感動のオムライス
大司祭の宣言を受けてぼくのスライムは巨大オムライスの真上に停滞飛行をした。
小さい子でも地上に下りられるように精霊言語でエレベーターのイメージをぼくのスライムに伝えると、即座に理解したぼくのスライムは二基のエレベーターを外側に増設した。
その姿は魔法の絨毯というより、もはや空飛ぶドーム型の球場のようだ。
ドームの中では配膳係になる予定だったガンガイル王国寮生が年少者の食事介助をしようとした年長者に代わってお世話しようと付き添っている。
兄貴がぼくのスライムから精霊言語でエレベーターの使い方を教わったので、年少者と一緒に乗った介助者の寮生に上向き三角が上昇で、下向き三角が下降ボタンだと教えているかのように動くのが下からでも見えた。
地上では孤児院の食堂の関係者が、小さい子はこのくらいで十分だ、と言ったが、教会関係者が気持ち多めによそう姿が見れた。
大司祭が教会内の施設を呪文で操作できるようになってからカリスマ性が増したのか、大司祭の宣言に忠実に応えて以前より孤児たちの境遇をより良くしようとしているようだ。
その行動自体が今まで孤児への待遇が悪かったことを認めているようなものなのに、そこに気付いていないことが少しばかりもどかしかった。
まあ、一朝一夕ではどうこうできる問題ではない。
最初にエレベーターで降りてきた幼児と付き添いの寮生に孤児院長が和やかに声をかけ、取り分けられたオムライスを受け取るように促すと、幼児は大人がたくさんいる状況に緊張した面持ちでオムライスが盛り付けられた小皿を受け取った。
「ありがとうございます。……うわぁ。かみさまのたべものだ」
小さく呟いた幼児の可愛らしさに大司祭が満面の笑みを浮かべて声をかけた。
「そうだよ。これは君たちが健やかに育つことを願って神々が所望された食べ物だよ。神々に感謝していただきなさい」
「はい!」
元気よく返事をした幼児が素直に祭壇に向かうので、付き添いの寮生が追いかけた。
祭壇にオムライスを載せて魔力奉納をするには幼すぎるのでどうしようか、と首を傾げた幼児に付き添いの寮生が代わって魔力奉納をすると、幼児は寮生の後ろで両手を握りしめてお祈りした。
可愛らしい仕草に教会関係者たちは笑顔になった。
寮生はオムライスソースを配膳するために待っている食堂のおばちゃんのところまで幼児を案内し、ソースの種類を説明した。
「小さい子にはホワイトソースがお勧めだよ」
「こっちのデミグラスソースもコクがあって美味しいよ」
「ミートソースの方が子どもむきだよ」
「チリソースとカレーソースは辛いから、あなたにはまた早いわね」
「エビ味噌ソースは……エビは食べたことがあるかい?」
たくさんのおばちゃんに次々と声をかけられて、おろおろする幼児が、えび?と、エビを知らないように首を傾げた。
「知らない食材は今日はやめておこうか」
おばちゃんが提案すると、コクンと幼児は頷いた。
「たくさんあって選べないよね。じゃあ、兄ちゃんのお勧めは、ホワイトソースを片側にミートソースをその反対側にかけてもらうことだよ。二つの味が楽しめて、雑ぜると三つの味が楽しめるよ」
幼児は輝く笑顔で頷くと、それでおねがいします、とおばちゃんにオムライスの皿を渡した。
後に続く幼児たちもオムライスを受け取ると祭壇に向かうようになった。
祭壇ではいつの間にか教会職員たちが幼児たちの代わりに魔力奉納をしている。
教会職員が神に祈るのは当たり前の行為だが、平民の孤児のために魔力を使うなんて、今朝の段階では誰も考えていなかっただろう。
教会職員の行動を庭師が驚いた表情をして見ている。
オムライス祭りをして良かったな、としみじみとしていると、小さい子たちを引きつれたデイジーがスライムエレベーターから降りてきた。
小さい子たちを引率すればオムライスをもらう列に早く並べると企んだようだ。
小さい子たちと一緒に並んでしまったから小さなお皿に配膳されたオムライスを見て、デイジーはがっかりしている。
魔力奉納を終えたデイジーがソースを選びに行くと、小皿のオムライスとデイジーを見比べた食堂のおばちゃんたちが堪えきれずに噴き出した。
「おかわりにきて、端から順に味見したらいいですよ」
おばちゃんの提案にデイジーだけじゃなく周りの子どもたちも喜んだ。
「ほら、ごらん。飛竜たちが次の大きなオムライスを焼く支度をしているよ」
「たくさんお食べなさい」
おばちゃんたちが子どもたちに優しく話しかけると、日頃の食事が足りていなかった子どもたちの目には涙が浮かんでいた。
「早くお空のおうちに戻って、食べましょう!」
感激している子どもたちをデイジーがせかしたので、子どもたちは小走りでスライムのエレベーターに乗り込んでいった。
上ではきっと寮生たちがデイジーは何回おかわりするかを賭けているに違いない。
ぼくはたくさんオムライスを作るためにキュアたちの手伝いに行った。
