精霊のいたずら
やばい。
やらかした。
四阿に居る全員が静まり返って、ぼくを凝視している。
「いや。すまん。ごめんなさい。精霊たちが勝手に……。みんな五月蠅い。一度にたくさん言われても、………頭がついていかない」
カカシは誰も何も言っていないのに、ブツブツ文句を言っている残念な人みたいになっている。
「精霊たちが一斉に話しかけているんですね?」
「ああ、そうだ。…。君はスライムで遊んでいただろう」
「あんな悲劇の後、心を落ち着かせるために送り火をして、何が悪いんですか!」
精霊たちは自分たちに都合のいいことしか言っていないのか?
「本当に申し訳ない。わしが、カイル君を引き取りたいという気持ちを精霊たちが勝手にくみ取って、両親に会わせたら、里心がつくと思い込んで君を亜空間に連れ込んで再会させたんだ。だが、予想以上に君が新しい家族と暮らすことに固執したので、計画を変更しようとしたときに、いたずら好きの精霊に亜空間を乗っ取られたんだ」
うわあ、それ、うちの精霊かな?
「その精霊たちは、君が死にそうな目に合えば精霊言語を取得してくれるんじゃないか、と思ったようだ。君は命の危機にさらされると能力が開花すると思い込んでおる」
そんな理由であんな胸糞悪い目にあわせたのか!!
「命の危機って、カイル、いったいどうなっているの?」
「なにがあったんだ?」
「亜空間って何なんだ?」
「兄ちゃんどうしたの?」
「精霊たちが何をしたというんだ?」
「亜空間はきついよね」
「いったい何が起こったんだ?」
ぼくとカカシ以外誰も話についてこれず、大混乱が起こっている。
「カイル君はこの四阿に来てから、人知れず何処かに連れ去られていたという事なのかい?ずっとここに居たのに?」
領主様の疑問はもっともだ。ぼくはずっとここに居たのだろう。
「ひとまず、みんながわかるように説明してもらっても、いいかな、カカシおばあちゃん」
ぼくだってなんであんな目にあわされたのか知りたい。
「うん。まずは自己紹介の続きをしよう」
えっ、そこから始めるのか?!
「わしは、カカシ。年はもう120過ぎてから数えていない」
「「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」
不老不死、いや、年は取っている。おばあちゃんだから不死なだけか。
「長生きなのは跡継ぎがいないから、精霊たちが死なせてくれないのじゃ。ここの初代王はいい跡継ぎに恵まれたから、不老不死は返納しおった。わしは、別に不死を願って賜ったのではなく、精霊たちの下僕の立場を継いでくれるものがいないから生かされているのに過ぎない」
「もしかして、ぼくをその跡継ぎにしたいという事なの?」
「うん。素質のある子はここに四人もおる。そりゃぁ誰かを連れて帰りたくなるだろ」
「「「「「「「「「よっ四人!!!!!!!!!」」」」」」」」」
ぼくとケインとボリスと、キャロお嬢様もなのか?
「精霊たちに好かれておる事が大前提なんだよ。君たちみんなそれぞれ精霊たちに好かれていて、奥のお嬢ちゃん以外進路は決まっていない。カイル君以外にもいい子がいたら連れて帰りたいよ」
「「「「うちの子」たちはやらん!!!!」」」
うちの家族もボリスの父も即答した。
御前なのに誰ももう気にしていない。……領主様が空気同然だ。
「うん。そうだよね。でも、精霊の下僕って、ちょっと気になるでしょう?早めに進路を決めてしまえば、不老不死になって精霊の力を借りることもできるようになったりするんだよ。凄いじゃろ?興味あるじゃろ?」
不老じゃないだろ。老けてるもん。精霊の力を借りるなんて、子ども心くすぐること言っても、その見た目では説得力がない。
「初代王は精霊神の下僕だったのか?」
領主様はそっちに食いつくよね。精霊神の下僕って、異世界転生小説のタイトルにありそう。
「うーん。さすがにその時代から生きているわけではないから、伝聞なんじゃが、建国王は精霊神のお気に入りで“マブダチ”と言われていたようだ。“マブダチ”とは仲良しの意味だから下僕ではないじゃろ」
ああ、やっぱり転生者だ。それも現代日本人。“マブダチ”なんて使うのは絶対そうだ。
なんかところどころに違和感あったんだよね。
水洗トイレ。金隠しっていうんだっけ、和式トイレのスリッパの先っぽみたいなのがついていないだけで形状と使用方法が和式っぽかったんだ。
お風呂が洗い場と浴槽で分かれていたのも、和式かな。
