春の味
ぼくたちは就寝前にお手伝いさんに真夜中に猫たちが掃除の魔術具で遊びながら掃除をすることを話しておいた。
知らずに物音で様子を確認しに来たらギョッとなるかもしれないからね。
掃除洗濯料理の魔術具は持参している。
「勝手なことをしますが、よろしくお願いします」
「いえいえ、お客様のなさりたいようになさってください。私たちはお客様が快適に過ごせるお手伝いをさせていただきます」
笑顔で応対してくれたが、真夜中に魔獣たちはなかなか自由に過ごしているようなので、うるさかったら注意してください、と頼んでおいた。
「なんでベッドを三つ用意してもらったのに二つしか使わないの?」
起きたらケインと兄貴が一緒に寝ていたので、ぼくたちのベッドも整えて体裁よくしておいた。
十才、九才で一人寝が出来ないなんてお手伝いさんに思われたくない。
ぼくたちが身支度を終えるころには、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが部屋の清掃を終えていた。
「いい子にしていたかい?」
「「「「あたいたちはいつもいい子だよ」」」」
スライムたちは元気よく返事をしたがみぃちゃんとみゃぁちゃんは横を向いた。
「悪いことはしていなかったよ。お手伝いのおばちゃんたちが二匹を見て勝手に驚いていただけだよ」
キュアが代わりに返事をした。
百聞は一見に如かず、ということで説明は聞いていても実物を見て驚いたのだろう。
朝食の手伝いにぼくたちが厨房に向かうと、料理人とお婆がもう支度をはじめていた。
「「「おはようございます!」」」
「おはよう。手伝いの手は足りているわ。それより三つ子たちを見に行ってくれる?」
お婆こと、うら若きジュンナが、アリサは寝坊助だから、とぼくたちに声をかけた。
「女の子と、夫婦の寝室はスライムたちに任せるよ」
ぼくがそう言うと奥から母さんが出てきた。
「父さんはラインハルト様とお出かけしたわ。寝坊助アリサはスライムたちに任せて、クロイとアオイをよろしくね」
魚の焼ける匂いにお腹が鳴った。
三つ子たちの支度を急がせよう。
ぼくとケインは魔法学校の制服で兄貴は飛竜の里の魔法学校の制服だ。
クロイとアオイは普段着と公爵家の訪問着を前に頭を抱えていた。
「こんなフリフリしたレースのついた服を着たくないよ」
嘆くクロイにケインが笑いながら言った。
「アルバイト代を後で請求したら良いよ。その襟に使われているレースが新商品だからラウンドール公爵夫人が気に入れば大量発注も夢じゃないよ」
現金なクロイはバイト代という言葉に目を輝かし、訪問の直前まで着ない、と宣言して普段着に着替えてくれた。
アオイはこういう時は流れに任せて抵抗しない。
“……ご主人様。アリサも同様な説明で納得したようです”
犬のシロがスライムたちの報告を伝えた。
制服のぼくたちは気楽だ。キッズモデルにされる心配がない。
朝食の席には父さんとハルトおじさんも帰って来ていた。
「王都ではもう春野菜が出ているのよ。楽しくなっちゃって作り過ぎちゃったわ」
「庭師と料理人にそんな雑草を食べるのか!と驚かれたけれど。これ、おいしいのよね」
ぼくたちの到着を待っていたかのように芽吹いたこごみの胡麻和えや、フキノトウの味噌和えなどが食卓に並んだ。
フキノトウの苦みが苦手な、三つ子たちが顎を引いた。
「肉味噌和えにしたのよ」
三人の好物と苦手な山菜をお婆は掛け合わせたのだ。
「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」
三つ子たちは新たなメニューを試してみたくなったのか、熱々の白米の上にフキノトウの肉味噌を乗せて口に入れた。
「「「苦くない!美味しいぃ~!!」」」
ぼくたちも釣られて白米に乗せて口に入れた。
ごま油と生姜とひき肉に甘めのお味噌がからみ、フキノトウ特有の春を思わせる青臭い香りが彩を添える……、うん、まさしくご飯泥棒だ!
「ああ。これは昨日のおでんの具にあった香りだな!だが、香りはこっちの方が豊かだ!!」
ハルトおじさんが昨晩のおでんの具にあったふきを思い出して興奮した。
「あれは花が咲いた後に出る葉っぱの茎を若くて柔らかい時期に採取し、塩付けにして保存していたものです。これは春先に葉が出る前に花を咲かせる直前の物を庭で採取したばかりの新鮮なものです」
「こいつを天婦羅にすると、とても美味しくて酒が進みますよ」
母さんの説明に父さんが一言添えるとハルトおじさんの目が輝いた。
「これが家の庭に生えていたのか!」
「ええ。庭師の方も驚いていました。普段は雑草として根こそぎ処分をしているし、こごみや菜の花と同時期に芽吹かないそうですよ」
「ああ。何ということだ!芽吹きの神の祝福ではないか!祠は作っていないが本館に祭壇がある!!食後にお礼の奉納をしなくてはいけない!」
ハルトおじさんはそう言うと、神の恵みだ、と菜の花の辛子和えやこごみを頬張った。
それを見た三つ子たちは、神の恵み、ご利益、と言いながらいつもは残しがちの山菜を喜んで食べた。
「芽吹きの神の祭壇があるのですか?」
食べているふりをしている兄貴が空になったぼくの皿と自分の皿を交換しながら、ハルトおじさんに聞いた。
「眷属神ごとに分けて祭壇の間を作ってあるから、本館の一角は祭壇だらけだぞ」
教会の礼拝室に行くまでの回廊の絵のようにすべての神の祭壇があるのかな?
