ジェイおじさんといっしょ
持ち上がった問題はウィルが乗る馬車は専用車両にすべきで、みんなで乗る乗合型の大型車両ではない、ということだった。
「こんな話が持ち上がるということは、兄上は専用馬車を使用していたのか……」
ウィルが眉間にしわを寄せると、食堂まで説明に来た寮監は、一番偉い人を偉そうに演出することでこちらが侮られないようにする必要がある、と言った。
「馬車でしたらアリスの馬車は帝都の専属になる予定ですから、こちらで移動なさればいいでしょう?この馬車は特殊過ぎて何の比較対象にもなりませんよ」
ポニーが大型馬車を引いている時点で馬車が魔術具であることを示しているので、格式うんぬんより機能性に注目が集まるはずだ。
「まあ、その通りですが、この馬車の所属が辺境伯領なので、ガンガイル王国代表として公に使用することは控えていただく方がよろしいかと思われます」
対外的にというよりは寮内で辺境伯領が牛耳っているような雰囲気を出すな、ということかな?
「無事に帝都にたどり着けたお礼参りだから、アリスの馬車でいいでしょう。詰めて乗ればジェイ叔父さんとボリスもマークもビンスも乗れるから、それ以外で付き添いたい人は並走してください」
ウィルがサラッと言うと寮監も寮長も口をパクパクさせた。
「騎士コースの志望者は将来のための研鑽になります。なんなら、ぼくが走ってもいいです。競技会に参加したメンバーは走って祠巡りをしているのですよね」
食堂に居る在校生たちがウィルから目をそらした。
「兄の方針に異議を唱えるつもりはないけれど、ぼくはぼくの意見を言うし、みんながそれに反発を覚えるのなら積極的に意見を出してほしい。祠巡りは寮生全員が安全に毎日気兼ねなくできるべきなんだ。我々は神々の記号を駆使して魔力を行使している。安全に祠巡りできないと感じる人たちは教会に足を運ぼう。神々への感謝を形に残す行為を恥じてはいけない!」
寮長も寮監も異論を唱えられない正論をぶちかまして、魔力奉納こそ正義、と高らかに謳った。
「みんなも気が付いていると思うけど、魔力奉納を毎日していると神々のご加護がある。期待したような結果じゃない時でも、最後の力を振り絞る余力を少しばかり援助してくれる。王都の魔獣カード大会ではそんな光景が各会場で起こった」
食堂に居る寮生たちは王都の魔獣カード大会については伝聞でしか知らない。
だけど昨日寮の中庭に溢れるほど現れた精霊たちを全員見ている。
新しい風がガンガイル王国から吹いていることを実感した寮生たちは、眼を輝かせてウィルの話を聞き入った。
カリスマってこういうことなんだ、とジェイ叔父さんが食後のお茶を啜りながら呟いた。
カリスマというより適材適所だよ、とぼくのスライムは辛辣に言った。
ジェイ叔父さんは魔法学校に退学届けを出しに行くより、祠巡りに行く方が気楽なようでこの時は笑っていた。
「カイル、魔力奉納ってえげつないな」
一つ目の水の神の祠で魔力奉納を終えたジェイ叔父さんの感想にウィルが笑った。
寮から一番近い祠は土の神の祠だったが先に下町を済ませようということで、東南方向の水の神の祠から始めることにしたのだ。
「魔力奉納は神々が競うように次の祠ではさっきより多く魔力を奉納させられるんだ。それなのに七つの祠を巡っても魔力枯渇を起こさないギリギリのところですむんだよね」
ボリスの説明にあと六か所あるのか、とジェイ叔父さんが頭を抱えた。
「だらだらと長時間研究しているから、一度にたくさん魔力を使うことをほとんどしてこなかったんだ。自分の限界を神々に試されている気がするよ」
ジェイ叔父さんの言葉に馬車の中のメンバーは頷いた。
「前日より多く魔力奉納が出来ると嬉しくなるんですよ」
ジェイ叔父さんは発言したロブを、自虐趣味があるのか、と口だけ動かした。
「少ないときも体調不良か、よくないことが起こるのか、用心することができるから早朝の魔力奉納はいいんです」
ケニーが前向きな言葉をかけてジェイ叔父さんを励ました。
ぼくはジェイ叔父さんが一か所でガッツリ魔力を持っていかれた理由に心当たりがなくはない。
でもやってみたい検証があるから気にしないことにする。
「人体実験みたいで申し訳ないけれど、ジェイ叔父さん、やってみる?」
ぼくは何を実験するのか言わずにジェイ叔父さんに話を振った。
「何をするつもりなんだい?」
ウィルだけでなくみんなが身を乗り出してぼくの方を見た。
「初めて七大神の祠を一日で全部回る成人男性なんて、ガンガイル王国にはもう居ないじゃないか。だからジェイ叔父さんが被検体になって欲しいんだ」
そうなのか?他にも誰かいるだろう、と首を傾げるジェイ叔父さんに、屋台のおっちゃんが首を横に振った。
「お貴族様だけじゃなく、一般市民もすいている早朝から日没時を狙って走り回っているよ。領都はすっかり安全になったから日没後まで魔力奉納をしようとする市民に夜勤の騎士たちが帰るように指導しているくらいだよ」
