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皇子と貴公子

 顔がいいけれど普通の少年という印象の第十二皇子が特別に光り輝いたことで、この光が魔術具によるものではなく帝都を騒がせている精霊たちだと気が付いた会場内の人々は騒めいた。

 第十二皇子が神々に選ばれた皇子?そんな疑惑が人々の間に湧きおこるが、精霊たちは人間の都合などお構いなしに次の新入生のところに移動した。

 精霊たちは次の次のそのまた次の新入生のところにまで移動したから、結果的に一番光り輝いたのは第十二皇子だという結果になった。

 “……イケメンのイケボをいいアングルで鑑賞したかっただけじゃないかな”

 “……ご主人さま。あながち間違っていません”

 ぼくのスライムの辛辣な感想にシロが即答した。

 “……第十二皇子オスカーは早く大人になりたい一心で、成長のまじないを施してしまいました。肉体的に人より早く大人になりたいと願ったので、人間の成長速度とまじないのバランスが悪くなり、体格の成長より先に肉体の成長が進んでいる状態なので、あの身長で声変わりが始まってしまいました。精霊たちはそのアンバランスさを楽しんでいるようです”

 まじないをかけたってことは、呪いじゃない?

 ……もしかして自分でまじないをかけたのか?

 “……ご主人さま。ご明察です”

 オスカー殿下が早く大人になりたい理由が、どうにも個人的な我儘から来ているような気がするのだ。

 個人的偏見だが、王侯貴族というだけでハロハロと同類のように見えてしまう。

 間違いないとシロと兄貴が思念をよこした。

 オスカー殿下の個人的なことに首を突っ込むつもりはないので、ぼくは何も考えないことにした。

 新入生たちの挨拶が済むと、精霊たちは小さな竜巻のように回転しながら講堂の中央の通路に集まり、旋風の消滅さながら一本の筋になって姿を消した。

 神秘的に見せようと演出した精霊たちの目論見は成功し、会場内は興奮のるつぼに陥った。

 定時礼拝でなくても精霊たちは出現する。

 中央広場に好奇心のまま赴いた貴族でなければ、逢魔が時との境目に外出する高位貴族はいなかった証拠のように、精霊たちを見たことがない人々によって会場は異様な興奮に包まれた。

 “……精霊を見た、なんて表現は伝聞だと話半分にしか理解しないもんよ”

 ぼくのスライムの精霊言語はぼくの頭の中だけに聞こえているはずなのに、ウィルが小さく唸った。

「中央広場まで精霊たちを見に来たのは、しょせん小間使いのような下級貴族だけだったのか」

「一部の上位貴族も来ていたみたいだよ。知っている人が話半分にしか聞かない人に説明しないだけだよ」

「最先端の流行が貴族街から発端じゃないことを認めたがらない層がいるということかな」

 ウィルと兄貴が小声で話しても問題ないくらいざわつく会場で、そのまま新入生退場のアナウンスがかかり、入学式は終わった。


 ガンガイル王国寮生たちは全員最上位クラスになっていたが、その大多数がこの教室に入るのは今日だけになるはずだ。

 ぼくたちには中級魔法学校で選択したい授業がないのだ。

 すぐに上級魔法学校に行ってしまう生徒たちも集められているクラスは全員分の座席がなく、着席している生徒は数人の取り巻きに囲まれており、その中心にオスカー殿下がいた。

