疑惑の寄宿舎
祭壇で祝福を受けたウィルのスライムの早業によって鍵が開けられた扉をまるで、鍵などかかっていなかったように見せたウィルの演技力も凄い。
ぼくたちの目につかないように隠されていたのか、それとも常時鍵をかけられて隔離されていたのか……、使用感満載の六人部屋では感染症による隔離とは思えない。
「なんてこった。こんなに顔色が悪いのに病人だけで寝かされていたのか!」
寮長はずかずかと上がり込み、部屋の両側の三段ベッドの真ん中で青白い顔をしている二人の少年に近づいた。
「いけません。病気がうつります!」
「六人部屋から隔離していない時点で深刻な感染症じゃないのでしょう?カイル、ウィリアム君!癒しを頼めるかな」
ジェイ叔父さんが虚ろな目をした少年の一人の脈拍を測ったり、下瞼を下げて目の周りを観察したり、口を開けさせて中を確認しようと覗き込むと、ぼくのスライムが触手を羽に変化させて飛び、少年の口内を照らした。
栗色の巻き毛の少年の首筋には白斑の症状があり、職員はぼくとその少年を交互に見比べ、ぼくが生霊を見たのでは、と勝手に推測しているようだ。
この少年が生霊になって、助けてくれと、ぼくの足首を掴んだわけではない。
寝込んでいる少年たちの部屋の様子をシロが精霊言語で見せてくれていたので、小芝居に少年の容姿を言ってみただけだ。
「一気に癒しをかけずに、ゆっくり症状を見ながら、癒しの種類を変えてくれるかな」
ぼくはジェイ叔父さんが最初に観察した栗色の巻き毛の少年に炎症を癒す聖魔法をかけた。
ジェイ叔父さんはその間にもう一人の少年を観察した。
「あなたたちは医者でもないのに何をしているのですか!」
狭い六人部屋の真ん中で右往左往する職員は、パニックを起こしているのかヒステリックな声を上げた。
「具合の悪い子に癒しをかけることは事前に大司祭の許可は得ているよ。明日のオムライス祭りには全員が参加できるように、必要とあらば癒しだろうが回復薬だろうが何だって使うことを事前に知らされていなかったのか?」
寮長の言葉にしどろもどろになる職員は知らなかったのか、それとも組織側の人間なのかわからない。
寄宿舎内の観察は姿を消しているシロに任せて、ぼくは病原菌をやっつける魔法やがん細胞を死滅させる魔法など小技の回復魔法を次々と繰り出した。
ぼくのスライムは照明担当のふりをして撮影し続けている。
原因究明は寮に帰ってからする予定なので派手な聖魔法で一気に回復させるのではなく、個別の魔法で反応を見る作戦なのだ。
少しずつ顔色が良くなっていく少年にぼくも自然と笑みが出た。
背後ではウィルが同様に聖魔法を施している。
一通りの治癒魔法を試みた後で、ぼくは少年に声をかけた。
「物凄くまずい子ども用の回復薬があるんだ。費用はあのおじさんが出してくれるから気にしなくていいから、飲んでみる?すぐ元気になるよ」
癒しの魔法が効いて顔立ちがハッキリとした少年がぼくとあのおじさんと言われた寮長を見比べてこくんと頷いた。
「ありがとうございます。いただきます」
か細い声だったが、滑舌も良く飲みたいという意志がしっかりと伝わってきた。
ぼくは収納ポーチから回復薬を取り出して手渡すと、匂いがきつくなかったせいか少年は一気に口に含み白目をむきながらも吐きそうなのを堪えるように両手で口を覆うとベッドに倒れ込んだ。
毒を盛られたかのような反応を見せた少年に職員が駆け寄った。
教会内の人間は誰が組織の人間かなんてわからないので、少年を心配しているのか証拠隠滅に殺そうとしているのかわからない状況に、寮長とジェイ叔父さんが間に割って入った。
「恐ろしくマズいから悶絶しているだけで、毒ではありませんよ。というか、詳しくなりたくもなかったのに身の安全を図るために否応なく毒に詳しくなった私からすれば、この少年は長期間少量の毒にゆっくりと侵されていたように見受けられましたよ」
ジェイ叔父さんの毒という言葉に、ヒュッと職員の喉がなった。
演技なのか本当に知らないのか判断がつかないほど怯えた表情だ。
「少量の毒を長期間摂取した中毒症状に見えるが、寄宿舎生は全員同じ食事をとっているでしょう?」
ジェイ叔父さんの疑問に唇を真っ青にした職員が頷いた。
職員も含めて全員が同じ食事を取っているからこその怯えだろう。
「どれほど長期間毒を摂取しているのか、そっちの少年と似ていない双子でもない限り、寄宿舎に入ってからだろうと推測すると、食べ物ではない気がするんです」
食べ物が長期間汚染されていたのなら、初級から上級まで寄宿舎で暮らす貴族の子弟たちのほうが期間が長くより健康被害が出ているはずだ。
彼らが何ともなく、平民出身者だけに被害が及んでいることからも食事に毒は入っていなかったのだろう。
ジェイ叔父さんの言葉に寮長とウィルが頷いた。
「チャリティーなんて悠長なことは言っていられないな。とっととトイレと風呂の改装をするように大司祭に提言しておこう」
「経口摂取でないのなら、日用品からの被害を疑うべきです。一階の玄関脇のトイレと浴室は怪しいですね」
高位貴族の毒対策マニュアルでもあるのか、二人は平民だけが使う共通の場所としてトイレとお風呂場を上げた。
