七つ目の部屋の条件
ぼくたちはその後も順調に全員で六つ目の扉まで順調に『修練の間』を通過した。
「「この部屋から先には行けない気がします」」
ボリスとロブが次の扉に手をかける前に脱落宣言をした。
「どうしてこの先には進めないと考えたのですか?」
北の枢機卿が二人に尋ねた。
「ドアノブが次第に重くなっていきました」
「次の扉では身体強化をかけなくては動かないかと思われます」
ボリスとロブの説明に、そうかそうか、と枢機卿たちはあっさり納得した。
枢機卿たちにはなにか心当たりがあるのか、確たる議論をすることなく黙り込み寮長を見た。
寮長とぼくとウィルはドアノブに触れてもいなかったから、そんな差があるなんてわからず、ボリスたちの異変に気付いていなかった。
「一応、試してくれるかな」
寮長に促されたボリスが七つ目の部屋に続く扉のドアノブに手をかけた。
「回りません。身体強化をかけてもいいですか?」
壊さないでくれ、と枢機卿たちはボリスを止めた。
続いて挑戦したロブも扉を開けることはできなかった。
「正直、ここまで来た一般招待者を初めて見ました」
大聖堂の枢機卿の言葉に他の枢機卿たちも頷いた。
「じつは、我々もここまでしか入室できません」
北の枢機卿は真顔で言った。
ぼくと寮長とウィルは顔を見合わせて、まだ開きそうだ思っていることを、視線でお互いに確認した。
上級精霊とシロは涼しい顔でそばに控えているだけで何も言わない。
ぼくと寮長とウィルには有るのに、ボリスとロブには無い条件とは何だろう?
ボリスもロブも貴族出身で、どちらかといえば平民出身のぼくの方がこの場にふさわしくない。
緑の一族出身者だろ、胸を張れ、とぼくの魔獣たちが精霊言語でぼくを叱咤した。
別に自分を卑下しているわけじゃなく、扉が何に反応しているのか?ということを考えていただけで……。
……王族?
寮長は王位継承を放棄しているけれどれっきとした王族で、ウィルは元ラウンドール王国の王家の末裔で、ぼくは緑の一族の末裔……。
いや、ぼくは緑の一族の族長の家系だけど、カカシの末裔ならば緑の一族にいくらでもいる。
カカシから何か特別に受け継いでいる知識があるのかといえば、精霊たちの性質についてばかりだ。
王族が受け継いでいる……!
ああ、心当たりあった!
「オスカー殿下は王族として王家の魔法陣の一部を託されていますか?」
ぼくの唐突な質問にもかかわらず、ああ、あるよ、と寮長が気軽に返事すると、あああああ!とウィルが大きな声をあげた。
「ぼくもラウンドール家の魔法陣の一部を知っています!」
「ぼくも、とある事情があって辺境伯領主様から魔法陣の一部を託されています」
とある事情とはアリスの馬車の魔法陣の一部に辺境伯領主から授かった記号を使っているので、世界の理を通じて辺境伯領からいざという時に魔力を融通してもらえるようになっているのだ。
キャロお嬢様の婿候補、と声を殺したボリスの口が動いたので、違うと、即座にぼくも口だけ動かして否定した。
「そうか、扉を開けるための資格は一定のことが熟せる資質を求めているのだから、最後の扉の資格は国を護る結界を維持できるに足る魔法陣を構築できる資質があるかということなのか!」
神のご加護や祝福の量が七つ目の部屋への入室資格ではない、と寮長が明言すると、枢機卿たちは安堵の吐息をついた。
教会の上位者が民間人に神々のご加護と祝福数で負けたなんて事態は避けたかったのだろう。
「もしかしたら手を近づけるだけで扉が勝手に開いたのもそのせいだったのでしょうか?」
「他国の王族の場合と比較してみたらわかるだろうな」
寮長の言葉に枢機卿たちが揃いも揃って遠い目をしているということは、他国の王族をこんな地下深くに案内したことがないのだろう。
ぼくたちを試すようなことをしたこの事態を、無礼ととらえるより面白いところに案内された、と考えていることを、顔を見合わせたぼくたちの笑顔から確信した寮長は満面の笑みで言った。
「最後の部屋ですから、扉を押さえて全員で入室しましょう!」
「「「「「それは『修練の間』への冒涜ではないか!」」」」」
