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上空からの歌

 ぼくたちは明らかに出遅れていた。

 裏道を通ったにもかかわらず中央広場に着く前に、広場から溢れた群衆を追い返す憲兵に引き返すように諭された。

「待ち合わせをしているので、魔術具を使用して探してもいいでしょうか?」

「殺傷能力がなく、光ったり音がなったり群衆を惑わせるものじゃなければ、街中での魔術具の使用は制限されていない」

「それならどれにも該当しません。カイル君、例のものを頼む」

 寮長が憲兵に魔術具の使用許可を取ると、魔法の絨毯を出すように催促した。

 こんなに早く魔法の絨毯を出すんだったら、体格のいい騎士コースの生徒たちばかり揃えなくても良かったんじゃないか?

 六畳ほどの絨毯に二十人の屈強な騎士コースの魔法学校生がぎゅうぎゅう詰めになるなんて嫌だ。

 “……仕方ないねぇ。あたいが何とかするよ”

 ぼくのスライムがポケットから飛び出すと魔法の絨毯に変身して上空を飛び、みぃちゃんのスライムが縄梯子になった。

 呆気にとられる憲兵を尻目に寮長はみぃちゃんのスライムの縄梯子に足をかけするすると登って行った。

 ウィルとぼくが後に続くと寮生たちが打ち合わせもしていなかったのに整列して魔法の絨毯に乗り込んだ。

 半透明なスライムの絨毯から中央広場を見ると、帝都にこんなにもたくさん人が住んでいたのか、というほど密集した人混みが見えた。

 大きな絨毯が空を飛んでいるのを人々が指をさして仰ぎ見ている。

 足を止めると後ろが詰まってしまう。

「教会へ向かう足を止めず、ゆっくり進んでください!」

 寮長が拡声魔法を使って人々を誘導した。

 特設の祭壇に向かう人間が角砂糖に向かって行進する蟻のようにみえる中央広場の上空を、ぼくのスライムは優雅に飛行しながら、エンリケさんとバヤルさんを見つけ出した。

 みぃちゃんのスライムは身体強化をかけて飛び上がらなければ掴めないギリギリの長さの縄梯子に変化し、二人をぼくのスライムの絨毯に招待した。

「これが空飛ぶ絨毯ですか」

「予想以上に快適ですね」

 興奮するバヤルさんにカテリーナ妃の国でアクロバット飛行の練習を見ていただけのエンリケさんが乗り心地の感想を述べた。

「下から集中攻撃を受ければ落ちるので死にかねません。実戦向きではありませんよ」

 ウィルがこの魔術具を公表しない理由を告げると、戦場では大きな的になるこの魔術具を安全に活用するためにはそれ相当の戦力を割かなければならなくなる、と寮長と熱く語りだした。

 人々が密集する中央広場を憲兵たちが入場規制をしながら中央教会の祭壇へと人々の流れを導いている。

「日の入りも日の出も毎日あるのに、どうしてみんな必死になっているんだろうね」

 ぼくが漏らした本音に、お祭り騒ぎになっている地上を見ていた全員が、それはそうだと頷いた。

「光と闇の神の祠を素通りするのはよくないよね」

「全員が中央教会を目指している人の流れを変えるにはどうすればいいかな?」

「礼拝の手順を決めてしまえば、動線を誘導できるだろうけど、今日は無理だよね」

「枝道を全て進入禁止にしているのは正解だね。この群衆に帰宅を促すためにはどうすればいいかな」

「おうちに帰ろう、みたいな歌があったよね」

 盛んに意見が飛び交う中、辺境伯領出身者には、烏が泣いたら帰ろう、というような定番な歌があった。

「帰りの歌でも歌ってみる?」

 学習館が楽しすぎて帰るのをぐずる子どもに、日没が近いことを知らせる、というか、脅す歌があることを思い出した辺境伯領出身者たちが静かに腹筋を揺らした。

「歌えば精霊たちが現れて人々の帰宅を促してくれるかもしれないけれど……声変わりしたから、もう歌えないな」

 魔法の絨毯に乗っているメンバーは体格が良く発育も早く、ぼくとウィル以外は変声期を迎えている。

 歌を知っているボリスは体格比べで負けてしまい、寮で留守番しているのが、残念でならない!

