揚げ物の魅力
「まあ、長話になりそうだし、飯にしないか?」
ベンさんはそう言うと光と闇の広場に作った簡易の厨房に移動するようにみんなを促した。
「人間、腹が減っているとロクな発想になりやしない。アレをしたいコレをしたいと思っても人間の手は二本しかないんだ。やれることは限られている。腹を満たせば現実的な提案だって出てくるだろうよ」
冒険者たちの顔が輝いた。
「お前たちが厩舎を増築している間に川エビが取れたから素揚げしてある。餡掛け焼きそばに入れてやろう」
留学生たちの顔が輝き、麺はパリパリにするかしっとりにするかで諍いになった。
「よくわからないが、両方作れば良いじゃないか」
どっちも食べる気でクラインが言った。
「村の方々は青物野菜を提供してください。後は我々が用意します」
商会の人たちが村人たちも誘った。
「すでに茹で麺にしてあるのですね。それに、下ごしらえまで済んでいる。奥さんたちが野菜を提供してくれたおかげで豪勢な餡になりそうですね」
村の畑の改善で、提供してくれる野菜が増えたことに商会の人たちが笑顔になった。
村人たちは、ここで料理をするときには神々に祀るものと決めてかかり、せっせと祭壇の支度を始めた。
魔力が常に供給される畑の状況はますます好調になるだろう。
ぼくたちは順番にかた焼きそばの麺を焼き、皿の上に何層にも積み重ねていた。
クラインは茹で麺と川エビを上げた油を交互に見て首を傾げている。
東の魔女の家ではパリパリといえば、揚げ麺だったのかもしれない。
何個か麺を揚げていいか、ベンさんに訊くと了解してくれた。
揚げるという言葉だけで、美味しそうだ、と留学生一行が言った。
揚げる、という言葉だけで、山菜を取りに行く村人もいる。
ついでに冷凍フライドポテトを冷凍庫に取りに行く商会の人もいる。
揚げる、という言葉は魅惑的なのだ。
「いただきます」
すっかり遅くなった昼食のテーブルには三種類の餡掛け焼きそばと、季節の野菜天婦羅とフライドポテトとイモモチがあった。
冷凍保存しているイモモチは留学生一行の好物だから、誰かが便乗して揚げたのだろう。
三種類の麺はどれも好評だったが、油をふんだんに使った揚げ麺は、大ご馳走だ、と大好評だった。
「パリパリしたところが美味しいのはもちろんだけど、餡を吸って柔らかくなった真ん中の麺も好きなんだ」
クラインは何度も頷きながら、この味が堪らないんだ、と言った。
パリパリの揚げ麺にはオイスターソースの餡をかけた。
冒険者として世界中を股にかけたのなら、牡蛎の旨味は海沿いで味わったのだろう。
森の中の一軒家だった東の魔女の家の思い出の味ではないかもしれない。
「これは牡蛎の旨味だね。あの人の大好物で一口食べるなり満面の笑みになるやつだ」
パエリアやもんじゃの隠し味でも使った、牡蛎の旨味がクラインの記憶を呼び起こしたきっかけだったのか。
「ああ……俺は数日滞在したんじゃない。心が完全に癒されるまであの人の家に居た。鶯が鳴き始めた頃保護されて、鈴虫が鳴く頃に魔法学校入学のための勉強が始まった」
世界の魔獣カードの制作に携わっていた辺境伯領出身者たちは、鶯、鈴虫という言葉に大陸東方だと確信を持った。
「あの人に褒められたい一心で勉強を頑張ったのに、魔法学校の新年度に間に合って良かった、という言葉の後、寄宿舎の説明を受けた時、あの人との離別を理解して、話が何も頭の中に入って来なかったんだ」
うわぁぁ。
最悪な環境から保護されて安心して暮らせる場所を手にしてから、鶯の鳴き始めの初春から鈴虫が鳴きはじめる初秋の季節二つで出て行け、と言われた衝撃を思えば、魔法学校入学後の説明を全く覚えていなかったのは理解できる。
逆を言えばそういう状況で自分の立場を理解して東の魔女の説明を覚えていた、クラインの先輩は鋼の精神の持ち主だ。
「ああ、甘い飴玉をもらったよ。寂しくなったら一つ口に含めばいい、と手渡された飴の味に、このイモモチが似ているんだ」
みたらし味の飴って、醤油飴!
