第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #4
“……あたいの対戦相手は地獄を見てきたイシマールのスライムよ。油断するわけないじゃない!”
チョコボールの羽を切断されて競技台に墜落していくぼくのスライムがそう強く思念を発した。
うん。
信頼している。
だからこそ一緒に作戦を立てなかった。
ぼくのスライムは学習するスライムだ。
体験したこと、調べたこと、検証したこと、すべてを総合的に考えることが出来るスライムだ。
ぼくのスライムは墜落しながらチョコボールの要塞を脱皮するように脱ぎ捨てると、残骸は二羽の大鷲に変化し一羽は背中に土竜を乗せ、もう一羽が無防備になったスライムを啄み、再び競技台の上空に飛び立たった。
二羽の大鷲が飛び立つのを狙撃する虹鱒三匹に土竜がピンポイントで土魔法の盾を最小限出現させて防ぐと大鷲は水鉄砲の射程範囲より上空に旋回することが出来た。
だが、イシマールさんのスライムの戦法はぼくのスライムを初回のターンで打ちのめす戦法ではなかった。
競技台全面に張り巡らせた食虫植物の幼体が、落下したチョコボールの羽の残骸に触れると産毛のような毛茸をくねらせ残骸を回収して一部だけ成体になったウツボカズラの捕虫袋に送り出すように運び込んだ。
残骸を運んだ箇所だけ成長している。
おそらく残骸から魔力を吸い取ったのだろう。
捕虫袋に入れられたチョコボールの羽の残骸はすべてウツボカズラの栄養になるのだろう。
世界中の魔獣や植物の情報を集めていた時にウツボカズラもあった。
巨大化するものはあったが、幼体と連携するなんてことはないし、毛茸で捕食する獲物を運搬する生態ではなかったはずだ。
地域限定の能力なのか、神々のご加護で進化した種なのか、はたまた灰色狼のリーダーがチーム全体を底上げしているのか?
イシマールさんのスライムが最初に出した魔法陣を読み解こうと思い出していると、虹鱒の水鉄砲が噴霧した。
これは……水の煙幕だ!
ウツボカズラの幼体の隙間からロープのように細長い何かが出現して、上空を旋回している大鷲めがけて伸びた時、主審の一声が響いた。
「第一会場攻撃終了!」
ようやくイシマールさんのスライムの攻撃ターンが終わった。
ぼくのスライムはチョコボールの羽の残骸を吸収された分がダメージポイントとしてマイナスになり、イシマールさんのスライムの攻撃ポイントとしてプラス換算された。
主審の一声に両スライムが魔法陣を消して魔獣たちが消失した。
ぼくのスライムは空中からパラシュートに変化してゆっくりと降りてきた。
観客席から拍手が沸き起こった。
ぼくはイシマールさんのスライムの隠れ魔獣の正体を探るべく魔法陣を思い出そうとすると、シロに止められた。
“……ご主人様。みぃちゃんやキュアのように大人しく観戦していてください。ご主人様の考察をご主人様のスライムは察知します。イシマールのスライムは火の神様から推されています。ご主人様のスライムは運命の神と土の神の眷属の神様たちから推されております。二匹の勝負は二匹に任せてください”
神々が楽しまれているって、そういう事だったのか!
「第一会場、位置について」
二匹のスライムたちは疲労したそぶりを見せずに弾むように位置についた。
「第一会場、攻撃開始」
両者攻防が入れ代わった魔法陣を展開した。
イシマールさんのスライムがまた競技台全体に魔法陣を広げようとするのを、ぼくのスライムが土魔法で自陣から競技台全体の三分の二を占拠した石垣を作って防いだ。
陣取り合戦からスタートするのか!
ぼくのスライムは土竜と穴熊が石垣を高く積み、対するイシマールさんのスライムは自陣を砂漠化させて砂の中に消えた。
風魔法で砂嵐を起こし、石垣にパチパチと砂粒が当たる。
ぼくのスライムは石垣にニジマスの水鉄砲を噴霧し視界を確保している。
攻防が変わったはずなのにぼくのスライムが防戦しているように見える。
水鉄砲の噴射で砂を押さえたぼくのスライムは大鷲の背に乗り、イシマールさんのスライムが作り出した砂漠をじっと見つめたかと思うと、追加の魔法陣を次々と展開した。
石垣の隙間から五匹の火鼬が砂漠に向けて火炎砲を一斉砲撃し、火鼬の後方で虹鱒が水鉄砲を上空に最大出力で放出し、電気鰻が空を飛んだ。
火炎砲にあぶり出され、砂の中からしっぽが異様に長いサソリが出てきた。
砂嵐で静電気が帯電したサソリめがけて電気鰻の一撃が落ちた。
ドォォォォォォォォン!
