グルメツアー
「米麺は食べたことがないな。作り方を知らないなんて残念だ。地元に連絡取れる人、いますか?」
ぼくは米麺の話題からクラインの出身地に話題を振った。
「いやぁ、幼少期に一時期世話になった家で良く作ってくれたもので、その地域の郷土料理じゃないし、もう二十年近く連絡を取っていない。米料理もお前たちの飯のようなふっくらもちもちの食感じゃないんだが、あれはあれで美味かったんだ」
あれ、南東部出身者じゃなく、南東部出身者にお世話になったことがあっただけなのか!
神々のお導きで土壌改良の魔術具を託せる、東部との連絡役の人に順調に知り合えるわけじゃないのか!
並走する兄貴が、クラインはこの先何らかの形で東部に繋がるきっかけになるはずだ、と精霊言語で伝えてきた。
太陽柱の情報は静止画の欠片が集まったもので、可能性の限りの有象無象の未来がある。
シロたち精霊はその中からお気に入りの未来を選んで、対象者に影響を与えて未来を導こうとする。
クラインは東部に縁があるけれど、だからと言ってどうすればいいかという選択肢がいくつもあると、選びきれなくなるのだろう。
お膳立てだけしてこっちに丸投げでは、どうしたらいいかわかるわけがない。
「小麦の種類がたくさんあるように米の種類もいろいろあるんだね」
ケニーがいつか世界中の穀物を食べてみたい、と言うと、冒険者たちが笑った。
「帝都は金さえあれば世界中の食べ物が食べられる、食の宝庫だぞ」
そこからは大都会帝都の食糧事情の話になってしまった。
クラインとの距離を詰めることができただけで上出来だ、と兄貴が思念をよこした。
こうやって、相談されてもぼくの判断がつかずにズルズル時間が過ぎてしまうから、兄貴が勝手にデントコーンの種を撒いたんだろうな。
「あらゆる食材が帝都に集まるが、金がなければどうしようもない。南方戦線が泥沼化してからは庶民の間では食料品の価格が高騰しすぎて、農家と直接物々交換で取引されることだってあったぞ」
貨幣価値の混乱に伴い、ポイントでも食料を購入できない時期があり、物々交換が庶民の取引の主流になると、移住計画で大量に帝都から地方に開拓民として移住させ、餓死寸前の都民を地方に分散させる政策がとられたらしい。
「いいか、悪いかは、俺たちには言えない。ただ、俺たちの家族は帝都の市民権を維持したまま地方に飛ばされたせいで、帝都の市民税と所在地の滞在税の二重に税を取られながら、新天地で暮らしていくことになった。そうなると、移民たちは帝都の市民権を売り始めたんだ」
クラインがそこまで言うと、次の村の生い茂る牧草が見えて、話はそこで終わった。
“……帝国は物流と文化の中心地としてもてはやす流れを作りながら、帝都の市民権を濫発して地方の下級兵士の褒賞代わりにした。増えた帝都の人口を支えられるはずがなく、地方移住者に職を斡旋して一旗揚げて帝都に戻ってこい、という啓蒙活動を行ったんだ”
魔本が中途半端に終わったクラインの説明を補足した。
人と物が集まる帝都を夢見る地方の若者なら、帝都の市民権を獲得して永住することを考えるかもしれない。
そうした帝都に移住したい人たちが移民たちの市民権を買いとって、帝都に行くことだって考えられる。
若い方が就職口もあるだろうから、子どもの市民カードはきっと利用価値が高いだろう。
でも、個人の魔力で登録された市民カードを書き換えるなんて出来るのだろうか?
