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奮起する男たち

「効果があるかどうかはわからないよ。でも、理論上できるのなら試してみてもいいじゃないか」

「軽いノリだな。新しい魔術具ってそんな簡単な発想で出来るのか?」

「死霊系魔獣が隠れるような森林がないのはクラインさんも移動中に気が付いたでしょう?この村の周辺で背の高い草が成長したらどうなるのか、と想像したらやれることは何でもやった方がいいですよ」

 ぼくが軽くクラインをあしらうとウィルが丁寧に説明した。

 仕事を受けるなら自分たちの安全に直結する話だったことに、冒険者たちの背筋が伸びた。

 ぼくはみぃちゃんのチャームを四人の冒険者たちに配り、地面に描いた聖魔法の魔法陣に一人ずつ魔力を流してもらった。

 俺は聖魔法に適性がない、と言った冒険者でも、うっすらと魔法陣を光らせることができた。

「人間の体は食べたもので作られているんだもん。すべての魔力に適性があってあたりまえでしょう」

 不思議がる冒険者に兄貴が言った。

「さすがにこの程度の魔力では死霊系魔獣どころか、瘴気を抑えることさえできないな」

 クラインは聖魔法の知識があるのか?

 それでも、死霊系魔獣を抑えても瘴気が結界内に侵入する知識はないのか。

「死霊系魔獣と対峙したことがあるのですか?」

「教会を追放された魔導師と組んだことがあるんだ。ちょっとした洞窟探索をしたんだが、それなりの癒しの使い手だったが瘴気の侵入を防ぐ結界を維持するだけで精いっぱいだったよ。魔力枯渇を起こす前に撤退するだけで死に物狂いだった」

 ウィルの質問に、クラインは顎を擦りながらそう言った。

「無事に撤退できただけでその魔術師は相当素晴らしい使い手ですね」

「わぁお。死霊系魔獣を見たことがあるかのように言うんだな」

 ウィルの言葉にクラインが驚きの声を上げた。

「魔獣暴走を起こした廃鉱の見学をしたことがあります。上級魔術師と上級魔導士がペアで浄化の作業に当たっていましたが、現場ではみんな生きて帰ることを目標にしていらっしゃいました」

 冒険者たちは見学だけで済んだのではないよな、と疑いの眼差しをぼくたちに向けた。

「なんやかんやあったような気もするけれど、ぼくたちが移動したら、いつもなんやかんやあるからね。効果がなさそうなら、この魔法陣は使わないでおこうかい?」

 ぼくがそう言うと、冒険者たちがクラインを、余計なことを言うな、というように睨みつけた。

「いや、済まなかった。死霊系魔獣対策は出来るだけ施すのが最善策だ。この魔法陣は採用してくれ」

「そうですよね。出没したことを隠匿されてしまいがちな死霊系魔獣や瘴気の情報は極端に少ないので、対策をたてるのも難しいのが現状です。出来ることは何でもしましょう」

 うんうん、とクラインの言葉をウィルが肯定し、せっかくだから新型魔術具の検証をすべきだ、という流れに話を持っていった。

 ぼくはこの流れに乗って、魔法陣の弱い箇所を炙り出し、そこに瘴気を吸収する魔術具を配備したらどうか?と持ち掛けた。

「魔術具が魔法陣を補完するのか?たまげたな……ああ、魔法陣は完璧でなくてもやれることを全て試した中から最善を導き出すのか!!」

「基本的に夜間、いえ、薄暮の時間から死霊系魔獣は活動を始めると考えましょう。みなさんの安全が第一です。何らかの異変を感じたらすぐに村の七大神の祠に避難してください。結界の魔法陣を読み解けなくても魔法陣に魔力が集まる場所は想像できるでしょう?」

 ウィルの言葉に冒険者たちの顔色が変わった。

「自分の身の安全が最優先事項で間違いないことですが、次に考えるべきことは人的被害を出さないことです」

「これは善意からの行動ではなく、身の安全を確保する行動でもあるのです」

 ウィルの話をロブが補足した。

「ぼくたちのスライムが賢いのは、ぼくたちがスライムたちを教育し、魔力を与えながら知識を授けたからです。もし、死霊系魔獣が人間を吸収し人間の知識と魔力を得てしまったなら……」