 最上位クラスに編入されているのに成績がパッとしなかったのか、と寮生たちが考えているのは顔に出さなくても、さり気なく目をそらした仕草でわかった。

「こんにちは。思っていたより精霊たちが出なかったね」

 寄宿舎生たちがぼくたちを見つけて話しかけた。

「こんにちは。入学式だからそこまで面白いことができるわけじゃないのに、出てきてくれただけありがたいよ」

 ウィルが笑顔で答えると、それはそうだ、と寄宿者生たちも笑った。

「あー、やっぱり、あの歌うように挨拶したのは、狙ってやっていたんだ」

「色々面白いことを考えていたんだけど、全部寮長に否定されて、活舌よく、ハッキリとわかりやすくって言われていたから、ああなったんだ」

「なんか企んでいたんだったら先に知らせてくれても良かったのに」

「どうせだったら精霊たちに祝福される入学式がいいな、っていう程度だったし、皆が何番目に呼ばれるのかわからなかったから声をかけなかったんだ」

「そうだよね。今回は前後に呼ばれる人の名前しか聞いていなかったから、精霊たちが順番を教えてくれるように光ってくれたので、正直助かったんだ」

「でも、あの歌いまわしをしなければいけないんだっていう無言の圧力にもなったから、手に汗握ったよ」

 ぼくたちがワイワイ言い合っていると、ようやくマリアが教室にたどり着いた。

「あんな新入生挨拶になるのでしたら事前にお知らせしてくださっても良かったじゃありませんか!私、緊張で声が震えました!!」

 開口一番マリアが寄宿舎生たちと同じことを言ったので、ぼくたちは笑いながら同じ説明を繰り返した。

「……まあ、何と言いましょうか、早口でリズムに乗って韻を踏む、ラップという技法をオスカーさ、寮長が止めてくださって助かりましたわ」

 第十二皇子の取り巻きたちの耳が動いた。

 オスカー殿下とうちの寮長が同じ名前でも、寮長の方が年上なのだから仕方がない。

 不敬にならないように寮長にニックネームでもつけなければいけないのだろうか。

「君たちが精霊たちを呼んだのかい?」

 唐突にオスカー殿下が低音の美声を響かせて話に割って入ってきた。

 新しいクラスにざわついていた教室は殿下の一声に静まり返った。

 この低音は目立ちすぎる。

「お声がけありがとうございます、オスカー殿下。精霊たちは呼んで出てきてくれるような存在ではないので、意図していたというより、ぼくたちは思い出に残る入学式にしようとしただけです」

 ウィルが一歩前に出て恭しくお辞儀をすると、しれっとした顔で詭弁を弄した。

「そうか、いや、なに、どうして私の時にだけあんなに精霊たちが集まってきたのだろうか、君たちが何かしたのかと勘繰ってしまっただけだ」

 オスカー殿下の言葉にぼくたちは小さく首を傾げて、わからない、とジェスチャーで示した。

 いつもは多弁なぼくたちが口を噤んでやや俯いている姿に、厄介ごとに巻き込まれたくないという気配を察した寄宿舎生が助け舟を出してくれた。

「教会で精霊たちが現れるのはほとんど儀式の最中です。複合魔法を発動した時にも出現したことがありましたから、精霊たちは殿下のお声に魔力を感じられたのかもしれません」

 一人だけ低音のイケボだったオスカー殿下の声に精霊たちが面白がったのでは、と言えない寄宿舎生がしれっとした顔で、高貴な魔力がおありだったのでしょう、と主観をすり替えた。

 貴族社会を渡り歩くためには面の皮が厚くないと生きのこれないな。

 殿下の取り巻きたちが、精霊たちが殿下のすばらしさを認めたのです、ともてはやした。

「いや、声に魔力は乗せていない。むしろガンガイル王国の君が発言してから、精霊たちが出現したように見えたぞ」

 オスカー殿下はウィルを真っすぐ見て言った。

「そうでしたか。ぼくは緊張していたので精霊たちに気付くのが遅かったようです。ガンガイル王国では精霊たちは例年と違う楽しそうなところに出現する傾向がありますから、三人続けて歌うように挨拶したことに精霊たちが興に乗ったのかもしれませんね」 

 ウィルの発言に殿下の取り巻きたちが、オスカー殿下は美声でいらっしゃるから精霊たちに注目された、と殿下をよいしょした。

 そんな取り巻きたちの言葉は気にかけず、殿下はおもむろに立ち上がり、ぼくたちの方に歩み寄った。

「自己紹介が遅くなった。私は第十二皇子オスカーと呼ばれているが、魔法学校では第十二皇子と殿下という称号を抜きにして、ガンガイル王国留学生のみなさんには友人になってほしい」