“……市民カードを登録する教会の魔術具なら魔力登録の変更が出来るぞ”
また教会か。
“……戦争のどさくさで教会の備品が盗難に遭うこともある。教会関係者ばかり疑うこともできない。……なんとも言えんな。戦火や飢饉で故郷を捨てた移民たちも、安定した暮らしを求めて帝都の市民権を求めている。捨てた故郷の市民権は二重課税の対象になるから、少しでも暮らしやすい土地の市民カードが欲しいのさ”
出身地と市民カードが必ずしも同じとは限らないのか。
「こっちの村もいい感じに牧草が成長しているね」
「デントコーンもあるね」
「先に祠巡りして光と闇の広場に集合しよう」
この村ではぼくたちは分散して祠巡りをして滞在時間の短縮を目指した。
祠巡りを終えると、商会の人たちが村長や村人に説明済みだったので、ぼくたちは手早く牧草ロールを作る儀式を行った。
二回目のぼくたちは、余裕を持って精霊たちの出現の様子を観察することができた。
上空のキュアとぼくたちの真ん中のシロの中間の空間に青白い光が点滅すると、色とりどりの沢山の光の渦が起こり、それに呼応するかのように村の外側が光り出した。
光と闇の広場を中心にゆっくりと回るように風が吹く。
村の外では牧草ロールが出来上がっていくのに、村の中は穏やかな日差しに温かい風が点滅する精霊たちを運ぶかのように吹き、精霊たちが村中に拡散していく。
風が青い麦を撫でるように吹けば、精霊たちが棚引くように麦の上を駆け回る。
村人たちは圧倒されて息を吞むように静まり返っていた。
ぼくと兄貴とウィルとシロが魔法陣の中央から離れると、出来上がった牧草ロールが魔法陣の上に出現した。
村人たちから拍手と歓声が上がり、冒険者たちが迷路に食材を配置しに行った。
「米と、乾燥魚介類で、パエリアだって、ベンさんは気付いてくれるかな?」
大鍋料理ということで麺類ではなくパエリアが採用された。
「内陸部の人たちに滅多に口に出来ない魚介類の旨味を教えるのは残酷だと思うよ」
ラーメンを諦めていないウィルが呟くと、ロブが苦笑した。
「数年で豊かになるこの村で魚介類の販路を確保したいのかもしれないよ」
「米の作付面積拡大を狙っているのかもしれない」
「米は良いな。たくさん出来ると、たくさん食べれる」
ケニーと冒険者たちは急速に仲良くなっているようで、話が合う。
「次いくぞ!」
「次のメニューを焼き鳥にすれば、鶏ガラが手に入るかな?」
チキンストックなら作り置きが冷凍庫にあったはずだ。
「次はタンメンを提案してみるよ」
ぼくがそう言うと、ラーメンの親戚か?とウィルの瞳が輝いた。
ぼくたちは村長に挨拶し、次の村に急いだ。
すべての村を回り終えると昼食時は過ぎていた。
ぼくたちは腹ペコで最初の村に戻ると、ベンさんは天ぷら蕎麦の仕込みを終えて、調理場を村の料理上手たちに任せて次の村に行ってしまっていた。
お祭り騒ぎになっていた村では鶏を潰していたようで、野菜天の他に鶏天まであった。
村人たちが見様見真似で打った蕎麦は麺の太さがまばらで、ぼそぼそしているように見えたが、村人たちは嬉しそうに頬張っていた。
ベンさんの作った蕎麦は光と闇の祠の間に作った祭壇に供えられており、料理自慢の村人たちはあれをお手本に、と頑張って蕎麦を打っている。
ぼくたちが食べた蕎麦は、それなりに見た目も良く、蕎麦粉の香りと揚げたての天婦羅を楽しんだ。
「なあ、午後からはずっと食べ歩けばいいのか!」
「そういうことになるね」
「うわぁ。旨い飯が食いたくてこの仕事を受けて早々にこんな楽しい仕事で良いのかよ」
冒険者たちは留学生たちに、今日は走ってばかりでろくに仕事をしていない気がするぞ、と笑いながら言った。
「明日からはサツマイモの成長を見守ってね、絶滅していなければ兎や土竜にすぐに荒らされてしまうよ」
