緊急円卓会議
大きな円卓が鎮座する亜空間は豪華な装飾が施された会議室だった。
「魔術具を使用しない転移魔法なのか!」
寮長とボリスとロブが動揺しつつもキョロキョロとあたりを見回すと、円卓に座っている他のメンバーを見てギョッとしたように肩を竦めた。
辺境伯領主とハルトおじさんとお婆とジェイ叔父さんと兄貴と父さんまでいたのだ。
「特殊な条件下で(上級精霊が)特別な時にだけ(召喚したい時に)できる転移魔法だよ」
ハルトおじさんはぼくとウィルの間に座っている上級精霊をチラッと見てから言った。
寮長はそれ以上突っ込んで聞くこともなく、そういうものか、と納得した。
「この面子で緊急会議をする必要があるということは何があったんだい?」
ハルトおじさんは単刀直入にぼくに尋ねた。
「じつは……邪神の欠片を、古代に創造神から追放された神の欠片を、大聖堂内で保管しているような倉庫があり、最近持ち出されたような気配があるのです」
ぼくの発言に辺境伯領主が頭を抱えた。
「邪神の欠片を一所に集めて保管するなどという行為も神に背く行為だが、あれを使用しようとするなんてこの世界の終焉を望む者が教会内にいるのか!」
辺境伯領主の言葉に頷く人と頭に疑問符が浮かんでいる人と反応が二分した。
ハルトおじさんが邪神の欠片の簡単な説明をすると寮長とボリスとロブの顔が青ざめた。
「「「存在するだけで死霊系魔獣を作り出し、その上瘴気を集めて巨大化するなんて!」」」
「逗留先での魔力奉納で護りの結界の魔力の流れを調べた時に、魔力の流れに歪みがあったので気になっていました。大聖堂の祠で魔力奉納をすると、古代魔術具の保管庫だと場所が特定できたんだけど、どうにも歪みの量が減っているのです」
持ち出されたと推測する理由を上級精霊が邪気の量を判断したと言わず、魔力の歪みで気付いた、と誤魔化した。
そんなことまでわかるのか、と寮長は驚いたが、ハルトおじさんはぼくが四歳の時に辺境伯領内に邪神の欠片が保管されていることを突き止めたことを話すと、ボリスとロブも目を丸くした。
いやいや、あの時も精霊たちが大騒ぎして兄貴に知らせてくれただけだ。
「邪神の欠片の大きさが廃鉱で回収されたものと同じ程度なら、複数個持ち出されているでしょう」
悪い話にはまだ続きがあるというのに、ハルトおじさんと辺境伯領主はこめかみを抑えて唸った。
「さらに気になることがあります。大聖堂の神学校で滅多にない飛び級での卒業者たちが、ぼくたちと入れ替わるように新米上級魔導士として帝都に派遣されたらしいのです」
新米上級魔導士たちが帝都に派遣?とハルトおじさんと辺境伯領主が首を傾げると、ジュードさんの話と繋がった寮長が、ああああああああ!と叫んだ。
「五人もいるらしいじゃないか!もし、全員が邪神の欠片を携帯しているとしたら、いくら最近帝都の護りの結界が強化されているからといっても、いや、最近、都市型死霊系魔獣が全く出現していないから市民たちも油断しているので大惨事になるじゃないか!!」
寮長の叫びに円卓についていた全員の顔色が青くなった。
いや、ちがう。
上級精霊は落ち着いていた。
「ジェイ君、留守番している寮監に寮生たちの祠巡りを禁止するように伝言を頼む」
「いや、それはまずい。うちの寮生たちの祠巡りは帝都の護りの結界を相当支えているはずだ。禁止してしまえばかえって危険度が増すことになりかねない」
慌てて指示を出した寮長にハルトおじさんは窘めた。
「皇帝の子どもたちが何人も帝都に滞在していながら、魔力が足りないとは情けない」
「広大な国土だというのにもかかわらず、魔力の多い皇子皇女殿下たちが帝都に集中しているから国を支える護りの魔法陣に非効率的に魔力供給をしてしまっているのでしょうね」
平民の父さんの推測にハルトおじさんも辺境伯領主も、そうだな、アホだな、と頷いた。