 右手を差し出したオスカー殿下を無碍にもできずウィルも右手を差し出した。

「ぼくはガンガイル王国のラウンドール公爵家の三男のウィリアムと言います。魔法学校では、といいますか、ガンガイル王国寮では出自の差なく、ともに勉学に励むという風習でして、ぼくたちの中に平民出身者もいますが対等に接しております。殿下がお気になさらないと言ってくださるのでしたら、親しくしていただけましたら幸いです。ですが、さすがに殿下と呼ばせていただかないと、ぼくたちの立場が危うくなります」

 ウィルの言葉にオスカー殿下は、そうか、と残念そうに眉を寄せた。

 殿下の取り巻きたちは当たり前だ、とふんぞり返っていると、ウィルが爆弾発言をした。

「ガンガイル王国では皇帝陛下が一皇子であられたころ第一夫人として王女様が輿入れされております。王女様は御子様に恵まれず、ご即位後、第三夫人になられたところまではガンガイル王国国民にも知らされておりますが、王宮では王女様との連絡が途絶えている状態だと伺っております。現在の王女様の状況もわからない状態で、オスカー殿下に肩入れしているかのような立場になることは、王女様に反意ありとという印象を与えかねないので、ぼくたちには難しいのです」

 御子に恵まれなかった妃殿下の格が下がるのは理解できるが、本来第一夫人であったはずの妃殿下の格を落とした妃の息子と親しくすると国から非難の声が上がる状況をオスカー殿下も取り巻きたちもまったく気にしていなかったようで、ウィルの発言に顎を引いた。

「申し訳ない。私の母は第六夫人なうえ、第三夫人は離宮から出ることもないので、お会いしたこともない。第三夫人は健康上の理由で公式行事に姿を現さなくなっているのは、私が生まれる前からなので本当に何も存じ上げていない」

「はい。殿下がご存じないだろうことは理解しておりました。ぼくたちガンガイル王国留学生たちのほとんどが中級魔法学校卒業相当と認められておりますから、本日の専攻選択のガイダンスが終われば上級魔法学校の校舎に行きますので、接点も少なくなるかと思われます」

 もう関わることはない、とオスカー殿下に伝えたウィルの言葉に、卒業相当まで行かなかった数人の寮生がフルフルと首を横に振り、教室の生徒たちは、マジかこいつら、といった遠い目をした。

 ケニーがウィルの制服の裾を引っ張った。

「言い過ぎました。ごめんなさい。中級課程を全く履修していない生徒が真後ろにいました。彼はガンガイル王国ラウンドール公爵領出身で、初級魔法学校は地元の学校に通っていたから飛び級があまりない校風だったため、王都の魔法学校生徒とは履修歴が異なっていました」

 ケニーがウィルの後ろでぺこりと頭を下げた。

「よかった!と言ったら失礼かもしれませんが、せっかく仲の良くなったガンガイル王国の留学生のみなさんが中級魔法学校にいないのでしたら、何としても急いで必修科目の合格を勝ち取って上級魔法学校に行けるようにと、私猛勉強をしておりました。ケニー君。一緒に頑張りましょう!」

 ボッチにならなくて良かったと涙目のマリアの発言に、今学期で中級魔法学校の課程を全て終わらせようとしている決意を察したクラスにいた生徒全員がドン引きした。

「……できればその勉強会に私も交ぜてほしい」

 空気を読まないオスカー殿下の発言に、でででで殿下!と取り巻きたちが更にドン引きし、ケニーが小さくため息をついた。

 ガイダンスの説明をする教員が誰も来ないので、オスカー殿下を止める人物が誰もいない。

「キリシア公国マリア姫は入学式で名前を呼ばれる順序も早かった。きっと優秀なのでしょう。私が足手まといになるのは理解しているが、どうしても、今私は奮起しなければいけないという焦燥感が込み上げてくるのを止められないのだ」

 こんな状況になってしまったのは、オスカー殿下を気に入っている精霊たちが唆しているのは間違いないだろう。

 オスカー殿下に面倒事を擦り付けて、上級魔法学校に遁走しようと企んでいたのに、殿下が縋り付いてくる!

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