身代わり人形の練習
「ちょっとあたいも試してみてもいいかしら?」
ぼくのスライムがぼくの身代わり人形に近づくと、いつもぼくが手を差し出すように身代わり人形が動くようにイメージするとその通りに動いた。
「ほう。上手にできているぞ」
ユゴーさんがぼくを褒めるとちょっと照れたようにぼくの身代わり人形の頬が上がった。
あれ?
こんな指示は出していない。
「あっ!やっぱりできた。ご主人様と魔力が似てるから何の抵抗もなく操作できちゃった!」
ぼくのスライムの発見にウィルとジェイ叔父さんのスライムがそれぞれの身代わり人形に飛び乗って試すとスライムたちの方が本人たちの微妙な表情まで滑らかに操作した。
「フフ、口角の上がり方がウィルにそっくりだよ」
「自分で自分の表情を意識しないから、スライムたちの方が上手なのかな?」
考え込むときに頬に人差し指を添える癖も鏡像のようにそっくり真似をしたウィルの身代わり人形を見たウィルの疑問に、スライムたちは頷いた。
「本当は凄く難しい操作で、儂だって自分の身代わりを少し動かすのに数日を要したんだ!さすが君たちのスライムたちは優秀だ!」
ユゴーさんはスライムたちを褒め称えると、スライムたちは身代わり人形の肩の上で得意気に胸を反らせた。
スライムたちが操作するぼくたちの身代わり人形は、いつもぼくたちがスライムと一緒にいるから肩の上だろうが掌の上だろうがスライムが乗っていても不自然なところは何もなかった。
こうなると気になるのは兄貴が製作してみぃちゃんに変身した身代わり人形のほうだ。
みぃちゃんのスライムはみぃちゃんが寛いでいる時によくやる、しっぽをパタパタと動かす仕草をさせている。
ぼくたちは自分たちの身代わり人形へのインプットをスライムたちに任せて、身代わりの人形のみぃちゃんをみんなで少しずつ操作してみた。
「ジョシュアがつくった人形でも操作性に違いがあまり感じられないよ」
キュアの魔力で兄貴が作った身代わり人形は魔力になじみがあり過ぎてほとんど違和感なく身代わり人形のみぃちゃんをジャンプさせることができた。
みぃちゃんが二匹いるみたいで可愛い。
「ぼくは自分の作ったものより反応速度が遅いから操作しにくいよ」
「少し抵抗感があるし、反応速度も遅いけれど慣れればなんてことないかな」
ぼくとウィルとジェイ叔父さんの感想に、覚えが早すぎる!とユゴーさんは興奮のあまり口から泡を飛ばしながら言った。
ご老体だから無理はさせない、とお婆と約束したのにユゴーさんは回復薬をぼくにおねだりしながら人形と距離を離して操作するぼくたちの練習に付き合ってくれた。
「ああ、こうしてできることが増えてしまうと儂が君たちに教えることがなくなってしまうので、この夢の時間が終わってしまう!」
しまった!
夢中になり過ぎるあまりご老体のユゴーさんのはしゃぎっぷりを止められなかった。
いや、夢の中だと誤解させたままにしていたことで次の機会がないと思い込んで熱心に指導していたユゴーさんの興奮に乗じてぼくたちもすっかり楽しんでしまった。
「また会えます。また会いに行きます。なんなら明日もまた夢で逢いましょう!」
ユゴーさんに約束すると、ユゴーさんはぼくを抱きしめて、君に出会えたことで人生が変わった、ありがとう、とおいおいと泣きだした。
ぼくはユゴーさんの背中を撫でながら、またいつでも会えます、と声を掛け続けた。
シロは亜空間にベッドをだすと、少し休んだ方がいい、と言ってユゴーさんを寝かしつけた。
「ご主人様たちもお休みになってくださいね」
寝不足な顔で朝食の席に着けばお婆に叱られてしまうので、有無を言わせずシロはぼくたちをベッドに放り込んだ。
「ユゴーさんは元気だったのね」
十分充足を取ってから何食わぬ顔で朝の日課を熟して食堂に行ったのに、お婆には見透かされていた。
なぜだろう?
