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裸の皇太子候補

「おっ、お前が私の正体をばらしてどうするんだ!」

 第二皇子が自分の発言を制止した聴取官を責めたが、ぼくが彼の発言の前に、第二皇子殿下、と呼びかけていることを都合よくすり替えて、自分が心置きなく攻めることができる相手をわざと作っている印象がする。

 この皇子の相手をまともにすると疲れるな。

「第二皇子殿下の現状認識がどうであれ、自動筆記の記録を見ればご理解いただけるでしょうから、話を戻しますね。ガンガイル王国の寮生たちが不用意に司祭服の男性の魔術具を触って暴発させたという目撃情報は、だれが、どこで見たものですか?」

 四人の聴取官たちは言葉に詰まった。

「だから、南西部で魔術具を暴発させた新米上級魔導士にガンガイル王国の寮生が声を掛けていたのを見た市民がいるんだ!」

 第二皇子がテーブルをバンと叩いて声を荒げた。

「質問の内容に答えていませんよ。誰がそう証言したのですか?南西部の魔術具の暴発の現場は海老の養殖の関係者が、通りで突然膝をついた司祭服の男性から瘴気が湧き上がってきたので、司祭服の男性を拘束する魔術具を反射的に使用した、と聞いています。瘴気の発生を感知した小さいオスカー殿下と寮生(兄貴)が駆けつけて瘴気を密閉する魔術具を使用して閉じ込め、その後、周辺からつられて湧き出た瘴気の対応をしていると飛竜の援護が来たので中央広場に戻ったと聞いています。南西部の現場では寮生たちどころか誰も膝をついた新米上級魔導士に声を掛けていないのですよ」

「避難する際、慌てた市民は前後の記憶が曖昧になっていたのでしょう。それにしてもあなたは帝都にいなかったのに詳しいですね」

 一人の聴取官がそう言って話題を逸らそうとした。

「海老の養殖の関係者は寮生たちには既知の人物ですし、帰寮してから魔術具暴発事件の話題で持ちきりでしたからね。お陰で今朝はみんな寝坊しました」

 “……ご主人様。寝坊せずに早朝礼拝に参加していたらそのまま公安に任意同行されていたでしょう”

 シロが精霊言語であったかもしれない過去を見せてくれた。

 早朝礼拝の祭壇を取り囲んでいた憲兵の後方に早起きできない偽ドナルド聴取官(第二皇子)ではなく、本物のドナルド聴取官がいた。

 第二皇子の変装はあまり本人に似ていない。

 制服を着用したその他大勢の中で一見では皇子だと見破られない程度の認識疎外の魔法のようだ。

 まあ、途中で気付いても不敬だから本人に指摘できない、いわば裸の王様のようなものだろう。

「結局、現場にいち早く到着したのが君たちの知り合いだらけということなのか!全くもって不自然じゃないか!」

「第二皇子殿下。この部屋の聴取官たちは殿下の派閥の関係者ばかりですよね」

「それは私の護衛も兼ねているからだ!」

 彼らは口が過ぎる第二皇子のお目付け役ではないのか?

 ひょっとしたら、第二皇子を黙らせるための処世術として第一皇子の真似をしたら生きのこれると教え込まれて育ったのかもしれないな。

 言い得て妙だね、とぼくのスライムがポケットの中でゲラゲラと笑った。

「有事の際に声を掛ける相手は当然ながら真っ先に知り合いに声を掛けますよね。まして、先輩たちが卒業旅行をしているので寮生たちの魔力奉納が減っているから帝都で瘴気が湧きかねない、なんてことは口に出して言えません。だから寮生たちが知人に、寮の優秀者が不在になるので活動範囲を縮小する、万が一のために魔術具を携帯している、と言えば察した知人だって魔術具を欲しがります。まだ試験段階の物なので、決して他人に貸さないように契約したうえで貸し出すことは何もおかなことではないでしょう」

