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ユゴーさんのアイスクリーム

 ぼくたちは孤児院の子どもたちと魔獣カードで楽しく遊んだ後、午前中のうちに町を出た。

 壊れた馬車の部品を求める人たちに、ぼくたちがこの町に滞在したことが露見する前に、脱出してしまうのだ。

 馬車の中では恒例となった、次の滞在地はどんなところかの学習をしていると、時折ユゴーさんが馬車の窓から顔を出して護衛に本当かどうか確認を取るから、休憩まで顔を出さないでください、と叱られていた。

 そんな遠足気分で移動しつつも、道端の草が昨日より少し茂っていることにユゴーさんは喜びを見出していた。

 もうついてこないと言っていたはずの怪鳥チーンが(つがい)で上空を飛んでいるのは、この国が一夜にして変化したことを探っているのだろうか。


 途中二つの町を通過しながら、昼休みには中華三昧を楽しみ、ユゴーさんの護衛の故郷に着いた。

 護衛の出身地は小さな領都で城門を通過する際に、坊ちゃま、坊ちゃま、という声が聞こえてくると、馬車の中でもみんな笑顔になった。

 城門を通過する時には、門番が笑顔でキュアの棒付き飴を手にしていたから、ここでも鳩の魔術具を通過させることが出来そうだ。


 城壁で坊ちゃん、と聞いていた時点で予想はついていたが、護衛の実家は領主館だった。

 城というよりは邸宅と言った趣で、建築様式は違ったがオーレンハイム卿の息子さんの領主館に雰囲気が似ていた。

 ボリスたちも去年お世話になっていたようで、ぼくたちも当然宿泊していくのでしょう、という歓迎を受けた。

 断る理由がどこにもないのだが、馬車が厩舎へと行ってしまうと、留学生一行は快適なトイレを失った喪失感を心の奥に隠して笑顔で挨拶を受けた。

 三男の帰還と、領地に魔力をたくさん奉納してくれるガンガイル王国の留学生一行をもてなすべく、邸内が大騒ぎになっている。

 もちろん本当のところは、裏国王陛下をおもてなしすべく、てんやわんやになっているのだ。

 ぼくたちは館の守護神の祠を参拝したい、と申し出ると、裏庭に運命の神の祠があるとのことだった。

 従者エリックを本人に内緒で逃がす計画で家宝の怪鳥チーンの羽を奪還し、怪鳥チーンにからかわれて事故に遭い死にかけてぼくたちに出会い、こうして番の怪鳥チーンを引き連れて運命の神の祠に参拝するなんて、ユゴーさんは運命の神に弄ばれているような気がしてしまう。

 案の定魔力奉納でたっぷり魔力を引き出された。

 裏国王ユゴーさんの活躍で、きっとぼくはこの国では楽させてもらえそうだから、運命の神様には感謝しておこう。

 領主館では二人一部屋があたり、ぼくは兄貴と同室にしてもらった。

 魔獣ペットも邸内に入ることを認められて、廊下を飛ぶキュアに腰を抜かす使用人もいた。

 町中の七大神の祠巡りを日没前にしたいから、と町に出ると、町民は質素ながらも小綺麗な身なりで、幸せそうな笑みを浮かべており、領主の手腕がよくまずまずの治世なのだろう。


 ささやかな晩餐会を、というのをユゴーさんと商会長がやんわりと断って、商会の料理人と領主館の料理長が創意工夫した夕食をみんなで楽しむ会、という形で落ち着いた。

 ユゴーさんの護衛の青年たちは領主一族とその友人として、領主一族は洗礼式前の領主の孫まで参加することになった。

 晩餐会用の広い会場の真ん中に簡易のオープンキッチンが設置しされており、参加者の目の前でオムライスのオムレツがトントン、クルンと丸まる様子を楽しんだり、ステーキソースをフランベする炎に驚いたりして、料理をショーとして楽しみながら出来立て熱々の美味しさを堪能した。

 領主一族もユゴーさんたちも終始笑顔で和やかに食事が進んだ。

 みんなが満腹になるころ、ユゴーさんが立ち上がって調理台に進むと、ベンさんがエプロンを手渡した。

 オープンキッチンをユゴーさんが希望したのは、これがやりたかったからなのだろう。

 察した留学生一行が拍手をした。

 何かが始まる気配に領主一族の子どもたちが身を乗り出して、調理台のユゴーさんを期待の籠もった眼で見つめた。

 ユゴーさんが凍結魔法で調理台を凍らせると、ベンさんがアイスクリームの種を調理台の上に広げた。

 ユゴーさんは両手で空中に魔法陣を幾つも描き調理台の上のアイスクリームの種が魔法で素早く練り上げられると、ベンさんが次々と赤や青やオレンジに色づけられたアイスクリームの種を調理台に流し込んだ。

 ユゴーさんはそれぞれ別に練り上げたり、少し交ぜたりして、様々な色のアイスクリームを作り出した。

 ロールアイスを作る要領で練りあげたり、その場で花のような形に仕上げたり、ヘラを使わずにクルクルとロールを何個も作ったりする、その魔法の手際はまるで熟練の職人のようだった。