ぼくとウィルとジェイ叔父さんが顔を見合わせるとお婆は微笑んだ。
「みんな気になる魔術具がある時は急いで朝食を食べるのに、今朝は落ち着いているから、もう作ったんじゃないかと鎌をかけてみたのよ」
何かあったの?とお泊りしたアーロンとマリアに訊かれた。
キョトンとするデイジーにさえバレていなかったのに、お婆はぼくたちの余裕のある態度からもうユゴーさんと接触を持ったことを察したようだった。
「懐かしいですね。ユゴーさんですか。連絡を取り合っていたのですか?」
マリアたちにも話していいものか躊躇していると、オスカー寮長とオーレンハイム卿が焼き魚定食のトレーを持ってぼくたちのテーブルに割り込んできた。
「辺境伯領主夫人が全面的に協力すると約束してくださった」
「うちの妻が未発売の戯曲集を献上する際に、女性だけの小劇団を設立するための後援者の依頼をすることで書簡のやり取りを多く行うことができるようになるのでは、と提案してきたんだ」
仕事が早いオスカー寮長とオーレンハイム卿はマリアたちに気にすることなく話し出した。
第三夫人と接触しようとしていることは公にしてもかまわないということだろう。
「女性だけの小劇団ですか。女性しか登場しない演目をするのですか?」
「いや、恋愛物語の男性役も女性が演じるらしいよ」
お婆は首を傾げたが、ぼくは前世の記憶から華やかな女性だけの歌劇団を思い浮かべて、その歌劇団の主なファン層は女性だったことを思い出した。
「私も留学の旅路では男装していたので、女性出演者だけの演劇には興味があります」
マリアが男装で旅をしてぼくたちと知り合ったことを聞くとアーロンはマリアを二度見した。
似合っていたんだよ、とウィルが言うと、マリアは、ぼくの魔術具に助けられた、と恥ずかしそうに俯いた。
「声変わりの魔法は使用しないで、あくまで男性の衣装を着た女性が男性役を演じるらしい。というのも、うちの妻が気にしていたのは、離宮の使用人が女性だけだったり、女性親族からの手紙しか受け取らなかったりしていることから、少しでも男性の存在感があると第三夫人に取次されないのではないかと危惧しているんだ」
第三夫人の引き籠りは皇帝の束縛が主な原因で、本好きで内向き志向な第三夫人がその環境に満足している様子なので長期化しており、戯曲集の物語を女性だけの劇団が公演するという話題なら、第三夫人も興味を持ちやすい上、皇帝に嫉妬心をいだかせなくてすむだろう、とオーレンハイム卿夫人は目論んでいるようだ。
「美青年の役を男装の麗人が演じるとなれば、趣向として面白そうですし、第三夫人が後援者に名を連ねても皇帝陛下の逆鱗に触れなさそうだ。劇団は皇族後援の箔がついてチケットの完売の見通しが立つなんて、さすがオーレンハイム卿夫人。目の付け所が素晴らしいです」
オスカー寮長は感心した口調で言った。
「オスカー寮長!献上する脚本集にスライムの分身を付属させて第三夫人の動作を研究させてもいいですか?」
ぼくの発言に、身代わり人形が完成したのか!とオスカー寮長とオーレンハイム卿が詰め寄った。
十分睡眠をとった、とジト目で見るお婆に言い訳しながら、早朝にまだ夢の続きだと思っているユゴーさんを会議室に呼んで人形遣いの魔法を習った、と説明した。
「ふむ、ただ単純に身代わり人形を置くより、第三夫人の自然な仕草をする身代わり人形を置いておけば、離宮内の使用人に気付かれる心配が少なくなるな。皇帝はおそらく使用人たちに夫人の行動を逐一報告させているだろうから、より完璧な身代わり人形にする必要があるだろう」
彫刻、絵画の巨匠であり、一人の女性に執着してとことん研究しているオーレンハイム卿の推測は信憑性があり過ぎる。
「今日は外出の予定がないので、この後、訓練所で人形操作の練習をしようと考えているのでご覧になられますか?」
ジェイ叔父さんの提案に、オスカー寮長とオーレンハイム卿は頷いて、掻っ込むように朝食をたべた。
「よく噛んで食べないと消化に悪いですわよ!お行儀悪い人は訓練所の使用制限をしてもらうよう寮監に指導してもらいますからね」
みんなのお母さん化したお婆の言葉にオスカー寮長までぼくたちと声を揃えて、はい、と返事をした。
寮生たちはまたぼくたちが何か始めるようだと察して、訓練所に見学に行くメンバーを決める抽選会を始めた。
「部外者のぼくも見学していいのでしょうか?」
アーロンが申し訳なさそうにオスカー寮長に尋ねると、いいですよ、と軽い口調でオスカー寮長が承諾した。
「人形遣いの魔法は伝説的な技術ですが、その伝説的な魔法の使い手とマリア姫は旅の途中で親しくなっているので今さら隠すほどのことではありません。ですが、当面の間、他言無用の書面に記名していただくことになりますが、宜しいですか?」
オスカー寮長は情報を隠すより、誰がどこまで情報を得ているかを、ガンガイル王国側が統制することを選択したようだ。
第三夫人に関わることなのでアーロンもマリアもデイジーも快く書類に記名して、身代わり人形の練習を見学することになった。
「これは完璧な身代わり人形だ!」
オーレンハイム卿はスライムたちが操るぼくたちの身代わり人形に太鼓判を押した。
「だが、こっちは駄目だな」
兄貴の身代わり人形をオスカー寮長に変身させてみぃちゃんのスライムが操ったが、立ち居振る舞いがオスカー寮長らしくない。
「残念ですが、そこまでオスカー寮長の所作を詳しく観察したことがないからなんとなくしか真似できません」
「ハハハハハ。そっくりそのまま真似されるほど観察されていた方が居心地が悪いよ」
オスカー寮長が笑うと、自分ならできる、と言うかのようにオーレンハイム卿はお婆を見遣った。
オーレンハイム卿なら難なくお婆の身代わり人形を滑らかに操作できそうで、できたらできたで不気味に感じたお婆は小さく身震いをした。
「うーん。これは確かに離宮に潜入して伯母上を観察しなければ、滑らかに操作ができないのは納得だ」
「姿かたちがこれほど似ていたら書斎で本を読んでいるだけで、誤魔化しが効きそうじゃないですか?」
アーロンの疑問にオーレンハイム卿は首を横に振った。
「執事は主人の顔色を読んでその日のメニューを変更する気遣いをするものだ。まして皇帝陛下に報告するとなれば些細な変化ほど見逃さないだろう」
「伯母上の日課を観察することになるのなら、辺境伯領主夫人のスライムに頼んだ方がいいだろう。急ぎで書簡を送ろう」
オスカー寮長の判断にお婆とマリアとデイジーも頷いた。
女性の日常を観察するなら姉妹のスライムの方がいいだろう。
調整のためオスカー寮長が席を外した後も、ぼくたちは代わる代わる兄貴の制作したオスカー寮長に変身した身代わり人形を使い部屋を離れても操作できるように練習を続けた。
「これを競技会で使用したら、ウィルやカイルが何人もいることになってどのチームも勝ち目がないだろうな」
「どうとでも悪用できる魔術具だから一般公開はしないよ」
アーロンの呟きをジェイ叔父さんは即座に否定した。




