七人の皇子たち
「揉めずにどの祠を誰が担当するかを決めなくてはなりませんね」
最年少の弟に言われて面白くない皇子殿下たちは、先ほど脳内に直接響いた言葉を発したのはそばに立っているワイルド上級精霊だと気付かないまま不満げな表情を隠そうともしなかった。
「中央教会の上空に到着しました。スライムに降ろしてもらいますか?それともアリスに乗って地上に降りられますか?」
教皇はぼくのスライムを見遣り、伸ばした触手で降ろされることを想像したのか、小さく首を横に振った。
“……教皇猊下にはあんなに乱暴な扱い方はしませんよ。ちゃんと昇降箱で降ろしますよ”
ぼくのスライムがエレベーターの映像付きの精霊言語で教皇に伝えたが、よろしくお願いします、と教皇はアリスに頭を下げた。
“……そうね、天馬のアリスがカッコいいのは認めるわよ”
ぼくのスライムは気を悪くすることなく教皇に精霊言語で笑いながら言った。
七人の皇子殿下は第一皇子が采配を振って七大神の祠の担当を押し付けるように決めようとすると、五人の皇子はワイルド上級精霊からの圧を感じるのか、威勢良く反論することはなかったが納得がいかないようで首を横に振り続けた。
「護衛を伴っていないのだから、見晴らしが良くて危険度が低い中央広場の光と闇の神の祠のどちらかがいい」
第三皇子が口火を切るも、ボンクラ皇子たちは口を開いたがパクパクするだけで声を出すことができなかった。
護衛がいないのは小さいオスカー殿下以外皆同じ条件なので六人のボンクラの皇子たちは小さいオスカー殿下を睨みつけた。
「あの、魔法の絨毯の機長カイルと申します。地鎮祭に間に合わせるべく火急の状況だったのでぼくの魔獣が七大神の祠に魔力奉納を希望した殿下たちを、最速の方法でご搭乗していただいたことには少々乱暴でしたからお詫びをいたします。ですが、教皇猊下が中央教会に到着されるまでにその祠に魔力奉納をするのか担当が決まらないようでしたら、元の場所まで最速の方法でご送迎いたします」
四の五の言わせないためにぼくがそう挨拶をすると、ぼくのスライムがムクムクと膨らんで、いつでも送り返してやるぞ、と六本の触手をうねうねと伸ばした。
みぃちゃんのスライムは再びアリスと合体し、教皇がアリスにまたがると、時間がないことを悟ったのか、どこでもいいです、と六人の皇子は口を揃えた。
「それではじゃんけんで決めてください。ぼくたちは旧祠跡地で古来の結界に魔力を注いで護りの補完をします」
皇子たちにはじゃんけんで勝ち抜いた順に希望する祠を担当してもらうことにして、ぼくたちは、ぼくとウィルとデイジーとマリアと、途中で拾う予定のアーロンとお婆とジェイ叔父さんとで旧祠跡地での結界を補強しようと話し合った。
アリスに乗った教皇が中央教会に降り立っていくと、じゃんけんで決まった光と闇の神の祠を担当する第三、第五皇子にぼくのスライムの分身を護衛としてつけて、中央広場にスライムの縄梯子で降ろした。
精霊たちの一部が皇子たちの魔力奉納を見届けようと魔法の絨毯から離れていくのを、不思議そうに四人のボンクラ皇子殿下が見ていた。
「精霊たちは平穏な帝都を望んでいるのでしょうね」
「平穏で楽しい帝都を望んでいるのでしょうね」
黒焦げの新米上級魔導士を数人の憲兵が取り囲んでいる状況を見ながら言った小さいオスカー殿下の言葉をウィルが補足した。
「ここでの瘴気を浄化したのは小さいオスカー殿下とジョシュアさんだったのですね」
どこにも焦げ跡がない中央広場を見たマリアが恥ずかしそうに言うと、小さいオスカー殿下は、護衛の二人も一緒だったから、と謙遜するように言った。
軍を率いて貴族街に赴いた四人のボンクラ皇子は背後で発生していた瘴気を浄化していなかった自分たちを恥じたのか下唇を噛んで黙り込んでいた。
土の神の祠の上空に来ると魔法学校に近いこともあって制服を着た生徒たちが魔力奉納のための列を作っていた。
お婆が背中に担いでいるバズーカーから放たれたのであろう魔術具の蝶たちが、魔力奉納を終えて疲弊した生徒たちを癒していた。