閃光と衝撃音で競技場が揺れた。
閃光に閉じた瞼を開いた時には、競技台の上にイシマールさんのスライムが出した砂漠はなく、溶けたバターのように広がったイシマールさんのスライムが居た。
「だ、第一会場、試合終了!」
主審が試合を強制終了させた。
“……し、死なせていないよ!”
ぼくのスライムは魔法陣を消して石垣と魔獣たちを消すと、イシマールさんのスライムの元にパラシュートで降下した。
“……だ、大丈夫だ。ちょっとばかり魔力を使い過ぎた”
“……あんたがあんまり強いものだから、あたい、手加減が出来なかったんだ”
“……馬鹿野郎!手加減なんがオレにするなよ!!”
ぼくのスライムが介抱するかのようにイシマールさんのスライムを抱え込んだ。
ぼくのスライムが魔法陣を出すと主審と副審が慌てたが、回復薬の魔法陣なのでイシマールさんのスライムは見る見るうちにハリと艶を取り戻した。
敵を回復させたけれど、試合終了の後だから大丈夫だろう。
「第一会場、第四試合勝者カイルのスライム!」
主審の判定が出ると、回復したイシマールさんのスライムが触手を二本伸ばしてぼくのスライムを抱き上げると、胴上げのように上に放り投げた。
“……あたい。やったよ!勝ったよ!!”
イシマールさんのスライムは祝福するようにもう一度もっと高くぼくのスライムを放り投げると、会場中から拍手が起こった。
そうなると精霊たちが祝福に現れ、会場の歓声はもっと大きくなった。
イシマールさんのスライムが三度目の胴上げをもっと高くあげると、ぼくのスライムは調子に乗ってトンボの羽を生やして上空で勝利の舞を踊った。
“……あたい、輝いているよ!精霊たちがあたいを照らしている!!あたいも美しく輝けるんだ!!”
二回戦を勝ち抜いただけなのにこんなに盛大に精霊たちに祝福されてしまった。
「すみやかに退場していただきたいのですが……綺麗だからもう少し見ていたいですね」
副審がそう呟くと、主審が言った。
「……俺は少し休みたい。二試合連続閃光を直視して目がおかしい」
しまった。
親子して使役スライムがやらかしてしまった。
「申し訳ありません。癒しの魔法をかけてかまいませんか?」
ぼくが主審に声をかけると、主審がよろしく頼む、と頭を下げた。
魔法の杖を取り出して主審と副審に一振りして癒しと疲労回復の二重掛けをした。
「「ありがとうございます」」
「いえいえ、こちらこそお騒がせしました。次の会場も第一会場なので、よろしくお願いいたします」
ぼくの一言に主審も副審も顎を引いた。
『第一会場の次の試合は、第二会場と第三会場の試合が終わってからに致します』
場内アナウンスに主審と副審が、やっと休める、と一息ついた。
第二会場ではお婆のスライムとハルトおじさんのスライムが、第三会場ではケインのスライムと父さんのスライムが対戦している。
精霊たちと踊っているぼくのスライムが二つの試合の邪魔にならないと良いな。
“……ごめんなさい。ご主人様!調子に乗り過ぎちゃった”
ぼくのスライムが競技台に戻ってくると、集まった精霊たちもすうっと消えた。
まだ二回戦なのに、どうなることやら……。
「いやぁ。完敗だよ」
イシマールさんが自分のスライムを抱えてぼくに声をかけた。
“……イシマールさんのスライムの作戦がえげつないから、本当はあたいも怖かったんだよ”
ぼくのスライムはぼくの胸に飛び込みながら、イシマールさんに精霊言語で語り掛けた。
「そうか、そうか。砂漠の猛者はなかなか凄いだろう」
イシマールさんはそう、口に出して言った。
“……あの土魔法の羽を切ったのはサソリのしっぽだったのね!得体のしれないものだったから恐怖に鳥肌が立っちゃったわ”
スライムでも鳥肌が立つのだろうか……。
あれ?
