた飛竜たちとの関係を悪化させました。あの戦いの唯一の生き残りの騎士の相棒の飛竜がモデルなのです。それを、ただの飛竜型の物流の魔術具としか見ていないのでしたら、ガンガイル王国の貢献が帝国では軽んじられている気がいたします」
まるで属国のように軍事協力を要請し続けながら派遣料を滞納し、そのくせ長年にわたり北の冷蔵庫扱いで、田舎者と馬鹿にしつつも穀物を買い漁っていたことをオーレンハイム卿にやんわりと指摘されると、第三皇子は黙ったまま頷くしかできなかった。
「飛竜は我が国では聖獣です。我が国で育まれた、いえ、我が国の独立自治領で育まれた飛竜たちは、その自治領を優遇しているガンガイル王国に恩義を感じて騎士団と契約しているのです。帝国軍のゴール砂漠での飛竜たちの扱い方は、個人的に思うところがあります……」
オーレンハイム卿は続く言葉を飲み込むように一旦話を切った。
イシマールさんの部隊の詳細を知っているぼくたちは帝国軍の上層部にいる第三皇子に面と向かって文句を言えないが、それぐらい察してくれ、と目で訴えた。
「殿下が本物の飛竜が駄目ならば魔術具の飛竜を所望なさるような発言をされると、(これ以上我慢のできないガンガイル王国側から)国際問題に発展します」
声を潜めたオーレンハイム卿の発言に、出過ぎた行為を避けたから生きのこってきた引き際を心得ている魔術具オタクの第三皇子は小さく頷いた。
重苦しくなった雰囲気を壊したのは、鈴を転がすように笑ったオスカー寮長夫人とオーレンハイム卿夫人の声だった。
「魔獣カードでしたら本日、第三夫人の姉君からのお心遣いの品の一つとして第三夫人の離宮に献上いたしましたわ。宮廷にも見本としていくつか献上していますからお帰りの際にお問い合わせください」
オスカー寮長夫人は魔獣カード俱楽部の打ち上げに魔術具オタクの第三皇子が参加することを見越して行動していたようで、欲しいのなら宮廷への献上品から漁れ、と上品に言った。
飛竜便の会社を立ち上げたのがケインだから、第三皇子が飛竜の魔術具に執心するようなら来年度も何か一波乱ありそうだな、と危惧したぼくとお婆は顔を見合わせた。
「暗殺未遂事件の直後なのにもかかわらず、第三夫人への恩恵を他の皇族にまで気遣い賜りありがとうございます」
オスカー寮長夫人の嫌味が通じていないような返答をした第三皇子に驚いたことを隠すために顔面に身体強化をかけた。
“……ご主人様。オスカー寮長夫人の嫌味は第三皇子の中で、第四夫人の子としての立場をわきまえ第三夫人から下賜されることに感謝せよ、と変換されています”
精霊言語で第三皇子の思考を読み取ったシロが困惑するぼくに説明した。
なんてこった、これも文化の違いによる齟齬なのか。
帝国では面子や上下関係をわきまえることが何より優先されるのだろうか?
「いえいえ、殿下。そのようの意図はありませんよ。第三夫人への贈り物は仲の良かった姉妹が連絡の取れない妹を気遣う姉の行為であって、貢いでいるわけではありません。宮廷には見慣れぬ品々を皇帝陛下に不審に思われないように敢えて多く献上したものですのよ」
オーレンハイム卿夫人は臆することなく第三皇子の解釈の違いを指摘した。
「そのような品を私がいただいては……」
言葉を濁した第三皇子にオーレンハイム卿夫人は一枚の魔獣カードを手渡した。
「いえ、殿下が魔獣カードを手にしていただくことに意義があるのです。美術品としても素晴らしいデザインのカードをお飾りにしておいてはいけないのです。遊んでもらうためには遊び手が多くなくてはいけません。この魔獣カードは一見ただの砂鼠ですが……」
オーレンハイム卿夫人はモブカードの中のレアカードを第三皇子に渡して、これで皇帝に勝負を挑めとけしかけた。
ああ、これが、女性陣たちが、考えた書を捨てて地方都市にでよう!作戦の第二段階なのか!
