三人娘
「入学式の件はあの案が採用されそうだよ」
寮長と寮監が焼肉定食のトレーを持って夕食のテーブルにやって来た。
ぼくと兄貴とウィルとボリスもジェイ叔父さんまで焼肉定食なのは、昼食の焼きおにぎりの話から七輪を連想しそこから焼肉に思いを馳せただけで、このテーブルが焼肉定食専用席なわけではない。
「中級魔法学校は留学生や地方出身者が多く入学してくるから各地の紹介を兼ねることになって良いんじゃないか、と好評だった」
寮長と寮監は顔を見合わせて何とかなりそうで良かった、と美味しそうに牛カルビを頬張っている。
段取りに手間がかかっても、欠席者だらけの入学式よりいいに決まっている。
「正式に魔法学校から入学式の概要が発表になるまで帝都の外に行ってほしくないことは変わらない。不自由かけてすまないね」
寮長が頭を下げた。
「帝都でやることがたくさんあるので、まあ、不自由を楽しみます」
ウィルの言葉に寮長と寮監がホッとした表情になった。
「そうでしたね。祠巡りの検証はずいぶん人数が増えたそうですね」
「冒険者ギルドにも、もう応募が来ています。自身も祠巡りに参加されるギルド長が適任者を選定してくれます。怪我でリハビリ中の冒険者を中心に検討しているそうです」
報酬金額と拘束期間から冒険者ギルドは休業状態の冒険者を対象に年齢の幅を広く検討している。
安定した収入を保証して治療に励んでもらいたいと思われるような人格者を選んでいるそうだ。
「明日から洗礼式前の子どもたち六人と付添の女性三人を連れて回ってみます。論文には写真も添付するつもりなので、ローブを作る生徒たちが張り切っています」
「順調そうで何よりだね。ああ、このタレをご飯にかけてもう一杯食べたいくらいだ。このまま食べ続けたら太りそうだ」
「わかりますよ。私も自宅で食事を取る回数が減ってしまったので、妻に文句を言われるのです。残業するのは夜食を食べたいからでしょう、と叱られました」
寮監はハハハと笑ったが、数年前から始まった祠巡りのブームや、寮の大改修や、競技会への単独チームでの参戦など、残業が続くのが恒常化していったらしい。
寮長は貴族街に屋敷を持っているが、寮監は従業員宿舎の一角に家を借りているらしく、美味しい水が出る水道が小一時間で出来たことにお礼を言われた。
敷地の野菜も美味しくいただいているようで、その上、おっちゃんが気を利かせてお昼には、ばあちゃんの家から出前が届いたようだ。
昼時に自宅に帰っていた寮監は自宅のご飯より美味しい食事を寮の食堂で食べているのが奥さんにバレたらしい。
奥さんには食堂がオープンしたらデートする約束をして宥めた、とこぼした。
「奥さんも寮までご飯を食べに来たら良いじゃないですか。お風呂も大きいし、新作の魔術具もたくさんあるから、遊びに来てください」
ウィルがそう言うと寮監が苦笑した。
「三階に泊まりこんで、家に帰らなくなりそうですよ」
寮監の言葉に寮長も笑った。
「いえ、大人の女性の視点が欲しいところもあるんで歓迎しますよ」
ぼくは祠参りで気が付いた王都の大人の女性の装いに違和感があったから、王都の定住歴が長い大人の女性の意見を、女の子たちが考えている祠巡りの衣装に取り入れてほしいことを話した。
「ちょっと待った!うちの妻も連れてくる。この話を妻が事後に知ったならどれだけ私が責められるか……考えたくない!」
衣装の話は素材と予算は商会の人たちに、ドレスコードのチェックを寮長や寮監の奥さんたちに任せることになり、ぼくたちは祠巡りの安全と詳細な記録をとり分析することだけに専念できるようになった。
翌朝、支度を済ませたアリスの馬車の隣には、誇らしげな顔をしたボリスの驢馬のクーがお散歩カートを装着していた。
アリスの馬車に乗るメンバーにはローブの試作品を作った初生徒たちも一緒だ。相変わらずぎゅうぎゅうな状態だったが、誰も席を譲らなかった。
今日の予定は真っすぐばあちゃんの家に向かい子どもたちと合流し、火の神の祠から魔力奉納を始め、ぐるっと一周し中央広場に参拝に行くつもりだ。
ばあちゃんの家の前までアリスの馬車を乗り付けると道を塞いでしまうので、火の神の祠の広場に待機させ、ぼくとジェイ叔父さんとウィルとボリスが徒歩でクーに付き添ってばあちゃんの家に向かった。
お散歩カートにはみぃちゃんとシロが乗っている。
お散歩カートは公爵子息のウィルが意匠を凝らした彫刻が施されており、お散歩カートというよりはお祭りの山車のようになった。
豪華なカートにちょこんと乗った二匹は、可愛い、と声をかけられるとキラキラの笑顔を行き交う人々に振りまいた。
二匹は子どもたちの用心棒のつもりでお散歩カートに乗ったのに、ガンガイル王国の好感度アップのために愛想笑いをしている。
キュアとスライムたちは珍しすぎるので鞄やポケットに隠れている。
赤ちゃんといえども飛竜は目立ちすぎるので、ばあちゃんの家でもキュアだけまだ隠れている。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
