所変われば……
「お前たちは本当によく働くな!」
町や村に着くなり祠巡りで魔力奉納、教会があれば必ず礼拝して魔力奉納を欠かさず、農民たちと話し合って錬金術を行使してでも肥料を作り出す、ぼくたちの行動に付き合ったドルジさんが、非番とは思えないいくらい魔力を使った、とこぼした。
「それはドルジさんの魔力量が多いからですよ。神々の祠では歩いて帰れないほど魔力を奉納することはないはずです」
留学生たちにそう返されて、俺の魔力量は凄いんだぞ、と豪語した。
各地の護りの結界は世界の理と繋がっておらず、商会の人たちが数年間持続する土壌改良の魔術具としてウズラの卵型の魔術具を分割後払いで販売した。
畑の畔から終末の植物の種を採取し、農民たちに見つけ次第広範囲に捜索して必ず種を燃やすように指示し、少しでも土地の魔力が上がるように全力で取り組むと、よそ者のぼくたちに農民たちも心を許してくれて、珍しい野菜を分けてくれることもあった。
領都に着くころにはぼくたちの評判はうなぎ上りで上昇しており、城壁での検問は名前の確認だけで済んだ。
「ドルジさんの威光もあるんじゃないですか?」
軍人だと言いながら階級を明かさないドルジさんを見やって、ウィルが言った。
魔本の情報によるとドルジという名前は帝国軍に数人いる珍しくない名前で、上級士官にも歩兵にもいるのようだ。
軍での階級は何とも言えないが、国境警備兵たちがドルジさんの一声を無視しなかった、ということは国境警備隊長より位が高そうだ。
「そうだな。俺の威厳がないとは言わない。だが、軽い自己紹介で勘弁してくれよ。この雰囲気が好きなんだ。公爵子息と平民出身の準男爵の息子が親友で、完全実力主義じゃないか。料理人は士官クラスの元騎士で、商人たちは全員初級魔術師、しかも成人してから魔力が増えたから再受講して資格を取得している。俺なんて親のコネで今の地位にいるようなもんだから恥ずかしくて階級が言えないよ」
ボンボンだから出世できるなんてことはないだろう。
“……だいぶん候補が絞れてきたね”
“……ご主人様。彼は諜報部門の特殊工作員です。階級は少佐ですが諜報部なので一般兵には名が通っていません。軍人一家なので親の威光だけで軍内部で尊敬されています”
わかっているのなら早く情報を出せ、と魔本がシロに文句を言っているが、シロが確信を持てるまで口にしなかった、ということは未来が多数見えたのか、邪神が関係しているのだろう。
ドルジさんは優秀な諜報部員に違いない。
「お休みがいっぱいあっていいですね」
「クビになるかの瀬戸際だ。処遇が決まるまで待機しているだけだ」
ドルジさんの答えに、それって自宅待機じゃないのか、と留学生一行がギョッとした。
「まあ、呼び出された時にすぐに戻れたら問題ないよ。この馬車を引くポニーたちほどではないけれど俺の馬だってなかなかの早馬だからな」
確かに、ドルジさんの馬は優秀だ。
ポニーたちが引くぼくたちの馬車に興味津々で、ウィルを気に入っているドルジさんは、ちゃっかりぼくたちの馬車に同乗し、馬だけ馬車を追随しているのだが、魔術具の蹄鉄をつけているポニーたちに遅れることなくついてきて、アリスたちに認められていた。
去年ボリスたちについて来た驢馬は結局馬車に乗って移動したらしい。
根性なしの驢馬とは違う、とポニーたちも一目置いている。
「それより町に来たのに今日も宿をとらないのか?」
「領都の公衆衛生は領主様の仕事です」
二日間の道中で馬車の設備を堪能したくせに、おそらく蚤だらけだろう宿のベッドで寝ろというのか!