「ほうほう、我が家では精霊神の“マブダチ”と伝え聞いておる。いつまでも壮年期の姿のまま衰えることなく、最愛の妻や忠臣たちが年老いていくことを嘆き、人の身に不老不死は不要として妻の死後返納し、後を追うように老衰で亡くなったとなっておる。真の事であったか」
「だから、わしも伝聞だといっておろう。真かどうかは知らん。話がそれただろ。精霊に好まれると、まあなんというか、精霊の存在を彼らが姿を現さないときも感じることができるようになる。カイル君はここまで出来ているように見受けられる」
「普段は全く分かりませんよ。この四阿の中は精霊たちがおそらく沢山密集しているんでしょう、結界とは違う、なんだろう、圧力みたいなのを感じるだけです」
「うん。精霊たちも自分たちの存在に気がついてくれたことが、殊の外嬉しかったようで、少々暴走してしまったようだ。カイル君がメイのことを見てユナを思い出したことを参考にして、カイル君をユナに会わせたら恋しくなって、うちの一族のところに来てくれるんじゃないかと先走ってしまった。三人家族で幸せに過ごしていた頃のカイル君の記憶の中でも平穏でいとおしそうな一日に放り込んでおけば、幼児ならイチコロで陥落できると浅はかにも考えた。だが、君は驚くほどきっぱりと実の両親を否定することなく、新しい家族を選んでしまった。目論見の狂った精霊たちは、取り敢えず君を逃がさないために闇の空間の中に閉じ込めてしまった」
「全く光のない空間に幼児を閉じ込めるなんて加虐趣味のある変態精霊ですね」
母さん怒りが容赦ない。
「とんでもない目にあったね」
お婆も静かに怒っている。
「在りし日の両親に会えたのは動揺したよ。幸せだった日々は確かにあったし、夢の中なのに両親は温かかったんだ。酷いよね、冷たくなっていく母の死を体験しているぼくに、まやかしで誤魔化そうなんて通用するわけないでしょ。あの二人はもう生きていない、その現実は変わらないんだから」
「「「「「なんて残酷な!!!!!」」」」」
「そこは、何と言うか、その、日頃から人間と交流のない精霊には、人肌の温かさも、光がないことで、人間がどれほど恐怖に感じるかとかわかっていないんだ。失敗した、どうしよう、一寸待っておくれ、一寸ここに入れておこう、その程度の気持ちで暗闇の世界に閉じ込めたと自白しておる。そうこうしている間に、君の覚醒を心待ちにしていた他の精霊たちが、死の危機に直面させようとして、あの山小屋の犯行時刻直前に君を放り込んでしまった」
「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」
「極悪非道なやつらだ。人でなし!」
「精霊だから人じゃないだろ!」
「物凄い精神攻撃だ」
「ああ、代われるものなら代わってやりたかった」
大人たちは一様に精霊たちに憤っている。ぼくだってあれはきつかった。
「「せいれいたちってコワすぎるぅ…」」
ケインとボリスはすっかり怯えてしまった。精霊たちとは遊んだり、助けてもらったことしかなかったもんな。
「ああ、本当にすまなかった。精霊たちも反省している。加虐趣味は持ち合わせていない。常識がわからないだけだ。やりすぎでした。ごめんなさい。人の気持ちがわからない。だけど酷いことしたのはわかった。ごめんなさい。と、ひたすら謝っておる」
「うん。謝って済むようなことじゃないくらい、ひどい目にあった。…でもね、精霊たちには、その後の誘拐事件の折、助けられておかげで無事に帰ってこられたんだ。差し引きゼロという訳ではないけど、今後の付き合い方は考えてしまうよ」
ぼくは深くため息をついた。
精霊たちとは友達になる約束はしたけど、面倒に思って放置していた。黒い兄貴の様子からして口うるさそうで、日常生活に支障が出るような気がしてならなかったんだ。
「人間の生活圏内で人間に寄り添っている精霊たちもいるんだ。今回悪ノリした精霊たちは原野にいた精霊たちで君たちになついていて、いつもは君の家で暮らしている」
やっぱりそうだったか。
「子猫とスライムは精霊言語を取得したのに君たち人間がいつまで経ってもできないことにしびれを切らして、この犯行に至ったようだ」
「「「「うちに精霊がいるのですか!!!!」」」」
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが荒唐無稽な成長を遂げたのは精霊たちのせいだったのか!