「ここは避難が済んで人気のなかった中央広場より人の出が多いので注目度が高い上に、癒しの魔術具が無数に飛んでいるから、担当場所としては当たりでしょうね」
ウィルの言葉にデイジーとマリアも頷いた。
当たりだと言われた祠の担当になった第一皇子は皇族スマイルを浮かべてスライムの梯子で地上に降りた。
精霊たちが光り輝く魔法の絨毯から半透明なスライムの縄梯子にカッコよく足をかけて降下する第一皇子の登場に、魔法学校生たちから拍手が沸き上がった。
思いがけず派手な演出になったことに四人の皇子たちは頬を緩めた。
第一皇子と入れ替わりでお婆を庇うようにエスコートしたオーレンハイム卿がスライムの縄梯子に足をかけた。
お婆の制服は一見スカートのように見えるワイドパンツでそれでも裾が広がらないようにお婆のスライムが押さえている。
皇子たちがいる魔法の絨毯に上がったお婆は恐縮して会釈をすると、デイジーとマリアと合流し、無事でよかった、と三人で抱擁を交わした。
オーレンハイム卿は皇子たちに会釈すると、東側を守るイシマールさんの飛竜を指さした。
「あの飛竜が応援に来るまで我々は救護員が併設されたそこの小さな教会で起こった魔術具の暴発の対処をしていました。弱っている人たちが収容されている施設でしたから被害者が多くなりましたが、死者は出ませんでした」
淡々と報告するオーレンハイム卿が示した教会には数人の憲兵が封じられた新米上級魔導士を見張っているようだった。
「飛竜はなぜ貴族街の浄化に来なかったのだ!」
「兄上は我が国とガンガイル王国との歴史を学び直すまでは口を噤んでいてください!」
飛竜の援護があったからできたのだろう、と貴族街に飛竜たちが寄り付かなかった不満を口にした第二皇子に小さいオスカー殿下は、これ以上皇族の恥を晒すな、と言わんがばかリの強い口調で制止した。
「非公式な場だからこそ、皇子殿下たちのお考えがよく見えてくるものです。飛竜たちは長命種で自分たちが帝国でどう扱われたかを忘れません。それでもなお、この現状で飛竜が自分たちに助力するとお考えのようですから、帝都の結界の綻びに気付かないのでしょうね」
オーレンハイム卿は冷ややかな笑顔でボンクラ皇子たちに告げた。
「ガンガイル王国では圧倒的な数量の魔獣暴走が起こった時にも王都の貴族街の結界は破られませんでしたよ。復興後は王都の結界の魔力の流れを見直しました。あなた方が他者に頼ることなく今後も帝都を護るためには被害状況の正確な把握なくしてあり得ないでしょうに」
オーレンハイム卿の言葉に小さいオスカー殿下は深く頷いた。
「私はその先の南西部の魔術具の暴発の後処理にもジョシュア君と共に奔走しましたが、瘴気が発生しやすい結界の隙間のような場所がありました。七大神の祠からの結界と宮廷や教会からの結界の重なりの弱い部分があるのでしょうか?」
「今年度末にガンガイル王国寮生の共同研究で発表される仮説があるから、それに注目するとよろしいですよ」
オーレンハイム卿は魔法の絨毯の上に残る皇子の中で唯一まともな小さいオスカー殿下にだけ向って言った。
次に向かった水の神の祠には屋台のおっちゃんの味噌や醤油の加工場があり、工場に避難していた従業員たちが水の神の祠に魔力奉納をするために列をなしていた。
「ここで市民たちの取りまとめをしている男性はガンガイル王国の退役騎士であり、帝国軍に派遣され南方戦線で幾つもの死線を乗り越えてきた猛者です。帝国に長年従軍したため人生が破綻しかけた数奇な人生を辿った方なので、彼に敬意を払っていただきたい」
スライムの縄梯子に足をかけた第六皇子にオーレンハイム卿は、屋台のおっちゃんを粗末に扱うな、と念を押した。
生意気な態度を取ったらお仕置きするよ、と護衛についたぼくのスライムの分身が触手で敬礼するような仕草をしながら精霊言語で言った。
見張り役を買って出た精霊たちに付き添われて第六皇子が下降すると、強力な魔力奉納者がやって来たと就業員たちに拍手で迎えられた。
