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帝国貴族の面子

『ああ、ウィルの人形が椅子に座り損ねたよ』

 ヘッドセットから人形たちのいる隣の部屋の様子を中継してくれるボリスの声を聞いたウィルは、ああ、と嘆いてしゃがみ込んだ。

 身代わり人形を遠隔操作するためには人形のいる部屋の置かれている物を正確に把握していなければならず、家具に当たってしまったり、暖炉に突進したりとなかなかうまくいかなかった。

 スライムたちは分裂して室内に片方を残せるのでやすやすと操作することができた。

「スライムたちとの圧倒的な実力の差を見せつけられるとやる気が削がれるね」

「ハハハ。凡人の気持ちがわかったかい?集中力のいる作業のようだから一休みしたほうがいいよ」

 ため息をついたウィルにアーロンが軽口を叩いていると、突如として閃いた。

 そうだ!

 スライムの視界を精霊言語で使用すればいいじゃないか!

 隣の部屋にいるぼくのスライムの映像情報を送るように頼むと、ぼくのスライムは匂いや室内の温度の肌感覚まで送ってきた。

 ウィルからオスカー寮長に変身している身代わり人形の操縦権を交代すると、オスカー人形を簡単に起き上がらせて座り直すことができた。

 これはいい!

 ぼくとオスカー寮長の体格差を考慮しなければならないが……いや、スライムが操作する人形の全体を薄く覆えば体格差も簡単に把握できるかもしれない。

 ぼくのスライムがすぐさま実行するとさらにスムーズに人形を操作できるようになった。

『交代したのはカイルなのかい?物凄く自然に椅子に座ったり立ったりしているよ!』

 ボリスが興奮してまくしたてると、天才か!とウィルとアーロンがぼくを見た。

「天才なのはぼくじゃなくてぼくのスライムなんだよ。部屋の中にいるスライムの分身に感覚を伝えてもらえないかなと思ったら、部屋の様子がなんとなくわかったんだよね」

「それが簡単にできることじゃない、ということくらいしかわからない」

 ぼくの掌の中にいるぼくのスライムとぼくの顔を見比べたウィルが嘆いた。

『もう、ほどほどにして休みなさい!』

 ヘッドセットからの声がおかんむりな口調のお婆に代わっていた。

 ここらで一休みした方がいい、とぼくたちは練習を切り上げた。


 談話室には昨日のぼくたちの衣装が展示されており、多少のサイズ変更が可能になっていたので誰でも試着可能になっていた。

 それでもデイジーの衣装は小さすぎて試着可能な女子がいなかったので常設展示になっていた。

 談話室に試着室ができており、着替えた寮生たちは中庭に出てあちこちで記念写真を撮っていた。

「うーん。平和だね」

 食堂のおばちゃんから昼食の直後なのにもかかわらず試作品のみたらしが中に入っている団子をもらったデイジーを見ながら背伸びをしたアーロンが呟いた。

 休日なのに厳重警戒を継続中の寮生たちは外出せずにめいめいに楽しみを見つけて寛いでいた。

「暗殺未遂は残念な出来事だったけれど、休日にガンガイル王国寮でまったりできるのは私にとってはご褒美のようだわ。事件自体はすぐに解決しそうな気がするのよね」

 妖精からの情報なのかデイジーはのんびりと言うと兄貴も小さく頷いた。

 ぼくたちの卒業記念パーティーへの招待が決まってから大慌てで作戦を立てたはずだから、いろいろと粗が多い襲撃だったので、実行犯や凶器の搬入ルートや関係者を辿ればすぐにでも真犯人が判明するだろう。

「ああ、ここにいたのか」

 オスカー寮長が談話室で寛いでいたぼくたちのところに息せき切って駆け寄ってきたということは、先に訓練所に立ち寄ったのだろう。

 深刻そうな表情のオスカー寮長が、カイル君、と呼びかけたので、すぐさま内緒話の結界を張るとオスカー寮長は安堵の表情になった。

「第一皇子が事実上蟄居になることになった。暗殺未遂事件の首謀者となると極刑は免れないが、主犯の関係者と言う立ち位置で拘束されている。実際のところ第一皇子の指示は、行きのアリスの馬車の妨害工作だけで、後の暗殺未遂事件の主犯は第一皇子の後ろ盾の第一夫人だった。派閥解体のきっかけになった土壌改良の魔術具を制作したガンガイル王国留学生たちを亡きものにしよう、という短絡的な犯行だった」

 目障りだから殺してしまえ、という考えで実行して自分は罪に問われない自信があったのだろうか?