ハロハロの飴が醤油飴ではなかったはずだから、別物かな?
「ああ、思い出の味か。お前さんが言っていた米粉の麺な。試作品を作っているから、もう少し待ってくれ」
ベンさんは米粉と澱粉の割合を研究中で、ぼくは南方探索中のディーにタピオカの原材料のキャッサバ芋を探してもらっている。
「聞かなくてもわかっているけれど、何か美味しそうなことを考えている?」
「米麺の失敗作は揚げて、おせんべいにしたら美味しそうだな。エビチリと一緒に食べたいなって考えていた」
ウィルの質問にぼくが答えるとベンさんが笑った。
「厩舎が案外早く出来たから、晩はエビチリとそのおせんべいにするかい?」
「米麺は失敗すること前提で話を進めるのか!」
「いい塩梅になるまで、試行錯誤がある中で失敗作が美味しいものになるのなら、そっちを中心に話した方がまるで失敗などなかったように見えるじゃないか」
揚げればだいたい美味しくなる、という法則を活用するだけだ。
「いいですね。試作品は米麺としては失敗でも、別の料理として見れば何も失敗作じゃないのですね!」
商会の代表者がいい笑顔になった。
「発想の逆転を持てばいいのです!私たちの販売する魔術具が高価で購入を渋る村々を説得するなんて、到底無理なことだと考えていましたが、先方から是非買わせてください、と言われるようになればいいのです」
「ほら、飯を食えばいい案が出て来ただろう?」
まだ商会の代表者が何を思いついたのか説明もしていないのに、ベンさんは得意気に言った。
「で、土壌改良の話に興味を示しても、高価な魔術具に二の足を踏みそうな村々に、どうやって自主的に購入を促すのですか?」
村長が商会の代表者に取りすがるように詰め寄った。
「カイル君たちの協力が必要なのですが、現状ある魔術具を小さくしてもらうだけでいいのです。作物の苗を急成長させる鉢型の魔術具を、このコップくらいに小さくしてもらい、青菜なら植えた翌日に、トマトでも十日ほどで食べごろになり、その作物が美味しければ、もう少し大きいものが欲しくなりますよね」
冒険者たちも村人たちも頷いた。
「少し大きな鉢を買っても、村人全員で食べられるような量はできない。ただ、私たちの魔術具への信頼が高まり、あっという間に成長こそしないけれど、村全体の農地を改良する魔術具をどうしても欲しくなるはずです」
違いない、と村人たちは賛成した。
「問題は、ただでさえギリギリの状態の村に最初の小さな鉢を買ってもらうことです」
「原価を抑えて量産できれば販売価格を抑えることができますね」
「それは研究次第で何とかできそうだよ」
ぼくがそう言うと村人たちの顔が輝いた。
「販路の拡大には各ギルドへの調節が必要ですね」
具体的に必要な調整を検討し始めると、村長が身を乗り出した。
「試作品ができたらすぐにでも売って欲しいのです。上の娘が嫁いだ村とは連絡が取れなくなってしまい付近に軍が滞在した形跡があったそうです。下の娘のところからは、まだ支援を乞う手紙がきているので生きているでしょう。間に合うかどうか気が気じゃないのです」
「それは急がないといけないね。ぼくは午後からは小鉢の魔術具を作るよ。魔法が使えない冒険者と、魔法学校に行かなかった村人を数人、手伝いとして借りていいかな」
ぼくがそう言うと、皆一様にキョトンとした顔になった。
「誰でも使える魔術具じゃないと小さな村では困ることになるじゃないか」
知識の伝承が途絶えたことだけでなく、魔力の弱い土地で育った人間の魔力は低くなっているのではないか、という仮定で考えなければ、ぼくたちが去った後、五つの村を拠点に結界の強化を広げていくことに行き詰ってしまうかもしれない。
