シロの嫉妬
「つまり、ジョシュアがいつもぼくの横にいて魔法を連発したら、魔力枯渇をぼくの体が警戒して大食漢になり、成長に必要な魔力が常に足りなくなるから背が伸びない可能性があるんだね?」
「そうです。ご主人さま」
ジェイ叔父さんがぼくとシロのやり取りを胡散臭そうに見ている。
「可能性があるだけで、必ずしもそうじゃない。だから、口うるさいカイルの魔獣たちを亜空間に連れてこなかったんだろう?」
ジェイ叔父さんの言葉に、録画に徹して喋らないみぃちゃんのスライムが頭から小さな拳を振り上げて、そうだそうだと賛同した。
「ああ、これが精霊は嘘をつかないけれど情報の出し惜しみをして自分の都合いい方に誘導する手腕なんだね」
ウィルが愉快そうにケタケタと笑った。
いつも慎重に行動していたシロにしてはやけに焦っているようで、何かおかしい。
「精霊たちの見える未来は静止画の欠片なんろう?そうだよな。このメンバーで亜空間に召喚して成功した未来が見えたから、それに賭けたんだろうけれど、残念だな。シロの所作が全てを台無しにしているぞ」
ジェイ叔父さんがじっとシロを見つめながら言うと、あからさまにシロがぎくっと首を竦めた。
「カイルの崇拝者のウィルに、将来カイルがデブにチビになる、と言えば、ジョシュアをカイルから遠ざけようとするだろうし、カイルのスライムやみぃちゃんとキュアを亜空間に招待しなければ、みぃちゃんのスライムが仲間のために必死になって記録を取ろうとするから口を出さない。ここまでは成功している。俺は女性が苦手だから色気を強調したら俺がシロに距離を置こうとする、という台本が成功しなかったのは、シロがポンコツだからだよ」
身も蓋もない言い方をされたシロはじっとりと恨みがましそうにジェイ叔父さんを見上げた。
「ほら、その視線だよ。気に入らないことがあった時にそうやって上目遣いで見上げるのは、VR魔術具の使用を禁じられた時のアリサにそっくりだ。怒った時に腰に手を当てる仕草はジーンちゃんそっくりで、大きな胸を腕に乗せて一息つくのは母さんがよくやる仕草なんだ。そこまで似ていたら、拒否感が湧きにくいから案外簡単に克服できた」
座り込んでいたシロがジェイ叔父さんの顔の近くまで飛んでも、手を差し出して掌に乗せようとするくらい抵抗感がないようだ。
「アハハハハ、デブでチビな大人のカイルなんて想像もできないよ。シロに頼り過ぎるカイルが想像できないくらいに、ジョシュア頼りきりのカイルなんて想像できない。そうなるかもしれない未来のカイルにそんな状態があるのなら、その原因を突き止めたほうがいいよ」
畳みかけられるようにウィルにまで言われたシロは、ジェイ叔父さんの掌の上でごろんと横になった。
……シロは何か隠している。
「ジョシュアがぼくの魔力を気せず魔法を行使する状況が想像できないよ。幼少期にぼくがうっかり魔力を使い過ぎた原因になったシロならわかっているはずじゃないか」
ぼくはジェイ叔父さんの掌の上でふて寝しているシロの頭を優しく撫でた。
言われて見たら、この駄々の捏ね方はアリサに似ている。
つまり、それはぼくが弱いやつだ。
母さんとお婆が言っていた。
幼女の泣き落としに屈するな!
だから、負けるわけにはいかないのだ。
「ジョシュアが邪神の欠片の影響力を削ぐことができるなら、それに越したことはないじゃないか。兄貴の暴走を理由に欠席裁判にかけようとしていたのは、どうしてなんだい?」
後半の言葉をジェイ叔父さんの掌の上でべそをかいているシロの耳もとに顔を寄せて囁いた。
「……ご主人様はできることが増えると、無茶をなさるから色々と失敗してしまう未来があるのです。最悪の場合、来年ケインが留学に来る頃、帝国で内戦が勃発します。ご主人様たちはケインを守るために魔法を濫発する必要があり……」
「シロ、きちんと座りなさい。それはカイルの質問に答えていないよ」
ジェイ叔父さんがきつい口調でシロに指摘した。
上目遣いに困ったように眉を寄せてジェイ叔父さんを見つめるシロは、衝撃的な発言をして誤魔化そうとしたことがバレて困惑しているようだ。
「邪神の欠片の瘴気が払えるジョシュアが活躍すると……ご主人さまが危険にさらされてしまうのです!」
「いま思いついたように言うんだな」
「邪神の欠片が関係していることがハッキリすれば辺境伯領主ご自身が乗り出してきそうだよね」
「……そんな、未来もないわけではないです……」
ジェイ叔父さんとウィルの追及にシロはしどろもどろになった。
「シロ。シロはイシマールさんに教育されて自分を抑えて控えめに行動することを学んだじゃないか。そんなシロが我を通そうとするのは理由があるからだろう?説明してくれたら、ぼくたちだって歩み寄れるところは譲歩するよ」
「カイル様はシロに甘いです!」
