表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
506/809

目の当たりにしないと信じられないでしょう?

 白亜の都市の祠巡りをしながら魔力奉納の際に護りの結界の全貌を探ると、この街の結界は世界の理としっかり繋がっており周辺の農村ともつながった確固なものだった。

 人口密集の都市化が進んでいるのに食糧事情も物流も安定しているのは、五つの都市の護りの結界が繋がって広範囲に補完しているからだろう。

 祠巡りと称して白亜の町を探索するぼくたちは、護衛についてきた二人の治安警察の隊員にチューリップが街中に溢れているのはなぜか?とか、高層階は後から増築したのか?などのたわいもない質問をした。

 観光に力を入れている商業ギルドが球根を配布している、人口増加に合わせて増築した、と律儀に回答した隊員たちは五つの祠で魔力奉納をしたぼくたちに、魔力を使用しすぎだ、と気遣う優しさを見せた。

「帝都でも早朝礼拝の前に七大神の祠巡りをすることもあるので、日常と変わりませんよ」

「神々はぼくたちが魔力枯渇を起こすほど魔力を搾り取ったりしませんよ」

 口々にたいしたことじゃない、とぼくたちが言うと、二人の隊員はブルブルと首を横に振った。

「「いやいや、君たちは教会でもたくさん魔力を使ったじゃないですか!」」

「一応国の未来を背負って立つことを嘱望されて、国費で留学させてもらっているのです。どんなことでも手を抜けません」

「毎日キッチリ魔力を使う方が成長期だから伸びるんですよ」

 ぼくたちはアリスの馬車を低速で走行させたので午前中に魔力をあまり消費していなかったが、優等生らしい回答をした。

「魔力無効空間を通過するだけでも体に負担がかかると言われていますから、くれぐれも無理をしないでください」

 治安警察隊員たちがぼくたちの体調を気にしていたのは、どうやら魔力無効空間が関係しているようだ。

「……それでしたら、たぶん問題ないはずです。推測されていたようにぼくたちの馬車は魔術具なので、ある意味収納の魔術具の中に保管されていたようなものなのです。通路に施されていた魔法空間でぼくたちはなんら魔力的な影響は受けませんでしたよ」

 便宜上テキトーな説明をしたが、アリスの馬車には世界の理に繋がっている結界を張っているので、ある意味、領地ごと移動しているようなものだ。

 馬車の中どころかアリスの蹄鉄も結界に連動しているので、アリスも魔力無効空間の影響は受けていないだろう。

「滞在者の魔力に影響するような緩衝地帯を設けているなんて、長い歴史の中でこの都市国家も攻め込まれることがあったのですか?」

 ぼくたちは都市国家の歴史を予習していたが、無邪気な子どものふりをして成人済みのロブが質問した。

「教会都市は大聖堂からの護りの結界が直結しているので、その護りの堅さゆえ外敵に攻め込まれることはないのですが、かつて教会が不安定になった時代に攻撃された歴史がありました。その時代に魔力無効空間ができたようで、正直私どもも、よくわからない仕組みなのです」

 邪神が封印された後の混乱時か、精霊使い狩りがあったころにできた魔法で現代では再現できない類の技術なのかな?

「超古代遺産のような魔法や魔術具が残っているのも教会都市の特色です。通行料は高額ですが是非、大聖堂島への可動橋をご利用してみてください」

 湖の中の島に建つ大聖堂に行くためには船に乗るか、可動橋を通行するしか方法はない。

「可動橋を通行する予定です」

「時間が許すなら五つ全部の橋を渡りたいな」

 一生に一度訪問できるかできないか、といわれる教会都市に来たのだから、五つの教会都市から大聖堂島へ渡る可動橋の方式がそれぞれ違うのだ、それなら全てを渡ってみたいと思うものだろう。

「いいですね。一級市民権を持っていても通行料が高すぎて私もまだ三つしか通行していません」

 治安警察の青年は朗らかに笑いながら、それも仕事の一環だった、と打ち明けた。

 先祖代々教会都市に住んでいる一級市民権保持者には可動橋の通行料の割引があるらしいが、それでも渡し船の方が安価なので日常生活ではもっぱらそっちを利用するらしい。

「ぼくたちは一生に一度あるかないかの僥倖で来ていますから、お金の問題よりゆっくりできない日程の方が問題ですよ」

 ぼくたちだけなら何泊もしたいところだが、魔法学校の卒業式までに帝都に帰らなければならない寮長を同伴しているため、大聖堂島には三日間しか滞在できないのだ。

 飛んで帰れば滞在日数を伸ばせるのだが、今回は許可が下りるような適当な言い訳がなかった。

「橋を渡れなくても橋が稼働する時間帯に船から見学するのも楽しいよ」

 祠巡りの道すがらすっかり仲良くなったぼくたちは、可動橋の見どころスポットを治安警察の二人から詳しく聞いた。

 中央広場の光と闇の神の祠に魔力奉納を済ませると、護衛の二人の他に治安警察の制服を着た十数人の隊員たちにぼくたちは囲まれていた。

 散策の途中から徐々に人数が増えていたことにぼくたちは気付いていたが、教会付近の中央広場までそ知らぬふりをしていただけだ。

「市長官邸にご招待されております。お迎えに上がりました」

 教会で司祭に詰め寄った小隊長とは違う人物だが、襟章の数が多いので小隊長より階級が上っぽいおじさんに声を掛けられた。

「却下!」

 ウィルの一声を合図に身体強化をかけたぼくたちは治安警察隊員たちを飛び越えて全速力で教会に駆け込んだ。

 オム蕎麦、オムパスタ、各種ソース、トッピングにエビフライにハンバーグまで用意したのに、仕上げないで市長官邸に拉致されてしまえば、精霊たちどころか供物を楽しみにしているはずの神々が許してくれるとは思えない!