「首都の魔法陣というものはね、国土を護る魔法陣と王の直轄領地を守る魔法陣と首都を守る魔法陣の重ね掛けになっているから、首都から魔力を流すことも大事だが、国土の端から魔力を流すことで効率的に護りの結界を維持することができるんだよ」
ハルトおじさんはメモパッドに中央に大きな魔法陣を描きそれを囲むように小さな魔法陣を描いてわかりやすく説明をしてくれた。
「ガンガイル王国では国王陛下は直轄領地を持たず、国の結界に集中して魔力奉納をし、兄弟たちが公爵家として地方から結界を補完している。とはいいつつ、辺境伯領が多く負担しているのが事実だよ」
深淵の森のそばにある辺境伯領の護りの結界は森の魔獣の侵入を防ぐため幾重にも重ね掛けされた強固なもので、その先に繋がる王都の結界もそこそこ大きかったが、王都の周りの小さな結界を含めると同等になるような規模の魔法陣だった。
ハルトおじさんの説明に、国の結界上の首都は辺境伯領都だから仕方あるまい、と辺境伯領主が言った。
初耳だったらしいボリスとロブは、そんなことまで聞いていいのか、とでもいうかのように顎を引いた。
「うーん。万が一都市型死霊系魔獣が湧いても、軍所属の皇子たちが帝都に集中しているから武力で何とかするのじゃないでしょうか?」
ジェイ叔父さんの言葉に、留学の旅路で軍が死霊系魔獣を退治する手段を噂に聞いていたぼくとウィルとロブと魔獣たちは、帝都の大火災を想像して首をブルブル横に振った。
「何もかも燃やして問題がなかったことにしてしまうだろうね」
ハルトおじさんの返答に父さんとジェイ叔父さんは顔を顰めた。
「……取り敢えず喫緊の問題は寮生たちの身の安全ですので、私たちの行動基準を決めておきましょうよ」
帝国側の対処法を推測するより降りかかる火の粉を払う手段を話し合おうとお婆は促した。
「旧祠跡を利用した緊急避難場所は完成しています」
植木鉢を利用して簡易の魔法陣を完成させていたことをジェイ叔父さんが報告した。
「集団で瘴気に襲われた時に、いち早く退避するために回復薬を散布する水鉄砲を制作しました」
VR訓練で走るのが苦手な寮生を見たお婆は、運動音痴でも全力疾走で逃げ切れるように広範囲に回復薬を噴霧し、寮生たちの身体強化をアシストする案を提示した。
「キュアがいないのは痛手だな」
広範囲に浄化できるキュアが大聖堂にいることを辺境伯領主が悔しがった。
「イシマールが帝都にいることが僥倖ではないか!」
ハルトおじさんがパチンと両手を叩いた。
「ガンガイル王国騎士団に所属していない飛竜の成体を友情だけで呼び出せる男だ!」
辺境伯領主の言葉に全員が希望を見いたしたかのように安堵した表情になった。
イシマールさんが飛竜を呼ぶ笛で夫婦の飛竜を呼び出してくれたならかなり心強い。
ぼくたちは万が一の緊急事態に備えてありとあらゆる可能性を考慮しながら対処法を検討した。
帝都の護りの結界の強化を維持するために寮生たちの祠巡りは禁止にせず、一部の優秀な寮生たちが帝都を離れているから自警力が落ちていることを理由に、薄明薄暮の時間帯に寮外に出ないようにするため定時礼拝に参加することは禁止となった。
ばあちゃんの家の関係者たちにも、ガンガイル王国寮生たちが陰から見守る人数が減った、と言い訳をして、日の出、日の入りの鐘が鳴る前に戸外に出ることを自粛するよう促すことになった。
商会の関係者にも早朝の中央広場でのお弁当販売の停止や、工房の稼働時間の見直しを求め、ガンガイル王国関係者を危険から遠ざける作戦を立てた。
「帝都内の小さな教会へ供物を届ける活動を強化いたしますわ」
ジュードさんが名前を覚えていなかったため帝都の小さい古い教会という手掛かりから新米上級魔導士たちを探し出そうとお婆が提案した。
「「(母さん!)そんな危険なことをするなよ!!」」
父さんとジェイ叔父さんが同時に口を開いたのを二人のスライムが同時に母さんと呼びかけた箇所の声を消した。
