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城跡の礼拝室

 迷いの森は全体的に薄いこの町の魔力の中では魔力の高い場所だった。

 青々と木が生い茂り、立派な下草が生えていて、光の筋が見えなかったら決して入ろうと思わないような鬱蒼とした森だった。

 迷いの森には、ぼくと兄貴とウィルとハンスだけで来た。

 他の留学生たちは、急遽決まった穀物を浄化させる魔術具を領主に貸し出すために、教会に戻って食洗器の魔術具の改良を担当してくれたのだ。

 緑の濃さゆえに薄暗い森に分け入っていくには勇気がいる。

「城跡で間違いないようだよ」

 下草を足で突きレンガの欠片を掘り出したウィルが言った。

「本当に中に入るのかい?」

 ハンスが恐る恐るぼくたちに尋ねた。

「飛竜がいるから迷子にならないよ」

 ぼくの言葉にキュアは喜んで鞄から飛び出してきた。

 下草をかき分けて進むのが嫌なみぃちゃんは、まだポーチから出て来ないし、ぼくのスライムは地下から上昇中だ。みぃちゃんのスライムはポケットの中にいる。

「ひ、飛竜!幼体なのか!!」

「ガンガイル王国国王陛下の裏書付きの保護魔獣証明書がある飛竜の幼体だから、公に連れて歩いても大丈夫なんだけど目立つから鞄に入れていたんだ」

 驚くハンスに、まだ、猫もスライムもいることを説明すると、みぃちゃんは顔だけ出してニャー、と挨拶をした。

 小さなポーチからモフモフの毛のせいで大きく見えるみぃちゃんの顔が出てきたので、ハンスはまたもや仰天して一歩下がった。

「ぼくも低級魔獣だけど二匹使役しているよ」

 ウィルがポケットから砂鼠とスライムを出して紹介すると、兄貴は両手を開いて、自分には使役魔獣は居ないよ、と言った。

 迷いの森に分け入っていくことに怯んでいたハンスは、公爵子息の使役魔獣が砂鼠とスライムなことに笑顔になった。

「ガンガイル王国では使役魔獣も低級魔獣であろうと評価されているのかぁ」

 準男爵子息のぼくの鞄から飛竜の幼体が出てきて、公爵子息のウィルのポケットから砂鼠とスライムが出てくるなんて、身分と魔獣の不均衡さから、ペット魔獣でさえ完全実力主義だとハンスは考えたようだ。

 砂鼠は賢いけれど、キュアにはとてもかなわないぞ。

「小型低級魔獣も愛情を持って育てたら、愛情と信頼でこたえてくれるんだ。可愛いし、とても賢いんだよ」

 ウィルの砂鼠はウィルの掌の上で立ち上がり、偵察に行くぞ、と右前足を顔の横にビシッと上げると、地面に飛び降りた。

 砂鼠が茂みに分け入ると下草が左右にパッと分かれた。

「どうやら、ぼくたちは招待されているようだよ」

 ウィルの言葉に自信をつけた砂鼠が先を進むと、下草が順次分かれて道が出来た。

「行こうか!」

 ぼくの一声でみぃちゃんもポーチから飛び出して砂鼠を追い越し、下草を幅広く分け進んだ。

 みぃちゃんは自分も下草を分けてみたかっただけだろうが、お蔭でぼくたちは速足で進むことが出来た。

 ぼくたち四人が進んだ後、下草は元に戻っていた。


「瓦礫が残っていないね。城を移築したのかな?」

「歴史上、今の領主の先祖が領主交代を知らしめるために魔法で城を移築した、とされているけれど、実際はバラバラにして組み立てなおしたらしいよ」

 魔本の情報では、城が空を飛び一夜にして移築した、という文書と、部分的にばらして三年以上かけて移築したという文書もある。

「一夜で城を移築できるような魔力があれば、もっとまともな護りの結界が張れそうな気がするよ」

「全然違う知識じゃないのかい?」

 ぼくたちの考察に、初級生活魔法の知識しかないハンスが尋ねた。

「建物を壊さないように移転させる魔法は、領主一族なら城壁の移転に使用するから必須の知識なんだ。騎士団でも上級貴族なら戦線が移動する際、塹壕を一から作るより移転させた方が早いから、出来るはずなんだよ」

「城を移転させるほどの魔力量がなかったか、魔法陣の改良が出来なかったか、あるいは両方なのかな」

 ぼくたちがそう話しているうちに光源に着いた。

 四角い白い大きな箱が光を垂直に出していた。

「礼拝室は手が付けられなかったんだろうね」

 城の礼拝室は一族でも適性のないものは入るだけで死んでしまう仕掛けがある場合が多い、とウィルが領主一族の常識を教えてくれた。

「もしかして迷いの森に入った人が帰って来ないのは、この白い部屋に入ろうとした人たちが死んでしまったからなのか!」

 ハンスが足元に死体があるかのように、周辺をキョロキョロした。

「さすがに放置されていないよ。上級魔法師のチームで活動したはずだから遺体は回収されているはずだよ」

「誰も帰って来なかったというのは後日口封じされたってところかな」

 ウィルと兄貴が考察している間に、ぼくはしゃがんで地面に魔力を流して結界の全貌を探った。

 使えない神の記号に蓋をするように一族の伝来の魔法陣を被せてある。いたるところに大地の神の魔法陣が描かれている。

 この領地の守り神のようだ。

 地下にいたぼくのスライムはぼくの魔力を感じて、お迎えがきたのね!と喜んでぼくの足元まで一気に掘り進んできた。

 拾い上げると土竜の魔術具からぼくのスライムが飛び出して、ぼくの肩に乗った。

 よくやった!

