枢機卿主催の昼食会
大聖堂の中央に聳え立つ塔の中に案内されたぼくたちは祭壇に祈りを捧げたいと申し出たが、時間がない、と却下されてしまった。
お供えだけでも先にと、上級精霊が手早く関係者に供物を手渡した。
案内された昼食会の会場の長テーブルにはすでに十人分のテーブルセッティングがされていた。
案内役の司祭が寮長をいわゆるお誕生日席の上座に案内すると、ぼくたちには、その両側に適当に座ってください、とそっけなく言った。
平民出身のぼくをどの位置に案内すべきかで困ったから、自分たちで適当な場所に座れ、ということだろうか?
上級精霊が目配せで辺境伯領出身とラウンドール公爵領出身で別れろと指示を出し、ぼくたちの椅子を引いてくれた。
その後は上級精霊の独壇場になった。
魔法でワゴンを出現させると手際よくテーブル中央の花を除けて、持参した昼食をケーキスタンドのような食器に盛り付け始めた。
昼食会に招かれた来訪者が昼食を持参している事態に狼狽える司祭に、枢機卿様の分もございます、と上級精霊はこともなげに言った。
給仕に取り分けてもらうスタイルで盛り付ける上級精霊を見ながらこの時間に礼拝できたじゃないかと思いつつもぼくたちは大人しく口を噤んでいた。
司祭は大人しく予定していた昼食のメニューも上級精霊に託し、上級精霊は大皿にまとめて盛り付けた。
支度を終えた上級精霊が寮長の後ろに立っても枢機卿たちはまだ来ず、ぼくたちは盛り付けられた料理が冷めていくのを眺めていた。
「お呼び立てしたのにお待たせしてしまい、申し訳ありません」
五人の枢機卿たちが入室すると寮長を除くぼくたちは起立した。
楽にしてくださって結構です、と枢機卿の一人が笑顔でぼくたちに遅れた事情を説明してくれた。
今日の昼食会は東西南北の拠点教会と大聖堂所属の五人の枢機卿の間で以前から約束されていたもので、昨日の一般礼拝所での夕方礼拝の騒動の顛末をぼくたちに直接尋ねたい、と軽い気持ちで招待しただけだったようだ。
ぼくたちが早朝礼拝の後に宿泊施設に戻らなかったため、司祭たちが大慌てで一般来訪者が立ち入れる区域をくまなく探し回ってしまったせいで、枢機卿たちの昼食会にぼくたちが招待されたことがバレてしまい、枢機卿たちは正午の礼拝の後、ぼくたちに聞きたいことがある人たちに足止めされてしまったらしい。
「いやいや、まいりましたよ」
精霊たちの存在を認めたくない派閥が教会関係者の中にあるようで、悪意のある質問まで投げかけられた、と北の枢機卿は嘆いた。
「創造神に封じられた神の記号と言葉が使えなくなったため、祝詞も魔法陣も死を覚悟して改良しなければならなかった時代に、変わらずに魔法を行使できた精霊使いの存在が不気味だったのでしょう」
うん。まあそういう考えに至るのもわからなくもない。
精霊魔法は祝詞も魔法陣も使用しないし、使役者の魔力だけでなく周囲の魔力も使用するから、精霊使いがいるだけで自らが魔法を行使していなくても魔力が減ってしまうと相当不気味だろう。
「精霊使いは邪神を崇拝しているから神罰を逃れる邪神教徒だ、として排斥する活動家が教会内部にも存在していたので、精霊に極端な反応を示す派閥が現在も存在しているんです」
南の枢機卿が北の枢機卿の後に続けて言った。
あけすけに遅刻の理由を語ってくれたが、どの枢機卿の派閥に反精霊派がいるのか具体的なことを口にする枢機卿はいなかった。
上級精霊は涼しい顔で味噌汁とチキンスープとコーンポタージュの説明をして元々の昼食会のメニューにあった豆のスープとどちらがいいか枢機卿たちに質問している。