「第一夫人はすでに事故死しており、第一夫人の父が実行犯グループに前金を払った罪で間もなく拘束されるだろう」

 オスカー寮長はそこまで一気に語ると一息ついてぼくのスライムの入れたお茶を一口飲んだ。

「事故死!?……第一夫人の実家はお取潰しですか?」

 一大スキャンダルの中心となる主犯が死亡して、死人に口なし状態にされてしまったのか!

「そうなるだろうな。第一夫人に関しては自身の離宮の階段からの転落による事故死としか聞いていない。正式な発表ではどうなるかわからないが、第二皇子の離宮に急遽呼び出されて伺った話だから間違いない情報だ」

 自分たちを殺そうとした人物とはいえ、死人が出たことにぼくたちは重苦しい雰囲気になった。

 六個の吹き矢で六人を狙った殺人計画の主犯は死刑相当だったとしても、きちんとした捜査の後にしかるべき裁判があって刑に処されるべきであって、事故というより不審死という印象が拭えない死に方をすべきではない。

 兄貴とデイジーは知っていたのかオスカー寮長の話を聞いても無表情のままだった。

 オスカー寮長は朝から辺境伯領主夫人と書簡のやり取りをしていると、大至急来られたし、と第二皇子から鳩の魔術具で手紙が届き、ぼくたちが帰寮した後の卒業記念パーティーの詳細を聞いたらしい。

 ダンス会場では皇帝の命に従って例年通り卒業生たちの社交場となっていたが、一般招待客たちの関心は土壌改良の魔術具がどの地域に優先的に販売されるか?また、留学生暗殺未遂のせいで土壌改良の魔術具の販売自体取りやめになってしまうのか?という話ばかりだったようだ。

「第一夫人の派閥は土壌改良の魔術具の未購入が多かったですよね」

 渋い表情のウィルの質問にオスカー寮長は頷いた。

「そうなんだ。帝国内の土壌改良の魔術具を皇帝陛下が一括で買い上げる話が宮廷内に広がると我こそ先に、と土地持ちの官僚たちが色めきだっていたようで、派閥の統制が利かなくなっていた各派閥の頭領たちがかなり苛立っていたようだ」

「もし、仮に宮廷内の有力者である第一夫人が土壌改良の魔術具を優先的に購入する算段を付けていたとしても、ぼくたちを襲撃する利がないですよね。だって、土壌改良の魔術具の販売数量はもう決まっているけれど、数年で効果が切れてしまう魔術具なのに、ガンガイル王国と敵対してしまい次の購入ができなくなったら利どころか損失でしかないじゃないですか」

 うーん、とオスカー寮長は唸った。

「そこは文化の違いとしか言いようがないんだ。面子を潰されたなら仕返しをしなければ服従したと考えられてしまう文化があって、そもそも、競技会で留学生たちにボコボコにされた仕返しをしなくては帝国貴族として面子を潰されたままの状態になっているらしいのだ」

 晩餐会での嫌がらせ未遂も競技会の各チームの後援者が依頼していたようで、そこのところまで調査した話をオスカー寮長は第二皇子から聞いたらしい。

「晩餐会での仕返しの仕返しはしないと、第二皇子殿下に宣言してきた。そんな学校行事の腹いせに一々反応していられない。当の選手たちはわだかまりなく魔法学校の授業を受けているのに大人がそんなことにムキになっても仕方ないだろう」 