 五歳くらいの女の子が椅子を飛び降りて調理台に近づこうとすると、マルコが隣に寄り添い、調理台手前で抱っこして膝の上に座らせて屈んだ。

 七歳くらいの男の子が両親に、良いのかい?というような視線を向けると、両親が無言で頷くのを見て、自分も調理台の手前まで行って、屈んだ。

 ユゴーさんは白いアイスクリームで兎を作り、赤いアイスクリームで薔薇を作ると兎に咥えさせた。

「かわいい、かわいい」

 女の子が手を叩いて喜ぶと、気を良くしたユゴーさんがハゲワシに似た怪鳥チーンの番を作った。

 眼光鋭い怪鳥チーンに女の子が、こわい、とマルコの膝の上で身を震わせると、大人たちが笑った。

「ハハハハハ、ちょっと怖い顔になってしまったね。これは神様へ奉納するアイスクリームだから強そうな方がいいだろう」

 ユゴーさんはそう言うと、魔法陣を描いて凍らせた大皿に番の怪鳥チーンを載せて、領主に礼拝室に祀るように告げた。

 領主はぼくたちに中座を詫びると、怪鳥チーンの大皿を持って退席した。

 ユゴーさんが派手にアイスクリームの成形をする傍らで、ベンさんがせっせと薔薇のアイスクリームを量産していたので、ほどなくして全員の席にアイスクリームが配膳された。

 女の子の席には、薔薇を咥えた兎のアイスクリームが用意されたので、大人しく席に戻った。

 男の子の席には、立ち上がった熊が大口を開けて襲ってくるポーズをしてるアイスクリームだったのに、彼はおおいに喜んだ。

 食べるのがもったいない、という言葉があちこちから聞こえたが、食べなければ溶けてしまう、とユゴーさんに促されてスプーンで掬って口に入れた。

 全員が幸せそうな笑顔になると、ユゴーさんは満足して自分の席に戻った。


 小さい子どもたちと、明日朝食の後に魔獣カードで遊ぼうね、と約束した後、領主一族の子どもたちは下がっていった。

 入れ代わるよう領主が戻って来てから、ぼくたちは内緒話の結界を張ってこの国の現状を話した。

「なるほど、子どもたちを守るために洗礼式で魔力を隠していると、神々を謀ることになりご加護を得にくくしてしまうかもしれないのですね」

「子どもたちを保護することは今後も必要です。子どもたちが、どこにどのくらいいて、今月はどのように過ごしているかを誰もが知る状態でいたら、暗殺や誘拐がしにくくなると思われるのです」

 商会の人たちは街角魔獣カード倶楽部の設立を領主に提案した。

 五歳の登録を終えた子どもたちが気軽に立ち寄れる、魔獣カードの基礎デッキが置かれた喫茶店を開設して倶楽部に登録した子どもの名前をランク付けして張り出しておけば、住民たちが子どもたち一人一人を注視するようになる。

 昨日まで元気だった子供が急に死んだり、消えてしまったりしたら大騒ぎになるだろう。

 子どもが消えにくい町にすることで、領主一族の子どもたちも暗殺しにくい状態にしよう、という作戦に領主もやってみよう、と乗り気になった。

「他にも各種学校に魔獣カード俱楽部の設立を推奨し、魔獣カードは私が購入して寄贈しよう。洗礼式前の子どものリストが教会関係者を通さなくても入手できるのは、我々にも意義がある」

 領主は少なからずある子どもの失踪に、教会関係者が関与しているのではないかと、疑っていたようだ。

「明日の飛竜便で砂糖と魔獣カードをたくさん発注してあります。アイスクリームの魔術具の小さいものは現在在庫で三つほどありますがご購入されますか?」

 ユゴーさんのように派手に魔力を行使してアイスクリームを作れない留学生たちが、苦心して作った省魔力のアイスクリームの魔術具をちゃっかり商売に結び付けている。

 行方不明になる子どもたちの話に渋い顔をしていたご婦人たちは、アイスクリームの魔術具の話になると首が伸びた。

 そんな様子にみんなに笑顔が戻ったのに、ウィルがまだ渋い顔をしたままだった。

「……禁断の勅令」

 ウィルの呟きに、頬が引きつったのは領主だけだった。

 ぼくはシロに、兄貴とウィルと領主とユゴーさんとエリックさんだけを亜空間に招待してもらった。


 真っ白な亜空間に茶会の席が用意されており、いつの間にか場所が変わっていたことに気付いた領主とユゴーさんとエリックさんが、動揺したようにキョロキョロした。

「特別な内緒話をするための席を用意いたしました」

 ぼくがそう言うと、テーブルの上のぼくのスライムがおもてなしのお茶をカップに注いだ。

「ねえ、禁断の勅令ってなんなの?」

 ぼくの右上を飛んでいるキュアがウィルに質問すると、三人は声も無く口をパクパクさせた。

「うちの領地だけで有効なことなのかと考えていたから今まで提案しなかったんだけど、国を護る結界を維持している真の国王が虐げられていて良いはずがないんだ……」

「そんなの当たり前だよ」

 ぼくの膝に飛び乗ったみぃちゃんがそう言うと、猫、猫、猫が喋った!とみぃちゃんを化け猫でも見るように、三人は足をバタバタさせて椅子を引く勢いで仰け反った。

「まあ、落ち着いてお茶でも召し上がれ。あたいが入れたお茶は美味しいよ」

 テーブルの上のスライムがそう言うと、三人は両手で頭を抱えた。

「「「魔獣たちが喋っている!」」」


 ……うーん、とりあえずこの三人が落ち着いてくれない限り話にならないよ。

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