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懐かしの味

「この村だけ手抜きのメニューなのか?」

 冒険者たちの感想はついて来た各村の村長の息子たちもこれが料理か?という顔をしている。

 でも、お好み焼きともんじゃはアレンジ次第で村で再現できる簡単なメニューなので村人たちは喜んでいる。

「ここに天かすを混ぜても美味しいんだよね」

 留学生たちにはなじみの料理なので、各々が自分の好きな具材を交ぜて土手を作っている。

 冒険者たちもぼくたちを真似てもんじゃを焼きながら、鉄板の横で厚切りベーコンを焼いている。

「秋までにもう一回刈り入れができるはずだから、頑張ってくださいね」

 兄貴がそう言うと冒険者たちが頷いた。

「明日からは畜舎の増築班と農機具の魔術具を作る班に分かれます」

「五つの村の畜舎をやはり一日で作ってしまうのですか?」

 天婦羅蕎麦の村の村長の息子が質問した。

「土魔法で作るから時間はかからないけれど、維持に魔力を使うことになるかな。でもいざという時に家畜が死霊系魔獣から守られる場所が確保されている方が、村の人たちは村長の家に避難していられるから必要なことだよ」

「家畜は村の財産だから、いざとなったら自分の身の危険を顧みず助けに行こうとする人がいると、悲劇にしかならないからね」

 ウィルの言葉にロブが村長の息子たちにもわかりやすいように説明した。

 借金してまで増やした家畜を失ってはと、無理をする人が出ることを容易に想像できた村長の息子たちが、畜舎にまで護りの結界を施してくれるのですか!と驚いた。

「どこまで補強するかで別料金になりますよ」

 商会の人たちが笑顔で言った。

「新しい魔術具を試してみたいから、ちょっとそこは要相談で行きましょうよ。家畜の体から漏れ出ている魔力を利用できないかと考えているから、上手く行ったら画期的でしょう?」

 ぼくがそう言うと冒険者たちと村長の息子たちがそこまでして魔力を集めるのか、とドン引きした。

 留学生たちと商会の人たちは、馬車のポニーたちの座席に使われている魔法陣を改良するんだろうな、と当たりを付けていたのかあまり驚かなかった。

「まあ、要相談ということでいいでしょう。農機具は五つの村で出資した新会社で五つの村が共同で使う魔術具になります。運搬と保全と管理を、ここに居る冒険者の皆さんにしていただくことになります」

 商会の代表者が真面目な話をしているけれど、もんじゃがそろそろ食べごろだ。

「はい!今が食べごろです。真面目な話は食後にしましょう!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」」

 留学生たちが小さなヘラを上げて元気よく返事し、食べ始めると、冒険者たちと村長の息子たちも恐る恐るフーフーして一口食べた。

 美味い、美味いとあちこちから声が上がり笑顔が広がった。

「……懐かしい味なんだよな。醤油が懐かしいのかと思っていたけど、海鮮出汁も懐かしいんだ。……だけど、この鉄板料理もなんか懐かしいんだよなぁ。いつ食べたのかも思い出せないよ」