「さすがに全部の神の祭壇を用意しているわけではないぞ。気になる神の祭壇を作っていたらいつの間にか増えただけだ」
「うちでも真似してもよろしいでしょうか?小さな祭壇を作れば一部屋で治まりそうですし」
母さんも興味があるようだ。
「ああ。ジーンさんが制作したなら小さくても立派なものが出来るだろう。出来上がったら是非見せてほしい」
ハルトおじさんも快諾した。
ミニ教会とかミニ礼拝室とか作れたら面白いかもしれない。
三人分の朝食をケインと分けながらそんなことを考えていた。
お洒落をした女性陣は美しかった。
母さんはベージュのドレスに縦ラインに灰色のレースをあしらい、凄く細身に見える。
お婆は薄いサーモンピンクにベージュのレースを母さんのドレスと同じデザインで色違いのお揃いだ。
アリサは母さんと同色でデザインも似ているが歩きやすいように裾が膨らんでいる。
クロイはレースの襟で、アオイはネクタイがレースと、二人の見分けがつきやすいお揃いの服装だった。
「みんなよく似合うよ」
父さんも装飾を抑えた灰色の上等なジャケットを着こみ、公爵家のお茶会にふさわしい装いで新型馬車に乗り込んだ。
「報酬は出来高次第にしてもらったから、行儀良くしているよ」
三つ子たちは服にしわが寄らないように行儀よく座席に座った。
馬車の中からこんなに気を使っていたら終わったらドッと疲れが出るだろう。
お茶会は和やかに進んだ。
男性陣は敷地内を新型馬車でドライブに出かけ、女性たちはファッションと美容の話題で盛り上がり、子どもたちは魔獣カードで親睦を図った。
アリサとエリザベスは始めこそもじもじとしていたが、魔獣カード対決では二人とも本気で勝負に出る負けず嫌いな性格が露呈して、その後すぐ仲良くなった。
「仲良くしてくれてありがとう」
ぼくがエリザベスに声をかけると、またもじもじとしてしまった。
男子が気軽に小さな淑女に声をかけてはいけなかったかな。
「そういえば、本大会の飛竜の見本試合は騎士団の野外訓練場にさらに守りの結界を重ね掛けするらしいよ」
飛竜騎士団が会場警備にあたるらしい、とウィルが情報をくれた。
幼体とはいえ飛竜同士の対決だから、念には念を入れるらしい。
きっと騎士団の飛竜たちも試合を見たいのだろう。
“……頑張るね!”
キュアも張り切っている。
敷地内のドライブを終えた男性陣が戻ってくると、豊穣の神の祠に参拝に行こう、と誘ってくれた。
ぼくたちが庭に出て祠に向って歩いていると使用人たちが物陰にたくさん居る気配がした。
「三つ子たちが可愛くてみんな一目でも見ようと色めきだっているようだ」
ウィルが騒がしくてごめんね、と謝った。
可愛い三つ子が見たい気持ちはよくわかる。
みぃちゃんとみゃぁちゃん、シロを連れてぞろぞろと歩いているだけで注目を集めるのに、天使のように可愛い幼児たちが居るのだ。
「ラウンドール公爵領の生地を使って仕立ててくださったジョシュア君の飛竜の里の制服も、みんな気になってしまうのですよ」
ラウンドール公爵夫人がそう言った。
飛竜の里の孤児院ではラウンドール公爵家の支援も有難かった。
母さんとお婆がその節のお礼を述べていると、飛竜の里との取引の接点が出来たのでお互い様です、と話が続いた。
春の花咲く庭園の奥にあるラウンドール公爵家の豊穣の神の祠に着いた。
ラウンドール公爵家が順番に参拝した後、父さんから順番に魔力奉納をした。
花の影から精霊たちが現れ、参拝を済ませた人たちを囲むように点滅すると、庭のあちこちから見とれたようなため息が聞こえた。
「……これが、精霊なのか!」
ラウンドール公爵は怖れ敬うように声を震わせて言った。
「飛竜の里ではよく出現します。辺境伯領でもよく見られるそうですよ」
「これは美しいですね」
ウィルの説明に公爵夫人がうっとりとした声で言った。
三つ子たちも順番に魔力奉納をすると、たくさんの精霊たちが集まってきた。
イザークの屋敷で運命の神の祠に参拝した時よりも精霊が多い。
魔力奉納をした人数が多いからか?