 オスカー寮長がぼやくように報告すると、ぼくたちは頷いた。

 競技会終了後の敵選手たちはどちらかといえばガンガイル王国寮生と親しくなって情報を引き出そうとする傾向があり、クリスたちに付きまとっては振り切られていた。

「当事者の選手たちにわだかまりがないのに、支援していた大人たちが面子を気にしているなんておかしなことになっていたのですね。今は選手たちの間ではクリスさんたちが冒険者登録をして武者修行の旅に出た話題で持ちきりですわ。彼らを見習って強くなるために魔法学校の長期休みの間に冒険者登録をしようとする魔法学校生が多くて本業の冒険者たちが、仕事がなくなる、と困惑していると聞きましたわ」

 図らずとも幾人もの冒険者たちを育成したデイジーの話にぼくたちは噴き出した。

「それはそうだろうな。競技会の優勝を狙うなら上級魔術師試験くらい合格済みの連中ばかりだから、冒険者登録をしたらいきなり秀からのスタートになる。実入りのいい仕事を奪われる方は堪ったもんじゃないだろうね」

 オスカー寮長も笑いながら言った。

「結局、競技会に多額の資金を提供していた後援者たちは、競技会を自分たちの権力を知らしめるために利用していたから、今年の競技会の番狂わせになったぼくたちが面白くなかったということですか」

 アーロンが残念そうに言うと、そうなんだ、とオスカー寮長は競技会がらみの因縁に話を戻した。

「多額の借金があった実行犯たちは事業の傾きから首が回らなくなっていたのに、起死回生に競技会の賭博を利用して借金を増やしていたらしい。まあ、例年だったら低いオッズの優勝候補チームにそれなりの資金をつぎ込めば必ず勝てた賭博だから入れ込んでしまったのだろうね」

「ぼくたちが競技会に出場したことによる番狂わせで借金が増えた逆恨みと、自身が逮捕されても借金がチャラになれば家族に迷惑をかけない、との思いから暗殺の実行犯になったのでしょうか?」

 ぼくの質問にオスカー寮長は頷いた。

「ああ、それに加えて、あの場で皇帝陛下がガンガイル王国を支持せず、帝国貴族の面子を優先する可能性が僅かばかりでもあったことが実行犯たちの思惑にあったようだ」

 あくまで第二皇子の推測だけど、とオスカー寮長は前置きして語りだした。

「皇太子の選出は未だ行なわれていないけれど、大方の見方として、第一皇子が最有力候補だったのだ。皇帝陛下の振る舞いも出生順にお声がけなさるから、どうしても最有力皇太子候補に見えてしまう。そうなると、世継ぎの母である第一夫人が皇帝陛下に進言すれば自分たちへの恩赦も可能なのでは、と考えたのだろう。だが、結果はあの場で実行犯に強力な断罪があったことで、実行犯たちへの恩赦はないだろう、と宮廷内では考えられているらしい」

 オスカー寮長の話を聞いたウィルは呆れた口調で、面子ねー、と呟いた。

「皇帝陛下が帝国貴族の面子を気にするのなら、スライムたちが飛び出す前に皇帝陛下が直接断罪していただろう、と第二皇子殿下は推測されていた。皇帝陛下は帝国貴族の無能者を炙りだし、ガンガイル王国は陛下の庇護なくしても害せないと公に披露するために、あえて暗殺未遂を見逃していた、とのお考えだった。まあ、実行犯をその場で罰したことで、留学生たちを害するものは陛下がお許しにならないといった明確な意思を示された。私から寮生たちに安全宣言をするのは公式発表の後になってしまうが、第二皇子殿下はひとまず被害者の君たちに知らせたかったらしい」

 公式な発表前に第二皇子に呼び出されたのは、真犯人の死亡と関係者の拘束が決定的になったことを報告してぼくたちを安心させたかったワイルド上級精霊がそばにいる第二皇子の計らいだったようだ。

「わかりました。寮に帰っても公式発表が出るまでは他言無用に致しますわ」

 デイジーの発言に、マリアとアーロンは頷いた。


 再襲撃の危険性がないことが確認できたため、デイジーとマリアとアーロンはそれぞれ帰った。


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誤字報告 観察未遂事件の首謀者 暗殺未遂事件の首謀者 敵対してしまったら次の購入ができなっから 敵対してしまったら次の購入ができないから
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