「ウィリアム君はさすがに知らないだろうから、カイルが歌ってくれよ!」

 やっぱりこうなるよね。

「キーを下げていいからみんなで歌おうよ。さすがに恥ずかしいよ!」

 ぼくが懇願すると、コーラスを担当するからソロで歌えと囃し立てられた。

「辺境伯領に観光旅行した時に聞いたことがあるから一緒に歌おうよ」

 ウィルにそう言われると断りにくいじゃないか。

 キュアとみぃちゃんが鞄やポーチから顔だけ出して、頑張れ!と思念を送ってきた。

 二匹と兄貴まで面白がっている気配がする。

 早々にウィルはメロディーと歌詞を確認しているし、騎士コースの面々はコーラスワークを練習している。

 なかなかの美声だ。

 音を外せばそれぞれのスライムが肩を叩く仕草が小さい頃と変わらないので懐かしくなった。

 寮長は拡声魔法を使って混みあっている場所に祭壇に向かって、混みあっていてもゆっくりと人が流れているから止まらずに流れに任せろ、押すな、と声をかけている。

 参拝を終えた人々を憲兵たちが帰るように促している。

 名残惜しそうに教会を振り返りながらも帰路に就く人々の流れができている。

 西日が城壁の蔭に隠れ、茜色の空の半分が薄暗くなった。

 スライムの絨毯の上のみんなの期待の籠もった熱い眼差しに、ぼくも覚悟を決めた。

 ぼくとウィルは見つめ合って頷くと、二人そろって歌いだした。

 拡声魔法を使い、ボーイソプラノの声で、茜色の空が闇に飲まれてしまう前におうちに早く帰りなさい、と歌うと重厚な低音のコーラスが、暗闇に何かいる、暗闇から何か出る、と続いた。

 教会の建物がうっすらと光ると日没時を知らせる鐘が鳴った。

 集まっている人々の視線は空飛ぶ絨毯の上で歌うぼくたちから、光る教会へと移った。

 歌い続けるぼくたちの周りに精霊たちが集まってきた。

 洛陽の薄黄色が濃紺に飲まれてしまうとおうちに着く前に影が消えるよ、影が消える、影は闇の中、と二番の歌詞はコーラスの歌詞も子どもを脅かすものになる。

 鐘の音が止むと教会の光が消えたが、上空がほのかに明るいのは、中央広場の上空を飛ぶ薄緑色の絨毯が光り、その周囲にはキラキラと輝く精霊たちがぼくたちの歌に合わせて点滅していたからだ。

 精霊たちは大通りに沿って放射状に拡散し人々を家路につくように促した。

「慌てずゆっくり精霊たちの後に続いてください。聖なる光が照らす間は、悪いものは出て来ません!前の人を押さないで!」

 寮長が拡声魔法で、急がなくても安全だ、と人々に声をかけた。

 裏道に行く人たちにも精霊たちが付き添っている。

 大きな混乱が起こることもなく人々は散り散りに帰っていき、教会の門番がぼくたちに手を振ると、門がゆっくりと自動で閉じた。

 神官や魔法学校の生徒たちが特設祭壇を教会の中に片付けている。

 ぼくたちが手を振ると教会関係者たちも手を振って応えてくれた。

 憲兵たちが何か言っていたけれど、ぼくたちは気付かなかったいうことにして、貴族街まで飛行しエンリケさんとバヤルさんを送り届けることにした。


 貴族街の高級住宅街の中にキリシア公国王家所有の邸宅があり、精霊たちの先触れがあったせいかマリアが庭で待っていた。

 着陸すると話が長くなりそうなので、みぃちゃんが縄梯子に変身してエンリケさんを降ろした。

 口をポカンと開けたマリアが、地上まで伸びる縄梯子に捕まっているエンリケさんを眺めていた。

「スライムが空を飛ぶのですか!」

 挨拶の言葉の前にマリアの口から出たのは、光る絨毯や縄梯子がスライムだと気付いた驚きの言葉だった。

「薄暮の時間は短いので、ゆっくりご挨拶もできません。後日寮でお会いしましょう」

 ウィルが代表してそう言うと、ぼくのスライムは高度を上げて、東方連合国寮に向かった。


 貴族街と魔法学校の敷地との間にまたがる東方連合国寮は瀟洒(しょうしゃ)なアパート一軒で、庭がなかった。

 玄関前まで降下してバヤルさんを降ろすと、デイジーが窓を叩いて挨拶代わりに手を振った。

 夜の帳が完全に降りる前にサッサと寮に帰れということだろう。

 ぼくたちも手を振るとぼくのスライムは急上昇急加速で寮へと飛行した。

 短い距離の飛行なら魔法の絨毯が一番便利だ。


 寮の中庭に着陸すると、中庭に出てきたボリスが嘆いた。

「魔法の絨毯で飛行するなら体格なんて関係なかったじゃないか!」

 ぼくもボリスがいた方が心強かったよ。

 まあ、あんな上空で歌っていたのが誰かなんて地上にいた人たちには見えなかっただろう。

 気にしても仕方ない、とぼくは軽く考えていた。


 ガンガイル王国の光と闇の貴公子、そんな噂が市中で囁かれることになるなんて想像もしていなかったよ。


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