 治安警察隊員たちを後方に引き連れてぼくたちが教会内に飛び込むと、事情を察した教会職員たちは一般入場禁止エリアを通過させてぼくたちを裏庭に通してくれた。

 非常事態の現場判断を後から咎められなければいいな。

 裏庭に駆け込み座り込んで呼吸を整えるぼくたちを見て上級精霊は笑い、寮長は眉間に皺を寄せて教会内に入っていった。

 面倒な調整は寮長に任せて、ぼくたちはオムライスの仕上げに取り掛かった。


 チキンライスはいい感じに炊きあがった。

 夕方礼拝を前に温かい沐浴の時間を早めた教会関係者たちに見守られながらキュアが巨大フライパンを巧みに振ってフワフワのオムレツを作った。

 キュアがフライパンを滑らせて宙を舞った大きなオムレツが盛り付けられたチキンライスの上にふわりと着地すると拍手が沸き起こった。

 みぃちゃんのスライムと合体して背中から羽を生やしたみぃちゃんが宙を舞って仰々しくオムライスにナイフで切り込みを入れると、トロっとした半熟のオムレツがチキンライスを覆った。

 あまりの見事な仕上がりに、おおおお、と歓声が上がった。

 大きなオムライスは教会関係者の手によって礼拝所の祭壇に祀られ、そのまま夕方礼拝に突入した。

 治安警察隊員たちが押しかけて来た騒動はどうなったのかというと、市長が夕方礼拝の見学に来るように寮長が強引に話を仕切ったらしい。

「見ればわかる!」

 その言葉通り、全員で跪いて行った夕方礼拝では立ち込めるオムライスの美味しそうな匂いと、光る魔法陣に、喜び踊る精霊たちなど、伝聞では想像つかない光景に市長や市議会関係者たちは口をあんぐりと開けて呆けたように見入っていた。

「市長官邸へのご招待は大変光栄なことなのですが、滞在期間の短い私たちには教会で祈る機会をいただける方が貴重なのです」

 魔力奉納を終えた寮長が司祭と市長にそう話しかけると、市長も申し訳なかった、と頭を下げた。

「教皇様が直々に招待される客人は本当に滅多にないことで、教会都市を代表しておもてなしをしなくては、と我々も気が急いてしまっていました」

「私たちも市長官邸に表敬訪問すればよかったのでしょうが、なにぶん準備が必要なことも多く、寮生たちは滞在先の町で祠巡りをすることを必須としていますから、本当に時間がなかったのです」

 当人同士で話し合えばなにもこんな大騒ぎになることはなかったのだろうが、ぼくたちが市長官邸を表敬訪問したら大浴場の建設やオムライスの下ごしらえをする時間がなかったことは、市長も実物のオムライスの大きさを目にしなければ理解できなかっただろう。

「お召し上がりになられますか?」

 市長も市議会関係者たちも素直に喜んで頷いた。


 精霊たちが照らす薄暮の裏庭で開催されたオムライスパーティーの規模に市長たちは驚きを隠せなかった。

「これを……これほどのものを……ガンガイル王国留学生一行様方だけで用意されたのですか!」

 教会関係者も市議会関係者も多彩なソースのオムライスの味を堪能し、おかわりのオム蕎麦を作るキュアやスライムたちやみぃちゃんに仰天し、デザートの薔薇のアイスを食べると目を瞑って深く味わって……いや、頭痛がしただけのようだ。

 警備に立っていた治安警察の小隊長の側に行き、小声で、後で詰所に差し入れにアイスクリームを持っていきます、と囁いた。

 小隊長は表情を変えなかったが瞳を輝かせて小さく頷いた。

 オムライスパーティーは教会のためにと市長に寄付をしたお金をどう使うかを話し合う場にもなったようで、司祭と市長と寮長は具体的に話を詰めていた。

 最初に訪れた逗留地の町のような問題のない教会都市では、帝都の中央教会のように教会正面に特設祭壇を設けて市民に気軽の魔力奉納をしてもらう設備を整えることになった。

 司祭は大浴場を気に入り、魔力奉納をする市民たちも利用できる入浴施設が欲しい、と言い出したので、空いている土地の少ない現状に市長が頭を悩ませた。

 寮長が帝都のガンカイル王国寮では寮の最上階に浴場を増築した話を持ち出すと、市議会関係者たちは公民館の屋上を改築する案を出した。

 こうして多額の寄付をしたガンガイル王国留学生一行は給湯の魔術具を白亜の都市に販売することになり、浴場の設計にガンガイル王国の商会が介入したことで、最新型のトイレや、サウナ、マッサージチェア、食堂まで併設したスーパー銭湯が出来上がることになってしまうのだ。

 当然、寄付金額を大幅に超える売り上げを商会にもたらし、白亜の都市の大浴場は五つの教会都市の間でも大評判になり、観光資源として市の財政を大いに潤すことになるのは、まだずっと先の話だ。


 都市型死霊系魔獣の心配のない教会都市での宴会は深夜まで続き、子どものぼくたちはほどほどの時間帯で下がり、アリスの馬車で先に就寝した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