東の枢機卿は事前のメニューにあった豆のスープ以外全部のスープの味見がしたい、と自分の知らない味を制覇するつもりかのように上級精霊に注文した。
他の四人の枢機卿も食べてみたいものを全部頼んでもいいのか、と気付いたようでハッとした表情になり、私も同じで頼む、と口々に言った。
上級精霊は柔和な笑顔で、魔獣たちに給仕の手伝いを頼んでよろしいでしょうか、と枢機卿たちに尋ねた。
かまわない、と枢機卿たちが答えると、スライムたちがそれぞれの主のポケットから飛び出しテーブルの上の冷めた料理を適温にする魔法をかけた。
控室に預けられていたみぃちゃんとシロが取り皿の載ったワゴンを押して入室し、二匹と一緒に入室したキュアがテーブルの上を飛びスープ皿をスライムたちに手渡した。
「「「「「ほほう、これが噂の魔力奉納をする魔獣たちか!」」」」」
感心する枢機卿たちに、スライムたちはそれぞれのスープに合わせた料理を手際よく盛り付けた。
「味噌汁によくあうのはおにぎりです。チキンスープにはカツサンドを、コーンポタージュにはハム卵サンドを、交互にお召し上がりください」
上級精霊は一品ずつ食べるコース料理ではなく、口の中に味わいが残っているうちに食べた方がよい組み合わせとして枢機卿たちに料理を紹介した。
ぼくたちも各々好みの料理をスライムたちに取り分けてもらい、なし崩しで無礼講になっているので、いただきます、と言ったあと、黙々と食べ始めた。
上級精霊から早くたくさん食べろという無言の圧がかかっているのか食べる手が止まらない。
誰も口に出しては言わないが、ぼくたちには枢機卿たちに食べ負けするわけにはいかない事情があるのだ。
枢機卿たちは、これは何だ!とても美味しい!と言うたびに、上級精霊は懇切丁寧に料理の説明をした。
司祭たちを束ねる枢機卿が反精霊派の勢力の話をしたばかりだというのに、上位の精霊に給仕されていることに気付いていないのか、空惚けているのか知らないが、枢機卿たちはご機嫌によく食べてよく話した。
精霊たちがガンガイル王国で目撃されるようになったのはいつからだ、とか、ガンガイル王国は精霊神信仰が篤いのか、などと教皇との面会用に予想していた質疑応答メモにあった内容ばかりなので、寮長は淀みなく回答した。
緊急円卓会議で上級精霊が寮長に身バレしなかったことで、知らないことは語れない寮長の回答は建国の地である辺境伯領についての模範解答ばかりで、全く嘘も迷いもなかった。
上級精霊が用意したデザートは大福と緑茶で、献上餅です、と学習館での餅つき大会のことを収穫祭と称して枢機卿たちに説明した。
「領主様が神々に献上なさった貴重な菓子を一般市民もいただくことで長寿健康を願う秋に食べるお菓子として定着していますが、祠巡りをする市民たちが自分へのご褒美として年中食べている美味しいお菓子です」
献上餅の説明が何かおかしなことになっているが、ありがたいお菓子として辺境伯領の祠巡りの銘菓として販売されているのは事実だ。
「なるほど、一般市民の祠巡りの流行で魔力の余剰分で礼拝所の魔法陣が光るのか」
うーん、ガンガイル王国でも帝都でも祠巡りで魔力奉納をすることが流行したけれど、帝都の中央教会が光り輝いたのはその前だった、とは勘違いしている枢機卿たちに言いにくい。
きっかけはぼくたちだと名乗り出て、自分たちの魔力量をひけらかすつもりはないから、ぼくたちは黙って食べ続けた。
「大聖堂では一般礼拝者の人数が制限されているので、祠巡りによる魔力量の増加はこれ以上見込めないでしょうね」
寮長の言葉に大聖堂の枢機卿が頷いた。
「いや、精霊の目撃があった土地では本格的な祠巡りが流行し教会の負担が減っていると報告が上がっている。大聖堂の巡礼者たちは祠巡りをしているが、七大神の祠を一日で全てを回ることはしていない。一周することが流行すれば教会の負担が減るだろう」
