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中級魔法学校入学式

 入学式当日は在校生と登校時間がずれたため、馬車で登校することになった。

 アリスの馬車だけで全員乗れるのだが、男女別の馬車で魔法学校へ向かった。

 魔法学校の敷地内は平民街との境目に初級魔法学校の校舎と帝国軍付属学校の校舎があり、その奥に中級魔法学校の校舎があった。

 奥の貴族街に近づくにつれて上級学校と付属研究所となっており、平民の生徒が少ないエリアになっていた。

 ぼくたちの入学式の会場は中級魔法学校校舎の講堂だった。

 会場には在校生代表と内部進学生の関係者と思しき着飾った大人が数人いた。豪華な椅子が五席分空いているのが来賓席だろう。

 ぼくたちは案内される席に向かうと顔なじみの寄宿舎生が目で挨拶をした。

 すでに友人がいるのは心強い。

 ぼくたちに続いて新入生たちが続々と着席した。

 マリアの存在は確認したけれど、制服姿では貴人の見分けがつかず第十二皇子の存在は確認できなかった。

 本人の人柄が確認できるまで何とも言えないが、本人の実力以上に忖度されて持ち上げられている現状が気の毒でならない。

 来賓の入場が済むと入学式が始まった。

 王都の初級魔法学校の入学式とあまり変わらない進行だったが、来賓挨拶が五人も続いたのは寄宿舎生が言っていたように宮廷の派閥争いの影響があるようで五人は、公爵代理の挨拶だった。

 寄宿舎生の情報によると、帝国は大きく五つの派閥に別れているらしい。

 いや、ハルトおじさんの情報によると五つの派閥に別れているかのように見えるのは皇太子候補指名されている皇子が五人もいるからであって、実際の派閥はもっと細かくて複雑だ。

 現皇帝は前皇帝の御代の皇太子を排して皇帝になったため、自身が退位する時にふさわしい皇子に継がせるためにあえて立太子させることなく、有望な皇子を皇太子候補に留めているのだ。

 ぶっちゃけ、頑張れば第十二皇子にもチャンスがないわけではないのだ。

 入学前の帝都で目立ち過ぎたぼくたちは、中央教会を隠れ蓑にしてやりたい放題やった自覚はある。

 帝都の魔法学校で自由に研究するためには帝国の貴族の派閥が邪魔だ。

 そんなぼくたちは入学前に好き勝手やりながらも、このまま自由に魔法学校生活を送るためにスタートダッシュをどうすればいいかの作戦会議を済ませていた。

 入学式に精霊たちを出現させて、第十二皇子は精霊たちに愛されている、と錯覚させるのだ。

 魔法学校での隠れ蓑は同級生の皇子殿下にさせてもらうのだ。

 兄貴やシロの見立てでは入学式に精霊たちが姿を現すかどうかは五分五分らしい。

 魔法学校の敷地内は魔法を学ぶ場にふさわしく精霊たちが多くいる。

 古参の精霊もいれば、精霊に愛された子どもたちが本人には自覚はなくても外国や地方から精霊たちを連れてきている。

 そう言った精霊たちは古参の精霊たちを刺激しないようにコッソリとしているはずなのに、今年はデイジーが妖精を連れているし、兄貴は精霊魔法を使うくせに得体の知れない存在だし、ぼくに至っては中級精霊を(しもべ)にしている。

 マリアも相当数の精霊たちを連れてきているようで、入場の時点で古参の精霊たちが色めきだっているようだ。

 精霊たちこそ出現しなかったが干渉してきたことが過去にはあったようだ。

 ジェイ叔父さんやハロハロやアルベルト殿下とカテリーナ妃たちが入学した年には、古参の精霊たちが警戒して、人間たちには見えない範囲で一触即発の状態だったようだ。

 紅蓮魔法の使い手と言われたカテリーナ妃は、入学式の入場の際にアルベルト殿下と肩がぶつかっただけで、紅蓮の炎を吐き出す飛竜を染み出す魔力で頭上に(かたど)ってしまったことで、入学式が中止になったらしい。

