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外国人には話せない噂

久しぶりにおまけがあります。

 ぼくたちは村長の家に戻ることなくスライムのテントで夜を明かした。

 シロの予測でこれ以上死霊系魔獣が襲ってこないことがわかっていたので、ぼくはぐっすりと寝ることができた。

 兄貴は寝たふりをしていたようだ。

 ウィルは一晩中警戒をしていたベンさんを心配して、朝食の支度は留学生たちに指示を出し、夜明けとともに中華粥をたくさん作った。

 食べたら少し寝ろ、というみんなの意図が伝わったようで、ベンさんは食べ終わるとそのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。

 大地の神の祠の広場で朝食を食べていたぼくたちに、村人たちが次々とお礼を言いに来た。

 結界の補強は済んだが維持していくのは村人たちの魔力奉納が必要で、結界を補強した魔術具の効果は数年で切れてしまうので、領主に定期購入できるように直訴するように、と念を押し続けた。

 謝礼のしようがない、と頭を下げる村長に死霊系魔獣の退治は新型魔術具の検証のついでであり、まだ開発中の魔術具だから販売できないことを伝えた。

 死霊系魔獣の対策は日中に村人が全力で祠参りをして魔力奉納に励み、夜間は外出禁止を徹底するしか防ぎようがない。

 商会の代表者が、今回は偶々ガンガイル王国の留学生一行の中に聖魔法の使い手が数人いたから瘴気の除去と治療ができたこと、留学生一行は治療費を求めず、謝礼は教区の教会に今年実った作物を供出してほしい、と言ったということで口裏を合わせた。

