祭りのあとで
魔法学校内は祭りの後の寂寥感と未収得の単位に目の色を変える生徒たちに二極化していた。
魔法学校の魔獣カード大会の成功を受けて、王都は一般大会の本大会に向けて商店街は活気にあふれていた。
中でも地味ながら注目を集めたのは仮設トイレだった。
裕福層の市民やお忍びで七大神の祠の広場に来ていた貴族の間で一気に認知が上がったことで、注文が殺到したらしい。
錬金術で仕上げる特急料金を払ってでもすぐに欲しいという特需をうけて、魔法学校生の間でアルバイトが流行った。
上下水道の設置には瘴気の浄化の仕事が減った上級魔法師たちが副業として活躍したらしい。
スラム街の方が高級住宅街より衛生環境が整っている都市なんて珍しいもんね。
大会期間中の長期滞在を見越してコインランドリーも開業した。
魔力を提供すると安く洗濯が出来るとあって、市民たちにも好評らしい。
人が集まると物価が上がるかと心配していたが、街道の安全が安定した物流を促し、需要に適う供給量を確保できたので極端に高騰することはなかった。
メイ伯母さんの親族の商会が暗躍している気配がする。
ぼくとケインと兄貴は家族が王都にやって来るのを指折り数えて楽しみにしている。
家族はジャニス叔母さんの自宅に来たことはあるけれど、亜空間経由で移動することは内緒だから、三つ子たちは王都の街に出たことはない。
「楽しそうだね」
研究室に遊びに来たイザークは室内のウキウキとした雰囲気にどうしたのかと訊いた。
「一般の本大会に家族が遊びに来るんだ。魔獣たちはみんな本大会の使役魔獣部門が控えているから熱くなっているよ」
キュアもみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちも目の色を変えて魔法学校の魔獣カード大会の全試合結果を研究している。
研究室で魔法を放たれては敵わないので、みんな魔獣カードを使って熱心に対策を考えている。
「お茶は自分で入れてね」
研究室と寮では姿を隠さなくなった兄貴がそっけなく言うと、クイニーアマンを持って来たのに、とイザークがぼやいた。
自分の好物を差し入れされたケインがすかさずお湯を沸かした。
「凄いよねぇ。結局、魔法学校の大会で全戦無敗だったのはイザークだけなんだもん」
あれほど情報収集に励んだウィルも、最強のカードを温存していたキャロお嬢様も予選会で数回敗北を喫している。
「ああ。でもキャロライン嬢が最初から不死鳥のカードを使用していたら間違いなく無敗だったろうね」
「ああ、あれは魔法学校の大会ではルール上の問題はなかったけれど、あれを出されたら誰も勝てなくなるから今審議にかかっているんだ」
魔法学校の魔獣カード大会では予選会の開始前に市販された公式カードを使用すること、と規定されていた。
だからキャロライン嬢の不死鳥のカードは何も問題なかったのだ。
「魔獣カードが辺境伯領限定で流行していた時期に、不死鳥の貴公子誕生に合わせて三枚だけ発行されていた幻のカードだから違反ではないんだよね」
たぶん本大会では禁止になるだろう。
「発売と同時に辺境伯領主が買い占めていたらしいですよ」
「ぼくたちも全く知らなかったもん」
「裏魔法陣も知らなかったし、他にも仕掛けがあるかもしれないね」
いつも家族を見守っている兄貴でさえ知らなかったのだ。
現在発売されている膨大な魔獣カードの中にいったいどれだけの裏魔法陣が隠されているのだろう。
「家族でさえ知らないだなんて、本当に秘密裏に開発されている証拠だね」
イザークは企業秘密を褒め称えたが、ぼくたちは母さんの遊び心だと知っている。
「優勝おめでとう」
ぼくはそう言って小指の爪サイズの白金に小さな魔石を埋め込んだ魔獣カードのチャームを手渡した。
「わぁ!ありがとう。嬉しいよ。……凄いね!こんなに小さいプレートなのにカッコいい飛竜が刻まれている!」
優勝した友人たちのプレゼントは成体の飛竜が魔石を掴んでいる絵をデザインしてみた。
「うちの母さんはその小さな魔石より小さい魔石に魔法陣を刻めるくらいの腕利きの細工師なんだ。魔獣カードのどこかに仕掛けがされていても見抜けないし、本人もうっかり口にしたりしないね」
大事にするよ、と嬉しそう言ったイザークがぼくの話を聞くとチャームを透かして魔石の魔法陣を確認しようとした。
「何か見えるの?」
お茶が入るタイミングでウィルがやって来た。
「優勝おめでとう、ウィル。魔法陣があるのは確認できるけれど解析は出来ないな」
「ありがとう、というか先輩もおめでとうございます。あれ、みんな同じ飛竜なんだね」
ウィルは鎖につないでネックレスにしたチャームを胸元から出して見せた。
「女の子たちにも同じ装飾にしたんだ。魔獣カード大会の記念品っぽくて良いでしょう」
お茶の香りにスライムたちが研究を止めて寄ってくる。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは甘いものには興味がないが、スライムたちは好きなのでお菓子のおこぼれに預かりにきた。
ウィルは無言でクイニーアマンを魔法で人数分切り分けた。
もちろんスライムたちにも平等に切り分けて、自分のスライムも勉強会に参加させてくれるように機嫌を取った。
「みんな同じもので良かったと思うよ。このお守りは結構使えたよ」
「お守りなのかい!?」
ウィルがそう言うとイザークが驚いた。
「ああ、嫌がらせに反応して光るから、被害が酷くなる前に相手に警告を与えて身を引かせることが出来た」
ウィルは笑顔で親切のふりをして地味に嫌がらせをしてくる生徒に反応してチャームが光った話を披露した。
「カイルを実習室で見たとか、図書館に居るなんて嘘ばっかり言って地味に嫌がらせをしてくる奴がいてね。今日も嘘をついていたんだけど、バッチリお守りが光ったから、ああ、君の気のせいだね、って言い返したら顔色を変えたよ」
「それは良かった。遠回しに嫌がらせしてくるのって、地味に腹が立つんだよね」
ぼくがそう言うとイザークもケインも頷いた。
「フエちゃんや従妹さんたちは急激に顔が売れたから、そういった嫌がらせが増えそうだもんな」
イザークは平民が貴族から嫌がらせを受けても我慢するしかない現状を心配した。
「このお守りの良いところは反撃しないところなんだよね。有難迷惑です、と周りに示せるうえに、雑巾を絞った汚水を差し入れのお茶に入れられて差し出されても、誤作動かもしれませんがお守りが警告していますから、と断る理由づけが出来るもん」
そんな気持ち悪いことをされる恐れがあるのか。
ウィルやイザークのような上位貴族の子弟だったら、笑顔で少量の毒を盛られることもあるのだろうか?
