カテリーナと妖精
「精霊もそうなんだけど、妖精も人間との付き合いが薄いから、長生きしている割に幼いだけだよ。別に妃殿下が妖精を馬鹿にしているわけじゃないよ」
ちょっと責められてわんわん泣くなんて、ヘルムートとあまり変わらない精神年齢みたいじゃないか。
「可愛い我が子と同列に扱ってもらっているんだからいいじゃないの」
みぃちゃんとキュアがお前は五歳児同然だ、と慰めている。
「そもそも妃殿下を見守ってきたんだったらなんでもっと前に姿を現さなかったの?」
ぼくのスライムは、妃殿下がもっと幼い時に姿を現して一緒に成長したらよかったのにねぇ、と溜息交じりに言った。
三つ子たちの妖精は捕まってすぐの時はこの妖精と変わらない大きさだったのに、今はもう大きく少し育っている。
「カテリーナが私と契約するのに相応しい子に育つとは限らないでしょう?そんなに簡単に姿を見せたって、周囲に頭のおかしい子と思われてしまうだけよ」
そうなんだよね。我が家は先にシロという精霊が居たから妖精が姿を現しやすい環境だった。
窓際に小さい女の子がいるなんて言い出したら、幻覚を見る子、という扱いを受けそうだ。
「実際にそういう失敗をしたことがあるんだね。でも、乳母や両親を巻き込んじゃえばよかったんじゃないの?」
みぃちゃんがもっと違うやり方があったんじゃないか、と妖精に聞いた。
「カテリーナの家系は魔力を抑え込めないくらい魔力の強い子が生まれやすいの。だから精霊たちやあたしみたいな妖精が見守ってあげているのに、まあ、この一族と来たら自分たちで子育てをしないで人任せにするもんだから、あたしが姿を見せたくないような人がいつもカテリーナの側にいるのよ。簡単に姿なんか現せないわよ」
情緒を落ち着かせるために常に乳母が交代で付き添っていたから、姿を現す機会がなかったのか。
「身分の高い人は仕事がたくさんあるから赤ちゃんばかりに構っていられないんだよ」
アルベルト殿下が妖精に諭すように言った。
「それにしたって魔力の多い赤ちゃんが生まれたら、揺り籠を礼拝室に持ち込んで適当にお昼寝でもさせておけば神様が調節してくださるのに、人間だけで何とかしようとするからあべこべなことになるんじゃない」
両殿下がハッとした顔で妖精を凝視した。
今日中に王都に帰らなくてはいけない理由は手のかかる赤ちゃんがいるのかもしれない。
「質問があるんだけど、いいかな?」
ぼくは掌の上の妖精を顔の前まで持ち上げて質問した。
「いいわって言いたいけど、私は嘘をつかないけれど本当のことは言うとは限らないわ」
妖精を捕縛しているぼくのスライムやみぃちゃんとキュアまでゲラゲラと笑い出した。
「知ってるよ。あたいは言葉を覚え始めた頃から精霊たちと付き合っているからねぇ」
「あたしも昔はいいように精霊たちに騙されたわ」
「精霊が進化したのが妖精だからそんなことは理解しているよ」
「あああああ!あなたたちが来るときになんか嫌な予感がしたのよ。へんてこな馬車に乗っているのに正体が見えないなんて、誰か大物が関与してるとしか思えないでしょう」
ぼくたちの現状は神々の依頼を受けて上級精霊の助けを受けている。
神々や、上級精霊の行いは太陽柱では見られないということだろうか?
