叔母をたずねて……
「美味しいです」
オレンジ茶なんて命名したけど、マーマレードにお湯を注いだ甘い飲み物をニコニコしながらマルコは飲んだ。
ぼくはタンポポコーヒーにミルクを入れたなんちゃってカフェオレにしたら、ウィルが真似をしたけれど砂糖を入れていた。
兄貴の分はぼくのスライムがオレンジ茶を選んで飲んでいる。
「……アヒルは見せかけなのです」
アルドさんはミルクたっぷりのタンポポコーヒーを飲んで一息ついてから打ち明けた。
「火炎魔法の使い手であるマルコの叔母に支援を求める手紙を送りましたが連絡がありません。歩く火炎魔術具という異名を持つ方ですから、おいそれと大陸を縦断できない事情は理解できるのですが、返信が来ないことに痺れを切らし、マルコの留学を建前にマルコの叔母を訪問することなったのです」
歩く火炎魔術具という言葉に心当たりがあったのかウィルが膝を叩いた。
「帝国魔法学校の競技会で火炎系の魔法でその名を轟かしたが、ペット魔獣のアヒルをこよなく可愛がりアヒル料理を決して口にしなかったお方ですね。冒険者登録をされているのでしたら、アヒルの貸し出しに実家を訪れることは、名目上問題ないでしょうね」
歩く火炎魔法具という異名の女性、ということからウィルはマルコたちの出発地と到着予定地を推測できたようだ。
「……ご存じでしたか」
本当に有名人だったのか、エンリコさんが呟いた。
「ガンガイル王国は帝国魔法学校での競技会で単独チームを出場させていますから、下調べは済んでいます」
ウィルが言った報告書をぼくも読んでいるはずなのに、気にしていなか……。
……ああ、あの人なら駄目だ。
「……ぼくの脳裏に浮かぶ人物だとすると、近隣に被害を及ぼす山火事を起こしそうな気がします」
「本当にご存じなのですね」
まさに天災か人災かわからない事態を引き起こす方です、とぼくの言葉をアルドさんは肯定した。
留学生一同は、ああ、と頭を抱えるとマルコがキョトンとした顔をした。
火竜紅蓮魔法の使い手で、彼女一人いれば競技会決勝戦に進出できる、と言われつつも準決勝で現在の旦那さんと対戦し敗退するのが毎年のお約束の展開になっていた。
火竜を使役する魔法ではなく、彼女の魔法の炎が火竜のように美しく熾烈に焼き尽くすことでついた技の名前だ。
水魔法の使い手の伴侶とセットでなければ、飛蝗と共に領地を焼き尽くしそうだ。
「叔母さまが強すぎるのですね」
「燃やして何とかなるならとっくに駆除されている、ということだよ。飛蝗が繁殖する条件って知ってる?」
マルコは素直に首を横に振った。
ガンガイル王国でもこれほど大規模ではないが、蝗害が起こった歴史はある。
魔本の学習をしなくても農地の研究に興味があるケニーは領地内で起こった蝗害の知識があった。
「敵を倒すためには、敵の正体を正しく知ることが大事なんだ」
ウィルはそう言うと草むらにいた飛蝗をおもむろに捕まえて、洗浄し火炎魔法をかけた後、自分のスライムに食べさせた。
どうせならきちんと調理して天婦羅とか佃煮にすればいいのに。
「ああ、普通の飛蝗はちゃんとした処理をしたら人間も食べられるんだよ。でも、蝗害となる飛蝗はとてもじゃないが食べられない。あいつらは種として滅びに向っているかのように、食べつくすことに特化して成長した亜種なんだ。ぼくも自分のスライムに食べさせようとは思わないよ」
ウィルは自分のスライムにご褒美魔力を上げながら言った。
「茂みを探して捕まえたスライムと、あなたたちが使役しているスライムと違うように、そこら辺りにいる飛蝗と蝗害になる飛蝗は同じ飛蝗でありながら種類が全く違うということですか」
飛蝗が食用になることの実演をスライムがしただけなのに、アルドさんに蝗害を起こした方の飛蝗に例えられたスライムたちが、触手で机を叩きながら抗議の意思を表明した。
「尋常じゃない状態に進化したことを表しただけで、みなさんのスライムたちが大災害を引き起こすという意味ではありません。また、普通のスライムを害虫扱いする意図も無く、皆さんのスライムの特異性はその優秀さゆえであることを理解しております。謹んでお詫びして訂正いたします」
アルドさんが丁寧に頭を下げるとスライムたちは大人しくなった。
「ああ、話がそれたね。同じ飛蝗なのになぜ、あんな凶暴な飛蝗になるのか、ということに着目すべきだよ」
普通の飛蝗は孤独相と呼ばれ、単独行動するのに十分な草がある状態で育つが、乾季に十分な食料となる草が少なくなり飛蝗の密度が高くなると、群生相と呼ばれる飛蝗に変化することを、健康な飛蝗を捕まえて、どこがどう変化するのかを、ケニーはマルコに説明した。
留学生たちも、そうなのか、と聞き入っている。
「生きのこるために、より遠くに移動できる体に進化するのですね」
「そうなんだ、とにかく移動して何でも食べることに特化しているから、固い殻だけの体は他の魔獣に食べられにくくなる。だから個体数を減らさないで移動できるんだ」
ケニーは自分のご先祖様が、蝗害の被害の後、執念で研究したからぼくは知っていたんだ、と飛蝗の生態をさらに詳しく語った。
「つまり、飛蝗は地中に卵を産むから、しっかり大地を焼き尽くし、しかも、山火事を起こさないように炎を制御しなくてはいけない、ということですか」