五人の枢機卿は声を揃えて抗議したが、ぼくたちはキョトンとした顔になった。
「一つ目の部屋にはそうやって入室したのですから、ダメだったら弾かれるだけですよ」
既にそうやって一つ目の部屋に入ったのだから、冒涜もへったくれもあったものじゃない、と寮長は言うと七つ目の扉に手をかけていた。
扉が開くと上級精霊は無言で敷居をまたいで扉を押さえ、寮長、ボリス、ウィル、ロブ、と一人ずつ順に扉を通過した。
「どうしますか?ここに残りますか?行きますか?」
ぼくの質問に南の枢機卿が、行きます、と真っ先に名乗りを上げて扉を通り抜けると、残りの四人も後に続いた。
ぼくが通り抜けると上級精霊は今まで自動で閉まっていた扉に手を添えてしっかりと閉めた。
そんな上級精霊の態度が全く気にならなかったのは、大聖堂の塔の地下深いところにいたはずなのに、七つ目の部屋は青空が見える大きな窓が四面にある明るい部屋だったことに驚いていたからだ。
窓の外には遠くを飛ぶ水鳥の姿が見える。
ぼくたちは部屋の中央で起立していた教皇に挨拶することより、ここが一体どこなのかが気になって、無作法にもキョロキョロあたりを見回した。
「ようこそお越しくださいました。ここは塔の先端の部屋です」
「お招きありがとうございます。教皇猊下。私はガンガイル王国前国王側室エリーゼ第三子、帝国魔法学校ガンガイル王国寮寮長にして、帝国在住ガンガイル王国国民代表団団長、ガンガイル王国親善大使、エル・ブーン・オスカー・ブライト・ガンガイルです。こちらは寮生のガンガイル王国ラウンドール公爵家……」
寮長は正式名称を名のった後、ぼくたちも親の経歴も含めて長々と紹介し始めた。
ぼくたちの後ろに控えている枢機卿たちには簡単な挨拶しかしなかった寮長が一人ずつ丁寧に紹介し、名前を呼ばれるとぼくたちも一歩前に出て、お会いできて光栄です教皇猊下、と膝をついて挨拶をした。
いきなり呼びつけて腐ったご飯を出す人たちに礼を尽くす気がそもそもなかった、ということを枢機卿たちに見せつけた。
「遠いところをお呼び立てして申し訳ありません。なるべく早く皆さんと面会したかったので魔法学校の会期中にご招待してしまったことも重ねてお詫びいたします」
ぼくたちに頭を下げた教皇は応接椅子に座るようにとぼくたちに勧めた。
「呼んでもいない貴卿たちは、すまないがそこに立っていてくれ」
ぼくたちと同じようにキョロキョロと周囲を見回していた枢機卿たちは、教皇がぼくたちに頭を下げたことに驚愕していると、お呼びでなかった、と教皇に言われて狼狽した表情を見せた。
かくして、教皇と向かい合わせの応接椅子に腰かけたぼくたちの背後に上級精霊が立ち、横に枢機卿たちが立ち並ぶ、奇妙な形式の面会が始まった。
「魔法学校の長期休業を待たずにご招待された理由は何なのでしょう?」
寮長は前置きの世間話もなく切り出した。
「今、お呼びしなければ教会の威信が地に落ちる、という天啓を授かったからです」
教皇も端的に返答した。
枢機卿たちは何か言いたいことがあるようで口をもごもごとさせたが、お呼びでないと言われているので嘴を挟められないようだった。
「帝都の中央教会の輝きの話は伝わっています。視察団の報告も読みました。定時礼拝を教会関係者全員同時に行うことで魔力を礼拝所内の大量の魔法陣に行き渡らせることはできることも、大聖堂で検証することができました。ですが、精霊の光は確認できませんでした」
大聖堂内で礼拝所の魔法陣を光らせる追試は成功したが、精霊たちが全く出現しないということは何らかの手順の違いがあるのでは、と教皇は疑問を抱いていたようだ。
「合同礼拝の最中に、当事者を呼べばいい、という神々の声が脳裏に響いたのです。それはまさしく文献にある、天啓そのものでした」
まどろっこしくなった精霊たちは礼拝所が最高潮に輝いている瞬間を狙って精霊言語で教皇に囁いたのだろう。
「あなたたちがいらした当日の夕方礼拝で精霊たちが出現したのですから、天啓を実行した甲斐がありました」
ぼくたちは精霊ホイホイとして呼ばれたのだろうか?
