白い巡礼者
当初まったくなかった三人娘と子どもたちのポイントの差は、五つ目の空の神の祠の魔力奉納を終える頃には歴然となった。
スタート地点の火の神の祠では大人も子どもも魔力奉納で増えた分は2ポイントしかなく、まったく同じだったが、その次の土の神の祠から子どもたちは変わらないのに、三人娘は3ポイントに増えていたのだ。
その後も子どもたちの2ポイントは変わらないのに、三人娘の魔力奉納のポイントは4ポイント、5ポイントと次の祠に移るたび1ポイントずつ増え続けた。
その変化の割合は貴族のスージーさんと変わらなかった。
スージーさんは衣装を製作した女子生徒たちのポイント増加量をコッソリ聞いて、首を横に振った。
想像以上に多かったのだろう。
洗礼式前から辺境伯領の祠巡りをする習慣があったぼくたちは、各祠間の魔力奉納の差が1ポイントだけだなんてことはない。
日常的に市民が祠巡りをしているガンガイル王国では、その辺の一般市民に聞いても変化の割合が1しかないなんてことはないだろう、とみんなに言われると、スージーさんは優雅な仕草で額に手を添えた
「市民レベルで意識が違うのですね。ガンガイル王国を離れる時には王都にスラム街がありましたが……。もう、そういった所はないのですね」
魔獣カード大会の成功が王都からスラム街が消えた転機になったのだけど、洗礼式前の子どもたちに祠巡りが流行し、魔法学校への入学者が増え、平民たちの仕事に幅が広がったことも一因となっただろうから、市民の魔力奉納がスラム街の問題を解決に導いたといっても、あながち間違ってはいない。
「帝都を一周したのは初めてですが……地域格差がここまであるとは想像だにできませんでした。貴族街の端がスラムだと思っていたけれど、あそこは職がある方々が住んでいるのだから、まだマシだったのですね」
スージーさんは深い息をつき、帝国批判につながりかねない発言は口元を動かさず小声で言った。
「この検証が公表されたら、いえ、公表される前にもう風が吹いてしまったのです。ぼくたちはこの検証を秘密にしていません。何らかの妨害が起こり検証を続けられなくなったとしても、あの三人のお嬢さんと子どもたちは今日の日を忘れないでしょう。冒険者ギルドのギルド長も一人になってもやるでしょう」
兄貴が真面目に語っているが、光の神の祠に魔力奉納をした三人娘たちが、よそ行きの顔を忘れて目を輝かせ、キャーキャー言っている姿をスージーさんは目を細めて見ている。
「マジ凄いんだけど!なんでネネがそんなにいきなりポイントが上がるの!」
「次はあたしが行くわ」
遠巻きに見ていたジェイ叔父さんが目の色を変えてネネに詰め寄ると、市民カードを持つ手が興奮で震えているネネに、写真が撮れないからと深呼吸するようにと勧めた。
「予測できるポイント増は6ポイントのはずなのに12ポイントも増えたのか」
「手の震えは魔力枯渇の予兆かもしれない。ネネさんはもう今日はここまでにしておいた方がいいでしょう」
スージーさんがネネに声をかけると、涙目で首を横に振った。
「違います。私が自分で無理をしただけです。だんだんポイントが増えていくのが楽しくて……」
ネネが魔力を押し出すように奉納したことを子どもたちに聞かれて真似されると困るので、ぼくは魔法の杖を一振りして声を消した。
「まあ、やる気でやったのですね。私も似たようなことをした自覚があるので、注意もできませんわ」
スージーさんがネネの耳元で囁いた。
「闇の神の祠に魔力奉納して気分が悪くなるようだったら、回復薬があるから使おうね。本当は気分が悪くならない程度の魔力奉納で検証したかったから、次は気をつけて」
ぼくがそう声をかけるとネネが頷いた。
“……闇の神の祠では意識しなくても光の神より1ポイント多く魔力奉納をすることになるはずだけど、慌てなくていいよ。神々は魔力奉納で魔力枯渇を冒すほどは魔力を引き出さない。それでも気分が悪くなったら知らせてね”
精霊言語で要点を伝えると、思念を受け取ったネネは辺りをキョロキョロ見渡した。
マズい!
天啓を受け取ったと勘違いしてしまうかもしれない!!