ばあちゃんの家で出迎えてくれたエプロン姿の女の子たちは言葉使いが丁寧になっていた。
「今日は貴族のお嬢様も参加されると伺ったので、言葉遣いや所作も見て学んで来いと、おじさんたちに言われました」
改めて自己紹介した三人娘は黒髪のネネ、金髪のヴィヴィ、紫の髪のココで、綺麗な服を着て美味しいご飯が食べられる仕事を、失うまいと張り切っている。
祠巡りができない子どもたちの面倒を見るために、昨日はいなかった二人の女の子がいるのだ。
「おいしい求人情報が繁華街で噂になってしまったので、しっかりしないと本採用されないじゃないですか」
昨日はウィルに張り付いていたヴィヴィとココも三歩離れた距離で穏やかに微笑んだ。
三人がイケメンと適切な距離感で接することを学習したので、昨日は距離を取っていたジェイ叔父さんはカメラを取り出し、三人娘の市民カードのポイントが見えるように掲げさせた写真を撮った。
洗礼式前の六人の子どもたちも仮市民カードの写真を撮ると、ポンチョにフードをつけたような白いローブを着せた。
ぼくの感想はてるてる坊主のようだな、と思ったが、三人娘たちは高級な生地にレースの縁取りがされているローブに感激している。
「大人の女性用はこちらです。寮の女の子たちが、綺麗なお姉さんが着用するのに相応しい『大人可愛い』を目指して制作したのですよ」
大人用のローブをウィルが差し出すと、三人娘は行儀よくする目標を忘れ、キャーキャーと歓声を上げた。
「白い生地に白い刺繍なんて……違うわ。これ、織り方を変えて白ユリを浮かび上がらせているのね!」
「……それでいて透けるように薄く、軽いのよ!」
「なんて美しいの!こんな高級な生地に触れられるなんて……」
生地に触れてうっとりとしている三人娘にジェイ叔父さんが、早く着なさい、と促した。
「ジェイおじさんだって新しい魔術具を手にしたら矯めつ眇めつ眺めるでしょう」
自領の特産品を褒められたウィルはジェイおじさんを窘めた。
純白のローブを纏った三人娘は、少し厚めの生地のウエディングベールを纏ったようで美しかった。
「まあ、綺麗なローブに仕上がっているじゃないですか!生徒たちはいい仕事をしましたね。まって、留め金はこうした方が肩のラインが美しく見えます」
いつのまにかばあちゃんの家に入ってきていた見知らぬご婦人が、三人娘のローブを褒めた後、着付けの指導をし始めた。
ばあちゃんの家に張ってある結界に侵入できたということは、ガンガイル王国の国民だろう。
ということは寮長か寮監の奥さんだろう。
「あら、失礼しました。私、寮監の妻のスージーです。今日は水道や菜園のお礼をみなさんに申し上げようと、こちらに伺ったのですが、綺麗な衣装にすっかり興奮してみっともない姿をお見せしました」
正気に戻って平謝りするスージーさんに、祠巡りの衣装の監修をお願いすると快く引き受けてくれたうえ、自分も祠巡りの検証に参加したい、と申し出てくれた。
スージーさんは魔力奉納の効果は知っているけれど、帝都の治安の悪さに全ての祠巡りはしていなかったらしい。
魔力奉納の効果を知っているので他の被験者と同じ条件ではないが、魔力の多い成人女性のサンプルとして協力してもらうことになった。
「大股で歩かない。歩くときは頭を揺らさず真っすぐな姿勢を保つように心がけると、ローブも貴女も美しく見えますよ」
スージーさんに歩き方まで指導された三人娘を見た子どもたちは見習うように姿勢を正した。
驢馬のクーの車には姿勢を正した六人の子どもたちと三人娘とスージーさんが乗ったので、用心棒を諦めたみぃちゃんとシロはポーチに戻ったり姿を消したりした。
「こんな小さな驢馬なのに難なく車を引くのですね」
スージーさんが感激するなか、火の神の祠の広場に向かった。
「面白い結果になったね」
火の神の祠で魔力奉納をした十人はスージーさん以外みんな同じポイントしか魔力奉納ができなかった。
「平民の魔力量は子どもも大人も一緒ということかしら?」
スージーさんはそう言ったが、辺境伯領出身者たちは平民と一緒に祠巡りをするのが珍しくないから、具体的な数字は知らないけれど大人の方が圧倒的にポイントが多くなることを知っている。
「色々な可能性があるから、まだわからないですね」
ジェイ叔父さんの言葉にスージーさんは、ぼくたち一家が平民出身だったことを思い出したようで、恥じ入るように頬を少し赤らめた。
「決めつけはよくないですね。ごめんなさい」
穏やかに寮内の問題に対処する寮監の奥さんらしく、自分の過ちに気付くと即座に謝罪した。
「自由に意見を出してください。研究には色々な視点から事象を観察する必要があります」
ウィルは気まずくならないようにスージーさんに声掛けした。
「正直言いますと、私……見栄を張っていました。少しでも多く魔力奉納するように工夫してしまいました」
スージーさんが小声で告白すると、そういうものですよ、とぼくたちは言った。
だから、何も知らない被験者で観察したかったんだもん。




