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諦めない

 買い物を終えたぼくたちは、おにぎりと唐揚げの簡単なお弁当でお昼を済ませ、冒険者ギルドに戻る道中、ウィルとロブには内緒で亜空間に移動し、必要になりそうな物を作った。

 自然なタイミングで戻って来れたので、二人にはバレていないはずだ。


 収納庫で仕上げた浄水の魔術具を納品し、次に魔術具を引き渡す町を商会の人たちと決め、東に向かう冒険者たちを激励した。

「なるべく危険を回避するために早朝や夕方の活動は控えてください。食料はキリシア公国の携帯食、美味しくはないけれど少量でお腹が膨れるうえ、見た目が食べ物に見えないから奪われない、貴重な食品を支給しますね」

 キリシア公国のお姫様のマリアから譲ってもらった貴重な携帯食料を商会の代表者は惜しげもなく冒険者たちにあげてしまった。

 ぼくたちはいつも美味しいものを食べているから、持っていても食べる機会がなかったのだ。

「念のために聞きますが聖魔法を使える方がいるんですよね」

 ウィルが訊くと、控えめに二人が手を上げた。

「……辛うじて使える、程度で誰かが瘴気に冒されたら物理的に燃やして解決する方が得意だ」

「俺も燃やす方が得意だな。瘴気の気配がしたら、みんな全力で逃げてくれ」

 できないことはないけれど、自分を守るだけで精一杯、ということらしい。

 死霊系魔獣に対応できる人なんて一部の上級魔術師や上級魔導士だけだ。

「みんなで人体実験をしようとしているわけではないんだけど、ぼくたちのお守りをお餞別としてあげるよ。でもね、これを検証したことはないから、絶対にあてにしないでね」

 ぼくは亜空間で急遽作ったキュアのチャーム型のお守りの魔術具をみんなに手渡した。

「ありがとう。ずいぶん可愛らしい飛竜だな」

 冒険者の言葉にキュアが背中の鞄から顔を出した。

「ハハハハハ。本物のモデルがいたのか!」

「もう何があっても驚かないと思っていたのに、本物の飛竜がいるのか!」

 母竜から預かっているだけだ、といつもの説明をした後に、悪意を跳ね返す魔術具だけど、瘴気に効く保証はない、と念を押した。

「こういう気持ちのこもったものが、ありがてえんだ。冒険者になった時からまともな死に方をしない覚悟をしてきたが、無茶をする前に、俺を気遣ってくれる人がいることを思い出す品はいいもんだ」

 感極まって涙目でぼくに言った冒険者の一人に、本当は美女からもらいたかったんだろ、と他の冒険者たちが囃し立てた。

「死なない約束をするって冒険者らしくっていいだろ!」

「そういう約束をする奴が一番先にあっさり死ぬんだよ」

 冒険者たちの軽いやり取りにウィルが眉をひそめた。

「死なないための悪あがきは、みっともなくても何でもやってほしいんだ。得意不得意、できるできないは置いておいて、聖魔法の魔法陣だけは仕込んでおいてほしいんだ。魔術具の検証で一般の村人でも僅かながらでも作動する結果が出たんだ。誰もが全属性の魔力を少量ながらでも保持していたんだよ。死に物狂いの時に何らかの役に立つかもしれない」

「絶体絶命になれば、持てる力を最大限出すだろうから、ぼくのお守りより信憑性がありそうだね」

 神々は土壇場まであきらめない生き物にご加護を与えるイメージがある。

「ああ、そうだな。最後に信じられるのは自分だけっていう信条は俺たち向きだ」

 東方行きを志願した冒険者たちはみんな初級魔法学校は卒業していたので、光と闇の魔法陣を描くことはできた。

 できるだけ正確に歪みなく重ね掛けした魔法陣を各々に描かせて、身につけてもらうことにした。

「ああ、これに命を預けるのかと思うと手が震える……。だぁ、失敗した!」

「紙はたくさんあるから気にしなくていいよ」

「……こんな基礎魔法陣でいいのかなぁ」

 光と闇の魔法陣は魔力を通してもエフェクトがほとんどないので効果を実感しにくい。

「魔導師が祝詞で神々に依頼して魔法を行使するように、魔術師は魔法陣を通じて行使したい魔法を神々に伝えるのだから、窮地に立たされた時は『神様お願いします!』くらいのわかりやすいものの方がいいんじゃないかな。難しい魔法書にも難しい言葉で、魔法陣をいかに簡素化すべきか、とだらだらと書いてあったよ」

