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大聖堂の精霊たち

 一般礼拝所を抜け出したぼくたちは宿泊施設には戻らず、七大神の祠巡りを済ませると噴水の広場でテーブルとベンチを土魔法で制作し屋外で朝食をとることにした。

 噴水広場で合流した上級精霊にお握りと豚汁とお新香を給仕されてもすっかり恐縮しなくなったジュードさんは、毎食分持参しているのですか?と驚いた。

「祖国の料理が一番美味しいので逗留地では自炊しましたが、大聖堂での滞在期間分は調理済みを持参しておりますよ」

 異世界の記憶で作った料理を、ガンガイル王国の料理だ、としれっとした表情で上級精霊が言った。

 ガンガイル王国は食の宝庫なのですね、とジュードさんが感心していると、おにぎりの梅干しを口に含んでしまったようで塩気と酸味に顔中のパーツが全部真ん中に寄った。

 一つ目のおにぎりがおかか海老天むすだっただけに、昔ながらの口が曲がるほどすっぱしょっぱい梅干しの味の衝撃はすさまじいだろう。

 見ているぼくまで唾液腺が刺激された。

「疲れている時はこれが効くんだよ」

 寮長はジュードさんの背中を軽く叩きながらスライムたちが入れた熱い番茶を勧めた。

 ぼくたちがワイワイ楽しく朝食を食べていると、教会都市から露店主たちが一日の商売を始めるために集まり始めていた。

 昨日の礼拝所の爆発は、爆発じゃなくて精霊たちが光り輝いただけだったんだってね、と露店主たちに声を掛けられた。

「いやぁ、爆発音はしなかったのに、日没の薄闇の中、一般礼拝堂から目もくらむような閃光が突如として起こったから、治安警察隊員に即通報しちゃたのよ。緊急消火部隊が出動することになってしまったでしょう」

 大騒ぎして申し訳なかった、と通報者から謝罪された。

 いえいえ、と言いながらも、ぼくたちが気になったのは一般礼拝堂の建物自体が光り輝いたか?という疑問だった。

 露店主たちの話では、夕方礼拝では精霊たちの閃光が激しすぎて礼拝堂の建物自体が光り輝いたかどうかの判別はできず、早朝礼拝時には大聖堂島に渡航していないので見ていないとのことだった。

「精霊たちの輝きでなく、建物そのものが光るのですか!?」

 ジュードさんの質問に寮長は頷いた。

「帝都の中央教会でも礼拝所の魔法陣が光り精霊たちも出現して光り輝いたのだけど、正直、昨日のような強烈な光ではなかった。だけど、外から見た人々は中央教会の建物が下から黄金色に光り輝いた、と証言したのだよ。後日、我々も光り輝く中央教会を目撃している」

 寮長の話を聞いた露店主たちの何人かが、帝都の教会の建物が光る噂話を知っていた。

「精霊の噂も聞いたことがあったけれど、あんな強烈な発光体だなんて思っても見なかった」

 露店主たちは巡礼者たちから話を聞く機会があるので帝国中の噂話を知っていた。

「いやいや、我々でも今まで出会った精霊たちでは考えられないほどの光量でしたから、やはり大聖堂は聖地なのですよ」

 寮長は目に見えなくてもそこら中に精霊たちは存在しているが、聖地である大聖堂の精霊たちは量も質も全く違う、と大聖堂の精霊たちをよいしょした。

 光り輝いて存在感を現さなくても精霊たちが寮長の言葉に気をよくしているのが気配でわかった。

 いたるところに精霊たちが存在していることを人間は知った方がいいのではないか?

 朝食を終えたぼくは魔法の杖を一振りして噴水から湧き出る水をフラフープの輪のように形作り空中に浮かせてぼくの魔獣たちに輪潜りをさせることにした。

 ぼくの意図を察したみぃちゃんやスライムたちが、しなやかに飛び上がり空中の水の輪をくぐり抜けた。

 凄い跳躍力だ、と露店主たちが拍手した。

 そもそも普段から飛んでいるキュアが水の輪をくぐり抜けると、それはできて当然だろう、という笑いが周囲から沸き起こった。

 聖水の水輪を、とてもじゃないが猫が跳躍ではとどかないだろうと思われる高さにまで上げた。

 それでもスライムたちもみぃちゃんもウィルの砂鼠さえジャンプしてくぐり抜けると、拍手と歓声が沸き起こり、得意気な表情でキュアがくぐり抜けると笑いが起こる流れになった。

 さらに高度をあげた位置に長さ三メートルほどの水のトンネルを作り出した。

 今度こそ不可能だろうと思われる高さなのに、スライムたちは助走の距離を大きくとると羽を生やすことなく跳躍力だけで水のトンネルをくぐり抜けた。

 観衆たちの盛大な拍手にスライムたちが触手で完璧な礼をすると、可愛らしい姿にますます拍手喝采が沸き起こった。

 みぃちゃんが、見ていなさい、とばかりにニヒルな笑いを浮かべて助走のための距離を取ると、集まってきた観客たちは飛ぶ前から大声援をみぃちゃんに送った。

 声援に応えるべく二足で起立してみぃちゃんが前足を振ると、水のトンネルの周辺に数体の精霊たちが出現した。

 ああ、これが精霊か!と観客たちは水のトンネルを照らす精霊たちに驚く中、口角を上げてきりっとした表情をしたみぃちゃんが助走をするとみぃちゃんの走路を照らすように精霊たちが増えた。