原因が食事ではなさそうな状況に唇の血色が戻った職員が深い息を吐いた。
「原因不明の体調不良を起こしている寄宿舎生たちは、確かに一階脇のトイレと風呂場を使用している寄宿舎生ばかりです」
名推理です、と感動している職員には申し訳ないが、ぼくたちはここに来る前からある程度推測していた。
神の元で平等に暮らしている寄宿舎生たちが、平民と貴族で区別されている場所があれば、そこに健康被害を及ぼす何か怪しいものがあるのではないか?という見解になっていた。
「水瓶だろうか、いや、浴槽も同じ素材でできていたような気がする。後で確認してもいいかな?」
汚染された場所を推測しつつも、ウィルが癒していた少年が恐る恐る回復薬を口にするのを固唾をのんで見守っていたのに、寮長は少年を気にすることなく職員に毒の調査に首を挟みたいと要求した。
「あの回復薬の大人用は飲んだことがある。味は酷いが効果は抜群だ。二人とも明日のオムライス祭りには元気になって参加できるぞ」
ベッドに突っ伏してまずさに震えている少年を心配げに見ていた職員は、寮長やぼくたちを見回して、全員服用したことがあるのですね、という合点がいった顔をした。
「とりあえず、階段横のトイレと風呂場は閉鎖します。こんなによくしていただいている皆さんを締め出すわけではありませんが、危険だと推測される場所にお客様を再び案内するわけにはいきません」
職員の主張はもっともだ。汚染されている可能性があるなら閉鎖して客人を入れるべきじゃない。
「具合の悪い子は男子だけじゃないんだろう?女子棟も左右対称の同じ作りならば、女の子にも健康被害が出ているんじゃないのか!」
「……そうです。臥せっている女子が数人……三人いることは職員の間で共有されています」
寮長の指摘に、寝込んでいるのは女子の方が一人多いことを職員は白状した。
「見学は後回しにして、今は女子棟への連絡を先にしましょう」
ジェイ叔父さんが職員に女子棟の様子を確認するように指摘すると、職員は頭をぐしゃぐしゃに掻きむしったあと、ここから勝手に動かないでください、と言いおいて女性職員を探しに行った。
「マリア姫は聖魔法の心得があり、デイジー姫に回復薬を渡してありますから、おそらく女子生徒たちはもう回復していますよ」
職員を見送ったぼくがそう言うと二人の少年はホッとしたように大きく息を吐いた。
「ありがとうございます。助かりました」
先に回復した栗色の巻き毛の少年がベッドから身を起こし笑顔でぼくたちに礼を言った。
すっかり回復した少年二人に詳しい事情を聞く時間ができた。
二人は帝都の別の地域に住んでいた少年で、洗礼式で鐘を鳴らし魔法学校に入学する資格を得た。
魔法学を学べる、というだけで少年たちは心浮き立ったが、二人の少年の両親は青ざめたらしい。
ばあちゃんの家で聞いた通り、よほど裕福な家庭じゃない限り魔法学校へ通わせるのは難しく、教会の寄宿舎に入ると成人前に亡くなることが多いという噂に、二人の少年の両親は寄宿舎に入れるつもりはなかったようだ。
「寄宿舎に入ることを了承しなければ市民カードが発行されなかったんだね。ああ、今聞いたことは本当に必要な時まで秘密にしておくよ。君たちから聞いたのがバレない状況にしてから告発する」
寮長は二人の少年が寄宿舎で居づらくならないように配慮して声をかけた。
寄宿舎に入ることが強制ではないといっても、市民カードが発行されなければ、普通学校に通うこともできなくなる。
二人の少年の未来を潰す脅しをし、有無を言わさず囲い込んだやり口に、ぼくたちは瞬間沸騰で怒りが湧いたが、みんな顔に出さずに穏やかに少年たちに接した。
教会職員がいない僅かな時間にできるだけ多くの情報を手に入れるためには、少年たちを萎縮させずにたくさん話せる状況を維持することに専念した。
寄宿舎での生活は食事もお勤めも勉強も貴族の子弟と全く同じで、そういう面では差別はなかったが、基礎の躾の差が大きく、廊下を歩くにせよ、椅子に座るといった日常の仕草の一つ一つに眉を顰められると、平民出身者たちはできるだけ気配を消して過ごすように細心の注意を払うようになった、と二人はため息をついた。
ここまでは飛竜の里の司祭の話と全く同じだ。
「奥の部屋に行くほど実家の身分が高い方の部屋になるので、階段横のトイレと風呂場以外を使用することはありません。日常の飲み水も浴室の水瓶に汲み置きしてあります」
「なるほど、水瓶は怪しいな。ここの部屋の残りの四人の体調はどうだい?」
ジェイ叔父さんが他の平民の寄宿生に話題を振ると、二人は首を横に振った。
調子が良くなくても寝込んでしまうと、平民出身者には貴族と同じお勤めはできない、と嘲られるのでみんな必死になって毎朝起きているらしい。
「三日続けて寝込んでしまうと、別室に移されて二度ともどってこないんです」
栗色の巻き毛の少年の瞳から涙がぽたぽたと溢れた。
声もなく涙を流す姿に、寄宿舎では泣きたくなっても声に出して泣けなかったのだろうと想像できた。
「ミゲルは二日続けて起き上がれなかったから、明日の朝も寝込むことになったら別室に連れて行かれるところだったんだ……」
オムライス祭りの当日に訪問していたらミゲル少年は隔離されて会えなかったに違いない。




