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私を宮殿に連れて行って!

 卒業式終了後、卒業生たちはカッコよく退場とはならずみんな出口に殺到していた。

 ただでさえ卒表記念パーティーの支度のために急ぎたいのに卒業式の開始時間が押していたため、さらに時間が無くなってしまったのだ。

 一部の来賓たちは気を利かせて卒業生たちの馬車を誘導している。

「一夜明けてから記念パーティーをするといいのにね」

 毎年のことなのだから、とデイジーは不満気に唇を尖らせた。

 あんなに生徒会長が心配していたのは何らかの騒動が起これば遅延の責任を追及されるからだったのだろう。

「お祭り騒ぎは一日で終わらせたいんじゃないかな?」

「急いで帰らなくてはいけない人だっているだろうね。ぼくの国がかつての経済事情のままだったなら、なるべく早く帰国しようとするだろうな」

 ボリスとアーロンはのんびりした口調で言った。

 アリスの馬車を寮長に託して魔法の絨毯で帰寮しているぼくたちは渋滞する馬車の列を他人事として見ることができる余裕があった。

「日没後の安全が確保されていなかったころは貴族街に屋敷がなければおちおちと卒業記念パーティーに出席していられなかったのかな?」

「上級魔法学校に貧乏人は進学しないから、みんな貴族街に居住地があるわよ」

 アーロンの疑問にデイジーが即座に突っ込んだ。

「うちの国は自国に上級魔法学校がないから、留学前にありったけの知識を詰め込んでガンガイル王国の魔法学校でいち早く資格を取得することを競っているような状況だよ」

 アーロンがぼやくと、近隣国にガンガイル王国があるなんてじゅうぶん地の利に恵まれている!とデイジーとマリアに速攻で突っ込まれた。

「自国に上級魔法学校がないと人材育成が大変なんですね」

 ロブが仲裁するように間に入っても、一年中受講者を受け入れているガンガイル王国が羨ましい、とデイジーとマリアがまだ嘆いていた。

「上級魔術師が地方にいないのは地方で教育機関がないからなんだよね」

 辺境伯領も上級魔法学校がないし、初級でも魔獣使役師の講座を開設できる教員がいないから、王都まで試験を受けに行くのが主流だ。

「私が上級基礎魔法学の教員資格を取得したら、辺境伯領でも基礎魔法学だけなら上級課程を受講できるようになるわ」

 お婆の発言に、また辺境伯領ばかり発展する、とウィルが悔しがった。

「世界中の叡智が集まるような立派な学校でなくてもいいから、必要最低限のことを学んで資格を取得できる学校があればいいですわね」

「最新の研究を突き詰めることと、実社会で即戦力となる人材を育成することを分けて考えて、分校のようにしたら入学金も一校分で済んで学びたい人だけ本校に通えるのにね」

 マリアの希望に現実を考慮した発言をしただけなのに、魔法の絨毯の上の全員の注目を集めた。

「「卒業記念パーティーが終わってから詳しい話が聞きたいな」」

 ジェイ叔父さんとオーレンハイム卿に左右から詰め寄られてしまった。

 こんなに興味を持たれるなんて、分校という考え方がこの世界に無いのかもしれないな。


 そんなこんなで帰寮すると大浴場に行くはずだった時間が無くなっており、清掃魔法で汗を流すと着付けの時間が始まった。

 ぼくの衣装は帝国の正装にガンガイル王国の特徴的な刺繍を黒い生地に黒の刺繍糸で施され、装飾に使用されている昆虫の魔石を加工した黒いビーズやスパンコールの全てに魔法陣が刻まれた甲冑並みに防御力があるものに仕上がっていた。