 ぼくの主張に、そうですね、と四人の聴取官は頷いた。

 帝都の護りの魔力が足りていないと言ったも同然なのに、ここで頷く聴取官たちの感覚がおかしい。

 いや、長年魔力が足りていないことが恒常化していれば聴取官たちの感覚がおかしいのではなく、ぼくたちと常識が違うだけなのだろう。

「だからと言って有事の際に備えていたのが、ガンガイル王国寮の関係者だけに占められていたというのはおかしいだろう!それは貴様たちが真犯人だからできたことだ!」

 整合性の取れていない主張をする第二皇子の声を掻き消すべく、あー、あー、あー、あーと四重奏のハーモニーを聴取官たちは奏でたが、自動筆記はともかくとしてぼくと魔獣たちには聞こえていた。

 面倒臭い皇子だ。

「第二皇子殿下。ご自分の胸に手を当ててぼくの言葉に、はいかいいえ、で答えてください。公安の事情聴取にご自分の派閥の人事で固めてご自分に都合の良い聴取結果を得ようとすることは神々に誓って疚しいことではないのですね」

 第二皇子殿下はぼくをじっと見たまま黙り込んでしまった。

 きわどい質問が来た、と四人の聴取官たちも固まってしまったが、しばし逡巡するかのように考え込んだ第二皇子は口を開いた。

「いいえ。疚しさはない。そうすべきだ、と強く言われたことはそうすべきなのだから、私が疚しさを感じる必要はない……はずだ」

 多少の違和感を覚えつつも難しいことを考えるのは自分の仕事ではない、と言い切った第二皇子に、ぼくの魔獣たちは、それでいいのか!と精霊言語で突っ込んだ。

 なんてこった!

 第二皇子はハロハロ系の誘導型ボンクラ皇子だったのか!

「わかりました。では、ガンガイル王国寮生たちが根拠の薄い不安のために自警し知人にだけ打ち明けて警戒を強めていたことは、怪しい行動か否かどうですか?」

「はい、それは怪しい行動だ!」

「そう判断した根拠は何ですか?」

 即答した第二皇子にぼくが畳みかけると、第二皇子は躊躇わずに言い切った。

「ガンガイル王国寮生の行動の全て怪しいからに決まっている」

 あー、あー、ゴホンゴホン、あーうーえー、と四人の聴取官が苦し紛れに声を張り上げた。

「殿下の派閥の者たちが奇声を発しているのに殿下はなぜお気になさらないのですか?」

「私の言葉が偉大過ぎて君に聞かせてはいけないからだろう?」

 第二皇子の思いがけない答弁にぼくのスライムもみぃちゃんもキュアも笑いが起こるどころか絶句した。

 誰かに何かしてもらうのは当然のことで、自分がすべきことは指示されたことをやればいいだけ、と刷り込まれている第二皇子は、出会った頃のハロハロより酷い、まともな話し合いにならない人物だった!

 話し合いをすることを諦めたぼくはシロに第二皇子が目に入っていない人物がいなくなったらどうなるのかを亜空間で体験させるように頼んだ。


 第二皇子の離宮は埃だらけで寝室の天井には埃の層といくつもの蜘蛛の巣がかかっている状態で、寝台の上で目覚めた第二皇子は寝具の一つもない板張りのベッドで全裸で横たわっている状態で目が覚めた。

 自分の専属従者の名を大声で呼ぶと現れた従者はいつも通りの衣装を身にまとっていた。

「なぜ私の寝具も衣装もない!早く用意せよ!」

 全裸で頭を抱えた第二皇子に従者は当たり前のように言った。

「ございません。殿下が人として認識していない者の仕事の成果を殿下が体感することはできません。そういう風に世界が成り立っているのですから仕方がないのです」

 従者たちはそう言うと着替えを手伝う動作だけをした。

「なんて茶番だ!お前は服を着ているのに私には服を着せるふりだけするのか!」

 第二皇子の激高にも臆することなく従者は淡々と答えた。

「はい、殿下が認識されない仕事は殿下にはお見えにならないだけですが、私には絹の下着に最高級のお召し物を身に纏われた殿下が見えます。殿下が他の方々の仕事を認識したらお見えになりますから、何も問題はございません」