「それではあまりに皆さんに何もお礼ができない」

 村長が食い下がったので、助けた鶏を一羽もらうことになった。

 去年のボリスたちが動物をもらって旅をしていたのは、金銭やポイントのやり取りで礼ができないほど帝国の農村部が貧しかったからなのだろう。

 ベンさんが寝ている間にぼくたちは露天風呂の脇に僅かばかりの畑を作り、サツマイモの苗を植えた。

 ケニーが魔法陣を仕込んだ小さな畑に神のご加護が授かるように豊穣の神の祭壇を作った。

 ベンさんが目覚める頃には村人たちが代わる代わるお参りに来ていたので、きっと豊作になるだろう。

 ぼくは風呂の水をろ過して循環させる魔術具を作った。

 ここが村人たちの憩いの場所にもどったらいいな。

 商会の人たちは魔術具の代金の支払方法を説明していた。

 借金が増えるが頑張って完済してほしい。


「家畜たちの餌はどうするの?」

 潰してしまった村長の家の中庭の牧草がなくなってしまったことをケニーが心配したが、兄貴は村の結界の外に牧草が自生するはずだから大丈夫だ、と言い切った。

 確かに手の空いた留学生一行が浄水の魔術具を作るために、村の周辺の終末の植物の種を採取しまくった。

 村の土地の魔力が今後回復すれば牧草が自生したら刈り放題になる。

 先のことを見通して不確かなのに言い切るということは、兄貴は自力で太陽柱を見られるようになり、最悪の事態まで想定して判断できるようになったのかもしれない。

「どうしたの?」

 兄貴をじっと見ていたぼくに、ウィルが訊いた。

「昨日からジョシュアが活躍しすぎていて悔しい。ぼくももっと頑張らないとって思ったんだ」

「追いつけない背中をずっと追いかけている相手に、全力疾走する宣言をされた気分だよ」

 ウィルがたまにはもっとゆっくり歩くように学ぼうよ、と言うと留学生たちが頷いた。

 そうかな。

 ぼくが自力で太陽柱が見れなくても、シロがいるから……まあいいかな。


 目覚めたベンさんが旅順を村長と相談すると、死霊系魔獣の秘密情報を教えてくれた。

 噂であっても外国人には教えられない帝国内の情報のはずなのに、ぼくたちが誰にも話さないという条件で教えてくれた。


 死霊系魔獣に襲われた村は村ごと帝国軍の特殊部隊に焼き払われてしまうらしい。


 噂ではこの先にはそういった村がいくつかあるらしく、村人たちの親戚が暮らす村を通りがかったら土壌改良の魔術具を売ってあげて欲しい、とお願いされた。

 焼き払われた村の名前は具体的にはあがっておらず、昨日死霊系魔獣に襲撃されるまで、村長も噂に過ぎないけどあり得ないとはと思えない、と警戒していたらしい。

 ぼくたちがいなければこの村は消滅していた、と村長は涙をにじませた。

 昨晩、礼拝室で必死に魔力奉納をした村長のお蔭で、最初にやって来た死霊系魔獣の本体の侵入を防いだのは事実だ、とベンさんは村長を称えた。

「神々への魔力奉納が一番効果が高いのですね。自分たちが暮らす村を自分たちで守ります。それでも大変お世話になりました」

「貴重な情報をありがとうございます。今後この村を通過して帝都に向かう留学生一行は居ないかもしれませんが、商会の商隊によくしてあげてください」

 ベンさんは人の情けは巡り巡るものだと言って笑った。

 なんだか、以前ぼくが言った言葉を自分のものにしてしてしまっているぞ。


「皆さんお旅の安全をお祈り致します」

「村のみなさんが健やかに過ごせますよう、また、洗礼式に一人の子どもも欠けることなく迎えられますように、ぼくたちもお祈りいたします」

 村人たちに別れの挨拶をして昼前にぼくたちはこの村を後にした。


 ぼくたちは高速で通り過ぎることをせず、こまめに休息をとり、終末の植物の種や、すでに発芽した終末の植物もたくさん採取した。

 これは浄水の魔術具だけではなく、網鉄砲にも浄化の魔術具にも使えたのだ。

 これから先の安全な旅路のために集められる限り集めたい。


 帝国内の惨状を聞いてしまった限り放っておけないだろうという意見が出るのは仕方がなかった。

 スライムたちのパラグライダーでだいぶん距離を稼げたので、ここ数日は周辺の村も回ってみようということになった。

 ルートの都合上立ち寄れなかった場合や、村がそもそも消滅していたら、燃やしてほしい、と手紙を預かっているのだ。

 地方出身者の集まりである留学生一行は遠方の親戚を案ずる気持ちは理解できた。

 それに襲撃を受けた村の周辺の状況を把握しておきたかった。

 ぼくたちが土壌改良の魔術具を販売した地域からはじき出されて四体もの死霊系魔獣が集まってきたにしては、村の東西南北から出現するなんてことはないだろう、とみんなも考えたようだ。

 四体の死霊系魔獣には学習した形跡が全くなく、遠回りして油断させてから襲うなんて意図はなかっただろう。

「ぼくが死霊系魔獣と戦いたい、という訳じゃないよ。四年間滞在する予定の帝都の周辺で死霊系魔獣が増えていくなんて見過ごせないだけだよ」

 ウィルは長兄が嫡男として相応しいかどうか見極める期間が終了すると、ガンガイル王国に帰国する予定になっている。

 長兄が相応しくない、と判断された時に次兄が文官資格を取得していなければ、ウィルが次期公爵に内定されるかもしれないらしい。

 ラウンドール公爵は領の存続のためには親子の情に流されない判断をするのだろう。

「できれば、死霊系魔獣にはもう遭遇したくないよ。ぼくたちが魔力奉納をしている間に瘴気に襲われていた村人たちがいた、と知った時は背中から嫌な汗がドッと出たよ」

 ケニーがそう言うとロブも頷いた。

「お守りを携帯していたから瘴気が寄って来ないだろうな、と信じていたよ」

 辺境伯領出身者の一人がそう言うと、ケニーとロブ以外が頷いた。

「「悪意を持って攻撃されたら、その力を相手に跳ね返す指輪!」」

 ああ、なんてこった。

 そのお守りは瘴気に通用するかどうか試したことがない!

 ぼくと兄貴とぼくの魔獣たちがドン引きすると、ぼくたち以外も青ざめた。

「あの指輪が瘴気や死霊系魔獣の攻撃を想定して作られていると思うかい?」

 兄貴の一言に留学生一行は首を横に振った。

 昨晩、村長の家から大胆に飛び出して行けたのはお守りが心の支えになっていたようだ。

 あれはぼくとケインとボリスが誘拐事件にあった後母さんが作った魔術具の改良版で、魔法学校でぼくたちを好ましく思わない生徒たちが肩をぶつけてきたくらいでは反応しないように調節されたものだ。

 それが瘴気に効くかどうかは、廃鉱でも結界やキュアの浄化の魔法を駆使して凌いだから検証していない。

「身につけていなければ検証の出来ない魔術具を死霊系魔獣で試すのは良くないことだよ」

 ウィルがそう言うと全員頷いた。

『危ないときは馬車から出ない』

 危険地帯に突入した現状での合言葉を全員で確認した。


 村長の妹が嫁いだ隣村は存続していた。

 死霊系魔獣に襲われた村から南東に位置するこの村は、襲撃してきた四体のうちの一番大きかった東に出没した死霊系魔獣がどうやら素通りしていたようだ。

 というのも襲われた村とこの村の周辺に死霊系魔獣が潜んでいられるような大きな森がなかったのだ。

 あいつはどこから現れてどこを通過したんだ?

