光と闇の貴公子?
早朝礼拝の希望者は結構多く、ぼくは旅を共にした結束力を生かすべく新入生の集団にすり寄っていった。
声変わり前のメンバーに囲まれると安心できるじゃないか。
朝食会をやる予定はないけれど、食堂のおばちゃんにお弁当を持たされた。
神様へのお供えと、予備が必要になりそうな予感がする、とおばちゃんが言っていた。
その予感はぼくたちも同感だったので、ありがとうございますと収納の魔術具にしまった。
昨夜あれだけたくさんの人々が魔力奉納をして精霊たちが集まった帝都は、都市型の瘴気の気配が全くない清々しい朝を迎えていた。
寮監や一部職員は寮に残ったがほとんどの寮生が徒歩で中央広場に向かった。
中央広場に近づくにつれてポツポツとぼくたち以外の人を見かけた。
挨拶をして寮生たちが世間話をすると、昨晩は祭壇前まで行けなかった人たちが頑張って早起きしたらしい。
馬車を出して渋滞に巻き込まれることを恐れて徒歩で来た人もいた。
ぼくたちの制服を見て、祠巡りの話を持ち出す人もいたので、寮生たちは広場での混雑解消に光と闇の神の祠への参拝の動線を組み込むことで人の流れを導くことになるかもしれない話をした。
光る教会のある帝都民たちは信心深く、規律正しい、という刷り込みをして市井から啓蒙活動をしているようだ。
街の噂で正しい情報が広がってくれたらいいな。
朝靄の中央広場は日の出前とは思えないほど人が溢れていた。
それでも昨晩の混雑よりずっと少なく、このくらいなら市を出しても問題がなさそうだ、と商会の人たちは顎を擦って思案した。
早朝朝市なんて、準備する人たちが寝る暇もなくなるじゃないか、と眉を寄せるとぼくの心を読んだかのように、暑い時間帯に休息すればいい、商会の代表者が言った。
確かにそれも悪くない。
憲兵たちは笑顔でおはようございますと言いながら、夜明けの鐘が鳴る前まで時間があるから光と闇の神の祠に参拝するようにと人々の流れを作り出していた。
ぼくたちが祠巡りの検証結果を発表する前に七大神の祠巡りの大流行が起こりそうな予感がして、ぼくたちは胸が熱くなった。
早めに中央広場に着いたぼくたちは光の祠の参拝者の列に並んだ。
「どの地域に生まれて、どんな両親のもとに生まれてくるかは、生れてくる自分たちは選べない。だけど、努力することで何かが変わるのに、常識や固定観念で何かになれたかもしれないのに、何もできずに未来が失われていく友人をなすすべなく見ていることしかできなかった。人生なんてそんなものなんだと考えて生きてきた」
ジェイ叔父さんが仮面を抑えるように右手を上げ、朝と夜との境界線を示すように一筋の雲が紺と黄色に分けた空を見上げて言った。
眉をひそめたウィルにジェイ叔父さんが軽い笑い声を立てた。
「稀代の上級魔術師なんて言われているけれど、俺より魔力量の多い人間はわんさかいるし、俺が作ってきた魔術具でさえ、ガキの頃こんなことができたらいいなって語り合ってきた友人たちの発想があったからだ。彼らに俺と同じような勉強ができる環境があったなら、みんなであの魔獣暴走を防ぐことができたのかなって、みんなまだ生きていたのかなって、ちょっと感傷的な気分になっただけだよ」
物心がついた時には魔獣暴走の被害から立ち直ろうとしていた世代のぼくたちには、あのときこうしていたら、という、たらればの話は散々聞いて育っていた。