ご夫婦ご一緒に支援に来ていただくことは難しいでしょうなぁ、とエンリコさんが小声で付け足した。
「それでもわたくしの故郷が、あの飛蝗に襲われるのを黙って見ているなんて出来ません!」
マルコが悲痛な声で言った。
直後、留学生たちが一斉にぼくを見た。
ぼくが何でもできると思っているのだろうか?……いや、多少の犠牲を払えばできなくはないかもしれない。
「蝗害の発生は新しい神の誕生の恵みを維持できなかった地域から飛蝗の変異が起こり、緑を求めて魔力の多い地域へと移動しているということですよね」
地図で確認しながら仮説を披露すると、商会の人たちは頷いた。
「魔力の多い草を生やす魔術具を作製したら、飛蝗の群れはそっちに集まってくるよね。そこで結界を発動させて、ドッカーンと燃やしてしまえば良いんじゃない?」
某害虫ホイホイのように、おびき寄せて駆除する方法を提案した。
「全部駆除できなくても、個体数を減らすことは出来るね」
兄貴がそう言うと、ケニーが手を叩いた。
「群生相の個体は寿命が短く、卵の量も少ないんだ。おびき寄せて駆除することを繰り返せば、駆除できる可能性があるよ」
ぼくたち留学生一同は一般騎士が扱える魔力量で飛蝗ホイホイが製作可能か検討し始めた。
「とりあえず移動を始めましょう。ここで魔術具を作り始めるわけにはいかないでしょう」
商会の人たちに促されて、作戦会議の続きは馬車の中で行われることになった。
「優秀すぎて、あなたたちに出会えた奇跡を神に感謝せずにはいられません」
「神に感謝してこのひじ掛けに手を置いて、しっかり魔力奉納してください。馬車の動力はみんなの魔力です」
感動している三人にウィルが魔力の提供を迫った。
「たくさん食べたので、たくさん魔力を提供いたします」
張り切るマルコを心配そうに見つめるアルドさんに、ウィルが回復薬を販売した。
お金と魔力が大事なのですね、とマルコが呟いた。
大事だけどそれが一番ではないよ。
車内は手狭なのでぼくたちは亜空間に移動した。
飛蝗をおびき寄せる魔術具は、思いのほか魔力を消費するものしか出来なかった。
ぼくとぼくの魔獣たちしか発動できないようでは実用性があるとは言い難い。
「植物を成長させるのに物凄く魔力を消費する問題が解決できるなら、世の中の食糧危機がなくなるよ」
ロブが辺境伯寮の畑を再現した亜空間で地面に寝っ転がりながら悔しそうに言った。
ぼくと兄貴とウィルを除いた留学生たちでは発芽させるだけで精いっぱいだった。
「領主一族くらいの魔力量が無ければ発動しないのなら、領主一族が魔術具に使用する分の魔力が領地に還元されなくなってしまう。護りが薄くなると他の魔獣たちが襲ってくるよね」
「魔術具の発動が不完全だと駆除しきれなかった飛蝗たちが共食いをはじめ、死霊系魔獣になったら最悪だよね」
「そうならないように光魔法を強化すると、魔力の消費量がさらに増えることになるじゃないか!」
留学生たちの言葉にロブは頭を抱えた。
「この魔術具はせっかく育てた作物を飛蝗に食べられてしまうから、切ないんだよね」
小さな新芽を愛でながらケニーが言った。
飛蝗を集めれば良いだけなら餌でなくてもおびき寄せられないかな?
本来孤独を好む飛蝗が、お腹が空いたら他の飛蝗が行かないところに行かないと食料にありつけないのになぜ凶暴化して暴走族のように群れる習性になるんだろう?
昼食を食べ過ぎた後、魔力を使った留学生たちは打開策を思いつかずに寝っ転がっていたら、うとうとと居眠りを始めてしまった。
ウィルも木陰で座り込んでうとうとしている。
休憩も大事だ。
日焼けしないように真っ白な亜空間に戻すと、畑で遊んでいたキュアとみぃちゃんががっかりしたようにトボトボと歩いてぼくに近寄ってきた。
しっぽを上げて歩いてくる飛竜は可愛い。
シロはみんなをフカフカのベッドに寝かしつけた。
「みんながまだ十歳の子どもなのを忘れそうになるよ。むかし、子どもは寝てばっかりいると思っていたもん」
兄貴がみんなの寝顔を見ながらそう言った。
幼児は基本たくさん寝るものだよ。とはいえ、みんなはそこまで幼くないぞ。
「カイルも頑張り過ぎなんだから、少し寝たら?」
寝たらアイデアが湧いてくることもあるかもしれない。
シロは無言でぼくの分のベッドも用意した。
みぃちゃんはさっそく寝心地を確かめるかのようにベッドに飛び乗り、にんまりと満足そうに笑みを見せた。
この誘惑には抗えない。
体を横たえるとみぃちゃんを撫でまわした。
キュアもみぃちゃんの反対側に横たわると深い吐息をついた。
ぼくも自然と眠りに落ちた。
目覚めたぼくたちに名案が浮かんでいるわけもなく、いったん馬車に戻ることにした。
「だからね、飛蝗に食べさせる草を生やすために魔力を消費するより、見せかけだけの幻の草にして安全に焼き尽くす方に消費魔力を使用したいよ」
「飛蝗を誘き寄せる地域住民の理解を得るためにも、その方がいいよね」
お昼寝の済んだぼくたちは、元気いっぱいに馬車に魔力を注ぎながらも激論を交わした。
後部座席でマズい回復薬を飲みながら魔力を注いでいたマルコが、スタミナお化けだ、と呟いた。
マルコはお昼寝をしていないから大変なだけだよ。
目をつむって休憩することを勧めたがマルコは首を横に振った。