「イシマールさん、無言のスライムと会話が出来るのですか?」
「なんとなく何言っているのかわかるもんだろう」
イシマールさんは飛竜たちともコミュニケーションが取れていた。魔獣に特化した精霊言語を取得直前のようだ。
“……ご主人様。精霊言語の取得には普通の人間はここからが長いのです”
ぼくとケインはスライムたちからの働きかけであっという間に取得したから、普通がわからない。
「まあ、スライムたちは無言でも自己主張がハッキリしていますね」
ぼくとイシマールさんはそんな話をしながら第一会場の受付に移動した。
敗退したイシマールさんは受付で一般観覧券をもらって競技場を後にした。
「頑張れよ!」
「次は母さんのスライムなので善戦します」
イシマールさんに兄貴と三つ子たちがいるボックス席を勧めたが、ハルトおじさんの執事にラウンドール公爵子息が居るボックス席での観戦は辞退されてしまった。
辺境伯領の仲間たちとワイワイ見ている方が気楽で楽しめるのだろう。
受付で準決勝に対戦する母さんのスライムとの試合の登録を済ませると、場内アナウンスがあるまで他の試合を観戦していて良いと言われたので、隣の第二会場へ足を運んだ。
お婆のスライムがハルトおじさんのスライムが出したジョロウグモの罠に捕まっていた。
おまけ ~緑の一族としての幸せ~
ウィル先輩にエスコートされて職員室へと続く渡り廊下を歩いていると人がいる気配がするのに誰も出てこなかった。
「ぼくの威光ではないよ。ラウンドール公爵家と対立したくないだけだ。この影響力には、ぼくの人格も人柄も関係ない。これと同じようにフエちゃんを苛めようとしている奴らは、フエちゃんが外国の血が入った平民としてしか見ていない。苛めようとする原因にフエちゃんの人格も人柄も関係ないんだ。実際関わったことのないような連中だろう?」
ウィル先輩は生け垣に向って話しかけた。
「まあ、そうですね」
初級魔法学校一年生の過程は一週間で終わった。
クラスメイトとは一週間で縁が切れたと思っていた。
「魔法学校はね、社会の縮図なんだって父上が言うんだよ。抑圧された人間が抵抗できない人間から理不尽に搾取しようとする。可哀想だろう?自己解決できない不満をぶつけているんだよ。でもね、そんな中に本当の嗜虐性を持っている奴が紛れ込んでいるんだ」
ウィル先輩は飛竜の里では見せることのなかった、冷笑の貴公子という異名通り、笑顔なのに背筋が凍るような冷気を放ちながら言った。
本当の嗜虐性、という言葉に黄色い空気に生暖かい風が吹いた孤児院を思い出した。
だけど、すぐに大奥様の教えが頭によぎった。
顔色を変えない、冷や汗を出さない、呼吸の数を変えない。
『フエ。弱い生き物や、追い詰められた生き物は、独特の匂いを出すの。その匂いが捕食者たちを刺激するのよ』
大奥様は対処法を細かく教えてくれた。
呼吸を整えたら心拍数も整う。
脳内に可愛いものや、綺麗なもの、楽しかったことや、これからやりたいことを、一気に思う起こせばいい。
『幸せでいなさい。幸せであろうとしなさい。幸せになれると信じなさい』
家族で食べた南国の果物。
洞窟で精霊たちに囲まれながら飲んだ美味しい水の味。
吐瀉物みたいだと思ったけれど旨味の塊だったもんじゃ焼き。
あの時抱きしめてくれたカイルの優しさ。
オムライスと花火と温泉!
無条件に私を応援してくれる緑の一族!
トウモロコシの迷路を駆け抜けた時の幸福感!
私は幸せだ。
幸せになっていいんだ!
この先も幸せになるんだ!
一瞬にして頭の中でこれらを思い起こせば何も怖くない。
「……今日は駄目みたいだ」
ウィル先輩はそう言うと、生け垣に興味を無くし、職員室に向った。
呼び出した先生は伝言なと頼んでおらず、どんな行き違いがあったのだろう、と首を傾げた。
ウィル先輩は初級魔法学校の空気が悪いようだ、と先生方に釘を刺した。
「決勝戦で何かあったら、ぼくは原因究明をぼくの私財を投じても徹底的にします」
来年度は妹の入学が控えていますから、と淡々と言って職員室を後にした。