 クレインがそう言うと頭を掻いた。

「鉄板料理はガンガイル王国の郷土料理なんですよね」

 パエリアの村の村長の息子がそう言うと、留学生一行が首を横に振った。

「これらは、カイルの創作料……カイルの親戚の料理?」

 辺境伯領出身者がそう言うと、留学生一行が頷いた。

「ぼくもうろ覚えなのを何とか再現して形にしただけで、どこの地域の料理かはわからないよ。産みの母の経歴とかよく知らないからね」

 よくわからないことは母方の親族の血筋という設定で押し通している。

「緑の一族は世界中を移動する一族だから、世界各地の郷土料理に手を加えていそうだよね」

 ウィルはもんじゃのおせんべいを小さなヘラで剥がしながら言った。

 伝説の緑の一族!と冒険者たちと村長の息子たちが驚き、クラインが、カイルは緑の瞳じゃないぞ、と言った。

「産みの母方の親族が緑の一族と呼ばれているよ」

 ぼくが肯定すると、冒険者たちと村長の息子たちは腰を引いて珍獣でも見るよう目を見開いた。

「デントコーンの種苗を開発した方も緑の一族の方です。伝説じゃなく、実在する一族で、カイルは一族の叡智を学んでいるから賢いんだ」

 ケニーがカイルは凄いんだ、と強調した。

「そうは言っても、両親が盗賊に襲われて孤児になった時、緑の一族に保護されずに今の両親の養子になったから、緑の一族の叡智というより、うちの家族の勤勉さの影響が大きいよ」

「カイルは孤児だったのか……。いや、俺も孤児だったんだ。そうは言っても、孤児になった経緯は記憶にない。ただ、保護されていた孤児院が汚くて臭くて、飯が苦かった事しか覚えていないなぁ」

 クラインがそう言うと、冒険者たちが驚いた。

 クラインは冒険者たちの中で、一番身ぎれいで上質な仕立ての服を着ている。

 ぼくも苦労なしのボンボンが冒険者稼業に足を突っ込んで荒んだ人物だと推測していた。

 あれ?汚くて臭くて飯が苦い孤児院って……。

「クラインは小さい頃から苦労したんだね。ぼくたちが旅先で教会に食材を多めに寄進するのは、併設する孤児院までおさがりの食材がいきわたるように配慮しているんだ」

 ウィルが親身になって話を聞く姿勢になった。

 そうだ、クラインの出身地を聞き出すのはウィルに任せよう。

「よく覚えていないが、教会が併設されていたような感じじゃなかったなぁ。読み書きの指導と魔力測定は毎日あったが、その辺の草でも混ぜて練ったパンかと思うほど苦い食事で、飲み込むのが辛かったことしか覚えていないな」

 もんじゃを綺麗に平らげた後、見た目はこっちの方が凄いが、味は大満足だ、苦笑しながら言った。

「孤児たちは可哀相だとは思いますが、なかなか村としても育てる余裕がなく、近しい親族に世話ができる余裕がないと、教会の孤児院に引き取ってもらうことになってしまいます」

 お好み焼きの村の村長の息子が、もどかしそうに言った。

「ぼくも父方の親族の村には引き取りを拒否されたから、今の家族に引き取られなければ、辺境伯領の教会の孤児院に入ることになったんだろうな。困窮する村に引き取られるより。伝手があるなら良い家に行きなさいという配慮もあったんだろうね」

 そんな美談ではなかったが、そういうことにしておこう。

「えらく気前よく教会に毎日寄進するのは、不幸な境遇の子どもたちにも、ささやかな恵みがいきわたるように配慮していたのか」

 魔力の使えない冒険者をまとめていた冒険者が、いい奴らだなあ、と留学生一行を優しい目で見た。

「神々の恵みは循環させないといけないんじゃないかと、考えているからだよ。神の恵みは食料だけじゃない。魔力だって一所に溜り過ぎていたら、良くないものを引き寄せてしまう。ああ、こういう考え方は緑の一族っぽいね」

 ぼくが笑って言うとウィルが、しみじみと言った。

「カイルは、家族からも緑の一族からもたくさん学んでいるから、発想が面白くて、広く世の中のためになることを考えるんだよね」

 パエリアの村の村長の息子が深い息を吐いて両手で目を覆った。

「その世の中のためになることをする、っていう発想のお蔭で、俺たちの村に奇跡が起こったんだ」

 震える手で目頭を押さえるパエリアの村の村長の息子の言葉に、集まっていたもんじゃの村の村人たちが、そうだそうだ、ありがとう、とぼくたちに感謝した。

「窮すれば窮するほど、村は外の世界を拒否するかのように、近隣の村と協力することが減っていった。今年種もみを提供したら、来年も提供しなければならなくなるかもしれない、そんな考え方をして、お互いに助け合うことが少なくなっていった。そんな最中に今回の話が農業ギルドからきた時も、村人たちは疑心暗鬼だったのに、俺には希望の光に見えたんだ。真面目に頑張れば収穫量が増える魔術具……。夢のような話じゃないか」