 上級精霊も褒めていたよ。

 “……あたい、上級精霊様に褒められたの!ヤッター!!”

 ぼくのスライムが肩の上で小躍りを始めると、精霊たちもよくやったね、と言うかのように集まってきた。

「上手く結界の根を繋げたようだね」

 翅を生やしたスライムがみぃちゃんとキュアと精霊たちと踊り出したのを見て、ウィルは護りの結界が世界の理と繋がったことを察した。

 みぃちゃんはみぃちゃんのスライムと合体してクルクル回りながら飛び立つと、ハンスがあんぐりと口を開けて魔獣たちのダンスに見入った。

「うちの子たちはよく踊るし、精霊たちも踊るのが好きみたいだよ」

「精霊が、こんなに簡単に出現するなんて……」

「精霊たちはどこにでもいるし、いないところは不毛の地くらいだよ。この領地は結界が神々の領域まで届いていなかったから、荒廃していたんだ」

 兄貴の言葉にハンスはハッとした表情になった。

「結界を繋ぐって……」

「そうだよ。カイルとカイルのスライムがこの領地の旧領主一族の本来の結界を補強したんだ」

 ハンスはぼくとぼくのスライムを交互に見やり口をパクパクさせた。

「さあ、礼拝室に安全に入る結界を張ろう。ハンスだったら大丈夫だろうけれど、魔力奉納の仕方を教えた方がいいでしょう?」

 ぼくがそう提案すると、一人でやるのはあぶないよ、とウィルも賛同した。

 ぼくはハンスの脳裏に旧領主一族の魔法陣を精霊言語で送った。

「……いま頭に一つの魔法陣が急に思い浮かんだんだけど、これは苦痛で寝込んでいる時に時々夢に現れた魔法陣だ!」

「ハンスはこの壁に触れるだけで扉が開くはずだけど、ぼくたちも一緒に入れるように今だけ魔法陣を上書きさせてね」

 そう言うと、ぼくはカッコつけて魔法の杖を取り出して、蜘蛛の糸を礼拝室に投げつけた。

 投網のように広がった糸は簡易の魔法陣に変化して白い外壁と同化して見えなくなった。

 同時に建物から垂直に伸びていた光も消えた。

「なにそれ、カッコいいね」

 競技会用に考えていた魔術具が役に立った。

 後で説明するから、と騒ぐウィルを宥めて、ハンスに壁に触れるように促した。

 ハンスが壁に触れると大きな扉が出現して、かち、と小さな音がすると扉が勝手に開いた。


 部屋の中は真っ白な亜空間に似ていた。

「こっちの壁だ」

 四面の壁は真っ白で、まったく何の手掛かりもないのに、ウィルは魔力奉納をする壁を見つけ出した。

 ぼくもなんとなくだがその壁に向って祈れ、と直感が告げている。

「ぼくは遠慮しておくよ」

 兄貴は自分の魔力を使わないから魔力奉納はしない方がいい。

 ぼくとウィルはハンスを挟んで並んで立ち、両手を壁について七大神と大地の神に祈るように、と言った。

 ぼくたちが両手を壁について祈り出すと、魔力が引きずり出された。

 ぼくは壁に触れた魔力が細かく細分化して拡散していくようにイメージした。

 微細な魔力が町を覆う魔法陣に流れ、ゆっくりと地下に浸透していくのを追いかけていくと、世界の理までしっかりと浸透していった。

 世界の理まで魔力が届くと、微細な魔力はさらに小さくなり、この領地全体へと爆発的に拡散した。

 上手くいったようだ。

「しっかり繋がっていたよ」

 ぼくが壁から両手を離して横を向くと、ハンスとウィルは後ろを向いてしゃがみ込み、兄貴とお喋りしていた。

「いくら毎日魔力奉納に勤しんでいるからといって、あの魔力量は常人じゃないよね」

「やっぱりそうだよね。比べてはいけない相手なんだね」

「魔力枯渇寸前まで魔力を使用して、己を鍛えるのはお勧めしないよ」

 ウィルとハンスに兄貴が無理をしてはいけない、と諭していた。

 ウィルとハンスが気にしていたのは、この領地を支える魔力をハンス一人で担わなければいけないのは、無理があるのではないか、ということだった。

「町中の人たちの力を借りればいいじゃないか」

 町の人たちは旧領主一族の末裔なんだから、それなりに魔力が多いだろう。

 ハンスほどハッキリ体調に出なくても、今まで病弱だと思われていた人が受難の子の場合もあるかもしれない。

 ぼくがそう言うと、ウィルはこの近くに大地の神の祠があるはずだ、と気が付いた。

 ぼくたちが礼拝室から出ると、精霊たちと踊っていたキュアが、ここだよ、と思念を送ってきた。

 キュアがクルクル回りながら停滞飛行している場所に向って行くと、下草が左右に分かれてぼくたちを誘導した。

 草だらけの元庭園と思しき場所の倒れた草の道の先に、小さな大地の神の祠があった。

「ここを市民たちに開放して、魔力奉納をしてもらえば、そのうち扉を開けられる人も現れそうだね」

 兄貴がそう言うと、ウィルは渋い顔で頷いた。

「扉を開けられる人を、あの領主に害されることがないように、何とかしなくてはいけないな」

「それに関しては、すぐにでも追加の条件を出せるようになるはずなんだ」

 ぼくは領主が困り果てる台本が進んでいることを話した。

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