「学ぶ機会がたくさんあった方が良いことはぼくも賛成です。もっと魔法学校に通う人が増えていたら、大地がゆっくりと生み出した鉱物を採掘する危険性を、炭鉱職員全員が理解できたかもしれない。ただ、もう亡くなってしまった人たちのことについて、ぼくがどうこう言うのはお門違いかもしれないけれど、平民のジェイおじさんが洗礼式で教会の鐘を鳴らしたからこそ、荒唐無稽な子どもの夢を自由に語れる一時があったのではないでしょうか?」
ウィルの言葉にボリスが深く頷いた。
「だいたい小さな子どもは、叱られてばかりいるんだ。まあ、一歩間違えたら死ぬようなことを知らず知らずにやるのが幼い子どもなんだから当たり前なんだけど、大人は怒ってばかりだから自分の本当の夢を話すのは、信頼できる友達に話すんだ」
ぼくは光る苔の洞窟で飛竜の里に弟子入りしたいと語ったボリスを思い出して目頭が熱くなった。
「ああ、ぼくも身に覚えがあります。大人が用意した勉強をしていただけならきっと気付けなかった、カイルと出会えたから自分の興味がある事柄を知ることができました。ぼくは大人が求めるいい子でいれば、そこそこの人生を歩めるとしか考えていませんでした。ジェイおじさんの友人はジェイおじさんと幼少期を過ごしたから面白い発想ができたんでしょうね」
ジェイ叔父さんはゆっくり口角を上げると、そうかもしれない、と呟いた。
「あいつらと一緒にいると楽しかったよ。色々無茶苦茶な魔術具を考え出していた。そうだな、俺は母も兄も洗礼式で教会の鐘を鳴らした。俺もあいつらに期待されていたんだろうな。……こうやって市民が早朝から魔力奉納をするのが一般的になったら、洗礼式に鐘を鳴らす子どもだらけになって一日中鐘が鳴りっぱなしになったら面白いな」
「二、三年もしないうちにそうなりますよ。辺境伯領の洗礼式は鐘が鳴りっぱなしだと聞きます。来年は不死鳥の貴公子の洗礼式です。きっとすごいことになりますよ」
ウィルの言葉に辺境伯領出身者たちは不死鳥の貴公子の五歳児登録の時の噴水広場を思い出して笑った。
来年の洗礼式はやっぱり帰国したいよね、なんて話をしているとぼくたちの順番になった。
「「おはようございます」」
光と闇の神の祠に魔力奉納を済ませて教会に向かう途中に、エンリケさんとアンナさんを従えたマリアと、東方連合国寮生とバヤルさんを引きつれたデイジーに声をかけられた。
「早朝礼拝なら人も少ないかと思ったのですが、大賑わいですわ」
人の流れが出来上がっていたのでぼくたちを見つけても逆走できなかったから、広場の中央で待ち構えていたらしい。
「夕方礼拝の混雑から見たらまだマシです。デイジー姫じゃなくてもマリア姫の体格では押しつぶされてしまいましたよ」
ぼくたちを待っている間に二つのグループは打ち解けていたようで、バヤルさんの言葉にアンナさんも頷いた。
大所帯になったぼくたちは年少者を真ん中に大きい生徒たちが周りを固めるように並び、特設祭壇に向かう人の流れに乗った。
「こういう布陣を自然にできるようにならなければ駄目だぞ」
東方連合国のイェー国のシンが連合国寮生たちに言った。
「競技会には参加されているんですか?」
「東方連合国としてはもう数年参加していませんが、合同チームに個人で参加している寮生はいます」
「キリシア公国と合同チームでも結成したら面白そうですね」
ガンガイル王国寮生と東方連合国寮生が世間話として話していると、マリアが首をブンブンと横に振った。
「私はカテリーナ殿下のような活躍はできませんから無理です」
「カテリーナ殿下は唯一無二の火竜紅蓮魔法の使い手です。マリア姫はマリア姫の魔法を駆使されればご活躍できますよ」
カテリーナ妃をてこずらせた魔術具を製作していたジェイ叔父さんの存在に気付いたアンナさんが口元に手を当てた。