「出来る限りで良いから、という限定で神々の依頼を受けているから、ぼくたちのする内容次第で精霊たちの援助も変わるから……では見えないのだろうね」
ぼくが意味深長な発言をすると、掌の上で妖精がガタガタと震えだした。
「神々の依頼を助けるなんて、じょっ、じょ……上級精霊が関与しているのね!」
「出来損ないの妖精なら、バラバラにされてミジンコの栄養素にされてしまうかもしれないよね」
ぼくのスライムが懐かしむようにそう言うと、掌の上で土下座した。
「嫌だねえ、あんたの話じゃないよ。昔知り合いの精霊がやらかした時に上級精霊様がおっしゃった言葉だよ」
散々脅した本人が捕縛した触手を緩めることなくもう一本触手を伸ばしてよしよし、と妖精を慰めた。
「とりあえず質問させてくれるかな。君はキリシア公国からカテリーナ妃を慕ってついて来た妖精で、この国生まれの妖精ではないということだね」
ぼくのスライムに縋り付いてよしよしされていた妖精が、当然でしょう、と頷いた。
「カテリーナと私がこの国に来てから魔力が安定した良い治世になったんだもん」
妖精が威張るように胸を張った。
「この国には他に妖精はいないのかい?」
「この国には妖精になろうという気概のある精霊は居ないようね。私も国を出るまで知らなかったけれど、妖精自体が少ないのよね。キリシア公国では精霊たちは妖精になりたいから土地を肥やして精霊たちを増やし、誰もかれもが妖精化しようと励んでいるわ」
「じゃあ、キリシア公国ではそこら中に妖精がいるんだね」
「そんな簡単なことじゃないのよ。妖精になるのはとても長い年月と、神々に認められる功徳を積まないとなれないのよ」
この妖精のようにお気に入りの人間や魔獣たちについて行ってしまう妖精も居るだろうから、増えたり減ったりするのだろう。
「この国には君以外に妖精はいないのかい?」
キリシア公国にはそれなりにいる妖精がこの国にはいないらしいことに気付いたアルベルト殿下が確認を取った。
「国中を回ったわけではないから居ないとは言い切れないけれど、私の存在が珍しいみたいだから居ないようね。精霊たちの数が少ないわけではないんだけれど、ここの精霊たちはのんびりしているというか、進化しようという気概がないのよね」
「治世が安定しているからじゃないのかな?死霊系魔獣の出没が少なければ精霊たちだってのんびり過ごせるもん」
キュアが飛竜の里の精霊たちもそんな感じだった、と口を挟んだ。
「そうだね。王都に来るまでの森の深さを見ても、カテリーナ妃が嫁いでくる前から安定した魔力の土地だったように見えるね」
兄貴の言葉にウィルも頷いた。
樹齢百年越えの木々がある森が延々と続いている国で、魔力不足が起こっていたとは考えにくい。
「うん。確かにうちは緑豊かで安定した国だと思っていた。だが、カテリーナが嫁いできてから収穫量が増えたんだ。まあ、新しい神が誕生したときほどではないが、それでも数字に表れるほど明確なものだった。国民たちは魔力の多い姫が嫁いできてくれたからだ、ととても喜んでいるよ」
カテリーナ妃の魔力量は一目瞭然だ。
この魔力で世界の理に繋がっている結界で魔力奉納をしていれば、豊かになるのに間違いない。
「カテリーナ妃の魔力量で現在世界最大の帝国の護りの結界を支えれば、世界平和が実現したんじゃないのかな?」
ぼくの爆弾発言にカテリーナ妃がオレンジに輝き、妃の頭上に綿雲が集まり始めたが、妃から炎は立ち上がらず、綿雲もふよふよと浮いているだけだった。
カテリーナ妃は驚いて自分の手を透かして見ているし、アルベルト殿下は舌打ちをした。
従者もマリアたちキリシア公国の三人も驚いている。
「スライムのテントの中にいるからか」
魔法の使用が制限されていることに気が付いたアルベルト殿下が言った。
「精霊たちを排除したからですよ」
厳密にはみぃちゃんのスライムが包み込んだ空間の精霊素の数が限定数で、大きな魔法が行使できないだけだ。