帝国に入国したぼくたちの悩みは衛生観念の違いだ。
澱んだ池の水の上澄みを掬って沸かして飲むなんて、商人たちはまあ仕方ない、という表情だったが、名水の産地で育った辺境伯領出身者ばかりでなく、ウィルとケニーも顔をそむけた。
一年もつ保証のない安いろ過の魔術具を買うか、ローンを組んでウズラの卵型の魔術具とセットで井戸を掘るか、と交渉すると、ほとんどの村で新しい井戸を選択したので、ぼくたちは井戸を掘りまくった。
滞在する村でお風呂に入るためには潤沢な水が無ければ風呂の文化が理解されない。
領都でそんな面倒なことを交渉したくないから、教会の庭の一角を借りた方が、よっぽど気楽に過ごせる。
「上下水道の確保か。確かにこの規模の町の衛生対応は領主の仕事だな」
「教会にお邪魔しましょう。教会ならすべての行いが寄進として済ませることができます」
新しい井戸を掘り衛生的な水脈を掘り当て、洗濯三昧、入浴し放題の環境を提供するのだ。
「うわぁ。物凄く善意の集団に見えるのに、腹の中では自分たちが寛ぐためには目に見える範囲の人たちがみすぼらしくないようにあってほしい、という欺瞞の匂いががプンプンするのは何でだろう?」
ぼくたちが聖人じゃないからですよ、とウィルが軽くあしらった。
「皇帝陛下の御代に、不満なんてあり得ませんが、目の前のほんの少し困っている人たちに手を差し伸べることは神々も皇帝陛下もお喜びになるはずです」
土地や人々の魔力不足が公衆衛生を悪くさせている問題を指摘することなく、あくまで善意であることをウィルが強調しながら、埃っぽい町で七大神の祠巡りを済ませた。
そのまま教会に向かうと、ぼくたちは熱烈歓迎を受けた。
そうなったのは懐かしい人に再会したからだ。
この町の教会の司祭はガンガイル王国辺境伯領でぼくたちの洗礼式を取り仕切った司祭だった。
思いがけない再会に、あの時の洗礼式は大変だった、と昔話に花が咲いた。
「光の女神役のような大役を熟せなかった自分が一番恥ずべき存在なのです。それでも、自分が光の女神役に抜擢されたことは、ぼくの人生の誇りです。当時のぼくには力不足でしたが、選ばれた自分が今後活躍することで、光の女神役に抜擢される子たちの目標になれるように、と頑張ってきました」
「いや、あれは私が神事というものを甘く見ていた結果だ。教会は言葉で神々の存在を人々に伝え、魔法陣を駆使して国を治めるのが上級貴族の務めだ、と魔導師と魔術師を別ものだと考えていた故に起こった事故だ。神に祈り魔力を行使するのは一緒なのに、魔法陣に魔力を流すという行為を甘く見ていたから起こってしまった。済まなかったなぁ」
司祭の後悔を聞いて、ドルジさんが、何のことだ、と騒ぐので、洗礼式の地域差を説明した。
「こうして旅をして、自分たちには当たり前のことでも、地域によってだいぶん違いがあると知りました。どちらが正しいというのではなく違いを楽しんでいます」
ぼくが模範解答を口にすると、ドルジさんが失笑した。
「まあ、今のぼくたちならもう倒れませんよ」
「それは十歳にもなって七歳と同じ魔力なわけないだろ」
ベンさんに突っ込まれてぼくたちは笑った。
ぼくたちが冷凍バイソンの最後の在庫を祭壇に寄進すると、司祭が笑顔で教会関係者たちに告げた。
「このバイソンを育んだ、大地の神に感謝し、遠くガンガイル王国から学びのためにこの帝国までやって来て、道中も神々に祈り、滞在先の安寧を願うガンガイル王国留学生一行と商会の人たちの旅の安全を祈願し、魔力を神々に奉納しましょう」
司祭が張り切って祝詞を唱えると、フワフワと精霊たちが輝きだした。
おおおおお、と教会関係者とドルジさんが声を上げたが、司祭は表情を変えず祝詞を唱え続けた。
祭壇前に跪いていたぼくたちの足元から魔法陣が輝き魔力を引き出された。