 ぼくの説明に、ウィルが頷いた。

「難しい魔法陣に魔力を消費するより、完璧な基礎魔法を一発ドンとかまして、あとはひたすら逃げちゃおう!」

 ウィルの言葉に冒険者たちがどっと笑った。

「ああ、緊急事態では難しいことをするより、サッと体が動くことをする方が理に適っているし、性にも合ってる。七大神の魔法陣を全部仕込んでおこう!」

「こんなに真剣に魔法陣を描いていたら、俺も中級魔法学校に進学できたかもしれないな」

 冒険者ギルドの待合室は初級魔法学校のように真剣に魔法陣を描く冒険者たちで賑やかだった。


 冒険者たちと笑顔で別れて、ぼくたちは拠点にしている町にもどった。


「うわぁ。なにそれ!冒険者たちが東方に魔術具を売りに行ってくれるの!?」

 農業指導班の留学生たちと合流すると、とんとん拍子に進んだ話にケニーが感嘆の声を上げた。

「うん。冒険者の人たちと仲良くなって、『お前たちがそんなに頑張っているんだから俺たちがやる!』ってことになっちゃったんだよね。ああ、ぼくはこっちのスープがいいね」

 ぼくたちは鶏ガラ、牛骨、海鮮、の三種類の鍋のスープを煮込んでいる。

 ベンさんはクラインの思い出の味を再現するために、本気になって色々な味で勝負に出るようだ。

 ぼくたちは手伝いが増えることを面倒だとは思わず、ご馳走を前にした十歳の少年らしく、少しずつスープの味見をしながらお気に入りを決めていた。

「俺は牛骨のほうが旨いなぁ。それにしたって、死霊系魔獣が跋扈していそうな東方に向かう命知らずが、そうそういるとも思えないんだよなぁ」

「そりゃぁ、牛テールが入っている方がここに肉がついているから美味いに決まっているさ。……ああ、そうだなぁ、現在買い取り価格最高の終末の植物を追っていれば、死霊系魔獣に行き当たる。どうせやるなら少しでも稼げる方に流れるのが冒険者としての本質だろう」

 五つの村から戻ってきた冒険者たちは、金次第で何でもやるのが冒険者稼業だ、と言った。

「引き受けてくれた人たちはみんな秀の冒険者たちで、腕に覚えがありそうな人たちだったよ。……ああ、そうだ。王家が蝗害被害に緊急支援をしてくれることになったようだよ!」

 魔力供給を冒険者たちに緊急依頼して、大掛かりな食糧支援計画があることをみんなに告げる、と留学生一行は飛び上がって喜んだ。

「お前たちは特殊だよ。そんな、見ず知らずどころか、会ったことも無いやつらのために、何でそこまで喜べるんだ?」

 海老の皮を剥きながらクラインが呆れたように聞いた。

「その海老をとった漁師さんたちにぼくは会ったことがあるよ。港町にクラーケンが襲来した時にみんなで結界を強化したんだ。クラーケン自体は緑の一族の族長が外洋に連れ出してくれたんだけど、漁師さんたちはぼくたちに感謝をしてくれて、今でもたくさんの海産物を冷凍して送ってくれるんだ。クラインは見ず知らずの人の誠意を食べているんだよ」