「キリシア公国が不参加でも今年の競技会は楽しみですわ」
ジェイ叔父さんが自分は出ない、と否定しているとぼくたちが祭壇の最前列になった。
収納の魔術具から今日のお弁当を取り出して祭壇に奉納すると、デイジーが物欲しそうな目で祭壇を上目遣いに眺めた。
神様へのお供え物のおさがりは教会関係者が食べるんだよ。
笑いそうになる気持ちを抑えて祭壇に魔力奉納をすると、夜明けの鐘が鳴り教会が輝いた。
魔力を叩きつけるように奉納して即座に交代するぼくたちにつられてマリアや東方連合国の寮生たちも魔力奉納の時間が短縮されたようで驚いた顔をしている。
鐘が鳴り終わるまでに全員が魔力奉納を終えると、教会の光がゆっくりと小さくなっていった。
鐘が鳴っている間はその場に跪くように指導されていた人々が立ち上がり、祭壇に向かって歩き出したので、ぼくたちは邪魔にならないように貴族街へと向かう列に並んだ。
夕方より朝の方が輝いていた、と囁く声が聞こえた。
精霊たちや天使の歌声がなかったから夕方の方が荘厳だった、なんていう声も聞こえた。
「人々が秩序だって行動すると、魔法の絨毯を出す大義名分がないじゃないか」
ジェイ叔父さんが嘆いたが、歌って人々を宥めないといけないような事態にならずに済んでぼくは安堵した。
早朝礼拝に参加しに来た人たちは圧倒的に平民が多く、貴族街に向かう列ではゆったりとしたスペースを確保して歩くことができた。
朝食会を今日はしないことを残念がるデイジーに、食堂のおばちゃんがお土産を持たせてくれたことを話すと飛び上がって喜んだ。
「きゃぁ♡素敵な食堂のお姉様に寮にお邪魔するときに私もお土産を持参いたします!」
お姫様らしからぬ立ち居振る舞いにアンナさんが眉をひそめたその瞬間、ぼくのスライムが足元で広がり、外周を固めていた厳つい体格の騎士コース受講者たちを残して魔法の絨毯に変化して上空に浮かび上がった。
デイジーの悲鳴のような喜びと同時に、広場のあちこちから黄色い声がいくつか上がり、光と闇の貴公子!と囁かれたのだ。
噂の貴公子を一目見ようとした人たちがぼくたちの方に押し寄せてきたので、危機を察知したぼくのスライムがつぶされそうな小柄な子たちを中心に掬い上げて飛行したのだ。
騎士コースを受講していないジェイ叔父さんは小柄な人と判断されてアンナさんと一緒に魔法の絨毯に乗っている。
「押すな!駆け寄るな!光と闇の貴公子は上空だ!」
体格がいいと判断され人ごみの中心に残された寮長は、押し掛けてくる人たちに向かって拡声魔法で叫んだ。
「光と闇の貴公子って……誰だ?」
ぼくの呟きに魔法の絨毯に乗っている二十人位の生徒たちは一斉にぼくとウィルを見た。
まあ、髪の色は黒と銀色で、昨夜、二人揃ってメインボーカルを歌って目立ってしまった。
面倒くさいことになったな。
「どうしよう?このまま、ほっといて帰りましょうか?」
ウィルが苦笑しながら言うと、ジェイ叔父さんは首を横に振った。
「寮長はあれでもガンガイル王国の国王陛下の弟君だよ。放置するわけにはいかないよ」
「そうか、それに飛行許可は群衆を宥めることが条件だったね」
「どうしよう?歌う?踊る?」
頭を抱えたぼくにボリスが楽しそうに言った。
「子守歌でも歌って精霊たちに群衆を眠らせてもらいましょうか?」
「怪しい薬を散布したように見えるから却下!」
デイジーの案をジェイ叔父さんが即座に却下した。
歌って踊るアイドルみたいになるのは嫌だ!
どうしよう?
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