シロに優しく声をかけると、我慢しきれなくなった撮影中のみぃちゃんのスライムが声を出した。
「邪神の欠片が関係してくると……あの方が介入される確率が上がります」
「あの方?……もしかして、上級精霊様♡」
もう撮影そっちのけで、みぃちゃんのスライムはない目をハートにさせている。
お前も上級精霊のファンだったのか。
「シロが上級精霊を畏れているのは誕生の逸話を見せてもらったから理解できるけれど、上級精霊はたびたびカイルを手助けしてくれているから、今さらのように感じるんだ」
ジェイ叔父さんの指摘にシロは顎を引いた。
「次にジョシュアが瘴気の残滓を払うと、上級精霊様が邪神の欠片を探しに地上に降り立たれる可能性があるのです……」
「「「地上に降り立たれる?」」」
シロが何を言っているのかわからず、ぼくたちの声が揃った。
「……あの方の行動を私が予測するのは難しく、魔法学校の職員として人間に紛れ込むのか、教会関係者に紛れ込んで邪神の欠片を所有しているかもしれない組織に接触なさるのか、欲望渦巻く宮廷に入り込むのか、太陽柱には無数の映像があり、私にはどうすることもできません」
「……上級精霊様に毎日お会いできるなんて♡」
みぃちゃんのスライムが感動に打ち震えているのに、ジェイ叔父さんの掌の上で座り込んだシロにはただただ恐ろしい存在なのだろう。
「滅多にない良いことのような気がするけれど、何が駄目なんだい?」
今さらミジンコの栄養素にされるわけでもないだろうに警戒しすぎるシロにズバリ聞いた。
「……悪いことなんてありません。怖いだけです」
「シロ。カイルの顔を見てしっかり言いなさい」
ジェイ叔父さんに諭されてシロはぼくをじっと見た。
「……ご主人さまが一番の信頼する精霊が上級精霊様になってしまうのが怖いからです」
ぼくたちは拍子抜けした阿呆面になった。
「大騒ぎしてぼくたちを亜空間に呼んだ理由がそれなのか……」
「来年には帝国で内戦が起こり、ケインを助けに行くなんて脅しておいてこれかぁ」
ジェイ叔父さんとウィルが額に手を当てると、ウィルの砂鼠も、キーキー鳴いた。
大山鳴動して鼠一匹とはこのことなのか。
「シロ。安心しろ。シロはよくやっているけれど、最初から圧倒的にぼくは上級精霊の方を信頼しているよ」
ガックリと項垂れるシロに追い打ちをかけることを頼んだ。
「ジョシュアと魔獣たちも亜空間に呼んでくれるかな?西門での様子を詳しく知りたいんだ」
「わかりました……ご主人さま」
シロの返答が終わるころには、置いていかれると気付いた魔獣たちが茫然とした顔のまま兄貴と一緒に真っ白な亜空間にいた。
「あんた、小細工しようとしたわね!」
ぼくのスライムがみぃちゃんのスライムから情報を受け取る前に喧嘩の口火を切った。
「まあまあ、落ち着いてよ。シロの小細工は失敗したから、あんまり怒らないでやってほしいんだ」
みぃちゃんのスライムが撮影した情報を十倍速で上映すると、ぼくのスライムもみぃちゃんとキュアも、排除されようとした兄貴でさえも怒りを通り越して、ただ呆れるばかりだった。
「上級精霊が干渉すると帝国で内戦なんか起こらなくなるんだろう?そっちの方が良いじゃないか」
兄貴の一言にぼくたちは頷いた。
南門付近のスラム街で保護された男子たちを馬車に乗せた寮長が西門に着くと、門番たちにはすぐに話が通った。
教会で収穫祭をするために食材を集めていたことを知っていた門番が、お祭りの前日に孤児院の子どもたちが移送されるなんて怪しい、と踏んで、日没が近いことを理由に門の中に留め置いていたらしい。
移送される孤児たちも通常の養子縁組ではなさそうだと気付いた一人が下剤に使う雑草を食べることを提案し、夜中に皆で嘔吐し、夜明けとともに出発するのを阻止していたようだ。
話が通じた門番が寮長を孤児たちが泊った部屋に案内されるときには、部屋までの扉が全て開き、子どもたちを輸送していた男の魔力を使って、ぼくのスライムの分身と兄貴が子どもたちに癒しをかけた。
子どもたちを連れ去った男から瘴気の気配が消えた時に、唐突に未来が見えたシロが慌てて行動したのがこの騒動の顛末だった。
「シロはまだまだ阿呆の子だったのね」
「上級精霊様の行動を邪魔しようとするなんて、今からミジンコの栄養素にされたらいいのよ」
「勝てない相手に、思い付きで勝負に出ようとするなんて中級精霊は妖精と大差ないんだね」
みぃちゃんもぼくのスライムも容赦ないが、キュアはもっと的確にシロに口撃した。
「ぼくとしては、シロにもできないことができると証明されて、かなり嬉しいよ」
寮長の大活躍の蔭の立役者のスライムのさらに蔭にいた兄貴が満面の笑みで言うと、シロは悔しそうに奥歯を噛みしめた。
それは勝負に負けた時のクロイがよくやる表情だった。