「トウモロコシの収穫も待っているから、しっかり働いてね」
「明日からは厩舎の増築だよ」
「子豚の輸送もあったな」
留学生たちが明日からやるべきことを列挙すると、楽な仕事じゃなかったな、と冒険者たちは笑顔で言った。
働けることが嬉しいようだ。
「ぼくたちが滞在中に、もう一度牧草を収穫できるかな?」
「それをやったら土地の魔力が少なくなるよ」
「どれぐらい魔力奉納を頑張れば、何度も収穫しても土地の魔力を減らさずに済みますか」
ぼくたちの話を立ち聞きした村人が話に入ってきた。
「それはまだ研究中で何とも言えないのですが……」
ぼくたちは今回の村の周辺を利用する取り組みは、今はぼくたちが魔力を提供してこうして収穫に至ったけれど、これからは八人の冒険者たちが五つの村を管理することになることを、改めて説明した。
「なるほど、これに気を良くして家畜を殖やし過ぎては、冬を越せないことになってしまうのですね」
「ええ。この土地で育める命の数には限りがあるはずです。限界を越えれば、家畜の死を招き、死霊系魔獣を引き寄せることになるでしょう」
ウィルの言葉に村長の顔色が変わった。
近隣に死霊系魔獣に襲われて、消されてしまった村でもあるのだろうか?
ぼくは村の外周の魔法陣に魔力を流し、瘴気の侵入を防ぐ魔術具の使用の形跡を探った。
村の西側の魔術具に反応があった。
「パエリアの村に行こうかい?」
険しい顔をしていたぼくに、ウィルが声をかけた。
「すべての村は救えないよ。だからこそ出来ることをしようよ」
ロブが小声でぼくに言った。
できないことは、できないのだ。
ぼくたちは村長に鶏肉をご馳走になった礼を言うと、ほとんどの食材はぼくたちが持ち込んだものだ、と逆に礼を言われた。
次の村では別な料理が振舞われる、と村人たちが聞きつけると、ざわめきが起こった。
足の速い若者の一人が天婦羅をお土産に持参し、ぼくたちについていくことを立候補したが、冒険者たちは、無理だ、と即答した。
「一人だけなら馬車に乗せて上げますよ。次の村でも一人乗るでしょうから、最終的に五人も乗せることになるので、詰めて乗ることに文句のない人にしてくださいね」
商会の代表者が現実的な提案をすると、村長の息子が馬車に乗ることに決まった。
「お米を作れば山の幸のパエリアが作れますよ」
商会の人たちがお米の栽培を村人たちに勧めていた。
「これがパエリアか!」
大鍋のパエリアの半分以上がすでに村人たちのお腹におさまっていたけれど、ぼくたちの分は残っていた。
天婦羅のお土産をパエリアの村の村長に手渡し、パエリアを初めて食べた村長の息子は魚介類の出汁のしみたご飯に舌鼓を打った。
次の村へのお土産のパエリアを持参して、この村の村長の息子も商会の馬車に乗り、タンメンの村に移動した。
勝手にメニューを決められていたベンさんの抵抗なのか、この村のタンメンにはワンタンが載っていた。
「ラーメンとタンメンは、このつるんとしたものとチャーシューの違いなのかい?」
ほぼあっさり塩ラーメンのワンタン入りタンメンを食べて、ご満悦のウィルが言った。
「野菜の調理方法が違うんだよね」
「野菜ラーメンとの差がわからない」
「従妹と兄弟くらい違うよ」
よくわからんけれど、旨いから良し、とクラインが言うとそうだそうだ、と冒険者たちが言った。
滞在中に本物のラーメンを作ってやる、とウィルが意気込んだ。
タンメンの村の村長の息子はどうやってお土産のタンメンを運ぼうか悩んでいたので、生麺とスープに分けて運ぶことを提案した。
四つ目の村がお好み焼きで、五つ目の村がもんじゃ焼きだったことに、五つ目の村で追いついたベンさんに、だんだんメニューが雑になっている、と文句を言われた。
そんなこと言ったって、思いつかなかったんだから仕方ないじゃないか。