お婆が若返っていることは辺境伯領縁の偉い人の一部しか知られていないことなので、秘密厳守を貫いたスライムたちを微笑ましそうに上級精霊が見ていた。
おっほん、と咳払いをしてハルトおじさんが自分に注目を集めさせた。
「敵の動向を確認することは必要なことだが、いたずらに寮生たちを危険な場に追い込んではいけない。クリスたちが戻ってきてから輪番を組んで教会を回ろう」
寮内の主要戦力が帝都にいない状況で自衛以外の行動を慎むように、とハルトおじさんがお婆を諭した。
「私のスライムも分裂できるようになったから、スライムに偵察を頼んでもいいでしょうか」
考え込んでいたお婆が顎を引いて上目遣いにハルトおじさんを窺うと、ビックリするほど愛らしい表情になり、孫のぼくでも反則級の可愛さだと思った。
オーレンハイム卿がいなくて良かったよ、とでもいうかのように溜息ひとつついたハルトおじさんは、上級精霊をチラッと見たあと、スライムの偵察なら問題なかろう、と言った。
スライムたちがスクラムを組んでローテーションを話し合っている。
“……あたしも分裂したかったな”
みぃちゃんの精霊言語での呟きにキュアが頷いた。
“……大聖堂でも一波乱あるかもしれないのだから、あなたたちの活躍する場面はあるはずですよ”
珍しくシロがみぃちゃんとキュアを宥めた。
活躍する場面があるかもしれないという言葉が気になったが、教会都市訪問のメインイベントの教皇との面談が明日あるのだから、ぼくたちはまずはそれを熟さなくてはならない。
競技会の活躍で注目されて招かれたにしても、ぼくたちが帝都を離れてから邪神の欠片を携帯したと思われる新米上級魔導士が帝都に派遣されるなんて、どこまで教皇が把握しているのかが気になる所だ。
もう一つ気になる点が、カテリーナ妃の国に行くときは国境を超えたあたりから妖精を警戒して姿を消していたシロも、存在自体に圧倒的に威厳のある上級精霊も、大聖堂で姿を隠していない。
それなのに誰も一匹と一人の存在に違和感を覚えるような表情をする人物がいないのだ。
まだ高位の聖職者と対面していないからなのかもしれないが、大聖堂は精霊素も精霊も凄くたくさんいるので精霊の気配に聡い人ぐらいいても良さそうなのだ。
大聖堂の中央に聳え立つ塔の広場にあった噴水付近は精霊素が密集していたのは、精霊素が誕生する泉から直接聖水を引いている言わば源泉かけ流し状態だからだろう。
精霊素の存在に教会の上位者たちは気付いていないのだろうか?
あれほど精霊素の多い、あの広場で魔法を行使したらどれほど簡単に高威力の魔法が使えるのだろうか、とつい考えてしまう。
“……ご主人様。ご明察です。聖水が湧く地の精霊素の多さが、あの水を聖水といわれる所以になっています。水の質ではなく精霊素の多さから効果の高い魔法が行使できるのです”
転移魔法で帝都まで運ばれた聖水に精霊素がついてきていない限り、これといった効能がないただの美味しい水ではないか。
美味しい水だとしても高価すぎるな。
まあ、聖水をかければ瘴気が消えるみたいな効能が、あれば誰も死に物狂いで死霊系魔獣と戦ったりしないよな。
意味のないことにお金を払ったのか、いや、転移魔法を常時使用する魔導師たちの訓練として教会に寄与しているのかもしれないな。
「スライムを所持している寮生たちに直ちに帰寮するように呼び掛けられるかな?」
ハルトおじさんの問いにスクラムを組んでいたスライムたちが頷いた。
「あたいならスライムたちに詳しいことを説明せずに『今すぐ寮に帰りなさい』というイメージだけ送ることなら可能だと思うよ」
「そうか、スライムたちにさえ伝われば使役者にも、なんとなくスライムの意思が伝わるから寮生たちを帰寮させられるのか」
まずは寮生たちの身柄を確保して安全確認をしよう、と話がまとまったところで、緊急円卓会議の解散の合図もなく体が持ち上がるような感覚がした。
父さんにサヨナラと手を振ると、宿泊施設の部屋のカウンターでココアを手にしていた。