 着付けを手伝っていたぼくのスライムが触手を伸ばしてサムズアップのようにハンドサインを決めるとみぃちゃんとキュアも満足げに頷いた。

 皇帝が臨席する卒業記念パーティーでは収納の魔術具もポーチも持ち込めないので、みぃちゃんとキュアは寮で留守番をすることになっている。

 スライムたちが分担してマルチカメラになって生中継をするので、みぃちゃんとキュアは寮生たちと談話室で視聴する予定だ。

 着替えを終えて談話室に行くとジェイ叔父さんとウィルとボリスとロブが既にいた。

 魔獣たちが着付けに逐一口を挟んでいたから出遅れてしまった。

「ああ、カイルもサッシュに勲章がついている!」

 ロブの正装にはサッシュさえなかったので、エリートたちとは違うんだ!と頭を抱えた。

 ぼくとウィルとボリスにはクラーケンを撃退した時に授与された勲章があったので肩から下げたサッシュにつけていた。

「俺もないから気にするなよ」

 ジェイ叔父さんがロブを慰めていると、ジャラジャラとサッシュにたくさんの勲章を付けた寮長がジェイ叔父さんに声を掛けた。

「帝国で有意義な魔術具の制作を続けた功労としてガンガイル王国国王陛下からジェイ君に勲章を託されているんだ。ここで、ガンガイル王国の国際的地位向上に貢献したジェイ君に国王陛下の代理としてこの勲章を授ける」

 唐突にオスカー寮長がジェイ叔父さんに勲章とサッシュを授与すると、寮生たちから拍手が沸き起こった。

 ジェイ叔父さんの帰国を妨害していた帝国側をけん制するために勲章が授与されたのだろう、とあたりがついたからそれほど驚くべきことではなかったが、ぼくとウィルの度肝を抜いたのはオスカー寮長の背後にウィルのご先祖様のクレメント氏がいたことだった。

 あの位置にいるということは寮長の新しい従者として卒業記念パーティーへ行く馬車に一緒に乗り込む算段なのだろう。

 クレメント氏はジェイ叔父さんに授与されたサッシュだけでなくほかにも複数のサッシュと勲章を持っている。

 ロブと兄貴にも帝都で活躍した褒賞として勲章とサッシュが授与された。

「魔術具暴発事件で活躍した寮生たちにも勲章が授与されたが、それは後日、表彰式を行うので今日は名簿の発表だけで勘弁してくれ」

 寮長の発言に談話室の寮生たちは騒然となり、クレメント氏は無言で掲示板に名簿を貼りだして職務を全うした。

 何百年も火山口に閉じ込められて死にそうになっていたけれど、一国の国王だった人物がオスカー寮長の従者としてふるまっていることに内心では唖然としたが、クレメント氏は身元を隠しているのでぼくとウィルは同時に表情筋に身体強化をかけて耐えた。

 表情が硬くなったぼくとウィルを見てサプライズが成功したような愉快そうな笑み浮かべるオスカー寮長とクレメント氏をシロは亜空間に招待した。


 ウィルが咄嗟にぼくの肩を掴んで亜空間までついてくることには慣れていたけれど、ジェイ叔父さんまで兄貴にしがみついてついてきた。

「大伯父様!なにか企んでいるのでしたら事前に相談をしてください!」

 シロの真っ白な亜空間は初体験のオスカー寮長がキョロキョロあたりを見回しているのにウィルはお構いなしにクレメント氏に詰め寄った。

「いやぁ。皇帝陛下のご臨席するパーティー会場のそばに行けば、皇帝が物知りの従兄弟の生まれ変わりなのか確認できる機会があるのではないか?と考えて現ラウンドール公爵と相談すると、こうして帝国内の寮に潜り込む算段を付けてくれたのだよ」

 父上が関与していたのに内密にしていたのか!とウィルは憤ったが来ちゃったものは仕方がない。

 それよりクレメント氏はどうやってパーティー会場に潜り込むつもりだろう?