「魔獣たちに奉納させても良いでしょうか?」
父さんがラウンドール公爵に伺いを立てると、魔獣も魔力奉納をするのか?と一瞬驚いた表情をしたが快諾してくれた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアが奉納を済ませると、公爵家の人々はシロを見た。
シロは場の空気を読んで祠に入った。
ぼくはケインに精霊言語でウィルの気を引いておいてくれるように頼むと、コッソリ横を向いて回復薬を口にした。
兄貴が魔力奉納したときにゴッソリ魔力を持っていかれた。
シロの分もぼくの魔力が使われるのだろう。
……案の定たっぷり魔力を抜かれた。
精霊たちはからかうように祠から出てきたシロやぼくたちの周りをクルクル点滅しながら回っていた。
おまけ ~緑の一族の末裔たち~
真夜中にすすり泣く声が聞こえる。
六人部屋だから誰かが泣いているんだろう。
ジュンナさんがそっとベッドに近寄って、泣いている女の子を抱きしめてゆっくり揺らしているのが気配でわかった。
優しい声でおとぎ話をしてくれる。
まだうら若い乙女と言っていいような年齢なのに何人も子どもを育てあげたかのように上手に女の子を落ち着かせた。
……ああ。ここはもう安全なんだ。
起きたらたくさんの里の人が手伝いに来ていた。
「大変だったんだってね。もう大丈夫だよ」
「広い部屋を作ってあげるよ」
「配膳の手伝いをしてくれるかい?」
みんな気さくで優しい。
村の人たちを思い出した。
……めそめそしていたって何にもならない。
「フエちゃん。子どもたちを班分けしてお手伝いしてもらおうと思うのだけど、手伝ってくれるかしら」
ジュンナさんに頼られると嬉しい。
救世主の少年は事情を知る数人の友人たちを連れて様子を見に来てくれた。
お昼ご飯を用意してくれたのだけど、いい匂いがするのに見た目が酷い。
いったん胃に入れたのに戻したものを焼いているようにしか見えなかった。
「他にも美味しそうなものがあるから、なんとかなるよ」
炊事の手伝いをした女の子が小声で教えてくれた。
おにぎりという美味しそうなものもあるようだ。
里の奥さんたちが手料理を持ってきたくれているが、辛いから気をつけて、と子どもたちに警告が回ってきた。
なつかしい。
村にはスパイスがたくさんあって、小さい頃から少しずつ食べていた。
「辛いのが大丈夫な子はこっちの鉄板のもんじゃを試してみて!」
あの蜂に刺された唇みたいなものが入っている、どろどろの茶色の物体が焼かれている鉄板の前に案内された。
「この小さなヘラでこうやって掬って食べてね」
救世主の少年がお手本だと言って掬ってた。
ドロッとした物体が糸を引くように伸びた。
あれはチーズと餅が入っているから伸びたのだと、知っている今なら美味しそうに見える。
でも、初めて見た時は完成した食べ物には見えなかった。
救世主の少年はフーフーと冷ました後、パクっと口に入れたとたん頬が上がって幸せそうに見えた。
……美味しいのか!
救世主の少年の友人たちがそれを見て真似して食べ始めると、口々に美味しいと言った。
真っ白い肌で金髪縦巻の、いかにもお嬢様といった美少女が美味しいですわ、と臆せず食べている。
勇気を出してぼくもヘラで掬うと、ピンクの髪をお嬢様と同じように縦巻にした小さな女の子がフウフウするのよ、と笑顔で教えてくれた。
少し冷ましてから口に入れると、そのドロッとした物体は旨味の塊だった。
こんなに美味しいものは初めて食べた。
ゴクンとのみ込むと口の中に辛みが残る。
……なつかしい。
初めて食べる味だけど、口に残るから辛さがなつかしかった。
その後は夢中になって食べた。
「辛いのは大丈夫かい?」
救世主の少年に声をかけられると、外国の話が気になるのか、話題はぼくの国の話になった。
里山の恵が減った話をすると、結界が云々、と難しいことを話し始めた。
よくわからなかったけれど、国が戦争に負けて、護りの結界が茎の切れた蓮の葉っぱのように大事な結界から切り離されて浮かんでいる状態らしい。
村の人たちは……父や母や妹は大丈夫だろうか?
「国に帰りたいかい?」
救世主の少年が心配そうに尋ねた。
「いえ。ここはとても落ち着きます。…………」
こんなに良くしてもらっているのに不満げな顔をしてしまった。
誤解を解くためにいっぱい話をしたら、救世主の少年はぼくが女の子だと気が付いた。
まじまじと胸元を見られた。
……恥ずかしい。
「ごめんごめん。黒髪に緑の瞳だからもしかしたら緑の一族の末裔なのかもしれないと思ってじっと見ちゃった」
救世主の少年が照れくさそうにそう言うと、どこからともなく白い大きな犬が現れた。
愛嬌のある顔でじっとぼくを見つめる犬に手を伸ばすと、モフモフで凄くあったかい。
黒髪に緑の瞳の女性と救世主の少年が緑の一族の特徴を話していた。
ぼくは一族の特徴を隠すために男の子に変装していたらしい……。
あれ?
……ぼくは救世主の少年と遠い親戚なの!?