キュアが気を利かせて鞄から顔だけひょこっと出し、ネネをじっと見つめた。
ネネの口が、竜!と動く前に声を消す魔法を発動した。
キュアはにっこり笑って鞄に引っ込み、ネネは口をパクパクさせたまま、黙っていればいいのですね聖獣様!と強い思念を発して頷いた。
「私もポイントが大幅に上がりました!」
ココが元気よく市民カードを掲げながら光の神の祠から出てくると、ヴィヴィは何も言わずに入れ替わるように光の祠に入った。
「12ポイント増はネネと同じか。体は大丈夫かい?」
記録写真を取りながらジェイ叔父さんがココに尋ねた。
「大丈夫です!ネネには負けたくないと思った気持ちを光の神様が汲んでくださったみたいです。神様ありがとうございます!」
感動で目を潤ませているココを見て一つの疑問が浮かんだ。
ジェイ叔父さんは十年分の魔力奉納をすることになったけれど、それはぼくが光る苔の回復薬を何かあった時のジェイ叔父さん用にあらかじめ用意していた。
でも今回は平民用の軽めの回復薬の用意はあったけれど、人数分の七大神の祠の分は用意していない。
何かあれば中断する気だったからだ。
「ネネとココは七大神の祠に魔力奉納をするのは何年ぶりかな?」
ぼくの質問に二人はキョトンとした顔をしてから、真剣に悩み始めた。
「洗礼式の後、司祭様に魔力奉納に励むようにと言われた後、しばらくはポイントも溜まるから自宅の近くの空の神の祠に魔力奉納はしていたけれど、初級学校を卒業して商店の見習いとして働きだしてからは疲れてそれどころじゃなくなって、行かなくなってしまったわ」
ネネがそう言うと、ココも自分も同じようなものだ、と頷いた。
「仮説だけど、七大神の祠巡りを一日でする途中で、神々のご加護を受けて魔力奉納の上限が上がったから、祠に奉納していなかった数年分の魔力奉納を求められた、なんてことあったりするのかな?」
ぼくの発言に二人は頬を赤らめて恥ずかしそうに頷いた。
「魔力奉納を続けていると空の神の祠を参拝した後に体が軽くなったんです。……そしたら昔のことを少し思い出したんです。少しでも自分の未来が明るくなるように必死に祈っていたこともあったなって。でも、あたし少し恥ずかしくなったんです。あたしは自分のことしか祈って来なかったって……」
「私も同じ気持ちでした。魔法学校の生徒さんたちは学術的な研究するためにこの検証をしているけれど、皆さんが本当はあたしたちが少しでも今の暮らしが楽になるように気を配ってくれているんじゃないかと気付いたら、涙が出そうになって、この気持ちをどうしたらいいんだろうと思ったら、しぜんと神々に感謝をしていたの。こんな機会を与えてくださってありがとうございますって。そしたら体が少し軽くなったのよ」
瞳を潤ませてネネとココが言葉を乱しながら語ったのに、スージーさんは注意することもなく二人の話を聞き入った。
「ぼくもばあちゃんの体が良くなりますようにって祈ったのに自分の体が軽くなったよ」
子どもたちの一人がそう言うと、ぼくもわたしも、という声が後に続いた。
小さい子どもたちは魔力が少ないからか、魔力奉納をサボっていた期間が短いからか、ささやかなご加護を得た後の魔力奉納でもポイントに変化が出なかったのかもしれない。
「神様は努力する人にその人の力量に合わせた分だけ、ご加護をくださるのかもしれないね」
ウィルがそう言うと、子どもたちは希望に満ちた目でうん、と頷いた。
「祠巡りを一度もしたことがなく、魔力奉納でご加護が得られることを知らない被験者でないと得られない情報だったね」
ジェイ叔父さんの呟きを聞いたマークとビンスは、興奮を抑えるかのように深く息を吐き、被験者への聞き取り事項をもう少し検討しなくては、と相談している。
笑顔で光の神の祠から出てきたヴィヴィを、ジェイ叔父さんとマークとビンスが取り囲んで事情聴取した結果、同じようにポイントが増えたヴィヴィにも、ネネとココと同じような原体験があった。
お姉様たちが頑張ったからですよ、とローブを製作した女子生徒たちが3人娘たちと手を取り合って喜んでいる。
貴族のお嬢様と比べたら微々たる変化量です、と尻込みした3人娘たちに、女子生徒たちは、自分たちが始めて祠巡り一周をしたときには変化の割合はずっと1ポイントのままだった、お姉様たちの努力が神々に届いたのです、と手放しに祝福した。
三人娘と女子生徒たちが互いを尊敬の眼差しで見つめ合っているのを、スージーさんが感激したように目を潤ませて見守っていた。
見ている分には美しい女の子の友情が芽生えた瞬間だが、午前中に魔力奉納を終える予定だったのに正午を告げる教会の鐘が鳴ってしまい、少しばかり時間が押していることを知らせた。
「体調に問題ないようだったら闇の神の祠に魔力奉納をしようか」
ウィルに促された子どもたちが元気よく返事をして順番に魔力奉納をした。
検証結果が目に見えてあったせいか、子どもたちは全員2ポイントも奉納する魔力の量が増えた。
ご加護があったのかもしれない、と子どもたちは喜んで神々に感謝する言葉を述べた。
三人娘たちも16ポイントに増え、同じように歓喜して神々に感謝した。
三人娘と女子生徒たちは手を取り合って輪になって喜びあった。
それを見た子どもたちも輪の中に加わると負荷がかかった方向に不意に回り出した。
辺境伯領出身者は噴水広場での洗礼式の踊りの練習に見えて噴き出した。
中央広場で神々に感謝して踊るように喜び合う白いローブの集団と、それを優しく見守るガンガイル王国の魔法学校の制服の集団と帝国魔法学校の制服の生徒たち。
精霊たちが喜びそうな条件が揃ってしまっていた。
真昼の蛍のように一つ二つと精霊たちがよくやったね、とでも言うかのように子どもたちの周りに出現した。
ああ、とボリスが声を漏らした。
「精霊たちは小さな子どもたちと戯れるのが好きなんだよね」
元祖精霊たちと遊んだ子どもたちの一人のボリスが目を細めた。
人々の注目を集めるほど精霊たちが出現しなければ良いな、と考えたせいか、十数体の精霊たちしか現れなかったのに、笛を鳴らした憲兵たちがぼくたちの方にやって来た。
どうやらやらかしてしまったようだ。
「お前たちは集団で何をやっている!」
問いただす憲兵にジェイ叔父さんが前に進み出た。
「何をしているかって問われても、七大神の祠に魔力奉納をしただけだ。本日初めて一日で七つの祠すべてに魔力枯渇を起こすことなく魔力奉納できたことを喜び、神々に感謝している白い巡礼者たちを魔法学校の生徒たちが褒め称えていただけだ。そこに何の問題があると言うのだ」
正直に真っ当な説明をしているぼくたちの保護者代理のジェイ叔父さんが、仮面で顔の半分を覆っているなんて、見た目が不審者そのものじゃないか。