 ぼくのスライムがオスカー寮長にシロの亜空間について、ちょっとした精霊が外部の時間を止めた会議室を貸してくれている、と説明した。

 オスカー寮長はワイルド上級精霊が召喚した緊急円卓会議に参加したことがあったので、あの会議室の簡易版だと理解したようだった。

「それにしたってパーティー会場内には招待者と同伴者しか入れないじゃないですか。いったいどうする気なのですか!」

「作戦は立ててある!」

 眉を顰めたウィルに、オスカー寮長は意気揚々と答えた。

「彼は独特の魔力の持ち主だから、彼の結界の中に入ればわかると思うよ」

 クレメント氏は王宮内に入り込むことができればたぶんわかる、と言い切った。

「クレメント氏は従者としてアリスの馬車に同乗してもらい、駐車場に待機してもらうだけだから危険な任務ではないよ。宮廷の敷地に内にいるだけで魔力の確認ができないようなら、うちの妻が途中から気分が悪くなりクレメント氏に回復薬を届けてもらう予定になっている」

 寮長の説明にクレメント氏は頷いた。

「私が本能的に彼を探し出せるように、彼もまた私を探し出せるのではないかと考えているから、あまり皇帝に近づき過ぎたくないのだ。私は二百年前に死んだことになっているのだから、この状態の私を探し出されたくない」

 あれ、その作戦は甘いのではないか?

「帝国皇帝はまがりなりにも広大な国土に魔力を注げる強大な魔力持ちですよね。クレメント氏が皇帝の魔力を肌感覚でわかるほどまで近づけば、皇帝にもクレメント氏が近くにいることがバレてしまうのではないでしょうか?」

 ジェイ叔父さんもぼくと同じ疑問を持ったようで直球の質問をした。

「招待客は五百人を超え同伴者を含めると千人規模になるパーティーで、私は皇帝の魔力の気配を探ればいいだけだが皇帝は千人の中から私を見つけ出すことは不可能だろう」

 クレメント氏の発言に兄貴と犬型のシロは首を横に振った。

「大伯父様!甘いです!ぼくは会場に千人の人がいても、カイルがどこにいるか魔力を探して言い当てられます!!」

 実際にできそうな迫力でウィルに言い切られると、駄目か、とクレメント氏は項垂れた。

「だから、早めに相談してくれれば魔力を遮断する衣装を用意しておくのに!」

 ウィルがクレメント氏とオスカー寮長を睨むと、君たちは忙しそうだったから、とオスカー寮長は言い訳した。

 オスカー寮長もサプライズが成功して嬉しそうな顔をしていたから、ぼくたちを驚かせようという魂胆があったはずだ。

「アリスの馬車から降りなければ馬車の結界に阻まれて皇帝にバレれないかもしれませんね。くれぐれも会場の控室にも近寄ってはいけませんよ」

 兄貴がクレメント氏に釘をさすと、クレメント氏は叱られた子犬のような表情になった。

「ぼくたちが下車するタイミングで宮廷の敷地内の魔力を探るくらいなら大丈夫じゃないかな?」

 わざわざ転移魔法の魔術具を使用して帝都までやってきたクレメント氏を手ぶらで返すのもどうかと思い提案した。

「その条件で頑張って魔力を探るから、私を宮殿に連れて行ってくれないかな?」

 馬車の中で大人しく待機しているから、とクレメント氏がウィルに懇願すると、その条件を厳守するなら、とウィルも渋々ながら承諾した。

「あたいがご主人様のポケットに忍び込んで潜入するから、ご主人様が皇帝に謁見する際に皇帝のそばの空気を持ち帰ってあげるよ。大人しく馬車で待っていてね」

 ぼくのスライムがクレメント氏にそう言うと、クレメント氏は晴れやかな顔になった。

「そうか!分身を馬車に待機させておいて(シロに転移させてもらって)謁見後に合体すれば皇帝の魔力が拡散する前にクレメント氏に確認してもらえるね!」

 ぼくの提案に兄貴とシロは頷き、クレメント氏とオスカー寮長は、おおと感心したような声をあげた。

「くれぐれも余計な真似はしないでくださいね!」

 ウィルがクレメント氏に釘を刺したところで、ぼくたちは談話室に戻った。


 オスカー寮長は一瞬困惑した表情をしたがすぐに立ち直り、ぼくとウィルにも魔術具暴発事件の功労者への勲章を手渡してサッシュに取り付けるようにと指示を出した。

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