 見えなくてもあるのだ、と指摘された殿下はそんなことはあるか!と食い下がったが従者はこともなげに言った。

「では、お部屋を出られて他の使用人たちの反応をご覧になればよろしいでしょう。誰が本日の殿下を裸だと思うか、あるいは誰も顔色を変えないか試してみたらよろしいでしょう」

 幼いころからの従者の指摘に第二皇子は反射的に頷いた。

 第二皇子はシロが作り出した日常と非日常の狭間の白昼夢を亜空間で経験している。

 第二皇子の帝都の離宮は母妃殿下の父、つまり祖父があつらえた内装と家具以外、第二皇子には何も見えないのだ。

 この奇妙な状態におかしいと思いつつも幼いころから信頼している従者に一点の曇りのない(まなこ)で見つめられると、衣服が自分にだけ見えない呪詛か何かにかかっているのかと考えた第二皇子は、従者の言葉に従って部屋の外に出た。

 全裸で朝食室まで歩いているのに女性従業員はそもそも第二皇子と目を合わせないように廊下に並んで下を向いているので反応は全くわからない。

 朝食室では椅子を執事が引いたが、奇妙な表情を浮かべることもなかった。

 第二皇子は離宮の執事が動揺して表情を変えることはそもそもなかった、とがっくりしたが、細長いテーブルの反対側に座った妻も特段変わった様子もなく自分を見て、おはようございます、と朝の挨拶をしたことで、従者の言っていたことが間違いではないと気付いたようだった。

 従者が給仕している朝食は祖母からもらった最高級の皿しかなかった。

 第二皇子は狼狽えて従者を睨んだが、妻は空の皿でも平然としてカトラリーを動かして口に運んでいた。

「お食事が進んでいないようですが体調不良なのですか?」

 妻に問われた第二皇子は、いやそうではない、と苦笑いをして自分も妻を真似て何もない皿から掬ったカトラリーを口に運んだ。

 口の中には何も入らなかったのに咀嚼して嚥下すると満腹感に満たされたことに第二皇子は怪訝な表情になった。

 今日の日程を朝食が終わる加減で執事が第二皇子に告げると、今この状態で外出しなければならないことに気付いた第二皇子は突然立ち上がった。

「どうされたのですか?」

 挙動不審な第二皇子に妻が問うと、朝食の味がしない、と力なく第二皇子が言った。

「まあ、今日の予定を変更できないのですか?医者の手配をしなくてはいけませんわ。とりあえず今日は自室でお休みになってください」

 妻の優しい言葉より食後のお茶をワゴンで運んできた若い女性の従業員が顔を赤らめて下を向いていることで、第二皇子はいつも自分が気にもかけていない人物には自分が全裸に見えていることに気付いて赤面した。

『足場を固めるためには国民の血色を見るべきですよ。あなたの周囲にいる人たちはあなたと同様に甘い汁を吸う側にいるから、あなたには何も見えていない。風の神の祠にいた市民たちが笑顔でいたのは誰の力があったのかをあなたが知らないのだとしたら、残念なことです。ですが、空の神の祠で魔力奉納のために集まっている市民たちの表情を見て何も感じないのなら、私はもうあなたに期待しないだけです』

 地鎮祭に合わせて七人の皇子が七大神の祠で魔力奉納をするために魔法の絨毯で移動していた時の小さいオスカー殿下の言葉をシロは第二皇子の脳内に叩きつけた。

 最後通告のように小さいオスカー殿下が第二皇子に告げたのに、馬耳東風なんて表現をしたらアリスに失礼だ、糠に釘くらい手ごたえのなかった第二皇子に、再びこの言葉を突きつけても、第二皇子が小さいオスカー殿下へ嫌がらせを強めるだけだろうとぼくは危惧した。

 “……ご主人様。小さいオスカー殿下の現状を問いただすためにも、今ここで自分が害した存在を気にすることが必要なので、第二皇子が気にする人物からの言葉として小さいオスカー殿下の言葉を借りました。”