 シロ曰く、帝国留学する頃には一時の感情で炎を出すことがなくなっていたカテリーナ妃だったが、帝国魔法学校の古参の精霊たちに睨みを利かされたカテリーナ妃を愛でる妖精が怒り沸騰中だったところに、左右の席に別れて着席するために列になって入場した際、隣だった水属性の精霊たちを多く引きつれたアルベルト殿下を愛でる精霊たちが、カテリーナ妃の方に幅寄せしたことに大激怒した妖精がカテリーナ妃の魔力を勝手に使って飛竜を再現したとのことだった。

 今年の入学式で精霊たちが出現するなら、そんな椿事を越える出来事がないと現れないだろう、というのが兄貴とシロの見通しだった。

 キュアに炎でも噴出させたいところだが、貴賓たちもいるこの会場は荷物検査が厳しくて魔獣たちは控室で待機している。

 そもそも派手なことをしたら入学式が中止になる。

 ぼくとみぃちゃんのスライムたちは米粒サイズに分裂し、ぼくの髪の毛の中に潜り込んで気配を消しているから、入場口の検査ゲートではぼくの魔力と同一視され、まんまと会場に侵入することができた。

 隠密行動に手慣れているぼくのスライムなら己の気配を消せるけれど、他のスライムたちと仲良くお留守番をしているアリバイを作ったのだ。

 長々と続く来賓の挨拶は諜報活動をするスライムたちにとって好都合だった。

 この後の新入生挨拶は新入生全員が分担することになっている。

 その緊張感で吐きそうになっている新入生たちに、隠密スライムたちが働きかける時間が確保できた。

 最後の来賓者の挨拶が終わるといよいよぼくたちの番だ。

 新入生の挨拶のアナウンスが入ると、今年度の新入生の名簿が家名を省略して綴り順に読み上げられた。

 前年との違いに会場内にどよめきが起こった。

 “……本来の魔法学校では家柄を気にせず魔法を学ぶ場なんだ。古来の方法を復活させただけだ”

 ざわつく場内をせせら笑うかのような口調で魔本が嘴を挟んだ。

 呼びかけの一番手はガンガイル王国寮なので、寮生たちはがちがちに緊張している。

『……以上351名による挨拶です。ガンガイル王国よりカイル、ジョシュア、ウィリアム以下十二名』

 名前を呼ばれたぼくたちは、はいと元気よく返事をして起立した。

「吹く風に秋を感じる麦の播種(はしゅ)に適したこの時期に」

「世界の叡智の集まるこの帝国魔法学校に幼き我らが集うのは」

「神々より賜いしこの魔力を世界の秩序に則って」

「正しく使う技を学び」

「黄金に輝く麦の穂になるべく」

「魔法学を極めるために参りました」

「……」

「……」

 ぼくたちは名前を呼ばれた順番に群読のように挨拶文を読み上げた。

 卒業式の呼びかけのように一人ずつ立ってやりたかったのだが、練習の段階で寮長に落ち着きがない、とツッコミが入って全員で起立して群読することにした。

 精霊たちの遊び心を擽るために思いついたのは、リズムをつけてラップバトルのように群読しようとしたら、リズムに気を取られて何を言っているかわからない、とジェイ叔父さんに苦言を呈された。

 仕方がないから詩吟のような独特の節回しをつけて、群読することにしたのだ。

 先陣を切るぼくが高らかに『あきのかぜをーぉおおおぉ、かんじるーぅうううう』と恥ずかしげもなく吟じると、続く兄貴も『せかいのえいちのーぉおおおお』とノリノリで吟じた。