「その上、人間が食べていくのに精一杯で家畜を殖やせないなら、家畜のえさを育てる会社を近隣の村で作ろうっていうんだ。やれることなら何でもやりたかったから、俺も親父を必死に説得したよ」

 天婦羅蕎麦の村とタンメンの村の村長の息子たちが、そう言うと各村の村長の息子たちが頷いた。

「そうは言っても、カイル君が指摘しているように、この地域だけが目立って発展すると、良くないものを引き寄せるから、慎重にならざる得ない。だが、今回は良くないものにも抵抗できる魔術具だと、農業ギルド以外からも情報を寄せられたから、信じてみたんだ」

 もんじゃの村の村長は、死霊系魔獣という言葉を出さずに、ガンガイル王国の留学生一行が通過した村の発展ぶりに、良くないものを避ける効果が含まれていることが、各ギルドに評価されていると語った。

 死霊系魔獣に襲われたら村ごと軍に消されてしまうという、噂のせいで、誰一人死霊系魔獣という言葉を口にしない。

「確かに土地の魔力が上がれば良くないものもやって来るけれど、普通の植物や魔獣たちもやって来るだろうね。まずは普通の魔獣の生態系が戻って来なければ、里山の魔力が回復しないよ。良くないものの対策をきちんと立てて、里山を豊かにしなくては、村の土地の魔力を人間だけで支えなくてはいけない現状のままで、ぼくたちのような多めの魔力の人物がいなければ、村を支えられないと思い込んでしまうことになっちゃうよ」

 ぼくの話に、村人たちは目を見開いた。

 大きな魔力の援助なしで村の発展を維持できる、と考えていなかったようだ。

「村の土地の魔力が近隣の野山の魔力に支えられているのですか?」

 パエリアの村の村長の息子が顔を上げてぼくに訊いた。

 ぼくたち留学生全員が頷いた。

「村の周辺で育てた牧草は、植物の成長を助ける魔法陣と、ぼくたち留学生一行や冒険者たちの魔力と、村人たちの協力である程度成長したけれど、精霊たちが興に乗ったから、こんなに急成長してしまったんだ。ぼくたちは数日中に旅立つし、精霊たちは滅多なことで興に乗って人間を助けたりしない。本来は里山から流れ出る魔力や、それを求めて集まる生態系からの栄養素を利用して牧草を育てるものだよ。昔は川で魚だって釣れたんじゃないですか?」

 かつては家畜の放牧も出来たし、川魚も釣れたし、渡り鳥を捕まえることもあった、と年配の村人たちは懐かしむように頷いた。

「ぼくたちはいつの間にか狂ってしまったものを矯正しただけで、後はみなさんの仕事でしょう。ぼくの産みの母は、魔獣が忌避する薬草を植えて村の結界を強化していた。彼女は初級魔法学校までしか卒業してなかった。特別な魔力を持った人ではなかったよ。それでも、強力な魔力を使わなくても結界を強化していた。一族に伝わる技術があったのかもしれないけど、ぼくは三歳で死別したのでそれを教わっていない……。だけど亡き母の発想を応用してみたんです」

 もんじゃの村の村長は頷いた。

「ああ、良くないものを寄せ付けない植物が、昔は森の中に生えていた。それが森の中で見当たらなくなってから、良くないものの話が増えたような気がする」

 死霊系魔獣の発生源は枯れた森からなのか!

 留学生たちは顔を見合わせた。

 死霊系魔獣に襲われた村の周辺は確かに森が荒れていたのだ。

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