 猫とは思えない跳躍力で細長く伸びたみぃちゃんが水のトンネルを見事にくぐり抜けると、みぃちゃんの周囲で精霊たちが小さな竜巻のようにくるくると回ってみぃちゃんの成功を祝福した。

 神獣なのか!といつの間にか増えた観客たちが騒めくと、私もできるもんね、とばかりにキュアが水のトンネルを何度もくくり抜けた。

 あんたはできて当然だよ、と言わんばかりに精霊たちはキュアの前に一列に並んでぱっぱとニ回点滅した。

 観客たちはゲラゲラと笑い出したところで、和やかな見世物を終わらせるべく、ぼくは魔法の杖を一振りして水のトンネルを消した。

 精霊たちもすうっと消えたところで、あらためて観客たちはぼくと魔獣たちに拍手をくれた。

「面白いことをすると精霊たちが集まってくれるのですよ。気分次第で光り方を変えて点滅する姿を、帝都では魔法学校や中央教会の付近でしばしば目撃されています」

 朝食の片付けを終えたウィルが観客たちに説明した。

「大聖堂では皆さんが真剣に祈る場ですから、遊び心が足りなくて精霊たちが姿を現す機会がなかったのかもしれませんね」

 寮長は大聖堂に子どもがいないから遊び心がないと指摘した。

 大聖堂の教会関係者に女性はいないが、立ち入り禁止というわけではないようで、巡礼者や露店の売り子に女性はいる。

 子どもは本当にぼくたちだけしかいないのだ。

 精霊たちはお気に入りの人間を幼少期に見つけるので、大人しかいない大聖堂では退屈しているのかもしれない。

 ここから精霊たちが世界中に散っていくのなら、精霊たちが拡散するためにはここが楽しい場所じゃない方がいいのかな?

「いやはや、こんな風に精霊たちが出現するなんて知りませんでした」

 白い制服の治安警察隊員に声を掛けられた。

「皆さんが滞在中にまた精霊が見られそうだということで、この二日間の大聖堂の警備係を代わってくれと詰所でも大騒ぎでした」

 見世物が終わって露店主たちが商売の準備を始めたところを見守りながら治安警察隊員とお喋りをした。

 治安警察隊員は精霊たちのことを知りたがり、ぼくたちは昨日あんなにも素早く消火の魔術具を担いで現場に駆け付けた隊員たちの早さの秘密を知りたかった。

「大聖堂内には最新鋭の魔術具を開発する部署があって、稀にだけど爆発することがあるらしいので我々は常時訓練しています。開発された最新鋭の魔術具は治安警察隊にも卸してくださるので、高速船を各都市の治安警察隊は配備しているのですよ」

 高速船!という言葉にぼくたちの表情が輝いた。

 本音では爆発事故の詳細を知りたいところだが、治安警察隊の報告書があるのなら後ほど魔本で確認できるだろう。

「皆さんが見学できるかどうか昼休みに上司に問い合わせてみますね」

 アイスクリームの差し入れのお陰か、治安警察隊員は親切だった。

 午後から教皇との面会だったので、待ち時間までに稼働する可動橋の順番や水鳥を眺められる絶景スポットを紹介してもらい、ぼくたちは観光に時間を費やした。


 面会前に身なりを整えるべく宿泊施設に戻ると、お迎えに参りました、とジュードさんより立派な司祭服の男性がぼくたちを待ち構えていた。

 別の案内人が来ることを知っていたのか?とぼくたちがジュードさんを一斉に見ると、お時間が早いようですが、と狼狽えたような声でジュードさんが言った。

 ジュードさんも全く知らなかったようだ。

「教皇猊下との御面会の前に、枢機卿の皆様がお会いしたいとお申し出なのです」

 早朝礼拝から戻らずにフラフラと大聖堂内を観光していたぼくたちを司祭は部屋の前でずっと待っていたようだった。

「枢機卿様たちをお待たせしてしまったのでしたら、申し訳ありません」

 寮長が即座に謝罪すると、昼食会に呼ばれているのでまだ間に合う、とのことだった。

 ぼくたちは清掃魔法で身ぎれいにすれば済むだけだったが、寮長は王族として正装をしなければならなかったのでスライムたちが総出で寮長の着替えを手伝った。

 案内役が交代になったジュードさんは宿泊施設で留守番をすることになり、ぼくたちの大聖堂滞在期間の案内役自体を降板になったわけではなかった。

 ごちゃごちゃした装飾がたくさんついた豪華なローブを身にまとった寮長はオスカー殿下と呼ぶにふさわしい威風堂々とした佇まいで現れた。

「ご案内いたします」

 姿勢を正した司祭の声も腹から出すようなしっかりした美声になったので、ぼくたちもつられて姿勢を正した。

 上級精霊が手土産の魔術具の箱を持ってぼくたちの後に続いた。

 威厳のある寮長も頼もしいが、上級精霊が付き添ってくれることが何より心強かった。

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