「精霊たちはどこにでもおるよ。認識できる人間がおらんだけだ」
「城にも精霊がおるのか?」
「この前姿を現したじゃろうが。おると認識できることが精霊言語の取得への第一歩だ。存在を認識して精霊たちと親しむ、そうすることで気がつけばいつのまにか精霊言語を理解できるようになる。わしの場合はそうじゃった」
「初代王の伝承では出会うなり理解できたとなっておる」
「精霊を認識できる人がそもそもいないから、どうするのかはよくわからん」
精霊言語なんか理解したくない。精霊の力を借りてチートで成り上がるなんて、気弱なぼくでは返り討ちにあう未来しか想像できない。
自衛隊が戦国時代に行っちゃうやつって、最後は全滅してしまって酷い終わり方だった。
成り上がれる人間はチート才能以外にカリスマ性とか強いリーダーシップとか…それも才能か。なら、血反吐を吐くような努力とか必要でしょ。
……ないね。ないない。
「キャロお嬢様やボリスにも適性があるんですよね?」
ぼくは対象を自分たちからそらすべく、お貴族様こそ向いているのでは?と水を向けてみる。
「才能や適性だけなら、向こうのお嬢ちゃんがダントツだね。精霊たちに好かれた、魔力量の多い、初代王の直系子孫じゃろ。今から精霊を認識する訓練をしたらもしかしたら精霊神のお眼鏡にかなうことが、あるやもしれない。だが現状では彼女は領主候補じゃろ、精霊神に好かれると、国とのバランスがおかしくなる」
領主様はこくこくと頷いている。
「わしとて、長生きの分だけ人を育てはしたが、気がつけば跡継ぎ候補の方が先に死んでいった。なぜ引継ぎができないかはわからない。精霊たちはお前の代わりにはまだ早いとしか言わないからなあ。わしの引継ぎの時でさえ、まあお前でも仕方がないと、こんな老婆になってから引継ぎが完了した。精霊たちは時間の感覚が人間とは違うし、実際に時間もずれておる」
「ぼくが生まれた村に飛ばされた時、その後かなり時間が過ぎていたのに、戻ってきた時には、飛ばされるより少し前まで戻っていました」
「そうなんだ。上位の精霊は亜空間を作り出し、そこで過ごす時間と、現実世界とでは時間の流れが違っている。今回少し戻っているということは、かなり上位の精霊に干渉されたという事だろう。わしはそこまで上位の精霊の下僕ではないから、理解が及ばない。取り敢えず、上位の精霊は今回カイル君に精霊たちがしたことにお怒りのようだ」
「ええっと、よくわかりません。ぼくに干渉した精霊は三種類ということでしょうか?うちにいる精霊より上位でカカシさんに共感しやすい精霊が、ぼくを亜空間に連れ出し、目論見が崩れて混乱したところを、うちの精霊たちが乗っ取り、アホみたいに上位な精霊が怒って、ぼくを戻してくれたのでしょうか?」
「おおむね正しいよ。出だしはその通りで、君の家の精霊が度を越した悪ふざけをしたときに、もともと亜空間を作った精霊たちが最悪な日の亜空間を破壊して、君を再び暗闇に閉じ込めた。その後君はスライムを使って“送り火”をしたことで上位の精霊が状況を把握して君を現実世界に戻したようだ」
「「「「“送り火”とは何だ?」」」」
「死者を弔い冥府へと送る灯のことだろ。我が家の伝承にはあるが、国の発展とともに廃れてしまった風習だ。どこか地方には残っているだろう」
領主様は知っていた。転生者の持ち込んだ風習で時代と共に消えていったのかな?
「上位の精霊はカイル君に謝罪がしたいとのことだ。また亜空間に招待されているが、行ってくれるかい?」
まともな精霊からのご招待なら大丈夫だろう。
うちの精霊たちへの対処法も知りたい。
「わかりました。行ってきま………」
わかっていた。
言い終わらないうちに亜空間へ飛ばされていた。
おまけ 異世界転移したら精霊王とマブダチになった。~精霊神の力で天下無双して、金髪碧眼の爆乳美少女をゲット。ロリ妖精たちを引き連れて、建国王に俺はなる!!~
トラックとタイマンはったら、見知らぬ森の中まで飛ばされた。
俺の学ラン、超パワースーツじゃん。傷一つないよ。
木々の奥から立ち上がり3メートルの巨大熊が現れた!
俺様は最強だから逃げるなんて選択肢はない。ワンパンチでノックアウトさ。
そしたらそいつはただの熊ではなく、精霊たちが俺を脅かそうと化けていただけだった。
そこに現れた精霊王。
「お主、なかなかやりおるのう。そこいらの精霊たちをぶちのめせる力があるなら、私が少々力を貸すから天下無双をしてみないか?」
「俺は一匹オオカミだ!群れるなんて、雑魚がすることだ。正義の鉄槌を下すことには興味があるが、連れは美少女以外は御免だね」
精霊王が杖を振ると、手のひらサイズの、爆乳ロリ顔スリップドレスの美少女妖精がが現れた。
「いいねぇ。わかってるじゃないか!だが、嫁は等身大がいいぞ」
「ふふ。嫁は武勇をたたて自分で見つけろ。ロリ妖精はお前が活躍するたびに、違うタイプが出現する」
「お前。わかってるじゃねえか!今日から俺たちマブダチだ!!」
*この物語は本篇の精霊王と建国王とは一切関係なく、別世界のお話です。




