乙女心
話を聞けば聞くほどジェイ叔父さんは天然のたらしだった。
女の子の顔をまともに見たことがないと言いつつも、登下校中に平民の魔法学校生が苛められないようにいつも控えめに様子を窺い、因縁をつけられそうになると試作中の魔術具を誤作動させて耳目を集めて嫌がらせを阻止していた。
みぃちゃんとスライムたちは男前だねぇ、と感心したような眼差しをジェイ叔父さんに送った。
当のジェイ叔父さんには優しくした自覚がなく、ジュエル兄がしていたことだから当然のことだ、と考えていたようだ。
父さんがそれとなく気を配っていた平民の女の子たちの中に母さんがいたのだから、本命の彼女への気遣いに違いない。
それなのにジェイ叔父さんは無自覚に成績上位者ならやって当然と考え、女の子と目線を合わせないように顔を下げたままにさり気なく守ってくれるシャイなイケメンの少年なんて、女心がわからないぼくでもモテポイントが高いような気がする。
みぃちゃんとスライムたちとキュアでさえ、この残念な叔父さんには乙女心はわからない、という含みのある笑顔になった。
「私だけでなく平民の魔法学校生は皆登下校や昼食の時間帯になると固まってジェイさんの側で過ごすようになりました。試験期間に皆がピリピリし始めるとそれとなく相談に乗ってくれるから、ジェイさんが帝国に留学してしまうまで平民の魔法学校生の落第者はいなかったです。本当に私たちは感謝しています」
聖女先生は分母を平民の魔法学校生と多めにしているが、時折俯きながら頬を染めて語る様子は、初恋の人との遭遇に恥ずかしがっている乙女の姿そのものだ。
恋愛小説好きのみぃちゃんとスライムたちは、大好物な展開を前にして涎を垂らさんばかりの内心を押し殺して、ウンウンと聖女先生の話を聞いている。
「この話は私も好きなんだ。ジェイさんがそうするべきだとして行っていた行動が、お兄さんのジュエルさんから学んだ行動で、エントーレ家が辺境伯領に引っ越してしまうと、集団で守り合い教え合う文化は王都の魔法学校から失われ、時を経て辺境伯領出身者たちに引き継がれているんだ。カイル君の魔法学校での一年目の活躍を聞いた時に、カイルを養育したジュエルさんの実績だと考えていた。だが、それだけじゃなかったんだ。ジュエルさんの愛情がカイルに受け継がれ、この里で保護されてカイルが慈しんだ子どもたちが傷ついた心を癒して、お互いを助け合う子どもたちに育っている。私が夕方礼拝で見た画像は帝都の孤児院で子どもたちが目をキラキラさせながら大きなフライパンで焼かれる卵が宙を舞う様子を見ているものだった。いつもよりハッキリとしたその映像に、今晩あたりにカイルが来るような気がしていたんだよ」
司祭が本題に話を戻してくれた。
断片的な映像でしか状況を理解していない司祭と聖女先生に、中央教会の平民の寄宿舎生の詳細を話した。
「中央教会の寄宿舎なら私が帝都に留学した時に入っていたから知っている、と言いたいところだが、カイル同様、中級魔法学校から入学したので同じ寄宿舎生でも初級の寄宿舎生とは動線があまり重ならなかったんだよ」
司祭の説明によると初級の寄宿舎生は一階の奥の部屋で、中級が二階、上級が三階と生活動線が異なっており、礼拝所も別なので日々のお勤めでも顔を合わせることがなく、魔法学校でも校舎が別なので食堂で見かけることがあった、という程度のことしかわからなかった。
「帝国は平民と貴族の区別が厳しい土地柄なのに神の家では平等という精神で、洗礼式には厳格に暮らす地域さえ区別されていた平民と貴族の子どもたちが寄宿舎では同じ待遇で暮らすなんて、平民の子にも貴族の子にも厳しい生活だよ」
苛めがなかったとは言い切れない、と司祭は言葉を濁した。
「国民がいるから王家が国民を守るためにある、ということをガンガイル王国の王族教育では最初に教わる。結界を維持できる魔力のないものは王位継承権をはく奪される。ああ、寮長のオスカーは魔力量の問題じゃなくて新しい護りの結界を張る結界の設計を的確にする自信がないから自ら王位継承権を放棄したんだ」
併合や独立で領土が変化するたびに結界を新たに設計しなおさなければならないが、国境線は定規で線を引くように分かれているわけではないので、複雑な国境線や人口規模のバランスを考えて作られる新しい護りの結界を設計するのはとても難しいことらしい。
キュアとみぃちゃんとスライムたちがハロハロにそんなことができるのか?と首を傾げると、司祭は精霊言語を取得していないのに察して笑った。
「ハロハロには測量師、総魔力量計算師などの各分野の専門家をお抱え技師にする条件で王太子に選出されたんだよ。三大派閥の瓦解で失脚したお抱え技師もいたから、ハロハロは自力で結界が張れるようになるため猛勉強中だ」
「猛勉強中なのに帝国西南部の緊急支援の遠征の指揮を自らおとりになったのですか」
