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本当に強いものは……

「山から光の道が突如現れ、二台の得体の知れない乗り物が森の中に降り立った、という報告を受けて調査に向ったものが、高貴なる姫が優雅にお食事をなされているという知らせにより、こうしてお迎えに参りました」

 この領の騎士団長が急遽やって来るまで、マルコ、いやマリアに直接声掛け出来ずにいた騎士団員たちも整列していた。

「マリア姫が留学される前に本国にお立ち寄りになる話は伺っておりましたが、山越えルートを選ばれるとは思ってもおらず、お出迎えが遅くなり申し訳ありませんでした」

「いえいえ、わたくしどもも登山口に到着してからご連絡を入れようと思っておりました」

 姫の優雅な昼食はデザートのアイスクリームまで堪能したところで騎士団長が到着した。

「ところで本当に山から天の道が現れて山越えをされてここまで来られたのですか?」

「旅の途中で馬車が盗まれてしまい、数奇な運命を経てガンガイル王国留学生様御一行と旅を続けてまいりました。旅程が重なっていた最終地点で精霊たちがわたくしどもを気の毒に思ったのか、こうして馬車ごと送り届けてくださったのです」

 アンナさんは苦しい説明をしたが、馬車が飛んで精霊たちが喜んだと説明するより、精霊たちに運んでもらったという方が魔法世界では説得力があるはずだ。

「……精霊たち?……おとぎ話に出てくる精霊ですか?」

「ガンガイル王国では神事のたびに精霊たちが出現するのは、よくあることだそうです。わたくしもガンガイル王国の留学生様たちとご一緒させていただいて初めて見た時には、たいそう驚きました」

 話を聞いても理解が及ばない騎士団長は、馬車が盗まれてぼくたちが姫を助けた、という事実に我が国への賓客をお助けいただきありがとうございます、とぼくたちに礼を言った。

 こうして、ぼくたちまで領主館に招待されることとなった。


 昼食の後片付けを終えると、登山入り口まで馬車が通れるように整地した後、着陸地点を原状回復した。

「所要街道に出るまで整地をしましたが、わたくしたちが通過後は元に戻しますから、御免あそばせ」

 説明はアンナさんに任せて、ぼくは魔法の杖をブンブン振りながら最速で移動するすべを模索していた。

 馬車に繋がれたポニーたちを見て、後方からついていくので速度は気にしなくていい、という騎士団長の言葉を聞いたポニーのアリスの鼻息が荒くなった。

 言質は取ったぞ、というかのようにポニーたちがニヤリと笑ったのを、ウィルは見逃さなかった。

「全員シートベルト着用!ポニーたちの好みの速度で行くぞ!」

 馬車に乗り込んだぼくたちはシートベルトを締めて全力で馬車に魔力供給をした。

 売られた喧嘩は買うのが粋だろう。

 二台の馬車が通り過ぎた後、森の中の道は原状回復していくのに、騎士団員たちは威信にかけて遅れまい、と必死で馬車について来ることになった。


 ぼくたちは領城に向かう伝令の早馬を追い抜き、領都の城壁までたどり着いた。

 アンナさんが門番にキリシア公国国王陛下直筆の書付を提示し、問答無用で町に入ろうと交渉している最中に伝令が門に到達し、二台の馬車は領城に向かうことを許された。

 そうこうしている間に騎士団も追いついて体裁を整えて登城した。


「マリアちゃん無事だったのね!」

 領城で馬車を降りるなり出迎えたのは、輝くオレンジの髪を高く結い上げた三十代くらいの豪華なドレスを着た美しい女性だった。

「叔母さま。ご無沙汰しておりました。マリアは旅路に多少の問題はございましたが、こうして叔母さまの国までたどり着くことが出来ました」

 マリアが王太子妃と思しき女性に優雅に駆け寄ると、女性の横に立っている水色の髪の男性が、良かったね、というように微笑んだ。

 この二人が帝国の競技会で伝説を作った王太子夫妻で間違いないだろう。

 領主と思しき壮年の男性が緊張した面持ちで控えていることからも想像に難くない。

 領城の慌ただしさを鑑みると、二人は転移の魔術具を使用したのだろう。

 マリアたちが山越えルートで来ることを予測出来たということは、この二人にも精霊たちの干渉があったのだろう。

「マリアたちを保護してくれてありがとう。空からの光る道はこの城からも見えたよ」

 水色の髪の青年がぼくたちに礼を言った。

 馬車が着陸姿勢に入る前にこの領城まで転移していたのか?

「まあ、まずは中にお入りください。お部屋の用意が整うまでサロンでお寛ぎください」

 領主と思しき男性が正面玄関で感動の再会に浸っている王太子妃を微笑んで見つめている王太子に声掛けをした。


 サロンに通されて改めて自己紹介をしあうと、水色の髪の青年が王太子アルベルトで、太陽のようなオレンジの髪の女性がマリアの叔母のカテリーナで間違いなかった。

 商会の人たちは入国審査の書類が、と言い訳をして商会の代表者とベンさん以外はサロンまでついてこなかった。

 アルベルト殿下はぼくたちに畏まらないで、マルコの叔父として接してほしい、と気遣いを見せた。

 “……顔の良さはハロハロと変わらないけれど、こっちの王太子の方が気遣いの出来るいい男ねぇ”

