海辺の慰労会
板前さんは腕をあげていた。
美味しいお寿司に感激していると、ハルトおじさんのスライムが震えた。
ハルトおじさんの執事と事前に決めていた合図が来てしまった。ハルトおじさんは王都に戻らなくてはいけないようだ。
板前さんが炙る大トロの握りの前でハルトおじさんは首をフルフルと振った。
ハルトおじさんのスライムがそれだけは食べて良いよ、と言うかのように頷いた。
「はい、お待ち!」
提供された大トロの炙りを、これぞ一つの究極の小さな世界、と言うかのように瞳を輝かせて口に運んだ。
「香ばしい匂いと口に入れるとすぐ広がる上質の脂、すし飯が口の中でほどけると……」
ハルトおじさんの饒舌な語りの間にメイ伯母さんが三段重のお弁当箱を用意してくれていた。
王都への送迎はシロに頼んでしまった。
こんなに美味しい握りたてのお寿司を食べられる機会はそうないのだ。離席したくない。
「ハルトおじさんって意外とたくさん仕事をしているよね」
「ぼくも王都に来る前までは、ハルトおじさんは遊んでばっかりいると思っていたよ」
クロイの呟きにケインが答えるとウィルが噴き出した。
「カイルたちと仲良くならなければ、ぼくはラインハルト殿下がこんなに愉快な方だなんて一生知ることはなかったと思うよ」
ウィルがそう言うと三つ子たちは目を見開いた。
「責任ある立場の方が責任ある行動をしていたからこそ、自分の時間を上手に使って、好きなように振舞ってこられたんだね。尊敬する生き方だよ」
「土地を護る結界を維持するのって大変なんですね」
アオイがそう言うと、三つ子たちが頷いた。
祠参りを熱心にする三つ子たちは世界の理と繋がっている結界の存在に薄々気付いているのだろう。
「領地の結界を維持するために公爵家だって一族総出で魔力奉納をしているよ。国家の結界を維持しているんだと考えたら、王家の責任は大きいよね。でも、ラインハルト様は国のために義務を果たしつつ、自分の心の赴くままに生きている。そんな責任の取れるカッコいい大人になりたいよね」
ハルトおじさんを人格者に持ち上げている気もしないわけではないが、クラーケンの件や廃鉱の処理の件では息子さんにお世話になった。
「クラーケンの襲来の時はカッコよかったらしいよ。海の神の祠の広場で……」
従妹たちがハルトおじさんの演説を三つ子たちに詳しく語った。
美味しいお寿司に舌鼓をうちながらクラーケンの一件を思い出して目が合ったウィルと笑った。
兄貴も背中で笑っていたけど、あの時は兄貴がいてくれて涙が出るほど嬉しかった。
魔法の絨毯で釣りに出かけたら、あの時のように漁師さんたちが釣り場を教えてくれた。
魔力の流れで魚群のスポットはわかるけれど、こうして声をかけてくれる漁師さんたちとの関係が嬉しい。
浜ではメイ伯母さんが炭火を起こしてくれている。
港町ではクラーケンの撃退日を海の神に祈る日と定めて、市民たちが祠巡りをした後、浜辺の屋台で寛ぐ日になっていた。
ぼくたちは沖釣りを楽しんだ後、浜辺でバーベキューを楽しんだ。
従妹たちのスライムに花火を教えるんだと、ぼくのスライムが言い出して、浜辺で花火大会が始まった。
宵の口の浜辺に精霊たちが集まって来て、花火をより一層綺麗に見えるように演出してくれた。
「精霊の溢れる地、ガンガイル……」
ウィルはラウンドール王国がガンガイル王国に膝を屈したとされる日に詠まれた詩を披露した。
極寒の地に常盤なる領土あり
彼の地の精霊を我が領に召喚出来得るのなら
この身を赤き煉獄に埋めよう
この地に麦が実る度
我が献身を思い起こせ……
あっ!
こういう伝承は悪いやつだ!!
魔本がぼくに史実なのに詩になっているよ!精霊言語で伝えてくる直前に、ぼくも気が付いた。
ウィルがぼくにどうしても付きまといたくなる衝動を与えていた正体かもしれない!
きっとウィルのご先祖様が、精霊の気配が強いぼくに興味を持っているからだ!
ああああああああああ!
この人たぶん今も焼かれているんだよ!!