馬車で留守番をしていたみぃちゃんやキュアによると、教会を取り巻くように精霊たちが輝き、まるで教会そのものが光っているかのようだったらしい。
「こうなる可能性を知っていらしたのですね」
魔力奉納を終えたウィルが司祭に尋ねた。
「この教会では祭壇の前で、代表者の子どもたちのみが洗礼式の踊りを踊っている。もしかしたら辺境伯領の教会のように魔法陣が隠されているかもしれないと考えていたが、これはどうも洗礼式の魔法陣とは違うようだな」
精霊たちがフワフワと漂う中、もう魔法陣の輝きは消えてしまったが、控えていた教会関係者の一人が記録を取ったメモを見た司祭が言った。
魔法陣の全体を見たわけではないが、魔力をたどれた留学生一行はメモの魔法陣が間違えていることに気が付いていたけれど表情に出さないようにしたので、みんな緊張した面持ちになった。
「教会の中にはあちこちに魔法陣が隠されているのでしょうね」
カッコいい、とぼくたちが口々に言うと、カッコいいのはこの光たちだろう、とドルジさんが精霊を捕まえようと手を伸ばした。
精霊たちはドルジさんに捕まる前にぱっと消えて、ドルジさんの顔前でからかうように再び光った。
ムキになって手をブンブンと振り回すドルジさんに、洗礼式前の子どものような振る舞いですよ、とウィルが窘めた。
「だからこの光は何なんだ!」
「神々の僕である精霊たちですよ」
ウィルの一言に、ドルジさんは空気を掴もうとしていた手を止めた。
「神々の僕を捕まえようとするなんて赤子のすることですよ」
司祭がとどめの一言を言い放つと、ドルジさんは両膝をついて項垂れた。
「謝った方がいいですよ」
「許しを乞わなくては罰が当たるよ」
留学生たちが深刻そうな表情のままドルジさんに言った。
いやいや、罰は当たらないだろうけれど、神々のご利益を得ていたのなら取り消されるかもしれない。
祭壇に向かい真剣に許しを乞うように勧めると、ドルジさんは素直に従った。
ぼくたちは先ほどの魔力奉納で出現した魔法陣の位置を思い出しながら、打ち合わせなしで魔方陣の核と思われる場所に移動し、ドルジさんの魔力奉納に便乗して魔法陣に魔力を流した。
「おおお、これは助かります」
教会関係者たちが先ほどのメモを訂正し、正しい魔法陣を書き写した。
「装飾の魔法陣が多くて、どの神を主軸にした魔法陣かわかりかねますね」
留学生一行が首を傾げると、君たちも神学を学びなさい、と司祭が笑顔で言った。
“……ご主人様。彼らもよくわかっていないようです”
姿を消しているシロが即座に伝えてきた。
ぼくが精霊言語で心の中を探索しなくても、乾いた笑顔に自信がないことがなんとなくわかる。
この魔法陣は使えない神の記号を装飾の魔法陣で誤魔化した、古代魔法陣だ。
この教会は古い魔法陣がたくさん隠されており、建物そのものがお宝のような教会なのかもしれない。
兄貴とウィルもそう思いいたったようで、ぐるりと教会内部を見回していた。
精霊たちは、そんなぼくたちもからかうかのように教会内のあちこちに散らばって、いたるところで点滅しているようだ。
遠くの部屋からも、何だ!これは!!という声が聞こえてきた。
「お前たち俺を出汁に使って何を検証しているんだ!」
「教会内部の謎の魔法陣ですよ」
留学生たちが間髪を入れずに答えると、ドルジさんは頭を抱えた。
「あちこちに散らばっている精霊たちも気になるし、謎の魔法陣を写し取ったものも気になる」
教会の秘儀の魔法陣なら、どさくさに紛れて今なら見れるかもしれない、と唆すと、ドルジさんは精霊たちを追うより、教会関係者に魔法陣を見せてもらう方を選んだ。
「……これは、古代魔法陣かもしれない」
ドルジさんは古代魔法陣の知識を持つ帝国軍人なのか!
帝国軍は古代魔法陣を使いこなせるのだろうか?