「これはぼくにもありがたいお守りだよ」
「それを身に着けて上級魔法学校の生徒会室に行ったら、ずっと光っていそうだよね」
ウィルが冗談めかして洒落にならないことを言ったが、イザークは爆笑した。
「まだ中級学校の卒業前なのに、もう上級魔法学校の生徒会長の打診が来ているんだ。きっと光りっぱなしになるだろうから掃除を頑張るだけだよ」
イザークは楽しそうに笑って言った。
この数か月で物凄く頼もしく成長したようだ。
ぼくとウィルは帝国留学の勉強会や合宿を断っているから実感が薄いが、もうすぐお別れなんだな。
「……こっちは任せておけよ。ボリスと約束したんだ」
イザークは新型馬車見たさに派閥の領地を視察に行ってボリスに会った話をした。
「王都を任せるよ、と大きなことを言うから、あの時は何なんだ!って思ったけれど、魔獣カード大会は王都中を熱狂の渦に巻きこんじゃうんだもん。ボリスは予言者かと思ったよ」
「兄さんが絡むと話が大きく広がっていくんだよね」
「廃鉱の実習が見学だったはずなのに結局鉱山全体を浄化した話かい?」
兄貴は伝聞で知ったかのようにとぼけて言った。
「やっぱりあの話は浄化の一助を担ったのじゃなくて、ガッツリ関与していたんだ……」
「まあまあ、そこんところは御内密に」
イザークの言葉にウィルが否定をしないことで肯定した。
「ぼくたちが留学しても、ケインとキャロお嬢様が居るからまだまだ色々ありそうだよ」
「……ぼくは大人しく自分の研究に励むよ」
ケインは首を振って来年度は穏やかに過ごすと宣言した。
そんな話をしていると、魔術具の鳩が研究室の窓を叩いた。
内容を確認すると、父さんたちが王都の北門に到着したからそのまま寮に向かう、という知らせだった。
兄貴がそっぽを向いている。
到着が早くなるのを知っていて黙っていたのだろう。
「ずいぶん早く来たんだね」
ウィルが手紙を覗き込んで言った。
「出発から到着までが速すぎるから馬車を改良したんだと思う。すぐ寮に戻ろう」
ぼくはそう言ってから、しまった、と思った。
ウィルとイザークと、いつの間にか一緒にお茶を飲んでいたオレールが、新型馬車!と顔を輝かせていた。
「いつもカイルとケインがお世話になっています」
寮の談話室で父さんと母さんがオレールやイザークに挨拶をした。
ウィルはしょっちゅう会っているので簡単なあいさつで済ませた。
お婆はジュンナとして挨拶するとオレールは頬を染めて、こちらこそお世話になっています、ともじもじして言った。
若い女性の顔を見て話せないタイプだったようだ。
三つ子たちは、あの人がよく落っこちている研究員か、と内心では思っていても顔に出さずに良い子にしている。
「ずいぶん飛ばしてきたんだね。びっくりしたよ」
ぼくがそう言うと父さんが笑って言った。
「会場内の魔術具の設置をいくつか頼まれたから急いできたんだよ」
OHPの魔術具が好評だったので、スクリーンも会場の四方から見えるように改良してほしい、と要望が出たそうだ。
イシマールさんの飛竜たちが街道の他の馬車に先回りして道を譲ってくれるように説得して、最高スピードの検証をしたらしい。
まったく、家族を乗せて無茶をするなよ!父さん。
そう思いつつも検証内容が気になって仕方がない。
「王都で借りた家は貴族街にあるから乗って行くかい?」
父さんはぼくとケインと兄貴に、ついて来た三人も一緒に乗せてあげるようだ。
説明するより見せた方が早いもんね。