“……ご主人様。ご明察です。第三夫人の動向を逐一気にする皇帝に別な趣味を持たせて、第三夫人の自由時間を増やす作戦です”
執務の合間にふらりと第三夫人の離宮に立ち寄る皇帝を魔獣カードの虜にして第三夫人への関心を減らそうとする作戦なのか!
皇帝の好敵手としてボンクラ皇子たちをけしかけようとして多めに魔獣カードを贈ったのか。
“……ご主人様。第三夫人にレアカードを贈り、辺境伯領主夫人のスライムが第三夫人の姉の声で手ほどきし、皇帝と勝負したら皇帝が負けるまで鍛え上げて、皇帝がムキになるようにします。『もう少し強くなってから再戦しましょう』と第三夫人に言われて、手慣らしに皇子たちと対戦すると、皇子の中の一人を強くしておけば、皇帝は奮起して魔獣カードに時間を割くだろう、という作戦です“
なるほど、それで第三皇子に夫人たちが目を付けたのか。
オーレンハイム卿は第三皇子を連れて魔獣カードの実演ブースに連れて行き、二対二の対戦場に並んだ。
第三皇子を実戦で鍛えるようだ。
「第三皇子殿下も魔獣カードにはまること間違いなしだな」
水面下の思惑を知らない生徒会長は第三皇子の背中を微笑ましく見ていた。
魔獣カード倶楽部の打ち上げは大盛況に終了し、片付けは参加者全員で行ったので速やかに撤収できた。
いい勉強になりました、と第三皇子やガンガイル王国に顔つなぎをすることを目論んでいた貴族たちは、生産から物流、加工し販売する過程で派閥の干渉がないことで品質と価格が安定する利点を学べた、とたいそう喜んでいた。
これを可能にするのは安定した生産と物流や加工でもふんだんに魔術具を使用できる余剰魔力がある状態が恒常化しなければならないことまで学んでほしい。
ぼくたちはそう思いつつも顔に出さずに、お手伝いありがとうございました、と礼を言うだけにとどめた。
帰寮後、書を捨てて地方都市にでよう!作戦の第一段階が成功した話を聞くため事情を知るメンバーが寮長室に集まると、辺境伯領主夫人のスライムの分身が離宮内に潜入してからの詳細を報告してくれた。
「王家の秘宝の鍵から王族の魔力が感知されても問題なかったから、そのままアメリアの部屋に運び込まれたのです」
辺境伯領主夫人のスライムは第三夫人をまるで自分の妹のように敬称なしに呼んだ。
「そうしたら、間もなくして皇帝自身が前触れなしに立ち寄って贈り物を全て自分の目で確認しましたのよ。まったくもって度量が小さいというか、束縛が強いというか、アメリアの全てを知っていなければ気がすまないようで気持ち悪かったわ」
やっぱりそうだったか、とオスカー寮長夫人とオーレンハイム卿夫人とお婆が顔を見合わせて頷きあった。
「皇帝陛下が検品しても潜入していることがバレなかったんだね」
オスカー寮長が確認すると辺境伯領主夫人のスライムは頷いた。
「中身が見れない本、ということで食い気味に検品されたけれど、女性しか見れない舞台の戯曲集は女性しか読めない、という鉄則に納得して引き下がったわ。約束を破って続きを差し入れしてもらえなくなると困る、とアメリアが強く主張したことで皇帝が折れたのよ」
第三夫人の主張が通る環境だということに、ひとまずぼくたちは安堵した。
「なんでここまで伯母上を孤立させるのかなぁ」
第三夫人が皇帝に大切に扱われているのは間違いないのに、頑なに第三夫人を外界から切り離す皇帝の方針にオスカー寮長がこぼすと、辺境伯領主夫人のスライムはきっぱりと言った。
「愛ゆえね。本当なら使用人も置きたくないくらいアメリアを独り占めしたいのよ」
皇帝の病的な独占欲ゆえだろうと推測はしていたが、二人を目撃した辺境伯領主夫人のスライムの発言にぼくたち全員ため息が出た。