二個目の巨大オムレツのフライパンをトントンとする魔法をかける役目を買って出たぼくは、出来上がったオムレツがフライパンから滑るように飛び上がりチキンライスの上にふんわりと乗っかるイメージで魔法の杖を振った。
ぼくのイメージを察知したぼくのスライムはドーム型の空飛ぶおうちを上昇させた。
フライパンからするんと飛んだオムレツに、子どもたちが大喜びで半透明なスライムの床に手をついて喜んで見入っている様子をスライムが伝えてきた。
放物線を描いて落ちるオムレツは、チキンライスの真上に来ると重力に逆らって落下速度を下げてふわりと着地した。
拍手と歓声が上がるなか、今度はもったいぶらずにキュアがスパッとオムレツの真ん中を切ってオムライスを仕上げた。
大歓声を受けたぼくと上空のキュアと飛竜に変形したみぃちゃんのスライムが優雅に一礼した。
「次は俺が焼くからカイルはオムライスを食べにいくといいぞ」
ベンさんはそう言ってポケットに手を突っ込んで魔法陣を確認した。
“……なにかあったらわたしが補助するよ”
上空からキュアが任せておけと、小さな手を振った。
頷いたぼくはオムライスの配膳を待つ列に並んだところに、上級魔法学校生と思しき背の高さの寄宿舎生に声をかけられた。
「見事な魔法を見せてもらったよ。魔法陣はさっき出現させた杖に仕込んであるのかい?」
「初級の寄宿舎生に癒しをかけた時にも使っていたそうだね」
寄宿舎の応接室に呼び出されていたのは初級魔法学校生だけだったから、初めて魔法の杖を見た上級生たちが興味津々に尋ねた。
「卒業制作に作った魔法陣を仕込んだ魔術具の杖です」
あれが初級魔法学校の卒業制作なのか!と驚かれたので、飛び級したから中級魔法学校の卒業制作も兼ねている、と言いなおした。
「えっ!じゃあ、入学式は中級魔法学校でしても、授業は上級魔法学校に出席できるんだね」
「そうなりますのでよろしくお願いします」
ぼくが挨拶をすると凄い新入生だ、と騒がしくなった。
オムライスに近づくと静かにする分別があったが、受け取るとあの魔法の絨毯は何だとか、飛竜を使役しているのかなどの質問が矢継ぎ早に飛んだ。
スライムが変身していることは、その色からいずれバレるだろうが、当面の間は寮外では秘密にしておくので非公開の魔術具として話すことにした。
魔法の絨毯はまだ欠点の多い試作品で販売するつもりも魔法特許を取るつもりもないこと、飛竜は訳ありで預かっていることを祭壇の手前で早口になって説明した。
静かになった祭壇にオムライスを置いて魔力奉納をすると、ぼくを困らせるな、とでもいうかのように祭壇上のオムライスに精霊たちか数体現れてほんのりと光って消えた。
魔力奉納を終えた上級生たちは、自分たちのオムライスに精霊たちがいたことに興奮してしまい、ぼくに質問したことをすっかり忘れて大喜びしていた。
ソースの種類の多さに戸惑ったり、ケチャップでオムライスに絵を描き始めたぼくに驚いたりと再び大騒ぎした上級生たちとスライムエレベーターに乗り込んだ。
ぼくたちがワイワイやりながらドーム型のスライムのおうちに戻ると、冷ややかな笑みを浮かべたウィルと視線が合った。
一人で、いやキュアにしがみついて地上に降りてしまったことを怒っているのだろう。
話題を変えた方がいいと判断し、デイジーがおかわりした回数を聞こうとしたら、ウィルが先に口を開いた。
「二回だよ」
意外と少ない。
デイジーなら年少者、初級、中級、上級魔法学校生の列に交ざっておかわりするだろうと踏んでいたのだ。
キョロキョロと見まわしていると、子どもたちの大きさに合わせたイスとテーブルをスライムが変形して用意してあり、食事を終えた小さい子たちがいるところには小さな滑り台やブランコがあり、幼児たちが楽しそうに遊んでいる。
ゆっくり食べている小さい子の中にデイジーはおらず、初級魔法学校が集まっているところにもいなかった。
頭にスライムを乗せたボリスのいるガンガイル王国寮生たちの集団には、覗き込むような人だかりができている。
「寮長が気を利かせて二個目のオムライスが出来上がると、大皿を空けるという名目で残っていたオムライスをバットに移してデイジーに差し入れしたんだ」
確かに何度も列に並ばれるくらいなら、山盛りのオムライスを提供して大人しく座っていてもらった方が良い。
ぼくたちが人だかりに近づくと、海を割るかのように初級、中級魔法学校生がパッと身を引いた。
ぼくが偉そうにしたからではなく、後ろに上級生を連れているから寄宿舎生が反射的に動いただけだ。
ボリスたちのテーブルにはマリアとデイジーがおり、デイジーはすでに三個のバットを空にして積み上げていた。
山盛りのオムライスが入ったバットがまだ二個残っているのを嬉しそうにチラ見したデイジーは目の前のバットに直接スプーンを突っ込んでチリソースのオムライスを頬張っていた。
「と、東方連合国の姫君なんだよな」
上級生の呟きにぼくは無言で頷いた。