 ウィルが『かみがみよりたまいしーぃいいい……』と声を張り上げて両手を斜め下に広げると、節の切れ目に、足元から精霊たちがキラキラと光り広がった。

 そこから先は寮生たちがノリノリになって後に続くと、ぼくたちの思う壺になった。

 精霊たちは次に発言する生徒の足元に集まり、お前もやるんだよな?と圧をかけるように激しく点滅した。

 ぼくたちの詩吟風の群読挨拶が終わって着席すると、次の集団がアナウンスされた。

 南方戦線の成果が上がらないことをあげつらって勢力を拡大している派閥の最大領地からの新入生たちだった。

 ぼくたちの芝居がかった挨拶のせいなのか、精霊たちがお前たちの番だな、とでもいうかのように集まったせいなのか、度肝を抜かれて頭が真っ白になってしまったようで、生徒たちはアナウンスに即座に反応することができず、少し遅れてバラバラに返答をした。

 リーダー格の少年が一睨みを利かせると、ハッとしたように背筋が伸び、一同揃って起立した。

「ていとにつどいしわれらーぁああああ……」

 リーダー格の少年が口を開いて出た言葉は、ぼくたちと同じように独特な節回しになっていた。

 少年は自分の発言に顔を赤らめたが、少年に続く同胞たちも独特の節回しになっていた。

 これは兄貴の精霊魔法で発語を調整したのではなく、長い来賓挨拶の間に自分の挨拶文を繰り返し頭に思い浮かべていた生徒たちに、隠密スライムたちがいたずらを仕掛けたからだ。

 脳内に繰り返す自分の一言に、スライムたちが輪唱のように節回しをつけて精霊言語で送りつけたのだ。

 頭の中になんとなく残っている節回しを、ぼくたちが高らかに歌い上げたことで自分の一言にも節回しがあったなと思いだし、足元で煌めく精霊たちを見たら口を開けば節回しをつけて吟じるように言ってしまったようだ。

 いくら来賓の挨拶が長いといっても、新入生全員に隠密スライムたちがいたずらを仕掛けることができないので、集団の中で影響力のありそうな生徒を中心に洗脳?していったのだ。

 このノリが続く中では下手くそでも節回しをつけなければいけない雰囲気にのまれてしまい、後に続く他国の留学生までなんちゃって詩吟を披露した。

 精霊たちは内心パニックを起こしている生徒たちの状況を楽しんでいるかのように、アナウンスされる前の、次の次の集団にまで足元でスポットライトを作っている。

 会場内は例年と違う入学式の進行に、精霊たちの出現を魔術具による演出だと思っているのか、集団挨拶が終わり着席するたびに拍手が起こるようになった。

 本物の精霊たちを前にしても魔術具による演出だと考えるなんて、中央広場に精霊たちが溢れるほど現れたのに貴族階級の人々は噂を耳にしていても、案外本物をまだ見ていないようだ。

 場内アナウンスは帝都出身者の成績上位者の名前を読み上げたが、第十二皇子の名前はなかった。

 会場がざわついた。

 もしかしたら体調不良ということで欠席させられたのかな?とぼくたちに突きつけられた理不尽な要求を思い出して、皇子が欠席すれば序列を無視できる、と学校長が考えたのではと穿った見方をしてしまった。

 帝都出身者は人数が多いので集団で起立すると音が大きかった。

 生徒たちの足元で光る精霊たちは増えていないから、人数が増えた分だけ拡散した精霊たちは一見数が少なくなったかのように見えた。

 精一杯頑張ります、といった内容の詩吟風挨拶が続く中、一人の生徒が口を開くと十歳の少年とは思えない低音の美声に、精霊たちが集まりその生徒を取り囲んで光の筒のように輝いた。

 オスカー殿下。

 会場内に囁きが起こった。

 あの生徒が第十二皇子か……。

 欠席していたのではなく、成績上位者に名前がなかっただけだったのか。

 光り過ぎているスポットライトの中の淡い栗色の髪の少年は、美形ではあるがあまり特徴のない顔だった。

 後ろを向いているぼくに皇子の容姿がわかったのは、ぼくのスライムが精霊言語で伝えてくれたからだ。

 特徴がないという感想は、上級精霊を美の基準に置いているぼくのスライムの意見で、一般的にはハンサムな顔立ちだった。

 それよりぼくが気になったのは、この身長で声変わりしてしまったら、この先の成長に影響があるだろうなということだった。

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