「ぼくはクラーケンの一件には居合わせていなかったけれど、あれから、カイルやウィルが取り組んでいる、土地の魔力や養分を保つ研究の文献を読んで、海へと続く穀倉地帯の領地出身者として、王都に行って自分も研究しようと決めたんだ。その漁師さんたちに会ったことはないけれど、美味しい海の幸のおすそ分けをいただいて、共同研究を活用させてもらって、ぼくは自分の研究をしている。見たことも、会ったこともない人たちの恩恵を受けてぼくは成長しているんだ」

 なぜか帝国留学になっていた流れも、文献の中の名前でしか知らなかった、カイルに会いたかったのかもしれない、とケニーが言った。 

「自分の幸せや家族の幸せは、見たこともない、会ったことのない人たちに支えられているんだ。だからこそ。ぼくも見たこともない誰かを、遠くで支援できる人間になりたいんだ」

 それでも自分たちが安全で健康な状態じゃないと何もできないけどね、とウィルが続けると、クラインが口元を抑えて考え込んだ。

「似たような言葉を聞いたことがある。……どんなに遠く離れていても……なんだっけな?」

 こめかみを両手の拳で叩き始めたクラインを、ベンさんがガシッと腕を掴んで止めた。

「物理的な衝撃で思い出すより、食事で思い出そうぜ。今日は米麺パーティーだ!」


 宿の食堂はビュッフェ形式に各種米麺料理がずらりと並んだ。

 麺は平麺も太麺も細麺あり、スープは甘辛いトムヤムクン風やスープカレー、辛くないスープも幾つもある。辛くないスープは味見済みだ。

 焼きビーフンに……春まきに春雨サラダ!これは米麺じゃないが、似たようなものとして紛れ込んでいる。

 片っ端から味見がしたいぼくたちはテーブルを回る進行方向も自然に出来上がり、スパイスの利いた香りに辛さを予想しあった。

 食堂のあちこちに水差しが置かれていることからして、どれか物凄く辛い料理かあるのだろう。

 いただきますの声があちこちですると、美味い、という声が圧倒的に多かった。

 何口か食べ進めた後、ああああ、辛い!痺れる!とテーブルのあちこちから聞こえた。

 ぼくが食べたトムヤムクン風のフォーは濃厚な蝦の旨味と甘酸っぱさの後に、強烈な辛みがやってきた。

 顔中から汗が一気に噴き出たが、後を引く美味さにもう一口食べたくなる。

 水を飲むのはまだ早い、少なめに取り分けたこのスープを飲み干すまでは我慢するぞ。

 ぼくはトムヤムクン風フォーを一気に食べきり、水のコップに手を伸ばし横を見ると、顔から汗を一切掻いていないウィルが涼しい顔でヨーグルトドリンクを飲んでいた。

 上位貴族らしい優雅なやり過ごし方だ。

 ぼくは口内が穏やかになることを期待して生春巻きを食べた後、焼きビーフンを一口食べて、吹き出すのを堪えた。

 辛い、痺れる!

 舌が痺れて堪らない!!

 これが一番辛い料理だったのか!

 赤くないから油断していた!

 青唐辛子に山椒が効いた焼きビーフンは、ゴロゴロと豚肉がたくさん入っていて美味しそうだったのでちょっと多めによそったのだ。

 ぼくがヨーグルトドリンクに癒しを求めていると、スライムたちが変わりに食べてくれた。

 キュアに癒しをかけてもらってから、辛くない料理を臭いで当てることにした。

 いつのまにか留学生たちがキュアの前に行列を作っているのを、シロとみぃちゃんが笑って見ていた。

「……俺も、止めとけって言われたのに、こっちのスープが飲めたから、彼女のビーフンを味見したんだ。辛さのあまりに昏倒して、目覚めた時に見た彼女は……黒髪で緑の瞳ではなかった!赤毛に青い瞳のそばかすが多い小さな女の子だったぞ」

 小さな女の子!?

 クラインが突然思い出した東の魔女の容姿に、ぼくとウィルはキョトンとして顔を見合わせた。

 兄貴の目は焦点があっていない。

 太陽柱でその容貌の少女を探しているのだろう。

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