地上に降り立った第六皇子が屋台のおっちゃんに、いろいろ世話になった、というかのように頭を下げて挨拶する様子を確認してから風の神の祠に向かった。
南部の浄化を済ませたキュアが合流すると、一人で頑張ったね、と女性陣に褒められた。
キュアが嬉しそうに笑うのを、第二、第四皇子が不思議そうに眺めた。
「南部は貧困層が多く生活している地区で衛生環境が行き届いてなく、鼠や野良猫が初期型の死霊系魔獣に取り込まれていましたね」
ウィルがオーレンハイム卿や小さいオスカー殿下に報告すると、死霊系魔獣が発生していたのか、と二人のボンクラの皇子たちも驚いた。
「怨念系瘴気初期型も死霊系小魔獣複合型も発生していましたが浄化済みで、残りの瘴気もキュアが浄化しました。教皇猊下が雷の浄化を発してから新たな瘴気は湧いていないようです」
女性陣からちやほやされた後、ぼくの元に頭を撫でてもらいに来たキュアと以心伝心で報告を受けたかのように見せかけて、ぼくはウィルの話を補足した。
「……風の神の祠での魔力奉納をする際の留意点は何ですか?」
治安の悪い地域に隣接していることに怖気づいた第四皇子がオーレンハイム卿に尋ねた。
風の神の祠の魔力奉納に集まってきているのは、商会関係の事業で家内制手工業を請け負っている人たちがマークやビンスの呼びかけに応じて魔力奉納の列に並んでいた。
「数字に細かい寮生たちが貧民街で内職する人たちの製品向上の指導をしていた関係で、非常事態に咄嗟に駆けつけてきていたようですね。七大神の祠全体から見ると駆けつけた市民たちの魔力量が少なそうなので、応援に元飛竜騎士なのにパティシエとして名を馳せたイシマールが来ています。帝国軍に従軍した際、分隊の同僚を全て亡くし、自らの左腕も失っても、帰国後人生を立て直し、再び請われて帝都にやってきた男として敬意を示していただきたい」
オーレンハイム卿の説明に、帝国軍に従軍した傷痍騎士に敬意を表します、と宣言した第四皇子は水の神の祠に降下していった。
第四皇子も見張りの精霊たちに付き添われて水の神の祠に降り立つと、精霊たちを引きつれた皇子殿下が来てくれた、と市民たちに大歓迎で迎えられた。
第四皇子は魔法学校の制服を着たマークとビンスに駆け寄って礼を言うように声を掛けて会釈し、パティシエ服のままこの場を仕切っていたイシマールさんに頭を下げて感謝の意を示していた。
空の神の祠へと移動し始めると、ボンクラ皇子たちの最後の一人となった第二皇子は神妙な表情になった。
「空の神の祠で気を付ける点は何でしょう?」
「……見知った顔の人物がいても素知らぬ顔をする事でしょうね」
第二皇子の問いにちょっと困った表情をしたオーレンハイム卿は、花街で遊んだ経験があることを隠しておけよ、とでもいうかのような助言をした。
みぃちゃんとキュアがゲラゲラと笑うと、まあ、成人男性ですからそういうこともあるでしょうね、と上品に微笑んだお婆が魔獣たちを窘めた。
「冗談はさておいて、ガンガイル王国寮からは現役騎士団長の子息が花街の大店の旦那たちと魔力奉納をしています。仕事の支度前の美女たちも魔力奉納の列に並んでいるようですから、いつものように皇族然とされていればよろしいでしょうね」
オーレンハイム卿の助言に気をよくして笑顔を見せた第二皇子は、何かに気付いたかのようにハッとするとぼくたちを見回した。
「ガンガイル王国きっての優秀者の光と闇の貴公子とさえ呼ばれる生徒たちと、他国の優秀な姫君たちが残って、いったい何をする気なのだ」
小さいオスカー殿下が抜け駆けで何かをするのではないか?と疑った発言をした第二皇子に、オーレンハイム卿は溜息をついた。
「小さいオスカー殿下は火の神の祠の魔力奉納の担当で、ガンガイル王国の寮生たちと姫君たちはこの街に遷都前の旧祠跡地で魔力奉納をして帝都の結界の隙間を埋める予定だ、と事前に話していたでしょう?」
耳の穴に何か詰め物でもされていましたか?と続けたオーレンハイム卿の厳しめな言葉を聞いた、ぼくとウィルと魔獣たちは、枢機卿たちの一件を思いだして噴き出してしまった。