北の枢機卿の言葉に西の枢機卿も頷いた。
どちらも留学の旅の途中でぼくたちが滞在した地域の教会の話だろう。
「噴水広場で精霊たちを出現させたように、君がその気になれば精霊たちを呼べるのかい?」
大聖堂の枢機卿が唐突にぼくに話を振った。
「ぼくの意思で呼び出しているのかはよくわかりません。ぼくは緑の一族の末裔なので長老から精霊たちの話を聞いていますが、とても人間の手に負える存在ではありませんよ」
自称精霊の僕のカカシの話を持ち出すと、緑の一族の男児!と枢機卿たちはそっちに驚いた。
「緑の一族にも比率は(極端に)低いけれど男児は生まれていますよ。ただ、成人後一族から離れることが多いと聞いています」
「いや、精霊の僕といわれる人物が族長である緑の一族の(とても珍しい)男児が魔獣たちを見世物小屋でも躾けられないようなレベルまで鍛え上げて面白いことをしたら、精霊たちが(面白がって)出現することは十分あり得るだろう」
珍獣が珍魔獣を飼育したみたいな表現をして枢機卿たちは勝手に納得した。
口の周りを大福の粉で白くした枢機卿たちにスライムたちが温かいおしぼりを勧めた。
温かいおしぼりで顔を拭う気持ちよさに枢機卿たちが目覚めたとき、控えていた司祭が、そろそろお時間です、と教皇との面会時間が迫っていることを知らせた。
「ご馳走するはずがすっかりご馳走になってしまいました」
大聖堂の枢機卿がそう言うと、寮長は笑顔で、大聖堂の食糧事情もたいへんですね、と返答した。
「テーブルクロスをご覧ください。うっすらと模様が浮き出ているでしょう」
寮長はテーブルの中央に残っている料理の下に上級精霊が敷いた美しい刺繍が施されているテーブルクロスを指さした。
「あれは、解毒の魔法陣が仕込まれている刺繍です。その誰も手の付けていない魚の煮つけの皿の下の色が変わっているでしょう?魚が調理前に常温で放置された時間でもあったのでしょう。魔法陣の光り具合から見ると、加熱調理でも毒素が消えない類の食中毒症状が体の小さい子どもに出やすい程度の毒でしょうね。体格の良い成人男性の皆さんがお召し上がりになっていたとしても大丈夫でしょう」
こともなげに言った上級精霊の言葉で、大聖堂の枢機卿側が用意していた食事に食中毒の可能性があったことが発覚し、枢機卿たちの顔色が変わった。
「食材の下処理は大聖堂の外の教会都市でなされていると伺っています。そちらでの食材管理が悪かった可能性がありますね」
午前中の観光のときに湖で釣りをする船を見て、釣った魚は教会都市で加工してから大聖堂に納品されることを露店主たちから聞いていた寮長が慌てることなく言った。
大変申し訳ない、と大聖堂の枢機卿が頭を下げた。
「皆さんはその魚料理が腐っていることを知りながら和やかに食事をされていたのですか!」
南の枢機卿が渋い表情でぼくたちに言うと、ぼくたちはこくんと頷いた。
「誰もその魚料理を注文しなかったので敢えて指摘しませんでした。和やかに食事ができなくなりますからね。まあ、注文があってもスライムたちが配膳しなかったでしょう」
寮長がスライムたちを褒めるとテーブルの上のスライムたちは、当然だ、と誇らしげに胸を張った。
浄化の魔法陣であらかた無毒化していたテーブルの魚料理にキュアが浄化の魔法をかけ、完全に無毒化したことを可視化した。
(故意か事故か歴然としないが)枢機卿主催の昼食会での食中毒は未然に防がれたので、なかったことにしよう、と寮長が持ちかけるとその場にいた全員が無言で頷いた。