「そうでしたか。確かに、魔法学校の卒業式が終わり、地方の生徒たちが帰郷すれば、帝都の中央教会の輝きや、魔法学校でもしばしば目撃された精霊たちの話題が世界中に拡散するでしょうね」
帝都の中央教会は大きな教会だが教会組織全体でみると、その規模としては中の上くらいの立ち位置で、大規模教会と呼べるのは大聖堂を頂点とした枢機卿たちが所属する東西南北の教会のことらしい。
神々しい輝きを放つ教会が帝都の中央教会だけであることは、教会組織としては認めがたい事態なのだろう。
「我々としてはそう言った事象に理解を示しますが、同時に不信感を抱かずにいられない時期に呼ばれたと考えているのですよ」
そこまで話すと寮長は深く息を吐き、呼吸を整えた。
「我々は神に祈りを捧げ、日々人々の暮らしを支えてくださる教会に深く感謝をしております。そのことを現すために喜捨も惜しまず各地でいたしてきました」
「存じ上げております。そのことにも我々は大変感謝しております」
行く先々で教会に貢献してきたことを寮長が強調すると教皇も認めた。
「聖職者を尊敬いたしておりますが、私は教会組織そのものに不信感を抱いております」
寮長の率直すぎる物言いに枢機卿たちは息をのんだ。
「そこにいる枢機卿たちが大変無礼な昼食会を開いたことは報告が上がっております。申し訳ありません」
教皇は腐った料理を提供した枢機卿に代わり謝罪した。
「あれは単なる事故でしょう。まさか、体重の軽いうちの生徒たちだけを狙って食中毒を起こさせて教皇猊下との面談の阻止を図ったなんて考えにくいです。前日の我々の供物が美味しい魚料理でしたから、大聖堂の浮かぶ湖の魚を美味しく料理して我々に提供したいと、ご用意していただいた際に不手際があったのでしょう。食料の全てを教会都市からの輸送に頼る大聖堂では食材の鮮度を保つことは大変なことでしょうから」
問題はそこではない、と寮長はこの話題を切り捨てた。
顔色を変えている枢機卿たちと恐縮する教皇に、寮長は不敵な笑みを浮かべて言った。
「我々の不信感は自分たちへの嫌がらせのような単純なものではないのです。なんなのですか?あの魔術具保存倉庫から漂ってくる禍々しいものは!あんなものが大量にあること自体、由々しきことなのに、巡礼の旅路の途中からでもわかる大聖堂島の魔力の歪みの元凶が我々の到着時に減少しているなんて、いったいどこに持ち出したのですか!!」
寮長は邪神の欠片の問題を最初に切り出した。
「あれは、古代から伝わる魔力を増幅させる魔術具で、近年の改良で一般魔導師でも使用可能になったので、現場での最終実験の許可を出したのです」
邪神の欠片の最終管理者はやはり教皇だったのか。
「あれによる魔力は、明らかに人間が使用してはいけない魔力だということをご存じないのですか!?」
世界を破滅させたいのか、というかのような厳しい視線で寮長は教皇の目をじっと見た。