 大男の冒険者の一人が、キャーっと嬌声をあげた。

「そうなれば軍が出動する事態になり、ぼくたちは想像さえできないような死闘が繰り広げられることになるだろうねぇ」

「だから、自分が避難する途中に会った人たちの全員を安全な場所に避難させることが大事なんです」

 怪談話風にぼくが語り、ウィルが避難時の必須行動に話を戻した。

「……おま……」

「ぼくたちはこの旅で語ってはいけない事態にたびたび遭遇しました」

 クラインが質問しようとした言葉に、兄貴が口外できない事態に遭遇したことを臭わせるように言葉を重ねると、冒険者たちは口をパクパクさせ何も言わなかった。

 張り詰めた空気を打ち消したのはクラインだった。

「ああ、おれはやるぞ。俺たちはこの地域の安定した食料供給のために、一年かけて五つの村を守ってやるぜ」

 クライン一人でも話に乗ってくれるのはありがたい。

 ぼくが魔法陣にかけて魔術具を設置する場所を具体的にクラインに説明すると、クラインは両手で頭を抱え込んで髪の毛を掻きむしった。

「自作の魔法陣の欠点を披露するなんてあり得ないだろう。それなのに俺はこの魔法陣のどこに欠点があるのか何にもわからない!」

 魔法陣が小さすぎて、僅かばかり入り込んだ煙が見えなかったか。

「わからないことをわからないって言える大人は信用できるよ」

 自身も成人年齢に達しているロブが言うと説得力がある。


 なんだかんだ言いながら村の外周で終末の植物の種を採取し、魔法陣と魔術具を仕込んだころ、井戸掘り班や農業指導班と合流した。

「井戸を作るの早くないか?」

「魔法が使えるのにちんたら掘る意味が解りません」

 冒険者たちのツッコミに留学生がサラッと答えると、さすがエリート留学生たち、というつぶやきが聞こえた。

「お前ら、次の村に走り込みだ!今度の一番はさっきの一番のヒレカツを奪ってやれ!」

「えっ!ビリのヒレカツじゃないのかよ!!」

「ビリの昼飯がなくなるじゃないか。体力のないやつの飯を奪うな!ほれ、走るぞ!」

 ぼくたちは我先にと次の村を目指した。


 こうして午前中に三つ目の村にたどり着いた。

 ベンさんの予想通りにビリになる冒険者はいつも同じ冒険者になりそうだったので、彼にヒレカツを返すべく、三つ目の村が目視できるタイミングでぼくは全力を尽くして留学生たちをごぼう抜きをするはずだった。

 ぼくが足に魔力を込めるタイミングを窺っていたかのように、ウィルも速度を上げた。

 他の留学生たちが負けてもいいや、とでも言うかのように足から魔力が抜けそうになると、ベンさんから檄が飛んだ。

「勝負をあきらめるな!やろうとしないやつが勝つことはない!最後まであきらめるな!!」

 留学生一行は怒涛の勢いで村に走り込んだ。

 勝負を仕掛けたぼくがなんとか一番を勝ち取った。

 “……やったね!カイルが一番だ”

 鞄の中のキュアが喜んでいるが、厳密には一番先に村にたどり着いたのは食事を取らないシロだった。


 三つ目の村では三回目ということで、手際が良く作業できたので短時間で終わらせることができた。

 昼食はヒレカツ定食にカレーうどん。

 ビリの冒険者のヒレカツ一枚がぼくの皿に移されると拍手が起こったが、昼からも頑張ろうね、と言ってヒレカツを冒険者に返した。

 流石カイル!心意気が男前!などとからかわれた。

 サクサクのヒレカツを一枚食べた冒険者が、もう負けない、誰にもヒレカツを奪われるもんか、と宣言するとぼくの時より大きな拍手をもらった。

「これをあと二回、やるのか……」

 項垂れる冒険者たちにベンさんが、出だしだけキツいが一回目の牧草の収穫が終わればもう少しゆっくりできる、と励ました。

「今日種まきをして明日収穫する、ために一日で五つの村を回っていますが、ぼくたちが去った後は一日に一つの村で作業すればいいのでそこまでキツくないはずです」

 毎日五つの村を駆け回るわけじゃない、と聞いて冒険者たちの表情が柔らかくなった。

「俺も引き受けようかと考えている。冒険者として一旗揚げて美人と結婚してって、夢見てたけど、魔獣討伐の依頼なんか最近じゃ滅多にない。自分一人の食い扶持にさえ困るんじゃぁ嫁を探すなんて現実的じゃない。でも、この仕事には未来があるような気がするんだ」