 村の入り口で止められ、この村の村長から旅人を滞在させる余裕がこの村にはないからすみやかに出ていくように警告された。

 ベンさんが隣村から手紙を預かっていると伝えると村長が泣き崩れた。

「昨日の黄昏時、水汲みから帰ってきた青年が物凄く禍々(まがまが)しいものがあり得ない速さで隣村の方角へ行った、と報告を受けていました。隣村は、駄目だったのですね……」

 両手を地面につけて、おいおいと泣く村長に、ベンさんが優しく語り掛けた。

「手紙があるのですよ、まずは読んでから判断してください」

「あああああああああ!外国人になんということを言ってしまったんだ。禍々しいものなど気弱な青年の勘違いだ。私たちは何も知らない!!」

「何も知らないなら手紙を読んでください。まずは現状を把握しましょう」

 商会の代表者が村長に手紙を握らせた。

 手を震わせながら二枚組の木札を受け取ると村長は妻を呼んだ。

 隣村の村長の妹と思われる女性がやって来て、ひもで結ばれた二枚の木札を開くと笑顔になった。

「兄さんの村はこの方々に井戸を掘ってもらって渇水地獄から抜け出したそうよ。少々高価な土壌改良の魔術具は後払いで購入したそうよ。効果は昨晩、すぐにあったようで畑の作物が()()()()()()()しているそうですよ!」

 村長夫人の言葉に村長はへなへなと腰を抜かした。

「……そうか、みんな、みんな生き生きとしているのか」


おまけ 300話記念 ~隠密騎士団員の嘆き~ 


 男の子の憧れの職業と言えば王立騎士団員の一択だろう。

 俺もそうだった。

 洗礼式直後から、鍛錬を重ねてきた。

 魔法学校での成績は常に上位クラスで一桁の成績を保っていた。

 家柄だってラウンドール公爵家の親戚の伯爵家……の三男。

 悪くはないのだから、後は己の実力で王立騎士団に入団してやる……。

 なのに、親族は俺を見るなり一様に残念な顔をする。

「これは……遺伝なのでしょうね」

 母上の嘆きに使用人たちは無表情を保つのだが、年配の執事が三世代に一度はロブ様のような男児がご誕生されます、と同意した。

 なんなんだ!

 特別なご先祖様の特徴を引き継いだ男児は思いがけない方向で大成する、と伝承されており、大叔父は俺と同じ特徴で生まれながら、王城改築の設計師として建築史に名を残しているらしい。

 大成すると言われながらいまいち世間にその名が浸透していないのは、この特徴を受け継いだ男児は27歳で亡くなってしまったから、彼らの偉業は後任者の業績になってしまっており、ただ一族の誇りとして語り継がれているからだ。

 ああ、客観的に見れば、俺はラウンドール公爵の親族の伯爵家の三男で、魔法学校成績上位者……。

 王立騎士団に合格するのは当たり前だろう。

 そう信じて中級魔法学校まで騎士コースで頑張ってきたのに……。

 

 俺は一族の英雄の特徴を顔だけではなく受け継いだがため、中級魔法学校で進級するたびに自覚するようになった。

 王立騎士団の入団基準に到達しないだろうということを……。


 低身長。

 十歳で成長が止まってしまったのだ。

 背が低いだけではなく、いつまで経っても声変わりさえせず、成長そのものが止まってしまっているのだ。

 入団試験さえ受けられない状況では、騎士コース以外の受講をしなければ俺の将来は絶望的だ、と現実を理解した俺は、上級魔法学校から文官志望に切り替えた。

 そんな俺の世界は上級魔法学校二年生のときに急転した。


 三大公爵家の二家が失脚した。


 人材不足が危機的状況で文官志望に転換した俺に王立騎士団の勧誘がきた。

……特殊任務についてみないか?

 魅惑的な勧誘だった。

 27歳。

 10歳で身長が止まった男児は何らかの偉業をなして27歳で死ぬ。

 低身長だから大成したのか……?

 いや、低身長の男児が長生きしないからこそ、27歳までに何かを必死に成し遂げようとするから、大成したのだろう。

 魂を燃やして何かを成し遂げるなら王立騎士団の特殊任務は俺にふさわしい……当時は本気でそう思っていたんだ。


 小柄で童顔な俺は王太子の長男の護衛に就くのだろう、と漠然と考えて魔法学校を卒業した。


 騎士団に入団直後、9歳児になれと言われ、帝国への留学生一行に紛れ込むための教育が一年かけて行われるなんて、想定外だった。

 子どものふりをするなんて簡単なことだと考えていたが、恐ろしく厳しい研修だった。

 どうせ27歳で死ぬんだ。

 何だってやってやる。

 意気込みというよりやけくそだった。


 そうして留学生一行に同行してした体験のすべてが研修以上に厳しいものだった。

 騎士団員の親戚から名前だけは聞いていた鬼隊長ベンジャミンが料理人だし、国外に出る前から精霊たちに囲まれるし、国外に出たら百頭を超えるバイソンの群れを追い払うし、馬車が飛ぶし……。

 まさに大冒険だ。


 でも、もう冒険は十分だ。

 何故に死霊系魔獣が溢れている土地を選ぶかのように旅を続けなければいけないのだ。


 こうなったら何が何でも27歳まで生きのこってやる。


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