飛び込んだ記録はあるが救助された記述はない、と魔本が思念をよこした。
シロの存在が引き金になったのか、ウィルにご先祖様の欠片が、ケインにとっての兄貴のように付いていて、ぼくから目を離すなと漠然とした執着心を引き起こしているかもしれない。
何で今まで気が付かなかったのだろう。
“……ご主人様。気配も魔力もウィルそっくりで、ほんの少しだけウィルの影に潜んでいただけです。そもそもご主人様がウィルの魔力に関心がなさ過ぎました。おそらく、彼のご主人様への執着心はウィル本人の衝動に由来するものです。ご先祖様の影が活動しだしたのは神々のご利益が空から降ってきた魔獣カード大会の会場で覚醒したようです”
シロが気付くのが遅くなって申し訳ないと謝罪したが、帝国留学のことばかり考えていたぼくのそばに居たのだから、シロがぼくの思考に引きずられるのは当然なことだ。
「ウィルの領地に活火山ってある?」
「あるよ。ガンガイル王国との併合に抵抗した貴族を押さえるために、山の神と火の神にラウンドール家と領地の繁栄を願って火山口に身を投げたのがラウンドール王朝の最後の国王だよ」
「何百年前の話だかわかる?」
「二百年は経っていないはずだよ」
魔本とシロが空気を揺らさずに笑っている。ご先祖様が可哀想過ぎだ。
「ねえ、神々のご加護や、精霊たちのお気に入りが、神々や精霊たちのその時の気分で決まることがあるのは今回の大会で理解できるよね」
ぼくの発言にウィルは頷いた。
「精霊使いの伝承はウィルの領地にあるかい?」
「……精霊に愛され精霊に認められる魔力を持ったら精霊と契約して精霊使いに成れる、とあるけれど、精霊使いに成れた伝承はないよ」
やっぱり精霊使いへの道は険しいか……。
“……ご主人様。太陽柱には……”
そうだよね。自分に関係ないと思っている事象はそこにあったって目に入らない。
「ウィル。たぶん、だけどね、そのウィルのご先祖様は火山口に身を投じた瞬間に精霊たちに認められて契約をしたとしたら不死身になるんだよ。そしてね、精霊使いは精霊が魔法を使うだけで、自身が強力な魔法使いになるわけじゃないから自力で脱出できないんじゃないかな」
ウィルの顔色が変わった。
「……精霊使いなら精霊に頼めばなんとかできるのじゃないのかい?」
ウィルの言葉にみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが首を横に振った。
「楽しいことがある時しか出てこない精霊たちが素直に頼みごとを聞いてくれると思う?」
ケインがそう言うとウィルは眉間にしわを寄せた。
「カイルは精霊たちに悲惨な過去に向き合わされたり、死にそうな目に合わされたりして仲良くなったんだよ」
父さんが身も蓋もない言い方で、中級精霊になる前のシロの事例を出した。
「火口に身を投げて焼かれる寸前で契約を持ち出し、子孫が救助に来るまで契約が成立していないから亜空間に閉じ込めているなんてこと……」
「「「「「あり得る!」」」」」
母さんの懸念に、ぼくと兄貴とケインと父さんとお婆が声をそろえて言った。
キャー、可哀想!と三つ子たちと従妹たちが怯えた。
ぼくも思いついた当初は焼かれ続けていると思ったけれど、精霊たちはそんな悪魔的加虐趣味があるはずがない。
そう信じたい。
「実際に二百年以上身を焼かれているというより、亜空間に居る方が現実的でしょうね」
「なんで、みなさんあの詩の一節からご先祖様が生きていると思うのかな?」
小さい子たちを落ち着かせるために言ったお婆の言葉に、ウィルが疑問を呈した。
「だって、この話になってから、精霊たちが興味津々に私たちを取り囲んでいるじゃない」
薄暗くなって、メイさんの商会の人たちが片付けの作業を始めているのに、精霊たちはまだ消えずにぼくたちをドーナッツ型に囲んでいる。
「とりあえず、宿に帰ろう。ウィルのご先祖様に付いては明日考えよう」
父さんが日没前に宿に帰ることを提案した。
「ウィルはその火山に行ったことがあるの?」
「「「カイル!」」」
ぼくがウィルに尋ねると、父さんと母さんとお婆が語気を強めて名前を呼んだ。
「ぼくは行ったことはないけれど、爵位を賜って家を継ぐ際に必ず登ることになっている山があ〝あ……ああああああぁぁ!!!」
ウィルもご先祖様が生きている可能性に気が付いて声がひっくり返った。
「ラウンドール公爵家にちょっとお邪魔して、話を聞いてこようかと思うんだけどいいかな?」
ぼくがそう言うと、三つ子たちと従妹たちの顔が輝いた。
今まさに生きながら身を焼かれている人がいるかもしれないと思うと、小さい子じゃなくても怖くて眠れなくなるよね。
父さんたちと、無理をしない、無茶をしない、無鉄砲なことをしない、と約束して、ぼくとウィルは別行動をする事に決まった。
「フエちゃんたちを助けに行った時もこんな感じだったのかい?」
「あの時は誰にも相談しないでいきなり孤児院を襲撃して子どもたちを保護してから、家族に協力してもらったよ」
ウィルが右眉毛をグッと上げた。
「あれだけ念を押されるような前科があったんだね」
事実だから否定できない。
“……ご主人様。ラウンドール公爵が帰宅されました”
取り敢えず亜空間で話を聞こう。