ぼくの考えが通じた留学生一行は、人数をどうするか、と検証の手順を考え始めた。
超特急で小鉢の魔術具を仕上げるために亜空間にぼくが移動しようとすると、ウィルに左手を掴まれた。
わかったよ。連れて行くよ。
ぼくは兄貴とウィルと魔獣たちを連れて亜空間に移動した。
「魔術具の小型化は、理論上そこまで難しくないから後にして、東の魔女の相談をしたいんだ!」
真っ白な亜空間に着くなり、ウィルが言った。
「緑の一族っぽい容姿はまやかしのような気がするよ」
ぼくのスライムが真っ先に言った。
「卒業式にきたおじさんも、東の魔女だよね」
「市民カードに上書きができる魔法使いが何人もいるとは思えないよ」
キュアとみぃちゃんも東の魔女は単独行動をしている、と踏んでいる。
「そうだよね。ぼくもそう考えているよ。ガンガイル王国にいる時に集めた東の魔女の情報は、東方の島国の王家の家庭教師だったり、長寿の研究で眠りについて居たり、王家と決別して大陸に引きこもったなんて言うのもあった。まあ、魔力の多い女性全般を魔女として語り継がれていたら、どれが本当の東の魔女の伝承かわからなくなってしまったよ」
魔本も、そうだそうだ、と思念をよこした。
「東の魔女って言葉の響きもいいから、魔力の高い女性なら誰でも東の魔女と称されそうだね。だから、一旦伝説は置いておいて、ガンガイル王国の王家に干渉してきた魔女、ということに限定して着目しよう」
ぼくたちは頷いた。
「ジェニエさんが研究していた解毒剤をクラインに試してみたら魔女のことを思い出すかなぁ」
「飴玉で他人を操っていたことは間違いなさそうだけれど、ハロハロとクラインはちょっと違うんじゃないかな」
ウィルはお婆が試作した治験さえしていない解毒剤を使用する提案を出したが、兄貴がやんわりと止めに入った。
「ハロハロには物事を深く考えないようにする暗示がかかっていたけれど、クラインには東の魔女にかかわることや、過去の嫌なことについて忘れるように暗示がかかっているようだよ」
「ああ、暗示を解いたら、思い出さない方がいい惨事を思い出させてしまうことになるかもしれないのか!」
ハロハロとクラインの違いを指摘すると、ウィルは安易に解毒剤を使ってはいけないことを理解した。
「ハロハロは幼少期に精霊を捕まえる奇跡を起こしていたから正気に戻れたように、クラインもなんだか精霊たちに守られているような気がするから大丈夫かもよ」
クラインが東の魔女に保護されるまでの強運を考えると精霊たちが付いている可能性があるので、ぼくのスライムは解毒剤を使用することを勧めた。
「東の魔女がガンガイル王国にこれ以上干渉しないのなら、この件は放置しておいてもいいんじゃないかな」
みぃちゃんは東の魔女には興味がないようだ。
「行方不明の子どもを探していたのなら、いずれ、かち合いそうな気がするよ」
「クラインが子どもの頃に探していたんだから、もうおじさんかおばさんになっていそうだね」
ウィルの発言にみぃちゃんのスライムが突っ込んだ。
「いなくなった子どもたちが大人になったら、ディーみたいになってしまっているのかな?」
「洗脳されていると話が通じなくて嫌だな」
スライムたちはそんな会話をしている。
帝国国内では、そんな人たちが普通の人の中に紛れて活動していることを念頭に置いておかなくてはいけないのか、と気を引き締めた。
「まあ、先のことより、ササっと魔術具を仕上げちゃおうか」
ぼくは話題の転換を試みた。