ジェイ叔父さんは常識が変わってしまった、と口をあんぐりと開けた。
「祠巡りの流行の前に帝国勤務になった職員は知らないかもしれないよ。帰ったら寮の職員に聞いてみよう」
ウィルが提案すると、最近の流行なんだ、とジェイ叔父さんは納得した。
「まあ、まず何をさせるかを話してくれないことには同意できない」
仮面をつけていても車内の視線が全て自分に集まったことに耳を赤くさせたジェイ叔父さんが、もっともなことを言った。
「お婆特製の回復薬は凄く効果があるけれど、とても高価なんだ。でも、ジェイ叔父さんは家族だから価格を気にせず使い放題だよ。だからすべての祠で魔力奉納するたびに回復薬を飲んで魔力を増加させれば、次の祠で魔力奉納する時に魔力を引き出される量がどのくらい増えるのかを知りたいんだよね」
それは知りたい、と車内の全員が期待の籠もった眼差しでジェイ叔父さんを見た。
「薬なら一日の使用限度量があるだろ?」
「高価すぎて、がばがば使えないだけです」
「子ども用は無理をするなという意味で一日一本です」
ジェイ叔父さんは両頬をパチンと叩いて、俺はその条件の両方から外れているのか、と呟いた。
「研究者の端くれとして、その実験に興味があるし、やってみたいと思うんだ。だけどな、なんだろう?何か警戒しろ、という言葉が頭の中に浮かぶんだ」
みんなが苦笑すると、兄貴が言った。
「お婆もずいぶん頑張ってくれたんだけど、恐ろしくマズいんだ」
「ぼくたちは子ども用しか飲んだことがないから、大人用の味はわからないよ」
ぼくが敢えて言わなかった情報を兄貴に暴露されたので苦しい言い訳をした。
「マズいだけなら問題ない。やってやるよ」
ジェイ叔父さんの男気溢れる言葉にぼくは無言で回復薬を差し出した。
「匂いはそれ程でもないんだな。むしろミントの香りがして清々しい」
小瓶の蓋を取ったジェイ叔父さんの感想にぼくたちも鼻をひくひくさせた。
大人用の味も香りも効果も知らないぼくたちは、小瓶に口をつけたジェイ叔父さんを見守った。
マズいと事前情報があったのにもかかわらず、口に含むなり一瞬えずいたが上を向いて一気に飲み込んだジェイ叔父さんに、ぼくたちは拍手をした。
ジェイ叔父さんは無言でぼくに瓶を返し、両手で頭を抱え込んだ。
「……マズい。……けど効くな」
予想通りの解答を聞くころに馬車が速度を落とした。
「馬車の格式を落としたのは大正解な気がするよ」
風の神の祠の広場に降り立ったウィルが言った。
貴族街から離れている水と風の神の祠は貴族の馬車では浮くだろうと考えてはいたが、水の神の祠の広場の方がまだ人々の服装が清潔だった。
帝都の夏はからっとした暑さで、日陰に入れば過ごしやすく、人々はゆったりした涼しそうな衣服なのだが、布を染める余裕がないのか生成りの生地ばかりだった。
水の神の祠の広場ではそんなイメージ通りだったのに、風の神の祠の広場の人々は洗濯をいつしたのだろうという色合いの服の人が多くいた。
「……これでもスラム街ではないんだよ」
見慣れているボリスが言った。
「風の神の祠の広場はこんな感じだよ。城壁に向って行くにつれてスラム街になっていくんだ」
門に近いところを綺麗にしておかないなんて、外から来る人たちの第一印象が汚い町になってしまうのにね、とマークが微かに囁いた。
風は言葉を運ぶから、用心深く辺りを見回した。
場違いなのはぼくたちの方なので、ぼくたちは急いで魔力奉納をして馬車に乗り込んだ。
「カイル!奉納した魔力の量はほんの僅かに水の神の祠より多かっただけだ!みんなの差と変わらないぞ!!」
馬車に乗り込むまで大人しくしていたジェイ叔父さんが興奮して言った。
「仮説だけどいいかな?」
小首を傾げたウィルが言った。
「もしかしたらジェイおじさんがカイルから回復薬をもらうことを前提で最初から絞り……、たくさん魔力を奉納させられているのでは?」
「次の祠では回復薬を飲まずに魔力奉納をしてみたらどうかな?」
ボリスの言葉にジェイ叔父さんが首を横に振った。
「回復薬を飲まずに魔力奉納をしたら、次で俺は倒れるぞ!」
ぼくは二本目の回復薬をジェイ叔父さんに差し出した。
神々は十年間引き籠っていたジェイ叔父さんから十年分の魔力奉納を要求しているようだ。
おじさんは気合を入れるように深く息を吐いた後、回復薬を一気飲みした。
「……これがまた、マズい以外は問題ないんだよなぁ。体か軽くなって必要な量だけ魔力が湧いてくる。母さんの薬のなかでもこれは別格に効くな」
この事態はジェイ叔父さんを光る苔の洞窟に連れていけという神々からの圧力なのだろうか?
兄貴を見ると頷いた。
「何かあったの?」
ぼくの視線をいつも追っているウィルに訊かれた。
「十年分の魔力奉納をする人物は被験者として不向きだったかな、って考えていたんだ」
十年分というぼくの言葉に馬車の中の全員が噴き出した。




