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大聖堂島に行こう!

 夜明け前に起床すると、寮長と司祭と市長はまだ起きていたという表現が相応しい昨日のままの衣装で目の下にクマを作っていた。

「もう朝か。どれ、洗浄魔法ですっきりしませんか?」

 寮長は司祭と市長に声を掛けると返事を待たずに三人まとめて洗浄魔法をかけて酔いと眠気を覚ましてしまった。

「酒は深夜まで飲んでいなかったから酔いがさめたけれど、深酒したら洗浄魔法では消せないからね」

 大人になったらやるんじゃないよ、とぼくたちに助言した寮長は司祭と市長に最新の錠剤の回復薬を手渡した。

 一晩中、有意義な話し合いをしたであろう三人にウィルは無言で飴を差し出すと、不味いんだね、と司祭と市長がいうかのようにウィルをじっと見た。

 ウィルとスライムと砂鼠も頷いた。

 スライムたちが差し出した水の入ったコップを片手に意を決した三人が飲み下すと、すぐさまウィルからもらった飴を口に含んだ。

「不眠で回復薬を服用しても、それは元気の前借なだけですから、無理しないで休息を挟んでくださいね!」

 眉をひそめてぼくが言うと三人は無言で頷いた。

 大浴場の準備ができていたので三人をそのままお風呂で沐浴させて一晩中付き合ってくれた精霊たちに、ありがとう、と礼を言った。

 日の出前の地平線にオレンジ色の稜線が見える時刻にパーティー会場になった裏庭を片付けながら朝食の支度をした。

「みなさんよく働きますね」

 合同で支度をしていた教会の職員たちがぼくたちに労いの言葉をかけてきた。

「特別の日にちょっとだけ働くぼくたちは、子どもたちがちょこまか動くから精霊たちも面白がって応援してくれますが、本当に大変なのはこれを毎日やってくださっている皆さんたちです」

 ボリスの言葉に教会職員たちはキョトンとした表情をした。

「実際に魔力奉納をする司祭たちの生活を支えているのは教会職員のみなさんです。誰よりも早起きして毎日の暮らしを支えてくださっているのですから、働き者なのはみなさんの方ですよ」

 貴公子然とした笑顔でウィルが言うと教会職員たちは感激して胸を押さえた。

「みなさんのお仕事がこの白亜の都市が神々の恩恵を受けて発展させているのです。この教会の司祭様はみなさんとともに教会を、いえ、白亜の都市をよくする方向で物事を判断なさる方だ」

 昨晩の宴のご馳走を教会関係者全員で分け合い、片付けを深夜に強行することなく、夜更かしする自分たち以外を休ませた司祭をロブが褒めると、そうなのです、素晴らしい司祭です、と教会関係者たちも頷いた。

「私たちが国に帰っても自国の根幹を支えてくれる人々を労われるような国にしたいですね」

 八つ目の逗留地でようやく周辺地域と町とのバランスの取れた都市になっていたのは、聖職者を支える人たちが聖職者たちよりたくさんいるからではないか、というぼくたちの推測を話すと、教会関係者たちは無言で小さく頷いた。

「この教会に逗留させていただいたお礼に、飛び切り美味しい朝食を用意しますから、皆さんも召し上がってくださいね」

 硬くなったパンをフレンチトーストの種に仕込んだぼくたちに、教会職員たちには何度も小さく頷いた。

 朝食の支度をしながら仲良くなった教会職員たちに礼拝所が光ったように教会の建物自体が光ったかどうかを尋ねたが、他の七つの町と同様に礼拝所は光っても教会の建物そのものが光ることはなかったようだ。