「魔法の行使には精霊が関与しているのか!」
「いえ、これはぼくたちの仮説にすぎません。魔力の少ない土地では神々に祈っても精霊たちは現れません。多い土地ではご覧の通りです。精霊の研究が少ないので、何とも言えませんが、ぼくたちの仮説は魔力を魔法として使う時に精霊たちが関与しているのではないか、ということです」
妖精が顔を上げてフフン、と得意気な顔をしたので肯定したかのように見えた。
実際は精霊素の存在も知らないのね、と小馬鹿にした顔なのだ。
シロがまだ現れないということはこの妖精に真実を知らせない方がいいのだろう。
「君は世界平和よりカテリーナ妃に幸せになって欲しかったから、アルベルト殿下が羊百匹を集めた時に帝都周辺の精霊たちに声掛けして羊の多産を勧めたんだろう?」
妖精は黙り込んで首を縦にも横にも振らなかった。
「アルベルト殿下。この国で甘いものが生産されたりしていますか?」
ぼくの急な話題転換に驚いた顔をしつつも殿下は、ある、と肯定した。
「春先に取れる樹液を煮詰めると蜂蜜のような甘い蜜ができるが、生産量が少ないので外国には輸出していない」
ぼくと兄貴とみぃちゃんとキュアは顔を見合わせた。
「カテリーナ妃。キリシア公国は蜂蜜が名産だったりしませんか?」
「ええ、養蜂が盛んで、花の種類を厳選して様々な蜂蜜を楽しんでいますが、こちらも外国に輸出してはおりませ……。まあ!そうですわ!蜂蜜といえば妖精です!!さまざまな伝説がたくさんありますもの」
やっぱり、砂漠化が進んでいる帝国より美味しいシロップがある国に来たかっただけじゃないか。
「甘い蜜だけが目的じゃないもん!カテリーナは皇帝の第五夫人じゃ幸せになれないもん!第四夫人の親族が毒殺しようとして怪鳥チーンの羽を入手しようとしていたんだから仕方ないじゃない!」
「怪鳥チーンの羽は当の昔に使い古されてもう無害だよ。妖精だったらそのくらい知っているよね」
兄貴がウィルみたいにカッコいいけれど怖い笑顔で言った。
妖精はぼくの掌の上で後退りしてぼくのスライムに埋もれかけた。
「じょ、じょ、じょ……上級精霊様お許しください。私は己の欲望を優先したのではなく、怪鳥チーンを探す怪しい動きが確かにあったのです!カテリーナの魔力は確かにこの世界の安定の一助たり得るものですが、あの皇帝では駄目です。……ごめんなさい。上級精霊様。……未来は何も決まっていません」
妖精は兄貴に向ってペコペコと頭を下げた。
「ジョシュアは上級精霊じゃなく、ちょっと変わった人間だよ」
正しくは人間だった、ということだけど人間由来なのは間違いない。
ぼくがそう言うと兄貴は苦笑した。
「そうだね、ちょっと変わった人間かな。カテリーナ妃のように炎を身にまとうようなことはしないけど、しようと思えば出来るくらいには変わっているかもね」
兄貴が嘘とも本当とも言えないような曖昧な言い方をすると、妖精はヘナヘナと腰を抜かしたように座り込んだ。
「上級精霊様は完全な人間のように実体化できると噂で聞いていたから、魔力を全く感じさせないこの男の子が上級精霊様だと勘違いしちゃったわ」
「上級精霊様は超絶美青年で完璧な方よ。ジョシュアは確かにイケメンだけどちょっと気品が足りないわね」
ぼくのスライムがそう呟くと、みぃちゃんとキュアも頷いた。
「ちょっと待ってくれ。理解が追い付かない。甘い物好きの妖精が、自分のお気に入りのカテリーナの嫁ぎ先を誘導するかのように私の求婚作戦の後押しをして、この世界の魔力の均衡を無視したとして……上級精霊に叱責されると思い込んだ。そして、その上級精霊だと勘違いされた彼は、ちょっと変わった普通の少年で上級精霊ではないということなのかい?」
「そういうことみたいですね」
混乱している割に的確に話の内容を理解しているアルベルト殿下に、ウィルが頷いた。