 ポケットからこっそり観察しているぼくのスライムが精霊言語で伝えてきた。

 みぃちゃんとキュアはポーチと鞄の中で大人しくしている。

 VIP待遇で手荷物検査もなかったから、紹介する機会がなかったから魔獣たちは隠れている。

「昨年のガンガイル王国の留学生一行の話は、この国まで漏れ聞こえていたよ。滞在先で積極的に魔力奉納をするうえ、その魔力量は土地の収穫量に影響を与えるほどだ、と噂されていた」

「昨年の留学生一行も優秀な先輩たちですが、収穫量に差が出たのは彼らが滞在した後に、その地の住民たちが魔力奉納の重要性に気が付いて毎日参拝するようになったからです。その土地に住む人の意識が変わらなければ土地の魔力にまでは影響を与えられません」

 ウィルがそう言うとマリアも強めに頷いた。

「ほほう。マリアもそう思うほど違いがわかったか」

「叔父様。町や村に入る前から街道を進んでいる最中でもう違いがわかるのです。キリシア公国は豊かな国なんだと国外に出て初めて気付きました。蝗害は凄まじいものでしたが、飛蝗の被害がない地域でも魔力が薄くなっていると道草さえ生えないのです」

「……蝗害の危機の手紙は読みました。ただ、現状では私が里帰りいたしますと、帝国は私一人を一個連隊の武力の移動と換算して警戒いたします。(私による)大惨事を警戒した夫が付き添うと旅団扱いをされてしまうでしょうから、キリシア公国が本当に飛蝗の被害に遭うまで、里帰りの許可が下りることはないのです」

 二人そろえば旅団規模の武力になるなんて、核兵器級の魔法を使うのか!

 カテリーナ王太子妃の話に、ぼくたち留学生一行は遠い目になった。

「蝗害の最新情報はどの地域まで広がっていますか」

 兄貴が空気を換えるように商会の代表者に尋ねると、地図を広げていいか領主に確認を取った。

 最新の蝗害の情報を聞けるとあって、領主もアルベルト殿下も快諾した。

 地図を指さしながら相変異が起こった飛蝗の発生地から移動した地域、何もかも食い尽くす飛蝗が去った後死霊系魔獣が発生して村ごと焼かれた地域などを説明した。

「現在、帝国軍がこの地域に派遣されて主に火炎魔法で駆除に当たっています。そこを避けるようにこちらに下ってきているようなので、試作品の駆除魔術具をこちらの地域に販売しています。効果はあったようで追加の魔術具の注文が来ています」

 領主とアルベルト殿下の表情が固まった。

「情報の早さも信じられないが、駆除の魔術具が大量に生産できる体制が整っているのか!?」

「速達の鳩の魔術具が蝗害対策の情報に限って認められたことで、格段に情報収集が早まりました」

 国境を越えて飛ぶ鳩の魔術具は、帝国が使用許可を出し渋っていたので国外でなかなか普及しなかったが、食糧難が続く中の蝗害に特例として使用許可が下りたようだ。

「飛蝗駆除の魔術具と申しましたが、厳密には飛蝗をおびき寄せる魔術具です。麦粒程度の大きさなので鳩の魔術具で運搬可能なので重宝されています。大きな穴を掘って飛蝗をおびき寄せ、騎士たちが燃やしてしまう単純な作戦ですが、飛蝗の動きを人間が制御できる可能性を含めて大規模な検証をしています。上手くいけばキリシア公国の手前で飛蝗を食い止められるかもしれません」

 マリアとアンナさんとエンリケさんの表情が和らいだ。

「問題は繁殖地がどこか、ということですね」

 ウィルがそう言うとケニーが推測ですが、と前置きして発言した。

「この地域では昨年、洪水被害がありましたよね」

 禁断の雨乞いをした村が一つ水没したことが教会関係者の間で噂になっていた。

「そうなのか」

 一学生が他国の小さな村の話まで知っていることにアルベルト殿下が驚いた。

「この旅では教会の庭先で宿泊させてもらうことが多かったので、間借りしたお礼に庭土を改良して畑を作る作業を通じて噂話を聞く機会があったのです」

 ケニーはどこに行っても教会関係者と親しくしていたことで独自の情報を得ていたようだ。

「水害は耕作物を駄目にしてしまう反面、山から栄養たっぷりの土を運んで来る側面もあります。翌年、雑草が生い茂ったことで飛蝗の繁殖が活発になったのかと考えました」

「もしかして、水が潤沢にある地域で相変異を起こした飛蝗の卵が埋まっているとしたら、来年以降も蝗害がおさまらない可能性もあるのではないでしょうか?」

「確定していなくても予防線は張っておいた方がいいでしょうね」

「この辺りの湿地帯が怪しいですね」

「匂いでおびき出す魔術具はうちの母も生産できるようになりました。国内の備蓄は気にしなくて大丈夫です」

 ぼくたちが盛んに意見を交わしていると、王太子夫妻と領主が顎を引いてぼくたちを見ていた。

「すみません。勝手に発言してしまって」

 ウィルが慌てて謝罪すると、いやいや、とアルベルト殿下が制した。

「こうやってみんなが活発に意見を交わすから蝗害対策の魔術具が形になっていったのだろう」

 蝗害被害が確認されてから有効な手段がなかったのに、ここまで抑え込めたのは君たちが関与したからなんだろう、とアルベルト殿下は感嘆したように言った。

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