「礼拝所の魔法陣もそれぞれの教会で違っているから、教会の役割も少しずつ違うのかもしれないね」

 帝都の中央教会が光る理由もわからないので、この教会がいつか光るようになるのかもわからない。

 わからないことは一旦、思考から放棄しよう。

 温かい沐浴を終えた司祭たちと市長も参加して早朝礼拝をすると、心なしか礼拝所の魔法陣の輝きが増しているような気がした。

「(魔力の多い)人数が多い方が魔法陣の光量が多いかもしれませんね」

 寮長の言葉に司祭と市長も頷き、市民用の祭壇の話をまたし始めた。

 市長はそのまま裏庭での朝食会まで参加し、甘いフレンチトーストと渋い紅茶の朝食を堪能した。

 後片付けを済ませると、治安警察の詰所にアイスクリームとサンドイッチを差し入れしに行った。

 小隊長と昨日仲良くなった二人の隊員たちは非番になっていたが、ぼくたちの手土産を詰所で楽しみに待っていてくれた。

 大聖堂島の観光スポットを聞いていると他の隊員たちも巡礼者たちがあまり立ち寄らない穴場を教えてくれた。


 大聖堂島へ渡る可動橋が動く時間まで市長官邸を表敬訪問し、官邸の中庭の大地の祠に魔力奉納をすると精霊たちが出現した。

 こっちの祠にも魔力奉納をしたことを喜んでくれているようだ。

 予定時間より少し早めに市長官邸を出て可動橋の方へアリスの馬車を走らせていると、次第に建物の高さが低くなり水鳥が飛ぶ姿を見かけるようになった。


 大きな湖の中に浮かぶ大きな島の中央にゴシック様式のような大聖堂が聳え立っていた。

「大聖堂島が移動するから固定の橋を掛けられないのですね」

 白亜の都市から教会島に架かる可動橋は、大聖堂島が白亜の都市に接近すると真ん中に建てられた大きな橋桁が水平方向に回転して大聖堂島と接続する旋回橋だった。

「あんなに大きな島が動いているのが凄いし、あの大きな橋が動くのも楽しみだ」

 ぼくたちは可動橋の通行手続きを早めに済ませて、湖岸に近づいてくる大聖堂島を見て興奮していた。

「坊ちゃん方、橋が架かりますと即座に通行してもらいますから、馬車でお待ちください」

 可動橋の管理者に声を掛けられてぼくたちは馬車に戻った。

 治安警察隊員たちが船から見るのも面白い、と言ったのはこういった事情があったからなのか。

「御者台の方がよく見えますよ。後二人ほどなら詰めれば乗れるでしょうね」

 上級精霊に声を掛けられたぼくたちは、好奇心は子ども並みにあるが、偉そうにしなければいけない立場の寮長を除いて、じゃんけんで二名選出した。

 本気を出すとめっぽう強いのはぼくとウィルだった。

 二人で御者台に乗り込むとキュアとみぃちゃんとスライムたちも膝や頭の上に乗ったので本当にぎゅうぎゅうになった。

 ボリスとロブも馬車の窓に張り付いて、可動橋が接近してくる大聖堂島に向かって旋回する様子を見ている姿に、可愛らしいものを見るように橋の管理者たちの頬が緩んでいた。

 90度旋回した可動橋が大聖堂島と連結すると可動橋全体が一瞬光った。

「安全が確認されましたので、通行してください」

 早めに到着していたアリスの馬車が先頭になって可動橋を通過した。

 橋の周辺には可動橋を見に来た遊覧船が湖にたくさんいたので、ぼくたちは手を振って観光客気分を味わった。

 平らな橋を通過し終えると、大聖堂側の橋の管理職員に後続で橋を渡ってきた馬車とは別の駐車場に案内された。

 そこで、大聖堂からのお迎えらしい司祭服姿の男性が馬車に近づいてきた。

「大聖堂にようこそお越しくださいました。大聖堂に滞在中皆さんのお世話を申し付かりましたジュードと申します。よろしくお願いいたします」

 滞在中のお世話係?

 勝手な行動をしないように監視が付けられてしまったのだろうか?

「皆様の馬車が素晴らしいとの評判でしたので、こちらで馬車を用意することは遠慮いたしました。私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

 こちらこそよろしくお願いします、と寮長は笑顔で答えてジュードさんを馬車に乗せた。

 ぼくとウィルも御者台から後部座席に移動し、ジュードさんと挨拶をした。

「皆さんが逗留先の町で馬車に宿泊されているのはお聞きしましたが、大聖堂では巡礼者の宿泊施設がございますので、そちらに滞在していただくことになります」

 郷に入っては郷に従うべきなので寮長は素直に頷いた。

「教皇様との御面会は明日の午後になります。本日は宿泊施設にご案内がてら大聖堂敷地内をゆっくり見て回りましょう」

 ジュードさんは慣れた様子で上級精霊にルートを説明すると、御者ワイルドに扮している上級精霊は無言で頷いた。

「大聖堂内にも七大神の祠がありますよね」

 ウィルの質問にジュードさんは頷いた。

「皆さんが逗留先の町の全てで祠巡りをしていたお話も伝え聞いております。本日のご案内でも七大神の祠を回りますから、魔力奉納をしていただけると幸いです」

 土の神の祠から参ります、と笑顔のジュードさんがワイルドに出発するように声を掛けた。

 高位の聖職者にはワイルドの正体がバレるのではないか?と気を揉んでいたのに今のところジュードさんには不審に思われていないようだ。

 大聖堂島の建築物は細部にまで繊細な装飾の施された美しい物ばかりで、ぼくたちは馬車の窓に張り付いてあれこれ言いながら眺めていた。

 そんなぼくたちにジュードさんは、大聖堂島は島の全てが大聖堂であり、真ん中に聳え立つ大きな建物だけを大聖堂だとぼくたちが勘違いしていると指摘した。

 つまり、ぼくたちが感心していた一つ一つの建物は大聖堂の外装だということだろうか?

 ぼくたちの頭に浮かんだ疑問を察したジュードさんがさらに詳しく説明してくれた。

「島そのものが劣化防止の魔法陣が施された人工の建築物です。魔力の多い神学生は大聖堂に集められ、司祭を目指す神学コースと、神学を学びながら建築学を極める建築コースと、神学を学びつつも魔獣対策に特化した上級魔導士コースに進路が別れます。私は神学コースを選択したので建築は門外漢なのですが、大聖堂は時代に合わせて使いやすいように改装し続けている状態です」

 青空が見えている通りを走るアリスの馬車は大聖堂の屋上を走行しているようなものなのか、と考えれば納得がいく。

「地下が巨大な大聖堂の内部なのでしょうか?」

 ウィルもぼくと同じような発想になったようでジュードさんに質問した。

「実は、私も大聖堂内部の全貌を知っているわけではないのです。身分に合わせて立ち入れる区間が決まっているので地下がどのような構造になっているのかさえ分かりません。今回皆さんは教皇様のご招待ですので一般参拝者の方々より多くの区間に入る許可が出ています」

 素晴らしいことですよ、とジュードさんは満面の笑みで言った。


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