 そうだった。

 今頃、王宮で糾弾されている小さいオスカー殿下を放置してぼくの事情聴取に偵察に来る余裕が第二皇子にあるということは、現在、第二皇子が小さいオスカー殿下に自ら手を下さなくても何らかの苦境に立たされているからだろう。

 魔術具暴発現場で大活躍した小さいオスカー殿下を他の皇子たちが放置するはずがない。

 皇位を望んでいない小さいオスカー殿下は両国間の事情を抜きに考えるべきぼくたちの友人だ。

 友人の苦境に探りを入れることは友として当然なことだ。

 “……やっちゃおうよ。こいつはいけ好かないけれど、こいつから情報を引きずりだせるだけ引きずり出そう!”

 みぃちゃんは第二皇子の後ろ盾の援助を切るだけでなく目一杯利用しよう、と提案するとぼくのスライムもキュアも賛同した。

おまけ ~年忘れということでちょっとした小ネタ放出~


わたしはアリス。

小さなポニー。

ガンガイル王国からやってきた精霊たちに愛される子どもたちの愛馬。

 そんなわたしは子どもたちを乗せる仕事だけをする学習館と呼ばれる牧場で一生を終えると思っていたわ。

 カイルが私に世界を見せてもらう機会を与えられるまではね。


 帝国留学への旅はボリスの時に経験していたから過酷だけれど楽しいことはわかっていたわ。

 魔法陣の刻まれた蹄は常に最新のものに変えられて極上の回復薬をふんだんに与えられるのだから、わたしはいつだって最上の状態で馬車を引けたわ。

 空を飛んで世界の背骨と呼ばれる山脈を越えたり、みぃちゃんのスライムと合体して天馬として空を駆けたりできたのは私に実力だけではないことくらいは理解しているわ。

 わたしは自分の魔力の全てを全力で走ることに費やしているのだから、飛ぶことは何だったかしら……他力本願?本来の意味が違うことはスライムが教えてくれたけれど異世界の情報は理解できないわ。

 そうそう、自分の実力を超えて魔術具やみぃちゃんのスライムに頼り切っているのよ。

 でも、そんじょそこらの大きな馬には負けない脚力があるのは事実よ。

 威張り腐っている帝都の馬たちを唖然とさせてやりたかったのも事実だけど、教皇を乗せた時に気付いたのよ。

 わたしがスライムと合体して飛ぶことはこの世界を救うために必要なことだったのよ。

 だって、カイルがいなかったらこの世界は絶対にこのまま継続されるなんて思えない状態なんだもの!

 だからね、わたしはこの世界を救うカイルにために簡単に死ぬわけにはいかないのよ。

 客人用の厩舎の敷き藁に微弱な毒物を混ぜ込んで私を弱らせて寮に戻ってから死ぬようにするなんて、公安の職員はろくなことを考えていないようね!

“……大丈夫よ、アリス。あたいは姐さんから毒だけ吸収する方法を学んでいるから一旦敷き藁をあたいが取り込んで毒だけここに分けておくわ”

 みぃちゃんのスライムは頼りになるわ。

“……どうってことないわよ。あたいも教皇猊下を乗せて浄化の雷を放つことを成功させた時の達成感は格別だったもの”

 そうよね、あの時の爽快感は一生忘れないわ。

 でもね、この待遇はむかつくのよね。

“……大丈夫よ。ご主人様が正義の鉄槌を落としているから事情聴取があべこべになっているわ”

 あべこべの事情聴取?

“……そうよ。ご主人様があのあんぽんたん皇子から事情聴取をするのよ”

 なんだかおかしなことになっているけれどカイルが私の憂さを晴らしてくれることが間違いないようだからわたしは大人しく厩舎で待つわ。


 2025年も引き続きご愛読いただけましたら幸いです。

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教皇を運んだアリスにまで毒を盛るとは!そこまで考えが及ばなかった……帝国クズの極みか!
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