覚醒したハロハロを知らないジェイ叔父さんは人差し指で仮面を抑えながら声を潜めて言った。
「ああ、あまりにボンクラなハロハロに王位継承権の順位変更を検討する特別委員会設立を要求されるのを回避するために突きつけられた三つの条件の最後の一つを達成する必要があったから率先してやったのだろう」
ああ、クラーケン撃退の叙勲式からの王族の兄弟喧嘩かと思いきや、ハロハロの進退問題になった時に出された課題の一つだったんだ。
「ガンガイル王国の立太子が遅いのは王族の責務を学ぶのが大変だからなのに、派閥に押されていい気になって王太子になるから、今になって大変なのは当たり前だよ」
辛辣な口調の司祭にジェイ叔父さんと聖女先生が顎を引いたが、司祭の口撃は続いた。
「愚鈍な王でも側近が優秀なら国はそこそこ安泰だが、二代も三代も続けば国は亡ぶ。辺境伯領はそういう事態を防ぐための王家の本家なんだ。この一見ややこしい仕組みを作ったご先祖様には感謝しかないよ」
司祭がハロハロに言いたい放題なのは特別委員会の末席の委員だからだそうだ。
「教会に籍を置いているからガンガイル王国の政治に関与できないが、王族の端くれとして意見を上申することができる。ガンガイル王国に物言える私の配属はガンガイル王国に留めておく方が教会としても利がある。王家は教会の内情をいち早く知ることができる。各国の上位者と教会の利益があるから、中央教会の寄宿舎は中級、上級になると諸外国の王族や諸侯の子弟が継承権を放棄しても身分を残したまま在籍するものが増えるんだよ。平民の子どもたちはいたけれど存在感を消していた。交流はほとんどなかったな」
司祭の話は大きく脱線したけれど寄宿舎内の様子に戻った。
「十数年前にはいたのですね」
兄貴が念を押したのには心当たりがあった。
ディーは中央教会の寄宿舎から魔法学校に通っていたはずだからだ。
「間違いなくいた。寄宿舎内では本当にいたのかというくらい気配を消していたけれど、偉く優秀だから成績上位者に名前が挙がっていた。残念ながら初級生の記憶はまったくない」
「オムライス祭りに寄宿舎生たちも参加させるのが交流を持つのに手っ取り早い方法なのですね」
ジェイ叔父さんの言葉に司祭が頷いた。
「ああ、寄宿舎内部に入れる手段を思いついたぞ!」
司祭はポンと右手の拳を左手に打った。
「中央教会の大司祭に緊急連絡用の手紙を送ろう。夕方礼拝でご神託があり、中央教会でオムライス祭りをする映像を受け取ったから道具一式を貸し出します、としたうえで、寄宿舎の転移の魔術具を使用する許可をとろう。カイルの収納の魔術具を使い、王家の封印を施せば開封するためにオスカーとカイルの両者が必須になる!」
中央教会の寄宿舎には高貴な身分の生徒しか使えない転移の魔術具があり、王家には私物を勝手に開封できないようにする封印のベルトがあるが、巨大フライパンやコンロを収納できるほどの収納の魔術具は数が少ないから、ぼくから預かっていたことにしてぼくの収納の魔術具を使えば、寄宿舎内に部外者のぼくたちも入れると司祭が企んだ。
ぼくと兄貴は思いがけない司祭の提案に喜んだが、巨大フライパンをつくることを楽しみにしていたジェイ叔父さんがちょっとがっかりしたように額を押さえた。
「名案だと思ったんだが……」
「ジェイ叔父さんは鉄を使わない巨大フライパンを作る気満々だったので、肩透かしを食らったのでしょう」
兄貴の言葉に司祭と聖女先生が笑った。
「鉄製品の移動はガンガイル王国の法律で制限されていますが治外法権の教会には貸し出しできます。ですが試験農場でのオムライス祭りに教会の敷地外に持ち出すことはできないので、巨大フライパンをジェイさんが製作しなければいけないのではありませんか?」
「そうだね、コニー。開発する必要があるよね」
ジェイ叔父さんは嬉しそうに顔を上げた。
聖女先生はジェイ叔父さんを高揚させる方法を熟知しているみたいだ。
「さっそくラインハルト殿下に魔術具を借りる手紙を書くよ。カイルたちには中央教会から連絡が入るようにしておこう。一番早い連絡手段は教会の緊急通信としておいた方が良いからね」
話をそこで区切ると、司祭はぼくたちを倉庫に案内してくれた。
ジェイ叔父さんは心行くまで巨大フライパンとコンロの魔術具を見たがったが、時間が遅いということでぼくの収納の魔術具にさっさとしまい込んだ。
司祭と聖女先生に別れを告げると、聖女先生の目に光るものがあった。
色恋に鈍いぼくでも聖女先生の初恋がジェイ叔父さんだと推測できるのに、当の本人はまったく気づくことなく、帰国したら飛竜の里に必ず来ます、と数年先になる約束をした。
そんな遠い約束の言葉に微笑を浮かべた聖女先生はジェイ叔父さんのそんなところが好きなのかもしれない。
乙女心はやっぱりぼくにはわからないよ。