「そうですね。今年この村の検証が上手くいけば、来年以降同じような取り組みをしようとする村が出て来るでしょう。そうなると、雇用の形態はこの村に残るか、新たな村の事業に関わるか、という選択になるでしょう。どちらにしても安定した収入になるでしょうし、貯金をして帝都に出るという選択をすることもできます」

 商会の人たちは村の移動の際に採取してほしい植物や昆虫のリストを冒険者たちに見せて、副業でも稼げる、田舎で娯楽もないからお金は貯まり放題だ、と熱心に勧誘した。

「これは、俺の勘なんだが、俺たちが一年この仕事を続けたらおそらく今より強くなるぞ」

 クラインがそう言うと冒険者たちの食事の手が止まった。

「ベンさんは間違いなく一流の元騎士だ。俺たちはその人が求める移動速度を今日、体感した。あと二つの村を走るんだ。体に叩きこんで覚えさせるようなもんだ。清掃魔法を毎回使うように、俺たちは毎日出し惜しみせずに魔法を使うだろう。魔法学校に通っていた時より、毎日真面目に魔法を行使する姿が目に浮かぶよ。強くならないはずがない」

 冒険者たちは自分たちの手をじっと見た。

「ああ、俺も魔法が使えたならな……」

「一年間真面目に魔力奉納をして魔力を高めて、初級魔法学校の初級魔法学を受講したら生活魔法くらい使えるようになりますよ」

 商会の人たちが自分は大人になってから初級魔術師の資格を取った、と言うと三人の冒険者が尊敬の眼差しを商会の人たちに向けた。

「ガンガイル王国では学び直しが流行っていますから、大人の受講者も多いですよ」

「じゃあ、金を溜めて帝都の魔法学校で資格を取って、初級魔術師の冒険者になることも出来るのか!」

「初級魔術師の資格を習得したら仕事の幅が広がりますよ。魔術具の修理ができるだけで食い扶持に困ることはなくなりますねぇ」

 うちの商会でも仕事がたくさんある、という商会の代表者の言葉に冒険者たちは笑顔になった。

 安定した職という言葉は、結婚願望のある独身冒険者の心に響いたようだ。

 昼食が終わるころには冒険者たち全員がこの仕事を引き受ける気になってくれていた。


 午後は残りの二つの村を回り、日没前に町に戻ってくることができた。

 やり遂げた達成感に浸っている冒険者たちにベンさんが声をかけた。

「俺たちが去った後も旨い飯を食いたいんだったら、料理を覚えた方がいいぞ」

 やる気に満ちている冒険者たちは素直に頷いた。


「昨日の今日で、こうなるなんて想像もできなかったわ」

 宿の奥さんは食堂のテーブルでお茶を飲みながら、大男たちに占領された厨房を見ながら言った。

「仕事の成果が出ず、先の見通しも立たず、荒くれていた、と言えばいいのでしょうけど、みんな人が変わってしまったかのようでびっくりだわ」

 宿の奥さんは冒険者たちがあのまま宿に居ついてしまったらどうしようと気が気じゃなかった、と昨日までの惨状をぼくたちに語った。

「あなたたちはすごく良い子たちなのに、来た時にきちんと対応できなくて申し訳なかったわ。宿の端の二部屋しか臭わない部屋がないと思っていたんだけど、私たちの鼻が既におかしくなっていたのかしらね。あの時は宿全体が臭かったわ」

 ウィルは荒くれものの冒険者の話より、川沿いの熊がどんな被害を出して討伐依頼が出たのか、などのこの町の周辺の魔獣たちの目撃情報を笑顔で奥さんから聞きだした。

 冒険者たちへの不平不満を受け流して世間話から知りたい情報を引き出すウィルの話術はなかなか凄い。


 夕食のミネストローネとカルボナーラを堪能した宿の奥さんは、作り方を見たかった、と猛烈に反省して、ぼくたちの滞在中厨房から離れることがなくなった。

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